二枚の写真④
花江の部屋にあった千鶴の二枚の写真。薬で抑える前と後の表情を比べるだけで、赤色人種に課せられていた過酷な運命を垣間見た気がした。
「何も知らずに私は……」
外に出ると、晴れた空からの日差しが明るすぎて、莉々亜は思わず目を細めた。
保育園の教室では子供たちが昼食を食べている。遠くから覗いたが千鶴はいないようなので、莉々亜は教えられた千鶴の部屋に向かった。
足取り重く保育園の裏に回ると、老朽化の激しい二階建ての建物があった。まるで古びた木造アパートのようだった。階段はギシギシと音が鳴るけれども、よく見ると階段も廊下も隅々まで掃除が行き届き、とても大切に扱われているのがわかった。
各部屋の扉にはその部屋の主による飾りつけが施されていた。可愛らしい手作りの名札をたくさん貼っている扉もあれば、アーティストのポスターが貼られている扉もある。
奥から二番目の扉には、初等学生が夏休みに作るような木工の名札がかけられていた。木製のひらがなで『ちづる』と書かれており、同じく木工の飛行機が一緒に貼られている。それは何年も前に作られたもののようで、すっかり色褪せていた。
その扉を、莉々亜は恐る恐るノックした。
「千鶴君、いる?」
待ってみても返事はない。もう一度ノックしても反応はなかった。
「お昼ご飯だって。花江先生に呼んできてって頼まれたの。入っちゃうよ?」
ドアノブに手をかけると、簡単に開いてしまった。
莉々亜は躊躇したが、そっと部屋の中を覗いた。据えられた家具は全て古びた木製だった。机、本棚、箪笥、そしてベッド。物はほとんど寮に持ち込んでいるのか、部屋全体ががらんとした様子だった。本棚に飛行機の模型や天体の本がわずかに並んでいるだけである。窓は開け放たれ、吹き込む風が水色のカーテンを揺らしていた。
その風に赤い髪をそよがせながら、千鶴はベッドにうつ伏せになっていた。パーカーとリュックは床に転げたままだ。
「千鶴君、寝てるの……?」
莉々亜は部屋に上がり千鶴を覗き込んだ。あどけない顔でスウスウと寝息を立てている。よく見るとまつ毛はとても細くて長い。黒でも赤でもなく、両方混じって茶色がかっている。
「やっぱりまだ嫌われたくないよ。でも、知ったら絶対怒るよね……?」
眉ひとつ動かさない千鶴に、莉々亜は脱ぎ捨てられていたパーカーをそっとかけた。
「おやすみなさい」
莉々亜は千鶴の部屋を後にした。
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