• 風を掬う者

  • 壱章
  • 人斬り
  • 挿話弐拾玖/待伏せる男と待ち伏せされる男

挿話弐拾玖/待伏せる男と待ち伏せされる男

辺りは闇に包まれていた。


闇と言っても夜空に星は瞬いている。


月は出ていない。


新月であった。


月明かりがないせいか、星がいつも以上に輝いて見える。


冷え込みも大分、厳しくなりつつあった。


いつもなら蟋蟀等、虫の鳴き声も聞こえてくるはずなのだが、今日は何故か静まり返っている。


そんな中、一人の男が歩いて来た。


その男の目には狂気が宿っている様である。


隠岐おき虎士郎こしろうであった。


先程、目前で実の母を亡くして、その影響もあっての事か、今までは虎士郎が眠りに就かないと現れる事のなかった、もう一つの人格、人斬りの人格の状態で夜の京の町を獲物を探すかの如く彷徨っている様だ。


すぐ、そこには大きな桜の木があった。


幹の太さは大人四人で手を繋いで輪になったくらいの太さであろうか。


そして虎士郎はその桜の木の脇を通り過ぎて、三間程、進んだ所で急に振り返って、桜の木の幹の根元辺りを睨み付けた。


そこには目が二つあって、同様にこちらを睨んでいる。


よく見てみると、そこには人が居る様だ。


しかし一見しただけでは桜の木の化け物の様に見えるであろう。


まるで木の幹に目が付いている様に感じる程、桜の木と一体化している様に感じる。


そして、その人の様なものは異様に大きかった。


人ではないものであっても全然に不思議ではないだろう。


寧ろ人であった方が信じられないのかもしれない。


そして、その人の様なものは桜の根と根の間に腰を下ろし、両脚を投げ出して背を幹に預けたまま虎士郎を射抜く様に見据えている。


虎士郎はその人の様なものの視線に動きを封じられてしまっている様だ。


虎士郎から攻撃を仕掛ければ、圧倒的に有利な体勢であるはずなのに、それが出来ないでいるのである。


「ふふふ、」


突然にその人の様なものが小さく笑った。


更にいつの間にか、その人の様なものは立ち上がっていたのである。


虎士郎には、いつ立ち上がったのか判らなかった。


恐らく虎士郎がその人の様なものの笑い声に気を取られた一瞬の内に立ち上がったのであろう。


虎士郎にとっては油断があった。


体勢が有利であった事で油断してしまい、その隙をつかれたのだ。


これで体勢に有利不利は無くなってしまった。


しかし人の様なものが立ち上がった事で代わりに不気味さは減る。


その人の様なものが少なくとも人ではあろう事が判ったからだ。


「今日は待たせて貰ったぜ」


その人の様なものが言った。


虎士郎は黙ったまま、その人の様なものを睨んでいる。


「待ち伏せが得意なのは、お前さんだけじゃないって事よ」


人の様なものが虎士郎に言い放った。


虎士郎はまだ沈黙している。


「どうだ?待ち伏せされる気分は?」


その人の様なものが虎士郎に訊いた。


虎士郎は答えない。


「なんだかなぁ。面白くねぇ奴だなぁ」


人の様なものは不満そうに言った。


虎士郎は黙ったまま、その人の様なものを睨み続けている。


そして、その人の様なものが自らの正体を明かす。


「まぁ、いいや。教えといてやるよ。今夜、お前さんは、この黒谷天竜くろたにてんりゅうに斬られる運命にあるんだぜ」


表情に不敵な笑みを貼り付けたまま、天竜が虎士郎に言い放った。

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