レッドヘッドとブラックテイル①
「一体どうしたんだ!」
「千鶴、あれがどこから飛んできたか松波に解析させるんだ!」
緊迫した雪輝の指示に、千鶴は尋常でないものを察して迅速に従った。
「陽介、今横を通過した物体がどこから飛んできたかわかるか?」
しばしの沈黙の後に、返答があった。
「コズミックアークの輸送船、トロージャン・ホークからだ」
千鶴はそれをすぐに雪輝に告げた。
「雪輝、トロージャン・ホークの船だ」
「確定だな。まずいぞ……!」
「あれは何なんだ?」
ファルコンを追いかけながら尋ねる千鶴に、雪輝は声を絞った。
「核ミサイルだ」
ファルコンを追う千鶴は、自分がワープゲートに向かっていることに気づいていた。
つまり、ファルコンが追う核爆弾がワープゲートに向かっているということを意味する。ワープゲートを通過すれば地球は目前だ。
「な、なんだって! どうしてそんなものが……!」
「佐古か……! あいつ防弾チョッキでも着てやがったな! 死んだふりしてやがって!」
雪輝の苦々しい声が聞こえた。
「着弾前にここで爆破は難しいか?」
「あんな大きさのもの、ここで爆発させたらワープゲートも航行中の船も吹っ飛ぶ。お前も松波も巻き添えだぞ」
「……追うしかないか」
ミサイルはますます速度を増してワープゲートに近づいている。光学ズームで見ると、ずんぐりした形で一見ミサイルに見えないが、よく見るとブースターを搭載しているように見える。だからなのか、フェニックスモードでも思うように距離が縮まらなかった。
同じ状況の雪輝が舌打ちをする。
「ブースターなんかつけやがって、こんなところまで用意周到だな! 千鶴、至急松波に連絡しろ! ミサイルの目標は地球だ!」
千鶴はクレインを加速させながら、すぐに松波の通信回線に叫んだ。
「松波に伝える! 通過した物体は核ミサイルだ! ワープゲート経由で地球に向かっている。すぐにワープゲートを停止させるんだ!」
「ワープゲートを停止だって!」
陽介の表情には焦燥が見て取れた。
「そんなことできないよ! あれを動かかすには国連の承認がいるんだ! こっちはすでに対応に入ってるけど、キーがないからゲートの操作まではできない!」
そう言い切った陽介の横に、常影が割って入った。
「利賀二等宙士、その機体で核ミサイルに追いつけるか?」
「そのつもりです!」
「では任せた。核ミサイルに追いつき、可能な限り着弾を回避または遅らせろ! すでに本部には伝達済みだ。我々は貴様のサポートに回る。たとえ貴様がワープゲートを通過しても、我々は通信の混乱を防ぐため火星側で待機するのでそのつもりでいろ」
「了解!」
千鶴はさらに推力を上げようとスロットルレバーに手をかけたが、すでにレバーは限界まで倒れていた。
「くそっ! これが最大か!」
千鶴は前方を見据えた。等倍率では見えないが、ファルコンの先を拡大すると見える。
クレインより大きいそのミサイルには『pandora』というラベルとトロージャン・ホークのマーク、そして最悪なことに放射線のハザードシンボルが描かれていた。
雪輝の言い方からすると、あれが地球に着弾すればかなりの広範囲で地殻ごと消滅するのだろう。放射線のことも考えると隕石の何倍もたちが悪い。
ミサイルよりもこちらのスピードが速いのは確実だったが、追いつくにはもう少し時間がかかりそうだった。しかしワープゲートは目前に迫る。より速く飛べる戦闘機型に戻そうにも、主翼が破損しているからか変形はロックがかかって不可能だった。
それでも、千鶴は自分の中に宿る赤い翼の力に賭けた。莉々亜は言っていたのだ。この機体はイメージを実現することができる、パイロットの願いを叶える機体であると。
「あんなもの、絶対地球に落としてたまるか!」
千鶴は操縦桿を握りしめて叫んだ。
「いけえええええええっ!」
体が燃えるように熱くなってゆく。それに反応してスピードは確実に上昇し始めた。
「なんだ、あれ!」
松波のモニターに映し出されたクレインを見て、陽介が思わず声を上げた。
「あれは……まるで翼みたいだ!」
主翼を失ったはずの真紅のクレインに、真っ赤な光の翼が生えていた。
「赤い翼……! まさか、放熱口からエネルギーが漏れ出してるの……!」
開発者である莉々亜ですら、息を飲んでモニターを凝視していた。放熱口から吹き上がる赤い光は、炎でかたどった翼のようだった。
スピードを増したクレインは、ファルコンを追い抜いてゆく。
「千鶴……!」
赤い翼を広げるクレインを見て、雪輝も操縦桿を強く握った。
「俺だって、あきらめたくなかった……。もう二度とあきらめてたまるかよ!」
雪輝の気合いに共鳴するように、ファルコンの放熱口からも赤い翼が燃え上がった。片方が壊れているので片翼であったが、ファルコンのスピードも格段に増した。
「速く! もっと速く……!」
千鶴は身を乗り出して念じた。
「追いつけええええぇっ!」
体がどんどん熱くなり、その熱は思考をも奪い去りそうだった。だが千鶴は言葉にもならない大声を出して意識を繋ぎ止めた。
松波には千鶴の絶叫が響いていた。壮絶なコックピットの様子に全員が息を飲んでいたが、そこにアラーム音が鳴り響いた。陽介は管制モニターを見て目を見開いた。
「千鶴の体温が急激に上がりすぎてる! 四十度を超えてるなんて……! このままだと千鶴も雪輝も危ない!」
「クレインの放熱口は? 冷却システムは作動してるの!」
「最大まで作動してる!」
「それなのに……体温がこんなに!」
真っ青の莉々亜は、震える両手を握りしめ身を縮めた。
「お願い! 二人とも無事でいて……!」
千鶴はクレインの手を伸ばした。もうあと少しでミサイルに触れられるところまできている。だがワープゲートも目前だった。その時、クレインの横から別の手が伸びた。
「雪輝!」
ファルコンだった。放熱口からもれる赤い光は、まるで不死鳥の片翼のようだった。
「千鶴、もう一息だ!」
「そのまま行かせるかあああぁっ!」
クレインとファルコンの指先が爆弾の尾翼を捉えた。
その瞬間、クレインとファルコンは爆弾もろともワープゲートに飲み込まれた。
星が流星のごとく後ろへ流れてゆく。その流れは速くなり、ついに見えなくなるほど早くなって暗闇になった。そしてワープ特有の何色とも言い難い光が満ちる。
「千鶴、今のうちにブースターを落とせるか!」
「やってみる!」
千鶴はクレインに内臓されているワイヤーをミサイルに固定し、それを命綱にしてミサイルの下に回り込んだ。
両足を踏ん張って機体を固定し、自由になった右手で左上腕に内蔵されていたナイフを引き抜いた。それで叩き落とすようにブースターを切断する。
「よし! これで止めやすくなる!」
「雪輝、そろそろワープを抜けるぞ!」
千鶴はワイヤーを緩めて雪輝の反対側に回った。
「まだファルコンは動くか!」
「片腕がないだけだ! ここで動かさなくていつ動かすんだよ!」
力強い雪輝の声に、千鶴も声を張り上げた。
「出た瞬間に逆噴射の原理で一気に止める! 進行方向に背を向けて最大推力だ!」
「了解!」
千鶴はクレインでミサイルを抱えるような体制をとった。反対側でファルコンも片腕で体を固定する。
「雪輝、準備はいいか!」
「いつでもいける!」
「ワープを出るぞ! 3――」
奇妙な色合いの視界が一気に暗闇になった。そして流星が高速で奥へと流れてゆく。
「2」
高速の流星たちがだんだんとスピードを緩め、星が制止するその瞬間。
「1」
ワープゲートの巨大なリングが背後に姿を現した。
「推力最大!」
その瞬間、クレインとファルコンの赤い翼が大きく広がった。
「とまれえええええええええっ!」
千鶴は雪輝と同時に叫んでいた。
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