第1話 ゲームの世界へ
「――ここは!?」
気が付くと何処を見渡しても真っ白な空間に居た。
初めて見る場所だ、こんな所ゲームには無かった筈だが。
『ようこそ、アナザーワールドの世界へ! 最初に此処でゲーム内で使用するアバターの設定を行えます。変更されない方は現実世界での見た目でプレイする事になります』
突如、無機質な女性のアナウンスがどこからともなく空間に鳴り響く。と同時に目の前に半透明で大きなテレビ画面程のスクリーンが表示された。
『設定される場合には時間制限があり、この空間内で一時間。また、五分間、一切何も選択をしない場合は、設定の途中でも自動的にそのままの姿で始める事になりますのでご注意ください。なお、一度設定画面に移行し色々お試しになられた後、これといった物が無かった場合でも、右下にある[元に戻す]を選択していただきますと、最初の現実世界の姿に戻る事が可能ですのでご安心ください』
なるほど。どうやらここはキャラクター作成の空間のようだ。こんな真っ白で殺風景なんじゃなくて、もうちょっとなんかあったんじゃないか。
にしても、これからゲーム内での自分自身を作ると思うと、何とも変というか、不思議な感じがする。
別にこのままの姿で始めても問題はない。が、またとない機会だし見るだけ見てみるか。
スクリーンに触れてみると一気に膨大な選択肢があるクリエイト画面が目の前に表示された。
どうやらいじれる所は名前と俺の分身になるアバターの二ヶ所のようだ。
性別は変更出来ないので、もしネカマプレイをしようとしていた人とってはさぞかし残念な仕様だろう。俺には関係ないけど。
アバターの作れる箇所は髪から足の先まで、更には服装に傷跡、アクセサリーの類いまで選択出来、それらのパーツも種類が豊富で目移りしているとそれだけで一時間なんてあっという間に過ぎてしまいそうだ。
これだけ種類があるともう少し時間をくれても良かったんじゃないか? 自分自身のアバターなんだし、デザインも色々凝る人も多いだろうし、人によっては一日あっても足りないぐらいだろう。
俺はどうしようか?
イケメン風や渋い老紳士とかもカッコ良くていいんだが。
でもあれか、別にこの姿でも問題ないしこのままで行こう。
名前の所は、最初は本名が入力されているのか。
ほぼ確実に姉さんと共に遊ぶ事になるだろうし、これも一目で俺と分かるように本名で問題ないな。特に不自由と感じる事も無いだろう……多分。
良し! これでいくか。
決定コマンドを選択すると、今まで出ていた画面は消え、新たにメッセージが表示された。
[設定を確認中…………]
[設定を反映中――――]
突如光が体全体を包み込む。
苦しくはないし、どころか不思議と暖かみを感じる。
[設定を反映しました]
このメッセージが表示されると同時に包んでいた光も消えた。
何も変えてない俺には関係無かったが、どうやら今ので設定した名前と姿になる仕組みらしい。
『それでは心行くまでアナザーワールドの世界をお楽しみください』
再びアナウンスが空間に響くと真っ白だった空間の中央が色付き始め、そこに意識が吸い込まれていった。
──空だ。雲一つ無い青空が視界いっぱいに広がっている。
さっきまで、変な空間にいた筈だが……。
『心行くまでアナザーワールドの世界をお楽しみください』
さっきのアナウンス通りだとしたら、此処は既にゲームの世界だという事か?
「よっと」
勢い良く起き上がり体の具合を確認する。
手は動く。足も動く、と。首も、うん、特に違和感無く現実と同じように動かせるようだな。
「それにしてもすげぇなこれは」
風や地面に生い茂る草の匂いもちゃんとする。どうやら嗅覚すらもきちんと機能するみたいだ。
いや本当、どういう仕組みなんだろうな?
「まじでゲームの世界だ!」
「村スタートとか最悪だわー。せめて、街だろjk」
「おかーさんどこぉ?」
「これで念願の美少女NPCと…。たまりませんなぁ!」
周囲を見渡すと、ほぼ同時に来たのだろう。あちこちで他の人も目が覚めたようだ。
建造物は、一階が店舗で二階が住宅であろう木造建築の武器屋や道具屋、宿泊可能人数が十人も無理そうなこじんまりとした宿屋等、ゲームで見慣れた建物が並んでいる。
どうやら本当にここは
しっかし、普段は画面上に表示されていた物がこうしてリアルに、立体的に、実際にこの目で間近で見られる日が来るとは……。
長く遊んで来たが、これは感動するわ。
しかも拠点があるタイプのイベントなんだ。これは毎回報酬も豪華だから今回も期待出来るな。
このタイプの今までの傾向だと、特定の拠点を攻め落とすか、守る。又は到達するの三パターン。
到達系が一番楽なんだが、今回は何になるのやら。ま、どれになっても面白そうだし何でも良いか。
それにしても宿屋の数が桁違いに多いな。
武器屋と道具屋も数軒ずつに増えてるが、宿屋はざっと見ても数十軒はあるし。
…それだけ一つの拠点に居るプレイヤーが多いという事か?
それもそうか。何せ登録者数五十億も居たらこの位無いと足りないのかも知れないな。
寧ろこれだけで足りるのか少し不安になってきた。HPやMP回復の為にも宿屋の確保は必須だからな。
ん? 何だこれ? いつの間に。
ふと、左手首に巻かれている真っ白なドーナツ状の装置らしき物体に目が止まる。
見たところ、どうやら上下二つのパーツで構成され、隙間無くしっかりと繋がれている。一目見ただけで力づくでそれを外すのは不可能だと確信を持てる代物。
継ぎ目には青いラインが引かれ、そのすぐそばには赤く光を放つ豆粒サイズの発光物が埋め込まれており、特に重さは感じない。
スイッチみたいなのも無いし、触っても反応無しか。……本当何だこれ?
まぁ、良いか。多分その内分かるだろう。
さて、取り合えず先ずは姉さんを探すか。
この拠点に居れば良いが……。
◇
……参ったな。
村の中を一通り見回ったが、残念ながら姉さんの姿を見かける事はなかった。
まだアバター作成中なのか? …いや、姉さんがそんなに時間をかけるとは思えない。
仮に姉さんが全く別人のアバターにしてたとしても、俺は本名プレイだから向こうから見たら一発で分かるはず。
じゃあ、まさか別の拠点に飛ばされたとでも。――いやいや、同じ家に住んでいるのにそんな事起こるはずが…。
そもそも此処の拠点はどこなんだ。家の近くだとばかり思ってたが、下手したら都内である可能性すら無いのかも知れん。
もしそうだとしたら、このイベントは今までのパターンとは全く違うという事になるな。
別々の拠点スタートなのは不満だが、それはそれでとても楽しめそうだ。早めに合流はしたいがな。
姉さんは居なかったが、見て回って分かったのは、五歳以下の子供や老人など、他のゲームではまずいないであろう幅広い年齢層のプレイヤーを見かけた。
子供達の大半は本名でアバターをいじった様子も無く、恐らく設定をせずに来たのだろう。
そもそも、幼子にアナウンスの言葉が理解できるとも思えないが。
しかしこれ、老人はともかく子供はもしかしたら親が金目当てで、勝手に登録した可能性が高いな。
換金率の高さが広まってから、赤子でも登録だけは済ませる親なんて良く聞く話だし。
毎日ログインするだけでも月一万貰えるんだ。そりゃあ、富裕層でもない限りこのやり方を採用するわな。
子供名義で登録だけさせ、後は親が行うなんてのもよく聞くしな。
恐らくさっきの子もその類いでほぼ間違いないだろう。
それにしても、さっきから門の方がうるさいな。一体何の騒ぎだ。
「開かないんですけどー。どーなってんですかーこれー?」
「出れんしメニュー画面すら開けんし運営早よ出て来て説明せんかい!!」
まだアバター作成時間が終わってないし、恐らくアナウンスが流れるまでは此処から出られない仕組みなんだろう。だが、それでもメニュー画面すら開けないとは思わなかったな。
この手首の装置が怪しいが何の反応も無かったしな。……あれか? これはメニューって言ったら出て来るのか? ちょっと試してみるか。
回りに聞かれないかキョロキョロと周囲を見渡し、装置に向かって小声で「…メニュー」と呟いた。が、何の反応も返ってこなかった。
これでもないのか。というか、これは当然他の人も試してただろうな。
ピコン─
村中の喧騒を掻き消す様に突如、無機質な音と共に村中央の空中に半透明の巨大なスクリーンが現れた。
そこには嫌というほど見たタイトル画面のロゴマークが映し出された。
『皆様、アナザーワールドの世界にようこそ。ミッションクリアまで現実には戻れませんが、心行くまでこの世界をお楽しみください。詳細はメニュー→ヘルプで確認可能です。メニューは腕に巻かれてる装置に触れると出現します』
無愛想なアナウンスはいうだけいうと消え、辺りはより一層大きな喧騒となった。
……は? いやいや、ゲームから出れないってマジか!? 本気でこんな事言ってんのか?
適当に遊んで稼いで終わりだと、そう思ったのに。
……これはとんでもない事に巻き込まれたな。俺だけでなく、プレイヤーである人類のほとんどが。
一体何のためにこんな事を……。
いや、それを考えるのは後だ。とにかく先ずヘルプ見てみよう。
情報収集は必要だし、もしかすると攻略のヒントがあるかも知れない。
にしても村の中央に近いここでは、かなり周りが五月蝿い。
もう少し静かな所はないか?
――あぁ、あそこなら多少はましだろうか。
村とフィールドの境には、高さ五メートルぐらいの木の板を円状に連ねて作られた、モンスターが侵攻してきたら容易く突破されそうなとても心許ない防壁が設けられていた。
防壁のすぐ側まで行くと、中央の喧騒もあまり聞こえてこなくなった。
「流石にここは隅っこなだけあって大分静かだな」
そこに腰を下ろすと、いつの間にか緑色に変色し発光する装置に手を触れた。
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