二人の赤色人種④

 全身が赤く染まったクレインの目にも赤い光が灯る。


「クレインが、フェニックスモードに切り替わったわ!」

「まさか、こんなときに発作が――!」


 莉々亜と陽介の声の後に雪輝の舌打ちが聞こえ、ファルコンは鉤づめを振り上げながら迫ってきた。


 千鶴はクレインを加速させて一瞬でファルコンの懐に潜り込むと、振り下ろされた腕を掴み、右前腕から短剣を伸ばして振り上げた。ファルコンの右肩が切断される。右腕が暗闇のかなたに吹き飛んでいった。


「腕が!」


 雪輝がそう言っている間にも、クレインはファルコンの背後に回り、ファルコンの首と左腕を羽交い絞めにした。


「くそっ! 動かない……!」


 ファルコンはもがくが、千鶴はクレインの力を抜かなかった。


「いつまで甘いこと考えてんだよ、雪輝! 俺の苦しみがわかるかだって? そんなもんわかるかよ! みんな自分で精一杯だ。みんな自分が闘うので必死なんだよ! だから言わなきゃわからないんだ! お前が言わなきゃいけなかったんだよ、助けてくれって!」


「千鶴が……赤い目なのに正気を保ってる!」

 そんな陽介の呟きが聞こえた。だがそれをかき消すかのように雪輝の怒号が響く。

「うるさい!」


 ファルコンが不意に背を丸め、その勢いで機体が振り上げられた。若干体勢が崩れた隙にクレインの腕から抜けたファルコンはそのまま体をひねり、回し蹴りを繰り出す。飛び退いてそれを避けても、ファルコンは残った左腕の鉤づめを何度も振り回して迫りくる。


「そう言ったところで、誰が助けてくれる! 周りになんでもあったお前とは違うんだ! 頼れるのは自分だけなんだよ!」

「この馬鹿野郎!」


 振りかぶられた左腕をクレインが掴んだ。もう一方の手で、思い切りファルコンの顔面を殴った。その衝撃でファルコンの片目が壊れた。


「お前だって、いろんなもの持ってるじゃないか!」


 千鶴は全力で叫ぶと、必死に肩で息を整えた。ROP代謝の反動か、体が火照って重たくなってきている。


「ちゃんと周りを見ろよ、雪輝。俺たちがいたじゃないか。自分のこともちゃんと見ろよ。辛くたってここまで頑張ってこれたじゃないか! どうしてそんなに頑張れた自分を褒めて信じてやらなかったんだよ!」


 千鶴は叫び続けた。全てを手放そうとしている雪輝に届くように。


「自分を認められたとき、俺たちはやっとひとつ強くなれるんだ! そうして少しずつ前に進んで理想に近づくんだよ! だからあきらめたら手に入らないのは当然なんだ!」


 確かに自分は雪輝より恵まれていたかもしれない。千鶴はそう思った。火星で助け出され、花江のもとで育ててもらえた。幻覚を抑える薬だって見つけてもらえた。偏見のはびこる社会でも、雪輝や陽介、莉々亜との出会いが千鶴を支えてくれた。


 では雪輝は? 連れ去られたトロージャン・ホークで、あきらめそうになる幼い心を励まし、幻覚の恐怖に一緒に立ち向かってくれた者はいただろうか。誰が雪輝を偏見から守り、自信を与え、立ち向かう勇気を応援したというのか。


「俺は全然知らないよ、雪輝のこと。少しは知ってるけど、俺が知ってるのは雪輝の全てじゃない。だから教えてくれよ、本当にやりたかったこと、これからやりたいことを。パイロットになりたいなんて、これっぽっちも思ってないんだろ……?」


 千鶴は操縦桿を握る手の力を抜いた。


 雪輝にもう戦意はない。すでにファルコンのフェニックスモードは解除され、主電源さえ切れているファルコンは沈黙していた。通信画面には、オレンジの予備灯の中で肩を大きく震わせる雪輝が映し出されていた。


「そのくらいはわかるよ。操縦桿を握っているときよりも、本を読んでいるときの方が雪輝の目も声もきらきらしてたから……。帰ったら、本当に進みたかった道を歩んでほしい。ちょっと寂しくなるけど、俺も自分の道で頑張るから」


「今更そんなこと……!」

 そう言って、雪輝が顔を上げたときだった。


 クレインとファルコンの真横を、巨大な何かが一瞬横切った。


「パンドラ……?」

 千鶴は見えたものを呟いただけだったが、それに雪輝が目を見開いて声を上げた。


「なんだって! 千鶴、今何て言った!」


 雪輝の剣幕に、千鶴は怪訝に思いつつもう一度言った。


「パンドラ。今通り過ぎたものに、多分そう書いてあった」

「嘘だろ!」


 ファルコンはフェニックスモードで息を吹き返すと、通り過ぎた巨大な物体を追っていった。


「雪輝!」


 千鶴も慌ててフェニックスモードのままファルコンを追いかけた。

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