もう一機の次世代戦闘機⑥
「莉々亜に聞かれてから、頑張って考えた。どうして今まで戦闘機に乗ってきたのか、そしてどういう覚悟でこれから戦闘機に乗っていくのか」
千鶴は自分の手を見下ろした。これまで操縦桿を握ってきた手だ。
「確かに俺が乗っているのは戦闘のための機体だ。バルカン砲の弾を何百発も、ミサイルを何発も積んで飛んでる。それなのに今までその重みに向き合うこともせず、俺は能天気に飛んできた。でもそれじゃだめだってことが、今やっとわかった」
開いていた手を、ギュッと握りしめた。
「陽介が雪輝に銃口を向けたとき、雪輝が次世代戦闘機に乗って行ってしまったとき、そして莉々亜がこうして苦しんでいるのを知ったとき、そういうことを考えようともしていなかった俺はなんて馬鹿だったんだって思った。でも……」
千鶴は顔を上げて微笑んでみたが、どうあがいてもそれは自嘲でしかなかった。
「どうして戦闘機で飛ぶかって聞かれたら、やっぱり戦闘機で飛ぶことが好きだからとしか言えないんだ。さっき言ったような莉々亜のための理由だって、きっと綺麗ごとだ。でもそれは嘘じゃないし理想だし、俺は次世代戦闘機の専属パイロットになって必ず莉々亜の思いを守ってみせたい。でも俺自身の理由っていうのは、やっぱり憧れた戦闘機でただそらを飛んでいたいっていう、馬鹿みたいに単純なものなんだ」
莉々亜は少し悲しそうな顔で微笑むと、小さく頷いた。
「そうよね……。千鶴君にとってのそらも戦闘機も、私が考える以上に大切なものなんだもの。私がそれを否定することなんてできないわ」
「戦闘機に憧れるなんて、莉々亜にしてみれば不謹慎にもほどがあるよな」
「小さな子供に、戦闘機が何のための乗り物かなんてわからなかったはずよ。仕方ないわ」
莉々亜は苦笑したが、千鶴は真剣な眼差しで強く頷いた。
「そう、わからなかった。あのとき俺が憧れた戦闘機は、兵器じゃなかったんだ」
その言葉に、莉々亜は怪訝な顔をした。
「俺が憧れた戦闘機はアクロバットショーの戦闘機だった。あんな風に俺も自由に空を飛ぶんだって、アクロバット飛行をする戦闘機は俺に夢をくれた。俺が目指す飛行はそれなんだ。決してバルカン砲のトリガーを引きたいわけじゃない」
言いたいことが伝わったのか、莉々亜は力強く頷いてくれた。
「でも戦闘機に乗る以上、トリガーを引くことは覚悟しなきゃいけない。フェスティバルの時に思ったよ。ああ、これが戦闘機乗りの本業なんだな、って。自分が生き残るだけで精一杯の場所で、俺は誰も殺さないだなんて理想は語れない」
うなだれた莉々亜に、千鶴は「でもそんな戦争のある世の中は俺も望まないよ」と続けた。
「本当に戦闘機が目の前で戦っていたら、かっこいいなんて思えるはずはない。怖いに決まってる。だから俺は、戦闘機がかっこいいと思われるような世の中であり続けてほしいんだ。どの国も戦闘機の本業がアクロバットショーになるくらい平和ボケすればいい。俺はミサイルなんかじゃなく、昔俺がもらったような夢を積んで戦闘機を飛ばしていたいよ」
照れくさいが正直に言うと、莉々亜は静かに控えめに微笑んだ。
「そうなったら、きっと『戦闘機』という名称はなくなるのね」
それがまるで叶わない夢であるかのような眼差しをするので、千鶴は語気を強めた。
「その理想を叶えるために、兵器を扱う立場だからこそやらなきゃいけないことだってあるはずなんだ。俺は戦闘機パイロットとして、戦闘機がかっこいいと思われる世の中を守りたい! だから俺は防衛官として戦闘機に乗る。それが俺の戦闘機パイロットになる理由だ!」
精一杯の思いを込めて言い切ると、莉々亜はその大きな目になみなみと涙を湛えていた。
「そんな理由じゃ、だめかな……?」
千鶴が首をわずかに傾けると、莉々亜はゆっくりと首を横に振った。
「お願い、絶対に死なないで」
莉々亜はうつむくと、そう小さく声を絞った。床に雫が落ちる。
「俺が次世代戦闘機を預かってもいいの?」
「そんな素敵な理由を教えてもらって、他に誰を選べって言うのよ……」
涙を拭ってから顔を上げた莉々亜は、その瞳を千鶴に向けた。
「だから、絶対に死なないで! 生きて帰ってきてくれないと、誰が戦闘機をかっこいい乗り物にしてくれるの!」
そのように必死になってくれることが嬉しくて、千鶴は莉々亜のすぐ目の前まで歩み寄った。
「ちゃんと帰ってくる。雪輝を連れて一緒に戻ってくるから」
莉々亜は小さく、だが何度も何度も頷いた。
少し手を伸ばせば莉々亜に触れられそうな距離ではある。しかし千鶴はその手を動かすことはなかった。触れてしまえば、いつか雪輝に語った決意が無に帰してしまいそうだ。
千鶴は微笑んでその感情を隠すと、莉々亜の背後にあるノートタブレットを一瞥した。
「初期起動はどこまで進んでる?」
「あとは起動用パスワードを入れるだけよ」
ノートタブレットに向かった莉々亜に、千鶴は言った。
「パスワードだけ入れてそのままにして。まだ起動させないでほしい」
莉々亜が怪訝な眼差しを向けてくるが、千鶴は微笑んだだけで莉々亜に入力を促した。莉々亜はためらいがちにキーボードに手を伸ばし、長い長いパスワードを打った。
「全部入力したわ。後はエンターキーを押すだけよ」
千鶴は莉々亜の隣に立ち、ノートタブレットの画面を見下ろした。画面には入力された長いパスワードがいくつもの『■』で表示されている。
「莉々亜、ありがとう」
不安そうに見上げてきた莉々亜に、千鶴は笑った。
「今まで全部一人で隠したり背負ったりして辛かっただろ。俺も一緒に背負うよ。莉々亜ばかりが背負うのはおかしい。莉々亜が作ったクレインに乗るのは俺だ。だから俺も、せめてこれくらいの責任は持たせてほしい」
莉々亜がまだ千鶴の言いたいことを理解できないでいる間に、千鶴はノートタブレットのエンターキーを軽く叩いた。
低い呻りをあげはじめ、クレインに息が吹き込まれた。主電源が入り、搭載されている操作システムが動き出す。
白い外装の下で、小さな光の粒がまるで血管に通う血のように流れていくのが見える。目は緑色に灯った。
「千鶴君……!」
動き出したクレインから千鶴に視線を移した莉々亜は、大きな目を真ん丸にして千鶴を見上げていた。そんな莉々亜に、千鶴は言った。
「作ったのは莉々亜だけど、動かしたのは俺。背負うのは半々だ」
莉々亜にもう一度笑いかけてから、千鶴は顔を引き締めてクレインを見上げた。
「じゃあ、行ってくる」
それだけ告げて、千鶴はタラップを登り、クレインの胸の位置にあるハッチを開けた。自動で開ききると、広めの操縦席が千鶴を迎える。
赤いヘルメットを被って、千鶴はコックピットに足を踏み入れようとした。
その時、莉々亜の声が格納庫に響いた。
「千鶴君!」
千鶴が見下ろすと、莉々亜は大きく叫んだ。
「今まで嘘をついてきごめんなさい! 私……私っ――」
そこまで言って、莉々亜は泣き崩れるように膝をついた。
だがすぐに両手で涙を拭いて顔を上げた。
「絶対雪輝君と戻ってきてね! 陽介君と待ってるから! みんなでまた、ピクニックに行こう!」
千鶴は深く頷くと、今度こそコックピットに飛び込んだ。
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