王都リベール

空は青く澄み渡り、心地いい日光と清涼せいりょうな空気。

周囲は長閑で風が運んだ草の香りが鼻孔をくすぐる。

見渡す限り風光明媚ふうこうめいびで深緑色に染まる大地……さながらそれは、草花を縫い合わせた絨毯じゅうたんが敷かれているように思えた。


(今となって感慨深い景色になるなんてあの頃は思いもしなかった。二年前の災厄を皮切りに大陸全土の荒廃は免れないと思った。けれど、こうして自然の原形を残している。少し、報われた……)


少年は眺望が利く丘の上から一国の象徴たる【王都リベール】を眺めていた。

【シュバリエ王国】の国土は広大で資源が豊富で肥沃な大地にも恵まれ唯一、薔薇が咲く事でも知られている国である。

現在の地域【アルカディア地方】は、王国の南方に位置する地域で大自然に囲まれた村や多国間の輸入輸出を行う貿易街 や国境の関所がある。

当然少年も関所を通過してきた。

視線を据えた先に気高く聳える王都を囲んだ壁の高さは見晴らしのいい丘の上からでも届かない。雲を掴むような存在感は確かなものだとこの時改めて思った。

その壁には四方の門が築かれており、東西南北から往来する人達が円滑に出入りが出来る。

しかし、王都の面積は広く人口も密集しているから統制も困難である。

従って、古来より王国が誇る”四大騎士団”の存在が要となっているのだ。

四ある騎士団の一個師団には四方の門がある各区画に騎士館を構え己が属する騎士団の名の下に秩序を守っていた。


少年は丘を下りて王都の正門口(南門)の前にいた。頭上に聳える王都を囲んだ壁には巨大な騎士の像が互いに向き合うように剣を交差していた……。

いざ、南門を通り王都に入ると、これまで表情一つ変えなかった少年の瞳に光が宿り、映し出された景観を前にして顔色が一変すると、時が止まったかのように立ち尽くしてしまった。


(ここが、王都リベール……なんて、壮大な……あまりにの言葉が見失う)


眼前に広がる壮麗な街並みは”魔石”造りで繕った建築物と家々が多く存在したが美しさを損なわぬよう芸術的に建ち並んでいた。そして、王都の麓にある城壁の彼方から聳え立つ荘厳な二城の城も美しいだけでは形容するに足らず。否、一言で表現するには筆舌に尽くし難かった。


(祖国を離れて彼女が生まれ育った場所で生きていく事を選んだ。あの時、丘の下で誓った約束を守る為に……僕は)


喧々たる賑わいの中、王都のあまりの美しさに感銘を受け、その場から一歩も動 かなかったが背後から押し寄せる人々の波に背中を押されるように歩き出した。前後から行き交う人々の中に服飾が鮮やかな衣装を身を包み、ネックレスやブレスレットの装飾を着けている慎ましい女性の姿が多く見られる。

髪にも

祖国には黒髪、紺色が

金髪といった高貴な髪色が

(銀髪を)


瞳に映るものは目新しい物ばかりで正に異国情緒。

暫く歩いた先に巨大な市場があり多くの露店商人が集い毎朝村や地方から新鮮な食材が届き買い求める人は子供連れの親子が多くみられた。

彩り豊かな青果実の棚に目移りしながら歩いていると移動式の小さな屋台で商いをしている少女がいた。

子供と年配者に優しく対応しているその姿勢に自然と意識が向き歩み寄る。

そこには、赤黄色をした長卵形の実でヘタに葉っぱが付いた不思議な果物がカゴに積んであった。


「これが異国の果物。森の香りがする」


どこか物珍しそうな面持ちで独り言を呟いた少年の様子を間近で見ていた少女は口に手を当ててクスッと微笑んだ。


「王都近隣のアルカ村で育ったラップルですよ。どうぞ、味見してみてくださいな」

「ありがとう、いただきます」


試食用の木皿に山盛りになった一口サイズのラップルがあった。

果皮が剥かれてあり熟れた純白の果肉が詰まっている。口に運ぶと、とろけるように柔らかい食感と甘く酸味が効いた優しい風味が口に広がった。


「甘酸っぱくて美味しい。では、ラップルを五個ください」


ラップル一個五十アール。銀の硬貨を二枚、銅の硬貨五枚で支払った。

白の硬貨一アール。

銅の硬貨十アール。

銀の硬貨百アール。

金の硬貨五百アール。

貴金属で加工された硬貨の種類は四枚あり大きさと形は均一で色と模様が異なる。また、硬貨の他に紙幣も存在するが高価な物を購入する以外はあまり使われていない。


「でも、王国名産のラップルを知らないとなると他国からいらっしゃったんですか?」


素朴な疑問に応じた少年は薄く微笑み首肯で返した。


「改めて、薔薇の都リベールへようこそ。王都はシュバリエ王国に点在する三大都市の中で最も広いから地図は必需品になりますよ。」

「教会に寄る前に」


「えっと……ここは【南区】と呼ばれる商業が盛んな区画です。この先の凱旋門を抜けると【中央区】に出るので《女神教会》は広場にある ”クリオス”を標べにしてくださいね。あとですね、徒歩だと時間が掛かかるから”キャリッジ”を利用してくださいな」


地図を指でなぞりながら懇切丁寧に道順を教えてくれた。


「なるほど……

「中央区から北に進むと【城下区】酒場があるので是非足を運んでくださいね。ラップル

「じゃあ、ラップルを預かって貰ってもいいですか?」

「では”また”、自分はこれで」


そう言葉を残し立ち去ろうとした時、少女は異郷の地から訪れた彼に歓迎の意を込めて手を差し伸べてくれたのだ。彼女の温かな厚意に少年は目許を和ませて出逢いの邂逅を交わした。

彼女の名前はミスティ、ミスティ・ローランド。

彼女の手はほんのりとラップルの香りがした。


***


車道の端に停車していたキャリッジには屈強な体躯をした四つ足の生き物が優雅に欠伸をしていた。

狼のように引き締まった輪郭に純白に染まった体色と背中まで届いた上質なたてがみは神聖な雰囲気を纏っている。

美しさをたたえた紺碧を宿す両眼は、何気ない眼差しで少年を見据えたが威嚇しているような、あるいは何かを探るような鋭い目付きをしているとも思える。

長く尖った強靭な鉤爪と犬歯は岩を噛み砕きそうな

近づくにはそれなりの度胸と勇気が必要だろう。

高潔さを感じさせる百獣の頂点に立つ肉食獣の風格があった。


「その様子だと、キャリッジに乗車するのは初めてのようだね」


少年の様子を御者席で微笑ましい表情で伺っていた青年が話かけてきた。


「ええ、貴方が聖獣の使役者ですか?」




「見た目は獰猛だが殺生を好まない果食主義でね。その上、潔癖だから定期的に櫛で毛並みを整えてあげないと拗ねてしまう。さて、ここで立ち話もなんだね。これから何処へ向かおうか?」

「中央区へ」

「承った。さっそく出発しようか?」


耐熱性を兼ね備えた小船の形をしているキャリッジに乗ると

が体勢を起こして前進する。

キャリッジが緩やかに浮き始めたのだ。


「まさか……浮いてる?」

「ん? ああ、車輪の代わりに火の魔石を用いた熱気球の原理で浮上している。今では廃退的なバルーン技術かも知れないが、おかげで物音を立てる事なく足場が悪い難所でも安定した旅路を確保できるんだ」

「船の形をしているのも何か理由が?」

「逸話だが、遥か昔には騎竜艇という乗り物があったらしく、なんでもドラゴンが牽引していたらしい。雲の上に

海と見立てじゃないかな?」





「それにしても、目を見張るような城壁や砦が築いてあるのは」


美しい街並みの風景を損なわれていない。


「君は聡いな。あの砦は四大騎士団の


快適な馬車の乗り心地を堪能していると凱旋門を通り抜け中央区に着いた。





王都の中心に点在するこの区画には東西南北ある区画を十字路に分岐してある。

広場には神々しい輝きを放つ巨大な結晶があった。

これは古代の叡智。

生命の奔流を内包した結晶であり、シュバリエ王国は結晶の鉱脈に恵まれた産出地でもある。

眼前に鎮座した結晶は、採掘された原石を特殊な精錬方法で加工されたもので、特定の場所に肉声を届ける事が可能。従って、村、街、都の中心部に設置する事により遠く離れた場所からも言葉の疎通を可能とし火急の際にも役に立つのだ。

また、他には地水火風の魔素を内包した魔石という鉱石がある。

具体的に用途を挙げると、水の魔石は川や湖の水底に置くと不純物を浄化したりする事ができるのだ。その他にも魔石の利便性は未知数で様々なエネルギーの動力源だ。


女神教会があった。


(教会に立ち寄るなんていつ以来だろう……)


教会の扉を開けると、賛美歌が流れているような神聖な空間に、黒を基調とした聖衣を着た見た目四十〜四十五の男が立っていた。

闇夜を思わせる漆黒の瞳と見事なまでのロマンスグレーに口髭と顎髭は剃り落として清潔感がある品位な顔立ちをしている。


「お初にお目にかかります。この度は王国にノエル共和国から

「私は当教会を預かるテネブラエ。」

「申し遅れました。私はーー」


するとテネブラエは少年の胸に手を置き言葉を制した。


「名を告げなくてもその風体を見れば自ずと

。水と宝石の国と謳われる

「ええ……」

「魔術師の


人望ある司教ともあれば王都の人々と深く交流を持っているに違いない。そう考えこの教会を訪れた。少年は心を切り替えて言葉を紡いだ。


「実は……今は亡き人の妹が王都にいると聞きました。ニュクス司教、貴方は」

「生前

手掛かりに

妹の名前はエンジェ。常に懐中時計を肌身離さず首から下げているそうです」

「これまでに培った知識は祖国に捧げました。とは言え、隣国の情勢を知らずに生きてきた事に変わりないですが」





「明日に行われる王位継承式を拝謁はいえつなされと」

「知っていました。彼女は王家に仕える侍女かあるいは……」

「私の口から述べるより真実は貴方の目で確かめるべきでしょう」



「貴方は国賓こくひんとして招かれるでしょう」

「生憎ですが、一介の魔術師である自分にそのような待遇を受ける覚えはないのですが……」

「魔術師は国家を代表するお役柄。少々お待ちください……」


クレイドルは羽ペンと

紙を取り出し文字を綴り終えた後に紺色の便箋びんせんに入れる。


「王城への通行証です」

「親身になっていただけるのは嬉しく思います。しかし、このような待遇を受けるとなると司教様のご厚意であっても受け取れません」

「女神の思し召し。

受け取ってもらえますか?

妹君に会いたいのでしょう?」




「はい……感謝します」


すると、教会の外から嵐のような歓声が響いた。窓から外の様子を眺めると、視界に埋め尽くす程の群衆が溢れかえっている。


「この賑わいは一体……」

「遠征から帰還された騎士様の凱旋パレードが行われます。一度ご覧になってはいかがですか?」

「」



程なくして凱旋パレードが始まる。

南通りにある凱旋門から馬に騎乗した男 女四名の騎士団長を筆頭に団員達が列を成して続々と姿をみせる。


「いやぁ……! 栄えある四大騎士団の団長殿が揃い踏みに顔触れが揃うと圧巻の一言に尽きるなぁ。お、国旗を掲げているのは北の守護騎士、近衛騎士団の若き団長殿だぞ。先代団長の意思を引き継ぎ更に一皮剥けたようだな」

「それにしても、いつ見ても美しい。願わくば愚息の嫁に嫁いでもらいたいな」

「はは、彼女は高嶺の薔薇。女神に願っても叶わぬ夢だろうよ」

「ったく、わかってるよ。人間ってのは年を重ねても夢みる生き物なんだ」


群衆の視線を一身に浴びていたのは、先頭を行く勇壮なる女騎士だった。

美麗な黄金の髪の前髪は均一に揃えられていて後頭部に薔薇の髪留めで結ったポニーテール。凛と前方を見据えた瞳は瑠璃色でユリアの薔薇を彷彿とさせる。




そんな美しくも凛々しい騎士が四大騎士団を代表して国旗を掲げているのだ。自然と意識が集まるのも必至だろう。

ユリアの薔薇の香りを嗅ぎ少年少女に温和な表情を見せていた











西の守護者、騎士団団長ラーサー・アストレア

槍を手にした金の髪を

精悍な顔立ちから



南の守護者、オルディア騎士団団長エギス・アインハルト。

ロマンスグレー

年端もない子供達が羨望な眼差しで




東の守護者、ディオナ騎士団

団長ネリス・ヴァン・ガランド。

銀の髪に

の瞳。





湧きあがる大歓声。








***




城下町には一基の塔があった。


『アルカド暦千年。女神の誕生を讃え王族、魔法使いの御三家、アルカード、ガーランド、ツェペッシュ家の計らいにより設立される。アルカド暦一年。大戦における空襲により倒壊。同年、大戦が終結し国民の協力により再建される』


記念碑として建設された塔は内部の階段を上がれば王都の景色を一望できる。少年が視線を向ける巨大な釣鐘つりがねはシュバリエの鐘と呼ばれ平和を象徴するシンボルとされるが、その内実ないじつ、かつて世界に降り注いだ災厄や大戦における多くの犠牲を生んだ真実を今世から来世まで人々の記憶から忘れないように先人達の願いが込められた鎮魂の慰霊塔なのだ。



黄昏に染まる街並み。

人々の陰が数を

昼間の賑わい

寂しさを残しながら

城下区の酒場の店内に明かりが灯り我が家のような

鈴の音を鳴らしてドアを開けると店内は盛況に満ちていた。

夕暮れ時を機に客が押し寄せ店内のテーブルを一瞬で埋め尽くしていたのだ。

その中で少女は店内を縦横無尽にオーダーを聞き回り、スマイルを絶やさず酒場を切り盛りする風格は看板娘といったところだろう。


「いらっしゃいませ。お客様、どうぞこちらに」


快活な少女が駆け寄ってきてカウンターに誘導された。

年の頃は十五、十六歳前後だろうか。深緑の瞳、栗色のツインテールをした可憐な少女だった。白のワンピースの上にグリーンのベストを着こなし革製のロングブーツを履いている。小柄

カウンターに座るとメニュー表を手渡された。肉、野菜、麦類、果物を使用したデザートまで幅広く、良心的な値段と可愛らしい手書きイラストで表記していた。


「どの料理も凝っていて迷いますね。オススメはありますか?」

「当店自慢の料理ミスティスペシャルがございます!」

「では、それを一つ」

「かしこまりました。あ、この甘酸っぱくて爽やかな香りは。お客様、ラップルをお持ちではないですか?」

「ええ、」

「コンポートかラップルパイに調理できますが」

「」

「ふふ、かしこまりました。しばらくお待ちくださいね!」

『ミスティちゃ〜ん! ルビー生」

「は〜い!」









接客の慌しさを微塵も感じさせず爽快にテキパキと仕事をこなし、飾り気のない愛嬌を振りまく姿は可憐の一言に尽きた。背後のテーブルで老人二人が酒樽を片手に会話を弾ませていたので自然と耳を傾けていた。


「ついに明日だな、王位継承式。二年間」

「ああ、生前に退位なされた先王アルカード様が王位を盟友ガリア伯爵に譲位なされた。摂政を皆も


「失礼、

よろしいですか?」

「いいですとも。なぁ?」

「ああ、我々には若者と

潤いが必要だ



「王妃であるマリアンヌ様は


「アルカード家には後継者が




酔いが回ったのか、舌足らずになり一部会話が聞き取れなかった。

それから数分後、厨房から食器を持って現れた。


「お待たせしました、ミスティスペシャルです!」


目の前に置かれた食器には黄金の如く輝く半熟の溶き卵に包まれたオムライスが盛られていた。付け合せの彩り野菜とコーンスープの湯気から伝わる香りは食欲を増進させた。


「お熱いので、ふぅふぅしてお召し上がりくださいね」


少年は両手を揃え『いただきます』と発言する。スプーンで半熟の卵をほぐし、口をそぼめてふぅふぅして口に運んだ瞬間。えも言われぬバターの芳香ほうこうが口中に広がる。半熟の卵は口の中で直ぐに溶けて甘い汁となり、ケチャップライスに埋もれるコーンとニンジンは甘みがあり塩胡椒とバターで焼いた鶏肉はパリパリとして歯応えがよく噛むごとにジュワァァ……と肉汁が溢れる。


「この料理は……」

「あわわ、お、お口に合いませんでしたか?」

「とても美味しいです。定番の料理でありながら、素材の味を最大限に引き出した逸品ですね。それと隠し味にグランハーブを使用していますね」

「わぁっ! 共和国産のハーブをご存知なんですね。隠し味に気付いてもらえたのは初めてです」

「グランハーブの用途は多種多様で味付けには勿論、いい香り付けにもなりますからね。マジックハーブとも呼ばれているんですよ」

「ほえ〜。あ、食後のデザートの調理をしなくちゃ! あとで色々お聞かせくださいね」


その後、デザートも美味しくいただき満足した。閉店後には会話を少し交えてから三階にある空き部屋に案内された。


「十分に疲れを癒してくださいね」

「ありがとう」


彼女が階段を降りるまで見送りると少年は部屋に入った。

窓を開けると昼間とは違った色彩が王都の夜を幻想に。この日、多くの優しさに触れた少年は


形見の剣を抱いて

瞳を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます