シュバリエの悲劇

数時間前、王国に永遠の秩序を願った。しかし、災禍たる竜の出現により先刻の王都は混乱と喧騒の渦に呑まれる。


ルシアとエンジェは大広間に戻ると、シャールを含む数名の使用人達が地下に続く階段から駆け上がってきた。


「シャール、皆は無事?」


親愛なる主の無事を確認すると、冷静沈着な表情で話し出す。


「はい。ミスティ様と敷地内におられた方々を地下へ避難誘導を行いました」

「ご苦労様。……お父様は先陣を切ったのね。馬の蹄が聞こえたわ」


すると、シャールの横に控える黒髪の使用人が発言する。


「ガリア様は近衛騎士団を率いて中央区へ向かわれました。ですがご安心を、お城は我々が死守します。どうか、お嬢様は地下へ避難なさってください」


少女の名はセレス。透明感のある色白な肌に目つきが鋭い琥珀こはく色の瞳。落ち着いた言葉遣いと顔色一つ変えていない理性的な女性だ。

彼女の背後につつましく控えている使用人二人もまた然りである。ガーランド家の使用人達は特殊な訓練を積んでいるのか、あるいは潜在的なものなのか。


「私は民を守り先導する責務があります。シャール、あなたは私達に付いてきて。セレス達は二手に分かれてお城の警護、アルカード城におられるマリアンヌ様とルメイアの保護を最優先に。最悪の場合、此処を放棄してでも自他の命を守りなさい!」


この場にガリアがいれば我が娘の見事な采配に喜んだに違いない。


使用人一同は『御心のままに』と口を揃えると、ドレスの裾をたくしあげて一礼をみせると、しとやかに覗かせる悩ましい太ももの柔肌に身につけた、ガーター裏の鋭利えいり暗器ダガーは、王女に忠誠を誓う恭順きょうじゅんの意を表していた。



遥か昔、かつて竜は人間と共存し、神として崇められていた時代があった。

その竜は大地を冠する土色の鱗に、爛々らんらんと輝かせる深紅色の双眸そうぼう獰猛どうもうさと気位を備えた二本の角、空を征する翼と言った風貌はあらゆる種族の垣根を超越した王。人々に愛され、共に繁栄の時代を築き上げた竜が何故、血の雨を降らせたのは神のみぞ知る事だろう。



扉を開けると、警鐘が鳴り響き、先刻の輝かしい王都は混沌の渦に包まれていた。瞳に映る邪悪な竜を見据え、古竜ガイアの面影を彷彿とさせたルシア。遡る過去、安らかに眠る金髪の乙女を抱え、深紅に染まった空に慟哭どうこくをあげる己の姿を幻視していた。


「尻尾は短くて翼が生えていない。まるで生まれたばかりの赤子ドラゴネット。強大だけど、二度に渡って大陸を震撼させたと竜とは思えない。二年前に降臨した時は畏怖を覚える神々しさがあったわ」

「姫様、外見に騙されてはいけません。彼の竜は泥で受肉した魔物です。竜は二年前に滅んだのですから」


魔物とは古来より人間にとって害なす異形の存在。泥で受肉した体色は黒と赤が不気味に流動していている。

その姿形は千差万別で大小中と個体はさまざまである。行動目的は一貫していて視界に捉えた動く存在を襲う習性があり、同族は傷付けない事から少なからず自我がある様子だ。


(たとえ、ガイアを偽った竜だとしても、二度と雨は降らせない……)


憐憫れんびんを浮かべたルシアの横顔をエンジェは尊い眼差しで見ていた。


「いずれにしても、竜に自由を与えてはいけません。大結界を修復して機先を制する事が先決です。エンジェ姫、大結界が管理されている在り処はどこにありますか?」

「女神像の内部よ」

「急ぎましょう」


ルシアが行動を移そうとした矢先。


「お戯れを」


シャールは難色を示し苦言をていす。


「大結界を修復されても、あれほどまでの体躯たいくをした魔物への沈静効果は微々たるものでしょう。しては悠長に修復している時間はございまん。剣や槍よりも魔物の弱点をつける魔術が必要です」


口調に棘があるが先を見通した賢明な判断だ。だが、そんな事は言われずとも、魔術師であるルシアは百も承知だった。


「自分が攻勢に出ても、対抗策が無ければ苦戦を強いられるだけです。それに、半時間あれば大結界を修復出来ます。これでも一介の魔術師ですから」


この発言にはエンジェも表情を変えざるを得えなかった。通常一、二時間ほど掛かるが、僅か三十分で修復など極めて困難な事だろう。


会話している間にも地響きが鳴り焦燥しょうそう感に駆られる。此処で淡々と論議している猶予もない為、シャールは思い留まった。


「……承知しました。では、私は一足先に中央区に参ります。姫様、暫くお側を離れますがどうかご無事で」

「あなたも無茶をしないで」


シャールは二人に一礼すると、腰部に挿した漆黒の傘を広げ、風の流れを読んで跳躍すると、あたかも重力の束縛を無視したかのように、ふわっ……と浮かび上がり中央区へ向けて飛んで行った。


「時は一刻を争います。急ぎましょう」

「ええ」


二人はリネスの女神像に向かう。複雑に絡まった南京錠をエンジェは手慣れた様子で解錠して内部に入ると、仄暗い空間に冷気が肌を刺した。


「エンジェ姫」


地下に続く螺旋階段を足早に降りる途中、先導するルシアは沈黙を破るが足を休める事はない。


「ガーランド家に仕える魔術師は、魔術協会から派遣された者ですか?」


基本、魔術師は教団に従属する形で協会に属している。数ある協会がある中、彼等が所属している協会の見分けがつくように儀礼装やローブの色が異なる。


「雇用時の誓約書はお父様が保管していて詳しい経緯は把握していないけど、独学で魔術師になったと聞いたわ。身寄りがない為、教会で洗礼を受ける条件として後見人を引き受けてくださった司教様と暮らしているわ」


魔術師が洗礼を受ける。それ即ち特別な意味を持つ。協会に属する時、聖水を飲み干し、誓言せいごんを唱え、心身を捧げ生涯世の為に奉仕する事を誓う。儀礼装を授けられ晴れて一人前の魔術師となると教団の後ろ盾が付くが他国で洗礼を受けた場合恩恵は受けられない。


「あの子が……」

「ヨナを知っているの?」

「はい。それよりも、大結界を修復されたのは今日ですよね?」

「ええ、あの子には合鍵を渡しているから女神像の出入りは自由よ。念の為にシャール達が交代で監視を張っているけど今まで不祥事は一度も起こらなかったわ」

「南京錠は閉まっていた。。そうですよね?」

「……どういうこと?」


脳裏に再生されるのは、ポエム染みた不気味な言葉。一言足りとも頭から離れられなかった。


『解かれゆく禁忌、破られし反魂はんごんの扉…………』


「不吉な予感がします。何があっても自分から離れないで下さい」


抑揚のない静かな声で言う。


「ええ……」


静寂の空間で沈黙が生まれる。階段を降りた先にある重厚な扉を開けると、神殿の様に荘厳な造りをした空間が広がっていた。


「うっ……!?」


血生臭い悪臭が漂いエンジェは口を塞ごうとしたが、既にルシアが彼女の口を塞いでいた。だが、扉を開けたことにより換気が通り悪臭の霧が半減すると視界がクリアになり全容が明らかになる。空間の中心には、紅茶色のローブを着た魔術師が、歪な魔法陣の上で仰向けで倒れていた。


「ヨナ!?」


エンジェは血相を変える。ルシアは機敏な動きでヨナを抱き起こし、胸に耳を当てると心臓の鼓動が脈打つ音を確認した。


「大丈夫、気絶していますが息はあります。命に別状はありません」


とは言え、危うく命を落とす寸前まで昏睡していた。


ルシアは魔法陣の解呪を試みようと裾に仕込んだ短剣を取り出すと、手早く自身の指の皮を切った。その自傷行為を目の前で行った事によりエンジェの顔が一瞬歪む。切り口から滲み出る鮮血を使用して同じ紋様をした魔法陣を描き『《イレイス》』と呪文を唱えると、歪な魔法陣は沸騰音を立て湯気が噴き出し蒸発すると跡形も無く消滅した。


「エンジェ姫、この戦いが終わったらあなたに伝えたい事があります」


エンジェの肩がピクッと震えた。


「今、伝えられないこと?」


ルシアは間を数柏置いた後に口を開いた。


「あなたの決意が鈍ってしまうから」



同時刻のその頃、竜は泥を吐き出して配下を呼び寄せた。首なし騎士デュラハン番犬ガルムが王都中を蝕んでいった。だが、絶望的な状況でも臆さず息の続く限り騎士達は奮闘していた。


「貴殿達、一点突破し活路を開くぞ!」


東の守護騎士ランスロード騎士団を率いるユリアーヌは先頭に立ち、後方で騎乗した団員が槍を構えていた。


「突貫せよおおおおおおッ‼︎」


ユリアーヌは鬼の形相ぎょうそうで勇ましく雄叫びを上げる。


『うおおおおぉぉぉぉ‼︎』


強靭の槍を構えて疾風迅雷の如くデュラハンの鎧を易々と粉砕する。団員との掛け声で士気を高めながら次々と討伐するユリアーヌはデュラハンの大剣による猛攻を一撃を紙一重で避け、一瞬で距離を詰めて剛力のままに胴体を貫き活路を開いた。


「所詮は烏合の衆。魔物風情が我々を阻めると思うな」



屈強な男達は前方の視界を埋め尽くすガルムを見据えていた。西の守護騎士ヴァリアント騎士団長のクリストルは主力武器の大盾を構え、大剣グレートソードをで盾を鳴らし始めた。まるで打楽器を演奏するかのように団員達も一丸となり盾を叩き始める。西区に響き渡る重金属の音は真っ先に音に敏感なガルムの本能を呼び起され一目散に襲い掛かかる。魔物を最大限まで誘き出し、クリストルの号令と共に瞬時に陣形が展開される。機敏な動きをみせながら勢いよく飛びついてきたガルムの群れは大盾に激突する。


「さぁ……反撃の時間だッ‼︎」



南の守護騎士ディエス騎士団は魔物と交戦を繰り広げられていた。片手に長剣ロングソードと戦輪を持ち遠近に対応した知略な戦法を得意とする彼女達から漂う風格は戦場に舞い降りた戦女神のようだった。レオタードのような造形をした服は特殊な革で編んだれっきとした防具の意味を成し、鎖帷子くさりかたびら以上の強度を誇り羽根の形をした腰飾りと金属製の防具を腕と脚に装着している。


類稀なる美貌と才能ある彼女達の団長ベルベットのエメラルドの瞳は、貫くような強い光を秘めていた。彼女の卓越した戦闘技量はクリストルやユリアーヌといった団長クラスが感服する実力を誇る。


「私の後に続けええええええええッ‼︎」



竜は鈍足ながら城に向けて進撃していた。防壁を破壊しながら家や建物を踏み潰し、時には噛み砕き尻尾で薙ぎ払う。

飛散した巨大な瓦礫は付近の建物を貫通し、積木のように崩れ落ちる。


「心を失くした竜よ、古き良き時代の誇りを抱き永遠とわに眠れ。ぇッーー」


中央区でガリアの指揮の下、近衛騎士達は全方位に火の弓矢を構え、攻城兵器の大型弩砲バリスタを放つ。魔物の弱点は特に火が有効的だ。だが、雨のように竜の頭上に降りかかる火の矢は全身に突き刺さるがまるで効果が無かった。


だが、バリスタから放たれた厚さ二メートル長さ三メートルの巨大なやじりは竜の四肢を貫き一瞬の怯みを見せると、ガリアは拘束装置を放つ。巨大な鎖が装置から放出し、体長百メートルを超える竜の体躯に絡まり行動を封じると、ガリアは間髪入れずにバリスタを放ち竜の右胸にトドメの一撃を与えると竜は地面に沈む。


目下、近衛騎士が魔物と戦闘を繰り広げられていた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー‼︎」


黒髪の少女はガルムの背面に飛び込み胴体を真っ二つに斬り裂く。


「……私も、皆を守る事が出来るんだ‼︎」


だが、背後から迫るデュラハンの気配に気付けず大剣の餌食になるところを金髪の女性騎士が剣で受け止め、刹那の瞬きで一撃で仕留める。


「団長‼︎」

「戦場において油断は禁物ですよアリーシャ。常に視野を広げ、隙を見せる前に虚を衝きなさい」

「はい……」

「ただ、踏み込みは良かったですよ」

「はい‼︎」


(竜は沈黙したようですが、この数の魔物を相手にするのは骨が折れそうですね。……来てくれましたか、シャール)


傘を片手に持ち風に揺られながら空中移動して現れたシャールは、魔物の群れを上空で蔑んだ目で見下ろしていた。


「有象無象に溢れる姿は地を這う害虫のよう……ドン引きです」


傘の柄から手を離し降下すると、両手の指先に挟んだ鋭利なダガーが光り尋常ならざる身のこなしで周囲一帯の魔物に攻め込む。優れた柔軟性を最大限に発揮したアクロバティックな動作で魔物を翻弄しながら目に見張るダガー捌きで確実に急所を狙い一撃で仕留める。跳躍する度にドレスが舞い上がり中身が見えそうにになるがガードが固いシャールは当然自ら羞恥を晒すつもりは毛頭なく手で隠す余裕をみせながらあらかた掃討すると、頭上に落ちてきた傘をキャッチして伯爵の下に行く。


「姫様の命により、せ参じました」

「忠義、大義である。これより騎士団と連携を取り魔物の殲滅を図るぞ」

「御意……」


刹那、沈黙していた竜が開眼すると、空気を震わす咆哮を上げる。


「間髪入れずバリスタを放てッ‼︎」


以前より凶暴性が増した竜は束縛した鎖をいとも容易く引きちぎると、鏃を嚙み砕き、鉤爪かぎづめで破壊し、尻尾を振るい吹き飛ばすと周囲の建物に影響を及ぼした。


「これでは打つ手がありません‼︎」

「伯爵殿下、ご指示をーー」


絶望の淵に立たされた瞬間、リネスの女神像の両手から眩い光の柱が浮かび上がり王都に大結界が張られる。同時に竜は沈静化すると、再び地面に力尽きる。


「大結界を修復したのはルシア君か」

「はい」

「あの子は生まれ持った稀薄な天性を魔術師で活かしている。女神は二物を与えずとは言ったものだが」



大結界を修復して外に出ると草陰にヨナを寝かせる。ここならば使用人達が気付き介抱してくれるだろう。


「今から中央区に向かうには時間がかかるわ」

「大丈夫、風を味方にします」

「でも、大結界を修復すると精霊の力が半減するんじゃ……?」


魔術は万能ではない。精霊と人間の共同作業により初めて成立する。

水属性の魔術を行使するなら水源が必要になり土属性の魔術も肥沃な大地が条件を満たしていないと体現は無理に等しく場所を問わないないのは風と火くらいだ。


「魔術は行使できませんが、一定の魔力を対価に精霊の加護を受ける事が可能です。呪文を唱えた後に突風が起こるので注意してください」


ルシアは地面に手を置くと、内在はしる魔力を解放して光の粒子が浮かび上がる。


「《ゼファー・セクティアム》」


『風よ、収束せよ』と精霊語を唱えると周囲に風が円を描くように渦巻く。


「失礼します」

「あっ……」


ルシアはエンジェを両手で抱える。いわゆるお姫様抱っこである。


「何かに掴まってください」

「わかった」


エンジェは彼の首に両手を回して身体を少年に委ねた。互いの心音が分かるほどに。


「その手を離さないで」

「うん」


瞬間、地面を強く蹴り上げ城壁にあがる。外壁の向こう側まで見渡せる高所から悲劇を物語る惨状を目の当たりにした。


歪んだ地盤、倒壊した瓦礫の山から白煙と黒煙が立ち昇る。この日まで積み上げてきた歴史、文化、人の想いが崩された。


「ルシア、皆の下へ」


現実から目を逸らさず、毅然に振舞うが明らかに声は震えていた。

城壁から跳躍して高所の建物に着地すると疾走した。脚力は調教した馬よりも疾く、風と共に駆け抜けながら中央区に到着すると即座にシャールが反応した。


「ご無事で何よりです。姫様のお側を離れている間、身を引き裂かれる思いでした」


姫の両手を掴んで自分の頬にあてがう。


「それはあなた達に手向ける言葉よ。皆、無事でよかった」


エンジェは前方で力尽きている竜の姿を見て複雑そうな表情を向けていた。


「空を見上げて泣いてるわ」

「自我が失っていても空に焦がれる在り方は変わらなかった……」


鳥が空を飛ぶように竜も先天的せんてんてき性質を持っている。しかし、竜が再び空を征する時、その光景は二年前に血の雨を降らせた古竜ガイアの姿を彷彿ほうふつとさせる。


「あれは元より魔物。偽りの竜に惑わされてはいけません。それとも、この悲劇の種を蒔いた元凶に感情移入されたのですか?」


冷ややかな瞳でルシアを威圧する。


「いいえ。そんな考えでは……」


その時、路地裏に気配を消して身を潜めていたデュラハンは泥化して地面を這いながらエンジェの背後に忍び寄る。

魔物の嗅覚は狼より優れ、血や腐敗臭といった悪臭の匂いに敏感だ。

エンジェが狙われたのは、魅惑な香りがする聖油が起因となった結果である。


ブク……ブク……と闇鍋でも煮詰めるかのように不快な音と、鼻をつまみたくなる悪臭を放ちながら原形に戻ると勢いよく大剣を振り下ろした。


「いかんッ」


ガリアが叫ぶ。が、我に返る。

背中を向けているにもかかわらず、それはかとなく気配を察していたルシアは儀礼装グレイプニールを駆使し、デュラハンを束縛していた。

まるで人形師パペッターが糸で操る人形マリオネットを動かすように彼は鎖を自在に操る事が出来る。

デュラハンを束縛したまま大剣を手から引き離し、大剣を魔物の頭上に浮かせ勢いよく振り下ろすと轟音を立てながら鎧を粉砕した。


「誰も守る事はできない」


騎士達は目の前で起こった刹那の光景を唖然とした表情で目にしていた。

魔術師を彼等にとって異邦人そのものであり、畏敬いけいの念を抱く者や慄然りつぜんといった畏怖の感情を多く抱く者が大半だろう。

彼の冷徹な瞳が相まって後者の印象を与えたに違いない。


(情け容赦ないですね。魔物の殺傷を躊躇ちゅうちょなさるのかと思いましたが、彼はまるで甘さを捨てたビターチョコレート。人を守るという事は、誰かを傷付けることですから」


常に寡黙で無表情ポーカーフォイスのシャールだが、胸中きょうちゅうでは饒舌じょうぜつになる。


「……来るか」


ガリアの予想通り、竜の体液から魔物の群れが現れる。


執拗しつように現れてキリがない。あと何体倒せばいい!」

「奴等で最後だと願いたいものだな。最後まで油断せずにゆこう」


ルシアはガリアと視線が合い、左胸に手を置き敬意を払うと、外套がいとうで見え隠れしていた二本の剣を引き抜いた。以前アイラが使用していた愛剣と鎖で封印された鞘剣だ。


(お姉様の剣……)


ルシアは地面を強く蹴り魔物の群れに攻め込んだ。荒れ狂うデュラハンの猛攻を鞘剣で跳ね返し左手に持つ剣で鎧を貫く。牙を向けるガルムの群れを精錬された剣技で一掃すると周囲一帯に魔物の亡骸が横たわり蒸発して消滅する。


(昔、ルシア君は剣術に長けた兄君と娘の背中を追っていた。だが、どうだろうか? 彼はこんなにも勇ましく、強くなった。……いや、彼は生きる為に強くなる事をいられたのだ。そうだろう? 我が盟友ブラムよ)


間もなく生涯を終える竜の最期を看取る為、寄り添い鼻筋を撫でると『キュルルル……』と切なく喉を鳴らし、瞳に溜めた泥の涙を一粒流した。


(魔法使いなら君を救えたのかな……?)


瞳を閉じて自身の頬を竜の表皮に当てる。瞼の裏には二年前のあの日、鞘剣を解放した彼女アイラの姿と空を征する古竜ガイアの姿が蘇る。


(ルシア……血が‼︎)


遠目で見ていたエンジェの視線は右手に注がれていた。先の魔物との交戦で知らずに傷付いた右手の傷口から血が滴り竜の鼻腔をくすぐる。


(二度と、後悔だけは残したくない)


竜にとって彼の血は甘美なる誘惑の香り。ルシアは自らの手で竜を葬ろうと右手を向けると、甘く滴る血を見た竜は理性を失い暴れ出すと狂気を孕んだ双眸そうぼうはルシアに向けられた。


刹那、細く鋭利な鉤爪かぎづめが襲いかかるが紙一重の差で鞘剣を盾にして防ぐが、明らかなる力量で押されて右頬をかすめる。


一瞬、苦痛に歪む表情を見せると頬の皮膚が深く切れて血飛沫が噴く。


竜が血飛沫を飲み込んだ刹那、体が溶け始めて卵の形をした巨大な卵殻に包まれると、空中に浮き始めた。


「ッ……」


ルシアはグレイプニールで拘束を試みるが、まるで意味をなさず、ガリアが声を張り上げてバリスタを放つが極太の矢の先端が折れてしまう。


やがて卵に亀裂が起きると狂気を孕んだ片眼が露わになる。先の灰色ではなく血の如く深紅の瞳だった。

荒々しく卵殻を破り姿を現した竜は大結界を破壊して空高く上昇し、爛爛らんらんとした双眸で王都を見下ろす。


視線の先に映るルシアの憐れんだ瞳を見て咆哮を上げる。


大口を開き、体内に無尽蔵にある膨大な魔力を濃縮させた大火球を解き放つ。衝突すれば、王都を壊滅させるには十分過ぎる威力だろう。


人類は再び竜の脅威に晒された。


あまりにも無力で、脆弱ぜいじゃくで。ただ空を見上げる事しか出来なかった。ゆっくりと、儚く響き渡るシュバリエの鐘が終焉の音色に聞こえた。


竜が放った大火球により地鳴りが起きて空気を震わす。爆風で鐘が鳴り響く中、ルシアは頭上から落ちてくる瓦礫を避けながらエンジェの下へ向かう。王都の大きさに匹敵する大火球は、魔力で生成した障壁では紙同然の耐久力。心の奥底では諦めてはいなかったが、衝突は避けられない運命に抗う事も叶わず。せめて最期は自分の帰りを待っていてくれた姫の隣で生涯を終えたいと願った。


だが、時が止まったようにカラダが前に進まなかった。エンジェと目と目が合い、銀色の懐中時計に手を添えて儚げな表情を浮かべていた。それはまるで、二年前のあの日、彼女アイラが最後に浮かべた表情と既視感を覚えた。


(エンジェ姫……)


姫は一度瞬きをすると、サファイアブルーの瞳は鮮血の薔薇のように鮮やかな虹彩に染まっていた。


エンジェは心象風景を浮かべ両手を広げた。上空に具現化した古の障壁は大火球と相殺すると、光の粒子が雨のように降り注ぐ。粒子を浴びた姫の姿は神々しく女神の風格を表していた。


『ロング・ライブ・ザ・エンジェレーネ‼︎』


騎士は繰り返し喜悦の声を上げる。


神依かみよりの盾、アハト。魔法使い……」


魔術の概念は地水火風の条件下が揃う環境で精霊と契約を結び、魔法陣を描いて魔術を行使する。だが、魔法は魔力や元素、精霊の力を頼らずに無条件で行使する事が出来る。


「我等シュバリエ騎士団、ここに集結せり」


魔物に足止めを食らっていた三個師団はランスロード騎士団の筆頭ユリアーヌを先頭に中央区に集結した。


「竜が来たぞーー‼︎」


魔力、元素に対して絶対守護障壁を発揮するが、物理攻撃の衝撃には脆く竜の猛攻により障壁は破壊される。


逆を言えば再び魔術を体現できる。


すると、目の前に紺色のローブを着た三人の魔術師が現れた。ローブで素顔を隠しているが魔術の道を極めた熟練者の風格を漂わせる。


「同胞よ、我々も手を貸そう」

「助かります。今より火の第三系譜フレイアを発現させます。この調べにのせる紋様の心得はありますか?」

「心得はあるが、《フレイア》は魔術師が最低三十人が揃い初めて成り立つ大魔術だ。我々四人程度では到底成し遂げられん。それこそ女神に祈りを捧げてもな」

「悪しからず。自分が不足した数の魔法陣を構成します」

「……なんだと?」

「さすがに、自分一人では補い切れないので精霊達に協力を呼び掛けます」


ルシアは両手を前方に差し出し『おいで』と呼び掛けると周囲に何十、何百と数え切れないほどの精霊が具現化して現れた。


(信じられん。魔術師と精霊は互いを助け合う関係だが、ここまで心を通わせるのは精霊に愛されている証拠だ)


「いずれにせよ、このままでは滅びの一途を辿るだけ。身命を賭して本懐を遂げるのも悪くない。手を貸そう、銀髪の少年よ」

「ああ、瞑想は済ませてある。魔力が尽きるまで世の礎となろう」

「我々の決意は固まった。同胞よ、絶望を希望に変えるぞ!」


四人は散り散りに分かれて魔法陣を描き始めた。基本的に魔術を行使する場合、空中と床の二択の体現方法がある。初級、中級、上級、禁忌ともなれば魔法陣の範囲は広がり紋様は複雑になる。


幸運にも、周囲には魔法陣を妨げる障害物や遮蔽物はない。見晴らしが利く塔の上で右手と左手で異なる紋様を紡ぎながら同じ動作速度で正確無比に床に描き終えると、精霊語で大詠唱を始め三人の魔術師も後に続いて復唱する。


詠唱の最中、騎士団達が命をかけて竜を誘き寄せていたが人間の血の味を知った竜は猛々しく喉を鳴らして爛爛とした双眸はルシアの喉笛を噛み砕こうとしていた。


「もう……僕は逃げない」


天罰を与えるかのように右手を竜に向けた。刹那、魔法陣が灼熱の業火に燃え盛り、女人にょにんのように細くしなやかな巨腕きょわんが、風に棚引たなびくように左右に揺られながら出現する。空にかざした手から噴火口から溢れ出る溶岩の如く、火柱が上がり竜をのみこむ。痛みすら与えず、断末魔をあげることなくその身を灰燼かいじんと化した。


すると、灰色の空から大粒の雨が降り始めた。それはまるで、二年前の災厄を彷彿ほうふつとさせるような雨だった。ただ一人、雨に打たれている少年の背中は哀愁あいしゅうに満ちていた。


「万象の鎖に両利きを活かした魔術師」

「やはり、彼は……」

「ああ、間違いない。一年前、暗黒時代を暗躍した執行者No.VII。またの名を”クロスドミナンスの魔術師”」

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