襲撃①

「やっぱりカッコイイよなぁ」


 千鶴はモニターの拡大ウィンドウに目をやりながら、吐息と共にそう呟いた。


「あれだけ特殊な機体だと、パイロットの選抜も相当条件厳しいんだろうな……」


 そう弱気にはなるものの「いや、あいつが乗ってるのに俺が乗れないなんて嫌だ!」と対抗心はすぐに燃え上がる。


「あんなやつの前であきらめてたまるか!」

 そのように千鶴が旋回しているさらに上空で、雪輝の青鷹が静かに飛んでいた。


「……あれが次世代戦闘機ファルコンか」

 特に驚くわけでもなくそう呟くと、雪輝は滑走路へ針路を変えた。


 その時だった。唐突に警報がコックピット内に鳴り響いた。


 もちろん警報は千鶴のコックピットにもけたたましく響いている。次いで「正体不明機接近中!」と通信管制官の驚きの声が続く。


「なんだ!」

 千鶴がレーダーを確認すると、国籍不明の機体三機が、沖合から猛スピードで近づいてくるところだった。


「どこの戦闘機だ! どうして今まで本部は気付かなかったんだ!」


 その理由はすぐに明らかとなった。アンノウンの機体は一瞬にしてレーダーから姿を消したのだ。


「ステルス機か!」


 千鶴は管制室と連絡を取ろうとしたが、またしても別のアラームが鳴り始めた。

 モニターに現れた赤字の警告は通信異常を告げている。


 通信の復旧は即座に自動で行わるはずだが、それでも戻らず、管制塔からの連絡も一切途絶えた。あらゆる周波数の電波を妨害されているようだった。


「広周波ジャミング……!」


 手動の復旧作業もむなしく、通信もレーダーも使い物にはならなかった。


「まずいな」

 舌打ちしたが、ふとあることを思い立って、通信の周波数を大胆に切り替えた。不安定な特殊回線なので使ったことはないが、試す価値はある。


 青鷹の針路を沖合方面に変えつつ、千鶴は周波数を微調整した。

 すると、『回線不能』と表示されていた雪輝との通信画面に、荒い画像が戻った。雪輝も同じ周波数の辺りを探っていたようだ。読みが当たった。


「雪輝、本部と通信は繋がってるか!」

「いや……。まさかUV回線を使うことになるとはな」


 雪輝との通信は途切れ途切れだが支障はない。本部とは繋がらないままだが、千鶴は沖合上空の拡大ウィンドウに目を凝らした。


「麗櫻の機体じゃないみたいだけど……敵って判断もできないよな」


 早計に攻撃してしまえばとんでもない国際問題になりかねない。どう動くべきか悩んでいると、不意に前方の戦闘機に火花が見えた気がした。


「――っ!」

 咄嗟に機体をロールさせて避けたが、火花がバルカン砲の発射によるものであるのは明白であった。


「あいつら撃ってきやがった!」


 まだ裸眼で目視できないほど距離が離れているのでこちらを本気で撃ち落とすつもりで撃ってきたわけではないようだが、宣戦布告の合図としては充分だった。


「敵機確定だな」

 雪輝の声が据わった。


 そこへ、一つの通信画面が開いた。


「青鷹パイロット、聞こえていたら応答しろ」

 ノイズの混じった不安定な画面に現れたのは、白い制帽を被った金髪碧眼の男だった。


「早乙女二尉!」

「UV回線の存在を覚えていたことは褒めるに値する。しかし今はそれどころではない」

 制帽の下から、鋭い眼光が覗く。


「現在本部は前代未聞の広域な電波障害により混乱している。こちらから呼びかけて本部の通信回線をUV回線に統一中だが、レーダーの復旧には目途が立っていない。電波障害発生直前に捉えた三機の戦闘機に関して、何か情報はあるか?」


「国籍不明機三機が伊勢湾沖より接近中」

「目視不可の距離ですが、バルカン砲を発射してきたので敵機と判断して良いかと思われます」

 千鶴に次いで雪輝も答える。


「了解した。そちらはお前たちに任せよう。民間人の被害者を出す前に、無礼なアンノウンどもを追い払え。撃ち落としても構わん」

「了解!」

 千鶴と同時に、雪輝も返事と共にヘルメットのシールドを下した。


「まだ学生だからといって臆するな。全責任は私がとる。期待しているぞ、レッドヘッドとブラックテイル」

「了解!」

 もう一度雪輝と共に大きく返事をして、千鶴はすぐに手元のタッチパネルで装備の確認に移った。


「雪輝。青鷹の装備は、バルカン砲八五〇発に空対空中距離小型ミサイルが二本だ」

「アクロバット専用機にミサイルが装備されてるだけでもありがたいな。さすがにステルスシステムはないが、フレアは標準装備だ」

「櫻林館上空でフレアはだめだ。人の真上にフレアの発火した残骸が落ちたら大変だ」

「海上で食い止めればいいだけの話だろ。千鶴、光学動体探知の感度上げとけよ。鳥でも探知できるようにしとけ。俺たちが把握できてるのは三機だが、それが全てとは限らない」

「了解!」 


 前方海上沖合、グレーの戦闘機が三機とも急加速で接近しはじめた。


「来るぞ!」


 雪輝が言うのと同時に、千鶴は機体を横に反らして敵のバルカン砲を避けていた。

 同時に威嚇射撃もしたが、効果は全くないようだった。そのまま三機とすれ違う。


 間髪入れずに千鶴は機体を一八〇度方向転換させた。そうして敵機の後方をとるはずだったが、敵機も方向転によって千鶴の方へ向かってくる。


「三機とも方向転換だって! 挑発してるだけなのか……?」

 敵の目標は櫻林館か本部と考えていたが、三機全てが真逆の沖合方面のこちらへ向かってくる。


「全機囮なのか!」

「千鶴、スピリット機動だ。俺が囮になっている隙に、お前がやつらの後方に回れ。さっさと片付けて櫻林館上空の護りに入るぞ!」

「了解!」


 前方から迫りくる三機。

 雪輝は少しずつ上昇し、敵の注意を引く。その隙に千鶴は急降下し、敵機の視界から外れるよう努めた。

 雪輝が三機からのバルカン砲を避け続けている間、千鶴は敵機の下から後方に回り込んだ。


 即座に敵機一機の左側エンジンをほんの数十発のバルカン砲で再起不能にする。

 スピリット機動は成功だった。エンジンから煙を上げながら海面に落ちてゆく。


 しかしその瞬間、敵機一機が編隊を離脱し、櫻林館方面に針路を変えた。

「やっぱり狙いはあっちか!」

 千鶴は舌打ちをしていた。


「千鶴、追え!」

「雪輝は!」

「こっちは任せろ! この一機はこちらに引きつけておく!」

「了解!」


 その場は雪輝に任せ、千鶴は櫻林館へ針路を変更し、青鷹を加速させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る