二人の赤色人種③
「千鶴君、雪輝君を止めて! 放熱口が壊れたまま人工ROPシステムを動かすなんて危険よ! コックピット内の温度上昇を食い止めきれないわ! 陽介君、ファルコンに通信繋いで!」
「無理だ。ずっと試してるけど、こっちからの通信はずっとブロックされてるんだ!」
松波との通信から、「そんな!」と莉々亜の悲痛な声が聞こえる。
「雪輝、人工ROPシステムを今すぐ解除しろ!」
千鶴は通信画面に呼びかけた。
「温度管理が効かなくなってるんだ! そのままだとコックピット内の温度が上がり続けるぞ!」
「誰がそうさせたんだよ」
通信画面の中で、うつむいていた雪輝がゆっくりと顔を上げた。雪輝の鋭い眼光は真っ赤に染まっていた。まるで共鳴するように、ファルコンの目にも赤い光が宿る。
「はなから勝とうなんて思っちゃいない。生きようとも思ってない。助かったところで居場所なんてない」
雪輝は声を震わせると、最後に言い放った。
「こんな世界、大嫌いだ!」
気づいたら、ファルコンがすぐ横を通り過ぎるところだった。身構える前に大きな衝撃がきたので、千鶴は短い悲鳴をもらしていた。
「主翼大破!」
「千鶴君!」
陽介や莉々亜に返答する余裕はなく、千鶴はすぐさま振り返って二撃目を受け止めようと思ったが、その前に次の衝撃が襲った。
人工ROPシステムを起動したファルコンは恐ろしく速い。千鶴はとにかくファルコンから距離をとることを最優先に推力を上げた。
「千鶴君、ファルコンの鉤爪に気を付けて! フェニックスモードでは鉤爪に高圧電流が流れるわ!」
「フェニックスモード?」
「人工ROPシステム起動時の通称よ。雪輝君が自分自身のROP代謝を打ち切らない限り止められないわ! 槍の柄は絶縁体でコーティングしてあるから、鉤爪は槍で受け止めて!」
「千鶴、後ろ!」
陽介の声で千鶴は咄嗟に機体を横にひねった。いつの間にか真後ろに迫っていたファルコンの鉤爪が空を切る。
「なに逃げてんだよ。かかってこいよ!」
「雪輝、どうしてこんなこと……!」
「お前を見てるとイライラするんだよ!」
振り下ろされた鉤爪を千鶴は咄嗟に槍で受け止めた。「絶縁体かよ」と雪輝の舌打ちが聞こえる。
「赤色人種のくせに能天気に生きやがって……! 赤い髪と緑の目をひけらかしながらへらへらしてるお前を見てると腹が立つんだよ!」
ファルコンの推力が上がった。クレインの推力も上げるが、追いつかない。押されるがままにクレインは後退するしかなかった。
千鶴はなんとか鉤爪を受け止める槍に力を入れ続けた。だがさらにファルコンの推力は上がる。
「軍事開発の産物として生まれ、幻覚に苦しみながらもニワトリと罵られ、結局こうして兵器の一部として利用される! お前だって恨めよ! 悔しくないのか!」
「そんなことして、何になるっていうんだ……!」
「それだから腹が立つんだ! この恵まれすぎた偽善者が! 同じ赤色人種なのに、同じように生まれてきたのに、どうしてお前ばかりが手に入れて俺は何もかも手に入らないんだよ!」
受け止めていた鉤爪にはじかれ、クレインは後方に飛ばされた。
「俺の苦しみが、お前なんかにわかってたまるか!」
ファルコンが鉤爪を振り上げる。電圧が上げられたのか、鉤爪に沿って紫色の稲妻が這っているのが見える。後方に飛ばされながら、千鶴は光学ズームでそれを確認した。
「千鶴、危ない!」
「避けて!」
ファルコンが急加速し、姿を消した。フェニックスモードの恐るべき推力で実現されるそのスピードは、到底常人に見えるものではない。たとえ見切れたとしても、そのスピードを上回らねば回避すら難しい。
そんな状況で千鶴は槍を手放していた。そして次の瞬間、高い位置で交差させたクレインの両腕は、振り下ろされたファルコンの右腕を受け止めていた。
「なにっ――!」
雪輝の動きが止まった隙に、千鶴は交差させたままの腕を右下に流した。一緒に流されてくるファルコンの右手首を掴み、さらに引っ張る。
その瞬く間に重心を崩したファルコンに、千鶴は容赦なく鳩尾に膝蹴りを入れ、次いで後頭部のつけ根に手刀を入れると、ファルコンはその勢いで回転しながら吹っ飛んだ。
ファルコンはすぐに体勢を立て直したが、コックピット付近に入れた膝蹴りの衝撃で雪輝は呻いた。
「こんなところで観空大の受けだと……! それに今の速さは何だ!」
ヘルメットに覆われた頭を押さえていた雪輝は、顔を上げると言葉を失った。
ファルコンに対峙するようにたたずむ白い機体のクレインは、その白を這うように胸の位置から赤い光の粒が広がり始めていた。もうすでに機体の半分以上が赤くなっている。
千鶴は操縦桿を握りしめ、うつむいたまま声を低くした。
「誰だって苦しいんだ……。みんなそれを乗り越えて強くなって、それでやっと欲しいものを手に入れるんだ」
白いクレインが、見る見るうちに赤く染まってゆく。
千鶴は腹の底から叫んだ。
「お前の考え方が甘いんだよ!」
顔を上げた千鶴の瞳は、鮮やかな赤色に変わっていた。
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