第六話:学ぶは未知と
リエネスから半日ほど東に馬代わりの機兵を走らせると、機兵の工場地区がある。
更に東の鉱山から大量の鉱石が運び込まれ、鋼に、そして機兵の装甲などに加工されるのだ。加工された際に出た屑鋼は北の埋め立て地に運ばれて廃棄される。
埋立地と言っても、今では屑鋼が文字通り山になる程だ。
そんな廃棄された屑鋼が光の粒子に変わり、中央に座すアルカシードに吸い込まれていく。
ディナスとオルギオは目を輝かせながらその光景に見入っていた。
「この奇跡を目にする事が出来る幸運に感謝しなくてはな」
「おぉぉ……素晴らしい」
機兵の建造には大量の鋼が必要となる。リバシオン山系には豊富な資源が眠っているから、エネスレイク王国は他国と比べて機兵の質・量ともに充実している国だった。
山を挟んで向こう側の帝国側は、大樹海となっているためにリバシオン山系の開発に着手していない。武力で周辺国を併呑し続けたことで大きくなった帝国は、樹海を開発してまで鉱山を手に入れなくていい理由があったのだとか。
さて、流狼は複雑な表情でその様子を眺めていた。決して二人の中年の子供のような態度を見て呆れていたのではなく、先日のアルとの会話が原因だ。
流狼自身はまだ自分の身の振りを決めた訳ではなかったのだが、アルがディナスに自主的に話をつけたのだ。
アルカシードは自分の本体である。古代の機兵の技術を一部提供するので、機兵製造などで出た屑鋼を機体修繕の為に使わせて欲しいと。
今のままでは本来の性能の一割も出せない、と言ったらむしろ鉱山をひとつ潰してアルカシードに提供しようかなどと言い出したようで、断るのに困ったとか。
流狼としてはアルの勝手を責めるべきかとも思ったのだが、アルが自分の本体だと言った事にその言葉を飲み込んだ。自分の我侭にアルを巻き込んでいる事に気付いたからだ。
「確かに綺麗ではあるが。あそこまで感動する事なのか? なぁロウ」
「さてね?」
魔術という技術が存在する世界ならばもっと美しい演出が出来るのではないかと思う流狼である。
フィリアの呟きも多分に呆れを含んでいるから、おそらく自分の考えが大きくこの世界の常識から外れている訳ではないと思うのだが。
『マスター。怒っているかい?』
「ん、どうしたアル」
『マスターの意向に逆らってこういう事をしたからさ』
「いや。俺も考えが浅かった。アルカシードの機能を回復した方が、この国の安全にも繋がると分かっていたはずなのにな」
『うん』
「アルカシードは生命線だ。頼むぞ、アル」
『その件でひとつ。言いにくいんだけどさ、マスター』
「うん?」
『たぶんこの廃鋼の山だけじゃ、全然足りない』
「この量で、か?」
フィリアが愕然とした声を上げた。流狼も同じ意見だ。
山は見える範囲だけではなく、元々は地面に掘った大穴があった筈なのだ。それでも足りないというのか。
『機体の損傷を直すだけなら問題ないよ。だけど機能回復にはもっと膨大な量の資源が必要になるかな』
「具体的には?」
『必要成分を抽出していない、通常の鉱石でこの山と同じくらいかな』
「要は、鉱山を一つ潰せってことか?」
『そうなるねえ』
王機兵ひとつの為に、そこに住まう人々の生命線でもある鉱山を一つ潰す。
流石にディナスでも即断は出来ないだろうと視線をフィリアに向けると、彼女は疲れた表情で首を横に振った。
「まずはこの山を処理し終わってからの話にしてくれ。……あの調子だと、父上は平然とひとつふたつ閉山してしまいそうだ」
『確かに』
珍しくフィリアの言葉に素直に頷くアル。
実際、鉱山を一つ潰して提供しようかなどと言ったというから、本当にやりかねない。
「アル殿。今の時点でも、アルカシードは並の機兵であれば圧倒出来る戦力だと思うのですが」
『その認識は間違っていないよ。だけどアルカシードの持つ力はそんなものじゃない。そもそもこの時代の君達は、王機兵の運用方法を根本から間違えている』
アルは流狼の肩から飛び降りると、仁王立ちになってフィリアを見上げた。
珍しく非常に厳しい口調で、断定的に告げる。
『王機兵は人間や機兵を相手にする事を前提にしていない。人間同士の争いに運用するなんて過剰戦力もいいところだね』
「そうなのか? だが実際に稼働しているそうじゃないか」
『今はね。しっかり稼働しているのはどちらも手加減が上手だから、問題になっていないんだよ。忘れていないかい? リバシオン山系を創ったのは王機兵だよ』
黙り込むフィリアに、流狼は首を傾げた。
地形すら変えるほどの力を持つ王機兵は、果たして何のために造られたのか。
『この世界の歴史をそろそろ伝えないといけないかな。マスター、今日はフィリアの手配で魔術の指導を受けるよね』
「ああ」
『その後にでも話すとしよう。フィリア、聞きたければ聞きに来るといい。誘いたい者が居るならば何人連れて来ても構わないよ』
「良いのですか?」
『前にも言った通りさ。ボク達が何故この世界のニンゲンを好きではないか、分かると思うよ』
リエネス城の敷地内にある研究室、その資料棟。
兵舎と同じく城とは独立した建造物で、新しい魔術の開発や古代機兵の解析など、研究・開発分野は多岐にわたる。
現在は流狼――というよりはアル――の所属先を巡って騎士団と水面下で相争っているが、本来はエネスレイク王国の学術の最高峰である。
資料棟は研究室の本棟の隣に建っており、最上階には幼い王族への学術指導などを行う設備が整っている。
オリガら五名の『招かれ人』は、朝から資料棟の一階で魔術の指導を受けていた。
「……以上のように、魔術を使う為にはまず魔力の知覚が出来るようにならなくてはいけません」
指導官はまだ齢若いが、説明の内容は分かりやすいとオリガは評価している。
彼女自身は魔力の存在しない世界から招かれた為、魔術に触れるのは当然ながら初めてだ。未知の知識を学ぶ喜びに内心で小躍りしながら必死にメモを取る。
「魔力を知覚するにはいくつかの種類があります。基本的には五感と直結させる手段が一般的です。圧倒的に多いのが皮膚で感じ取る触覚で、その次が聴覚です。嗅覚や味覚、視覚に頼る方法もありますが、私としては個人的には後者の三つ、特に視覚で魔力を知覚するのはお勧めしません」
「それは何故ですか?」
「いくつか理由がありますが、特に視覚について断言します。見ている景色の色が変わるのです。空気に魔力の濃淡で色がつくと考えてください。歴史上、視覚で魔力を知覚する手段を手に入れた者はおよそ八割が色覚を封印しています」
周囲の景色が絶えず色を変える世界を想像してみる。確かに頭が痛くなりそうなサイケデリックな世界になるだろう。
特に指導官の意見を無視する必要性も感じない。触覚か聴覚で知覚する事に決める。
「指導官。私は触覚か聴覚で知覚しようと思っています」
「はい。オリガ殿は触覚か聴覚ですね。他の皆さんはどうされますか?」
「はい! 僕も触覚か聴覚に」
「私は味覚で魔術を味わってみたいと思ってしまいました。駄目でしょうか……」
「フォーリ殿もオリガ殿と同じで、エリケ・ド殿は味覚と。別段味覚はお勧めしないだけで大きく問題がある訳ではないです。しかし、魔力の味は苦みが強いらしいですよ」
「やめます!」
「はいはい、触覚か聴覚と。クフォン殿とサイアー殿はどうされますか?」
「私も触覚か聴覚でお願いします。わざわざ奇をてらう必要はないでしょう」
クフォンも特に問題なく答えたのだが、最後に残ったサイアーは違った。
「僕は他とは違う知覚の方法を試したいところだね! 指導官、あの冷血漢はどのように特殊な方法で魔力を知覚しているのかな?」
「あの冷血漢?」
「ルーロウだよ、帝国に奪われた恋人を助けに行かないと国王陛下に言い放ったあの人でなしの事さ!」
「む」
その言葉に、指導官が目を細める。不機嫌になったというよりは、サイアーに敵意を抱いた様子で。
こちらにちらりと視線を向けてきたので、慌てて首を横に振る。
同じ『招かれ人』だからといって、一緒くたにされてはかなわない。
クフォンもフォーリも、エリケ・ドでさえ同じようにした事で、指導官はその意見がサイアーだけのものだと理解してくれたようだった。
「ルウ殿はまだ魔術の指導を受けておられませんから、私からは何とも。そう言えば本日姫様がご指導なさると伺っておりますから、あるいは同じ話をされるかもしれませんね?」
「ふん、大層なご身分だね。では僕は視覚で魔力を感知できるようになって見せようじゃないか。殆どの人間が出来なかった方法で魔力を感知できるようになれば、それだけ価値があるってもんだ」
「そうですか。最早止めませんが、私は警告しましたよ?」
冷ややかな表情と声で、指導官が最終確認をする。
サイアーが自信ありげに頷くと、そうですかと会話を打ち切ってしまう。
と、表がにわかに騒がしくなってきた。視線を入り口辺りに向けると、ちょうど扉が開いて棟内に流狼が入ってくるところだった。
目が合う。
「あ」
頭を軽く下げると、流狼も小さく会釈を返してきた。
挨拶を欠かさない姿勢は好ましいと思う。
その後ろから、見慣れつつある美貌と王国の至宝、最後には国王までもが続くのを見て、オリガ達だけではなく指導官まで恐縮してしまった。
「ひ、姫様、陛下!?」
「うむ。カルナド研究員、我々の事は気にせず続けてくれ」
「しかし姫様」
「これよりルウ殿の魔術指南を行う予定を入れてある。上を使うぞ」
「は。承りました、陛下」
ディナスが鷹揚に頷く姿にもう一度大きく頭を下げて、指導官は一旦休憩にすると告げたのだった。
どうやら流狼とフィリアだけではなく、オルギオとディナスまでが来た事を上司に報告しなくてはいけないとの事だったので、ひとまず五名は休憩を受け入れたのだった。
資料棟、王族指導室。
ほかのフロアとは気品からして違うのだが、流石に指導室と名がついているだけある。一つひとつの調度が高級である以外は、派手さのない質実剛健な印象を受けた。
部屋は二つ。指導室と、資料室だ。王族のみが閲覧を許される資料が秘蔵されているとの事で、流狼もそちらに入るつもりはなかった。
指導室には一人用のソファが数個とテーブルが置かれており、少し離れて大きめの黒板が一枚。
指導官が黒板の前で王族に授業をするというスタイルが透けて見える部屋割りである。
流狼がどこに座るべきか迷っていると、ディナスが最初にソファの一つに腰を下ろした。
「さ、ルウ殿。お好きな席に」
「はい」
促されるままに席につくと、続いてオルギオも流狼の隣に席を選ぶ。流石に巨体なだけあって、それだけの動きで座ったソファが嫌な音を立てた。
ディナスがその音に振り返ると、呆れたような苦笑を漏らした。
「オルギオ。お前、頼むから壊してくれるなよ?」
「は、申し訳ありません」
だがオルギオも言葉では詫びているが、口調も表情も畏まっては見えない。
ディナスもそれを容認しているようだったので、取り敢えず深くは気にしない事にした。
「まったく、父上もオルギオも面白がっているな」
黒板の前に立つのは、フィリア。
アルは流狼の座るソファの背もたれの上にちょこんと座った。
『さ、フィリア。まずはマスターが魔術を使えるようにしてあげてくれるかい。理論とかの説明はいらない。後でボクがマスターに教えるからね』
「その時には私も同席させてもらえますか?」
『ふむ。マスターが魔術の基礎をしっかり身につけられるなら構わないよ』
「分かりました! ではロウ、これから魔力を感知出来るように指導を行う。準備は良いかな?」
「ああ、お願いしますフィリア先生」
「先生!? う、うむ。ではロウ君、先生に任せておきなさい」
先生と呼ばれた途端、何故だか妙に嬉しそうにフィリアは胸を張る。
絶世の美女と呼ぶに相応しい彼女の、微妙に子供っぽい仕草に微笑ましい気分になる流狼。
そしてフィリアの授業が始まった。
「ではこの魔術を感知してくれ」
「ううん? 何だか滑らかなものがざわざわと滑るような感触があるな」
「うむ、その感覚を忘れるな! 以上だ」
そして終わった。
色も匂いもなく、普段ならば感じないほどの微風。
魔術であるから普通の風ではなく、魔力の籠った風である。その感触が肌を這う微細な感触を、流狼の肌は感じ取ることができた訳だが。
「え、これで終わり?」
『うん、シンプルで良い指導だったよ』
「魔力感知はこれで出来るようになったと思ってくれて良い。魔力操作はその感覚を下地として、地道に訓練を重ねるしかない。魔術を使うところまで到達するのは決して容易くはないのだぞ、ロウ」
「それもそうか。感覚的な技術ってのは難しいのが相場なんだよな」
『次は感応波を体の一部に集中させる訓練と、それを現象に変換する訓練かな。こっちはじっくり時間をかけないと身につかないから。感知訓練は手早く終わって良かったね』
「ん、感知訓練ってもっと手間がかかるものなのか?」
『風の魔術だと風は感じられても感応波を感じ取れない場合があるんだ。今の微風の魔術はほぼ風を感じさせなかったでしょ? マスターの感覚が鋭いのもあるけど、フィリアの制御が上手かったね』
「ありがとう、アル殿」
アルからの素直な賛辞に、照れるフィリア。
そしてアルはテーブルの上に移動すると、こちらに振り向いた。
『さ、フィリア。座るといい。マスターに非常に良い指導をしてくれたお礼だよ。君達に昔の話をしてあげよう』
フィリアがソファに座るのを確認して、アルはテーブルに腰を下ろす。
『この話を聞けば、ボク達が基本的にこの世界と君達を好きではない理由を理解してもらえるものと思う』
「好きではない、というのはまた遠回しな表現だなあ」
『そうだね、マスター。王機兵のマスター達は、結局この世界の人々を嫌い切れなかったからね』
「そうなのですか?」
『答える前にまず確認だ。君達は最初に召喚の魔術を使った理由を伝えられているかい?』
そうかい。伝わっていないのかい。この世界に跳梁跋扈していた巨大な魔獣や、それを飼い慣らしていた大型人類達の事を。こちらの大陸では絶えたとは言え、海の向こうにはまだまだ居るのかもしれないけれど。
まずはこの大陸の話をしよう。
この大陸ではかつて、人は搾取されるだけの奴隷のような扱いを受けていた。
レガント族と呼ばれる別種の人類が、人々を支配していたんだ。
彼らは大陸の外から渡ってきたという。巨大な魔獣に船を牽かせた灰色の肌の人類で、彼らは瞬く間に大陸を支配した。魔獣は今の機兵と同程度の大きさだったそうだから、ずいぶんな脅威だった事だろうね。
え、レガント族と戦う為? 違う違う、もっとややこしいものだよマスター。
話を続けるよ。
この大陸の人々は、レガント族が今までに支配してきた者とは違い、文化を持っていた。同時に、支配される事に抵抗する反骨心も持っていた。
色々と抵抗をしたようだけれど、討伐されたり老いていったりと、段々とその勢いは弱まっていったという。
だけど、抵抗勢力の中に一人の天才的な魔術師が居た。彼は今までの同一の世界から何かを呼び出す召喚の魔術に、条件を定める事で別の世界から条件に合った存在を呼び出す方法を創始したんだ。
彼自身も、もう自分達だけではレガント族の圧力に抗しえないと理解していたんだろうね。
その人物は願った。理不尽な暴力に対する正義感を持ち、高い知性を持ち、仲間を大切にする。そして何よりレガント族に対抗出来る存在を。
その召喚は成功する。十五種の生物が、彼の願いにより招かれた。これが歴史上で最初の『招かれた者』になるのかな。
だけど、その中に一つだけ、途轍もなく厄介な存在が居たんだ。
人型の生物はその中で十四種居て、それぞれが別々の特徴を持っていた。後の一種は
彼らは激怒した。何しろ呼んだはいいけど帰す方法がないんだ。当たり前だよね。
その中でも竜は理性的だったそうで、怒りはしたけれど境遇を受け入れたんだ。でもやはり許すことまでは出来ないと、大陸の外へ飛び去ってしまった。
さて、問題は竜ではなかったんだ。その十四種の人型生物の中に、後に『神兵』と呼ばれるようになるものがいた。
君達は気付いたようだね。まあいい、マスターはご存知ないのだから続けるよ。
結果として、十四種の人型生物は境遇を受け入れ、レガント族と戦い始めた。
巨大な魔獣を討ち果たし、レガント族は大陸から駆逐された。滅ぼされたとも、大陸の向こうへ逃げ帰ったとも言われている。
さて、平和を取り戻した大陸の人々は、魔術師を英雄と呼び、十四種の生物を神の遣いだと歓迎した。
しかし、異なる世界で異なる進化を遂げた彼らに、人の常識は通じなかったんだよ。
ほかの十三種、十三人と言おうか。彼らはこの世界に適応出来た。姿かたちは違えども、幸運なことに人との間に子孫を残す事は出来たようでね。新しい国を興したり、隠棲したりと選んだ手段は違ったけれど、この世界に骨を埋める覚悟をしてくれた。
だが、最後の一種。神兵と呼ばれた生物だけは、事情が違ったんだ。
彼らはどういった進化をしたかは知らないが、有機的な生物ではなかった。無機物に近いと言ったほうがいいだろうか。
さて、神兵には理不尽な暴力に対する正義感があった。高い知性もあった。仲間を大事にする思いやりも持っていた。レガント族に対抗出来た。だけど、それらの美点を塗り潰して余りある、厄介な性質を持っていた。
彼らは人間を、捕食対象としてしか見ていなかったのさ。
「捕食対象?」
『そうさ、マスター。人が植物や動物を食べる対象とするように、彼らにとっては人も捕食対象だったのさ』
「つまり何か? 神兵とやらは人を食料と思って見ていたのか」
『うん。人が家畜を守る為に害獣を駆逐したように。神兵がレガント族を駆逐したのは、つまりまあ、レガント族の使役する巨大な魔獣が大きくて食いでのあるハンティング対象だったという事が大きな理由だったみたいだね』
「じ、常識が違うにも程があるだろう!?」
『ボクもそう思う。だけど現実として神兵は現れて、事もあろうに召喚の魔術を陣として書き起こす程の知性を見せた。何の為だと思う?』
「正義感があって、仲間を大事にする……まさか!?」
『そうさ。神兵は自分達の世界から仲間を呼ぶ為に召喚の魔術を利用した。彼に言わせれば良質な餌場を発見した、という訳さ』
結果だけを言えば、魔術は小規模に成功した。神兵が呼び出せた仲間は数体。
神兵や仲間の体に宿る感応波は人と比べて非常に少なく、回復も遅かった。その点はまだ運が残っていたのだろうね。
さて、そこで慌てたのが当時の人々だ。神の遣いだと思っていたら、おぞましい邪神の遣いだったくらいの違いがあった訳だから。
十三人の英雄を担ぎ出して、彼らは今度は神兵と戦いを始めた。でも勝てなかった。何しろ神兵どもは食べれば食べただけ、機能を拡張する生物だったから。魔獣を食らい、レガント族を食らい、人をも存分に食い散らかした最初の神兵は、十三人でさえ手も足も出なくなっていた。五人が食われ、六人が重傷を負い、二人は逃げた。その点はまあ、ボクも仕方がないと思うんだ。
それ以来、神兵の名はこの大陸では恐怖と憎悪の対象だよ。
そして、当の魔術師は責任を取ろうとした。ボクが許せないのはそこさ。
あるいは自分の命を賭けて新しい術を開発し、決死の覚悟で挑んだのだったらボクもそう文句は言わない。
事もあろうにその魔術師は、再び召喚の魔術を使ったのさ。今度は神兵を討ち果たす為に。
次に招いた時には、条件に『人間と同じ倫理観を持つ』って内容が追加されたそうだから、分かりやすいというか、何というか。
その時に招かれたのが、ボク達を作り上げた創造主達さ。神兵と戦うために、十二体の王機兵を造り上げた。その技術の一部が、今の機兵造りに役立てられているんだよ。
そして戻れない事を知って、かつての十三人と同じようにこの世界に生きた。
王機兵は神兵と戦う為の機兵だよ。断じて人と人の争いに使っていい力じゃない。
使うなら余程機能を落とすか、専守防衛に使うくらいでもないと。
後がなかったから大きな機能を持っているけれど、地形を変える程の機兵なんて、本来は使うべきじゃないんだ。
後半はだいぶ端折った様子だったが、アルの言葉に三人は厳しい顔で黙り込んだ。
流狼にしてみれば、反省がないなという程度の話でしかない。当事者の一人として思うところがない訳ではないが、もう既に文句を言う段階は過ぎていた。
だが、ディナスやフィリアにしてみればアルから『お前達はこの世界を危機に陥れた、あの考えなしの魔術師と同じ事をしている』と遠まわしに痛罵されたようなものだ。
「ところで、何でお前達と召喚陣は残っているんだ?」
『良い所に気が付いたね、マスター。神兵は召喚の魔術を解析して同胞を呼び出した。その事実を知ったボク達の製作者は考えた。もし、向こう側の神兵が魔術を解析していたらと』
「魔術を解析した連中がこの世界に来る、と?」
『そう。この世界には、子孫が居るからね。万が一神兵が再び現れた時に、対抗出来る手段として。ボク達と召喚陣は残されたのさ』
「召喚陣は何の為にってのは、聞くまでもないか」
『うん。この世界に乗り手がいなかった時のための保険さ。神兵が来ました、でも王機兵は使えませんではね』
「もう少し時代が違えばなあ」
そうすれば自分も召喚対象としては選ばれなかっただろうに。
流狼は大きく溜息をついた。
この世界に招かれてから今日まで、割り切るに割り切れない思いが少なからずあったのだ。
生きる手段があるという事と、この世界で生きていきたいかという事は違う。
そういった感情の諸々を大きく吐き散らして。
強引に気を取り直して、流狼はアルに問いかけた。
「ひとまず確認だ、アル。今現在この世界で、生きて活動している神兵は存在しないんだな?」
『ううん。そのはず、だけれども』
思ったよりも歯切れが悪い。
その視線に気付いたのか、アルが器用に肩を落として続けた。
『ボク達は休眠状態になる時から、召喚陣が使用された場合には一時的に起動して状況を確認する機能だけは稼働している。全部が全部王機兵絡みの召喚ばかりではないからね』
「そうなのか」
『この世界の人々では対応できない疫病への対応とかね』
「ああ、そういう類もあるんだな」
確かに、医療の進んでいる世界ならば対応が出来るかもしれない。
呼び出された者にとっては不運では済まないだろうが。
『さて。ボクからの話はおおよそこんな所だね。君達は約束を守ってくれた。だからボクも約束を守る事にする』
半ば強引に話題を打ち切るアル。
その言葉を受けて、ディナスが顔を上げた。
「それでは?」
『アルカシードに使われている技術の多くは、今の技術水準では再現する事が出来ないと思うよ。まずは一機、使っていない機兵を預けて欲しいところだね』
「使っていない機兵、ですか」
『うん。何しろほら、アルカシードがあの状態だから、今の時点でマスターが乗る機兵が足りないでしょ?』
言いながらアルがこちらに顔を向ける。
流狼としてはアルカシード以外の機兵に乗る事など考えてもいなかったので、ひどく間の抜けた顔でアルを見つめ返す。
「え、俺が機兵に乗るのか?」
『今後どこにどういう形で行く事になるとしても、ボクはマスターがそれなり以上の機兵を呼び出せるようになっていないと認めないよ?』
魔術を最優先で覚えさせるのもそれが理由だから、と真っ直ぐ言い切るアル。
遺跡でエナ達がしていたように、遠くから機兵を呼び出す魔術を覚えろという事らしい。
『アルカシードはあの山の処理が終わるまでは下手に動かせない。短くても半年くらいはかかると思うんだ。その間、マスターがこの城か城下町に引き籠るならそれでもいいけれど』
「半年か。この国で世話になる以上、それ程の間特別扱いをされては迷惑になるか」
「ロウ、迷惑なんて考えなくて良いのだぞ?」
「フィリア。私も同感ではあるが、あまり続けてはルウ殿が周囲から悪く見られるおそれもある。アル殿、我々はその機兵をメンテナンスしながら少しずつ技術を学べ、そういう事ですね?」
『察しが良くて助かるよ』
頷き合うアルとディナスに、遅れて流狼も頷く。
自覚は未だに足りていないが、自分はどうやらこの世界では非常に重要人物となってしまったのだ。まるで王侯貴族にでもなった気分だが、考えてみれば隣に座っているのはその王族だ。
今後は誘拐や暗殺にも気を配らなくてはならないのだろう。
「何とも堅苦しい事だなぁ」
「慣れてくれ。私もそうしている」
そう呟く流狼に、フィリアが小さく笑みを漏らしたのだった。
その晩。
就寝準備を終わらせた流狼は、周囲に気配がない事を確認してからアルに声をかけた。
「なあ、アル」
『どうしたのマスター。子守歌でも歌おうか?』
「さっきの話なんだが」
どの、とは言わない。
アルも気付いていたのか、特に確認を取ってはこない。
「送還の魔術を捨てさせた理由には、神兵の存在があったのか」
『たまにマスターは異様に察しがいいよね』
「異様には余計だ」
王機兵を造った人物は、魔術すら観測する程の天才であったという。
その人物が送還の魔術を改良出来ないとは、流狼には思えなかった。例え、自分には才能がなくて使えなかったとしても。
「神兵を呼んでしまったこの世界は橋頭保か」
『うん、そうだよ。送還の魔術まで完璧にしてしまえば、この世界を神兵が手中に収めたが最後。奴らは間違いなく今までの召喚の軌跡を追うと、
「異世界から際限なく湧いて来る人食いの怪物か。ぞっとしないな」
呼ぶ道が開通してしまった以上、この世界が占拠されれば流狼達が住んでいた世界にもやって来る事になってしまう。
結果だけを見れば、流狼も流狼が住んでいた世界も巻き込まれただけだ。しかし流狼は、最悪を想定していた王機兵の製造者の当時の判断に異を唱えるつもりはなかった。
とは言え。
「流石に今の状況に神兵なんて混じってきたら重すぎるぞ」
『一つずつ解決していこう、マスター。まずはこの世界に慣れる事だよ』
「そうだな。改めて、これからよろしく頼むよ。アル」
『よろしく、マスター」
アルの小さな手と握手を交わして。
流狼はようやく、初めてアルやこの世界と真っ直ぐに向かい合った実感を持ったのだった。
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