暗闇の鷹②

 航空宇宙防衛隊本部。指揮官クラスに与えられる執務室のデスクで、常影は顎に手を当てた姿勢でモニターをじっと見つめていた。


 普段目深に被っている制帽はデスクに置かれ、青い瞳にモニターに開かれた資料の細かい文字が映っている。


 不意にノックの音が響いた。


「私だ、常影」

 聞き慣れた声に「開いてるぞ」と促すと、スーツ姿の堅物そうな男が入ってきた。


「相変わらずぴったり五分前だな」

 それには返答せず、雉早は単刀直入に言ってきた。


「減給処分をくらったらしいな」

 常影は鼻で笑った。


「どこぞのクソ親父と違って金のためにこの仕事をしているわけではないのでな。なんの痛手にもならん」

「迎撃の指揮を取った手柄が降格処分を相殺したと聞いたが?」

「ああ」


 襲撃事件の数日後、父である早乙女航空宇宙幕僚長の執務室に呼ばれた時のことを、常影は思い返した。



 あからさまにこちらを睨みながら、父親の第一声は「お前のせいで我が国の軍事力の顕示は失敗に終わった。どう責任をとってくれる」であった。


 次世代戦闘機を披露する場で発生した襲撃に次世代戦闘機を用いなかったのは、確かに最大の見せ場を無下にする行為だ。


 パイロットが搭乗していながら次世代戦闘機を動かさなかったことは、あの場にいた多くの民間人でさえ疑問に思っただろう。


 事実、その疑問はマイナスイメージを呼び寄せ、防衛隊に対する不信にも繋がりかけている。


 それは常影も理解できる反応であったが、理不尽な責任の押し付けに常影は反論を用意していた。


「だから専属パイロットの用意ができてから公にするべきだと、私は再三言ったのです。私では次世代戦闘機の実用的な操縦は無理だとご存じのはずでしょう。あれでは見切り発車もいいところです。その事実が国民に伝わっただけではないですか」


 燃えるような眉を吊り上げて睨み上げてきたが、常影は冷ややかな目でそれを受け止めていた。

 少しすると早乙女は鼻息荒い嘆息の後、こう言った。

「降格処分にしてやりたいところだが、迎撃の指揮を執った功績を周りが妙に評価するのでな。今回は減給処分にとどめてやる。ありがたく思え」

「稀に見るお気遣いありがとうございます」

 わざとらしく礼を述べ、常影は早々にその場を後にしたのであった。



「理不尽な話だろう?」

 常影は笑ったが、雉早はやはり硬い表情を崩すことはなかった。


「さて、そんなどうでもいい話は放っておいて、本題だが……」

 パソコンを少し操作している間に、雉早はモニターを覗ける位置に回り込んできた。


「あの時のドローンか」

 モニターに映し出さている壊れた黒い機械を見て、雉早は言った。


「そうだ。解析の結果が返ってきてな。パーツの製造国や規格を重点的に調べたんだが、率直に言うと麗櫻国出身の技術者によって作られた可能性が高いことがわかった」

「なんだと!」


「几帳面に色々な国のパーツを寄せ集めて作ってあるようだが、組み上げる癖や細かい部分の処理に麗櫻国人の個性が出ているそうだ。外国製のものはもっと雑な仕上がりになるらしい」


 肩をすくめると、雉早は驚きの表情からより一層硬い顔で眉根を寄せた。


「では、あの襲撃は国内のテロリストの犯行ということか。あんな戦闘機や規格外の電波妨害装置をこそこそと用意するのは至難の業のように思えるが……」

「なにも麗櫻国内で準備することはない」

「協力した国があるということか? だとするとこれは重大な国際問題だ!」


 熱くなる雉早に、常影は笑みを崩さず肩をすくめた。


「そこまではまだわからんが、たとえ国内のテロリストだったとしても、他国の土地を利用せずに国外で準備することは可能だ」


 そこまで言うと、雉早ははっと気付いた様子を見せた。


「宇宙か……!」

「宇宙でも月でも火星でも、可能性はある。そうであれば我々の管轄内だ」

 常影は一層口の端を吊り上げた。


「軍ではない防衛隊は護りに徹する部隊であるから、こちらから噛みつくことはない。だが噛みつかれたら徹底的に追い回さねば、護れるものも護れん。相手が国内のテロリストであるならなおさら、徹底的にやらねば諸外国にも迷惑がかかるかもしれんからな」


 思った以上に声が弾んでいたのか、雉早が呆れたように肩を落とした。


「とは言っても独断で派手なことはできんぞ。襲撃したのも国内のテロリストとまだ決まったわけではない。あまり軽率に出ると、それこそ国際問題に発展するかもしれん」


「私もそこまで馬鹿ではない」

 常影は椅子にもたれかかり、冷えたコーヒーを一口すすった。


「まずは水面下から探りを入れる。我が国は隠密を生業とする『鷹の群れ』を飼っているのでな。まずはそれを活用させてもらう」


「なるほど、『鷹の群れ』か」

 頷く雉早に、常影はいっそう不敵な笑みを見せた。


「これはなかなかの大仕事になるぞ、雉早。なんとなくだが、そんな予感がしてならん」

「確かにお前のそういう勘は鋭いが、外れてほしいものだな」


 友人の皮肉に、常影は小さく笑った。

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