第25話 ベビードラゴン討伐戦

 翌朝、約束の場所へ行くと同じ目的だと思われる者達が、ドワーフ男の付近に、既に集まっていた。

 なるほど。ドラゴン討伐に向かうだけあって、皆レベルも高く、装備も中々良いのを揃えているようだ。

 ボスモンスター戦で良い引きをしたのか、レア度Aの装備をしてる人もいるし、正直羨ましい。

 


 これで全員揃ったのか、ドワーフ男は豊かなヒゲを一撫でし、わざとらしく咳払いをすると一歩前へ進み出た。



「皆よく来てくれたのぅ。今から勧誘メールを送るので、誤爆防止の為、わしのギルドに所属してほしい。――勿論、事が済んだら抜けてもらって構わぬ」



 ――ポン、と。

 軽快な音がメールが届いた事を知らせる。

 定型文が綴られたギルド勧誘のそれを一読し、了承を選択。

 これで、一時的ではあるが、ドワーフ男のギルド【レアアイテムを集めたい】に入団した。



 時間にして約一分。

 全員の参加を確認したドワーフ男はよし、と頷き、

「ではこれから件の場所へ赴く。皆ついて来てくれい」

 と、馬に跨がり――あまりの小ささ故に足は届いていないが――拠点を出発した。





 ヒビがいたるところに入り、かわききった荒野を幾つもの馬蹄の音が響く。

 遠くには例のモンスターの住処らしきほら穴が見え始めた。

 そろそろかの、と、ドワーフ男がぼそりと呟いた次の瞬間、一筋の雷が行く手を遮るように走る。



「…もう少し近付けると思ったんじゃがの」

 慌てて全員が馬を止め、前方に仕掛けてきたであろう主を視界に捉えた。



 深緑の肢体に大きく見開きギラリと光る金色の双眸。

 これ以上近付くなと威嚇、警告するように翼を広げ、ほら穴の入り口を塞ぐように、ベビードラゴンはプレイヤー達に対峙した。


 ベビーといっても見たところ、大きさは平均的な成人の人間とそう変わらなく見えるし、何よりこの圧力と閲覧した時より上がっているステータス。

 特に【MP自然回復】とかいう見ただけで明らかボス専用のセコいスキルまで覚えてるし。

 これは今までで一番の強敵だろう。仲間が多いとはいえ、油断せずにかからねば。






「…チッ! 前衛組はまとめてやられぬようバラけ、囮も兼ねて突っ込む。後衛組は各々、援護頼んだぞ」


 言うやいなやドワーフ男を先頭にそれぞれ違う軌道を描き、ベビードラゴンへ向け馬を走らせた。



 俺はどうすべきか。少なくとも前衛ではないし。

 かといって後衛として残ったところで、出来る援護は【ウィンド】か【投げナイフ】がせいぜい。

 ならば的の一つとして前に出、隙あらば状態異常のスキルを叩き込む方が戦力になるか。

 


 立花がやや遅れる形で馬を走らせようとすると、後衛組の一人、背中に弓をかけた弓兵の男が周囲に聞こえる声を上げる。


「前衛と距離が離れすぎた。このまま奴が飛んで来たら一網打尽にされる。それを防ぐと共に精密な援護を可能にする為、我々も動いた方が良い」


 なるほど。確かにその通りだ。

 と誰しも思ったのか攻撃魔法や回復魔法を使いながらも、男の言葉に反論する者は無く、前衛への援護を続けつつゆっくりとではあるが距離を縮め始める。

 

 俺も出遅れた事だし、後衛組の護衛も兼ね彼等と共に移動するか。

 護衛といっても盗賊の俺が満足に出来るとは思えないが、居ないよりはいくらかマシだろう。

 来てくれないのが一番良いんだが、どうなるやら。

 


 いっぽう前衛組は、ベビードラゴンが次々と放つ魔法に落馬したり苦戦しながらも後衛の援護を受け、着々と距離を詰めていく。

 

 このままなら前衛組の攻撃が届くのも時間の問題かと思った。

 その瞬間、今まで一歩も動かなかったベビードラゴンが大きく翼をはためかせ、あざ笑うかのように彼等の遥か頭上を通り越し、魔法や矢のほとんどを避け、援護に勤しんでいた後衛組に急襲。



「――チッ! 狙いはこっちか!」


 とっさに放った風のつぶても、回転し自身の全体重を乗せ振り下ろされた尻尾にたやすく掻き消され、逃げるどころか満足に防御態勢を取る間もなく立花に直撃した。



 くそッ! 今ので半分以上も持っていくか。

 幸い周りの素早い回復と追撃が無かったから助かったが、もし彼等が居なければ死んでいたな。


 空を見上げるように倒れていた態勢を素早く整え咆哮へ視線をやると、ベビードラゴンが後衛組をいいように掻き乱していた。


 前衛組も柳を含め何人かはこの状況に備えていたのか、もう数十秒もあれば合流出来る距離。


 見たところ奴は自在に飛んで攻撃を巧みに避けているようだが、どうやら死角からの攻撃には滅法弱いらしい。

 というのも、基本的に【ファイア】などの使用者から標的に向かっていくタイプの物はほとんど回避しているが、【サンダー】を初めとした標的の上下から襲ってくる物に関しては、回避率が目に見えて下がっているからだ。

 そこが奴を攻略する上で重要な点と考える。



 このまま奴の好きにさせては後衛組に犠牲者が出かねない。

 成り行きだが一応護衛として残ったんだ。何とか合流まで持たさないと。



 すぐに好機はやって来た。

 仲間が放った雷が飛行中のベビードラゴンを貫き、態勢を崩し地面に堕ちたのだ。


「今だッ!」


 駆ける。一気に距離を詰めに。

 早くも態勢を立て直したベビードラゴンの左足に、麻痺の効果を表す鈍い黄色の刃を走らせ――。


 奴のステータス上に【部分麻痺(短)】の表示が追加。


 どうやら効果はあったようだ。

 しかし、数秒後にはその表記も消え去る。

 流石に雑魚モンスターと同じとはとはいかないか。


 少し成果に意識を割き出来た隙を見逃す筈もなく、違和感を感じた付近にいた立花をその原因と認識し、ベビードラゴンは左腕を鞭のように使い、まるで羽虫を払う如く男を払い飛ばす。



 が、男は不敵に笑いこう言ってのけた、「間に合った」と。



 意味は思考する間もなく理解できた。

 先程置き去りにした者が次々と合流をはじめる。



 尻尾及び下腹部に斬撃と魔法による直撃を加えたものの痺れも無くなると、不利とみたのかベビードラゴンは大声で威嚇し、再び空へ逃走を図る。


 

 だが、一度掴んだ好機、この優位をプレイヤー達がみすみす逃す筈もなく、囲うように展開し、魔法や弓矢を中心に怯みや衝撃を与え、ベビードラゴンの行動を阻み、前衛組の攻撃へ繋ぐ。


 こうなってしまったら、圧倒的に数で勝ち、隙間なく誰かの攻撃が入っている以上、倒すのも時間の問題。

 そう誰もが思っていただろう。

 事実、合流したから数分でベビードラゴンのHPは半分以下、加えて囲んで棒で叩いている状況。

 そう思っても何ら不思議ではない。むしろ当然の事といっていい。

 相手が戦闘におけるあらゆる行為を経験値にするユニークモンスターでなければ、このまま勝負は決まっていただろう。



 異変はすぐに。

 奴の体力を大幅に削り、もうひと押しで討伐出来るかというタイミングで訪れた。


 大きく咆哮したかと思うと、途端にベビードラゴンの全身を光が包みプレイヤー達を弾き飛ばす。



「何だ…これは…」


 まだ倒してはいないし、スキルなのか知らんがこんなの見たことがない。

 ただ確実に言えるのは、俺達にとって決して良いことではないって事だろう。


 

 包んだ光が消え現れたのは、一回り二回りも大きくなり人を見下ろせる巨躯きょく

 軽く一裂き出来るであろう大きな剛爪に、羽ばたきで吹き飛ばせそうな大翼。

 つんざく咆哮に、先程よりも遥かに凌ぐ圧倒的圧力。

 

 確認した表記からはベビーの名が無くなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る