8-7


『総統、こちらは外れのようです。ダミーの人形が置かれているだけでした』

『こっちもハズレね~。どうする~? 総統の方に合流する~?』


 カイザースーツを装着し、すでにシュバルカイザーへと変身している俺に、それぞれ悪の女幹部の姿となったデモニカとジーニアから通信が入る。


 今回の襲撃予告は、俺たちヴァイスインペリアルの支配領域内が標的だったために、ワープ先を固定するアンカーが、あらかじめ備え付けられた、最寄りの拠点を経由することで、俺たちはかなり迅速に、目的地へと向かうことができた。


 こうして野を駆けている俺も、もうすぐ襲撃予告地点へと到着する。


「いや、ダミーが用意されてるってことは、陽動の可能性が高まった。地下本部に戻って、周囲の警戒を頼む」


 パフォーマンス的な宣戦布告までしたのに、実際はブラフだったと考えると、やはりあれは、俺たちを本部から釣り出すための罠だと考えた方がいいのだろう。


 しかし、そうは言っても、残り一つの襲撃予告地点だけを確かめないわけにもいかないし、最期まで、用心は怠るべきでもない。俺は、気を引き締め直す。


『了解です。残った一つが本命の可能性もありますので、お気を付け下さい、総統』

『それじゃ、ワタシも本部に戻るわね~』

「分かった。そちらも気をつけて」


 デモニカたちとの通信を切ると、俺は急いで目的地へ急ぐ。

 これが茶番にしても、罠だとしても、行動は素早い方が良いに決まっている。


 というか、俺が向かう方向から、なんだか嫌な予感がするんだよなぁ……。




「ヌハハハハ! どうやら貴様が、今日の生贄のようだな!」

「うわぁ……」


 俺の目的地、山奥にある採掘場の崖の上で、まるで俺を待ち受けるかのように、狂気のマッドサイエンティスト、松戸まつど博士が、高笑いを上げている。


 どうやら、嫌な予感は的中してしまったようだ。


「あの三幹部共の中から、一体どれが来るのかと思っていれば、まさか釣れたのは、新米総統だとはな! まったく、貴様も運がない! ヌハハハハハ!」


 松戸博士本人がご丁寧に説明してくれたが、どうも今回の敵の目的は、うちの最高幹部のうち、一人だけを呼び込むことだったらしい。


 予告した三か所の内、ここが本命で、そこに来るのが最高幹部なら、どうやら誰でもよかったようだ。


 生贄とか言ってたし、個別撃破でもするつもりだったのだろうか?

 襲撃予告の場所が互いに離れていたのも、合流までの時間を稼ぐためか。

 でも、待ち伏せにしては、この採掘場には松戸博士くらいしかいないような……。


「……うん?」


 敵の思惑に考えを巡らせている最中、俺は松戸博士のそばに、複数の人影があることを確認した。松戸博士が煩すぎて、気が付くのが遅れてしまったようだ。


 なにやら大騒ぎしている松戸博士のすぐ横に、全身を黒いマントで隠している人物が一人。その後ろに、ビジネススーツ姿の男が二人、こちらを見ていた。


 マントの人物はともかく、そのビジネススーツの男たちに、俺は見覚えがあった。


「……これはこれは、悪の組織、ワールドイーターのトップ二人が、わざわざこんな場所で、出迎えてくれるとはな」

「いえいえこちらこそ、まさかヴァイスインペリアルの新総統と、こうしてお会いできるなんて、嬉しいサプライズでしたよ」


 一応、悪の組織の総統としての体裁を整えて話しかけた俺のことを、崖の上から余裕の態度で見下ろしているのは、確かに、ワールドイーターのボス、海良かいら伊人いひと、その人だった。


 特に正体を隠そうとはしていないのか、堂々とその姿を晒している。


 どうやら、松戸博士がワールドイーターと繋がっているというのは、間違いないようだ。まぁ、それはもうすでに、分かっていたことではあるけれど。


「……それでは、今回の件は、ワールドイーターからの正式な宣戦布告だと考えて、いいのかな?」

「いえいえ。あくまでもこちらとしては、特別顧問として協力して頂いている松戸博士の暴走……、という事態だと認識しているのですがね。組織の長としては、こうしてわざわざ説得に来たというのにしくじり、自らの力不足を嘆くばかりですが」


 こちらの牽制も、海良はのらりくらりと受け流してしまう。

 松戸を止めようとしているだなんで、まったく、見え透いた嘘である。


「ヌハハハハハハ! ヌハ! ヌハ! ヌハハハハ!」


 ……いや、狂ったように笑い続けている松戸博士を見れば、本当に止められないんじゃないかと、思ってしまいそうだけども。


「……海良、もういいだろう」


 海良の隣に佇んでいた、痩せぎすの男が口を開く。


 ゴードン・真門まもん


 ワールドイーターが、国内最大規模の組織となるまで成長するに至った、その大きな要因の一つ。海外から来た、海良の協力者である。 


「時間は、無駄に使うべきじゃない」

「――っ!」


 ジロリ、とこちらを一瞥したゴードンの冷たい瞳に、思わず背筋が凍る。

 全てを呑み込んでしまうような暗い視線に、俺の超感覚が、警報を鳴らしていた。


「そうだな。確かに、もういいだろう」


 ゴードンを警戒する俺を一瞥いちべつして、海良がニヤつきながら、慇懃いんぎんにこちら向けて、頭を下げる。


「ヴァイスインペリアルの新総統……、確か、シュバルカイザーだったかな? 本日は松戸博士の暴走を止められず、本当に申し訳なく思う! どうか、生き残ってくれたまえよ!」


 そして、大袈裟にこちらに会釈をすると、少し後ろに下がってみせる。


 どうやら、お喋りの時間は終わりらしい。


「さて、それでは始めるか!」


 高笑いを続けていた松戸博士が、そう言って腕を振るった瞬間、その隣で黙って突っ立っていたマント人間から、そのマントが外れた。


 パタパタと風に吹かれながら、黒いマントが飛んで行く。


 そこにいたのは、男だ。日本人で、囚人服を着ている。


 そしてどうにも、見覚えのある男だった。


「……雷電らいでん稲光いなみつ?」

「その通り! その通りである!」


 俺が、なんとか記憶の底から絞り出した解答に、松戸博士が喝采を浴びせる。

 どうやら、正解だったようだ。

 

 確かに、そこにいたには、俺が倒した悪の組織、ブラックライトニングの首領、体内から雷を生み出す超常者ちょうじょうしゃ、雷電稲光。その人だった。


 しかし、稲光を含めたブラックライトニングのメンバーは、この前、俺とマリーさんに倒された後、全員、正義の味方に捕縛されたはずで……。


 と、そこまで考えた時、俺の中で、色々と繋がった。


 そう、先日のスタジアム占拠事件の裏で起きた、捕まえた悪の組織の人間を閉じ込めておくための収容所で起きた、囚人が一人消えた、という、あの事件だ。


 というか、目の前の稲光、まだ囚人服のままだし。

 もう、その事件が起きた日から、随分と時間も経つというのに。


「さぁ行け! 改造稲光! 貴様の力を、見せてやれ!」

「がああああああああ!」


 松戸博士の命令に応えて、稲光が雄叫びを開ける。 


 って、改造稲光? 改造? 改造ってなんだ?


「ぐおおおおおお!」

「おっと」


 突然出てきた物騒な単語に気を取られているうちに、崖上から稲光が、奇妙な叫び声を上げながら、俺に向かって凄まじい勢いで飛び掛かってきた。


 とりあえず避けるが、小さなクレーターが生じるほどの威力で、地面に激突した稲光は、即座に起き上ると、再び俺に向かってくる。


「ぎいいいいい!」

「よっと」


 稲光の拳をかわし、カウンターで殴り飛ばすと、稲光はそのままぶっ飛び、採掘場の切り出された岩壁にぶつかった。


「それで、改造稲光ってのは、一体どういうことなんだ?」

「ヌハハハハハ! 知りたければ、教えてやろう!」


 俺の問いかけに、松戸博士が得意満面で答えてくれた。


 今しがたぶっ飛ばされたのが、その改造稲光本人だということは、どうでもいいのだろうか?


「改造手術とは本来! 対象に行うことで、素材が凡夫でも、破格の戦闘能力を付与できるという点が、最も特質すべき特典である!」

「特典って……」


 随分と気軽の言ってくれるが、不可逆の改造手術には、それ相応のリスクが伴う。

 そんなスナック感覚で行っていい手段では、ないはずだ。


「だがしかし! 改造を行えるのは基本的に、ただの人間のみだった! これは特殊能力を使える超常者を、超常者たらしめている要素の特定が不可能であり、下手に超常者を改造すれば、その能力が失われるばかりか、大幅にパワーダウンしてしまうからに他ならない! これは、実証済みの事実である!」

「実証済みって……」


 言葉通り受け取るなら、もうすでに、超常者に改造手術を試した上で、失敗したということになるのだが……。


「だがしかし、だがしかし! 吾輩は遂に成功したのだ! 超常者への改造を!」


 絶好調な松戸博士が、より強く叫んだその瞬間、先ほど俺が吹き飛ばした稲光が、埋まっているガレキを、眩いばかりの雷光と共に、吹き飛ばした。


「ぐおおおおおおおおお!」


 手加減したつもりは、ない。


 完璧に俺の拳が直撃したはずの稲光が、全身に凄まじい稲妻をまとわせ、雄叫びを上げながら、立ち上がる。


「怪人としての特性を組み込むまでには至らなかったが、能力を幾倍にも強化し! 身体能力を飛躍的に向上させ! あらゆる限界を超える!」


 復活した稲光、いや、改造稲光を指さし、松戸博士が、狂気の叫びを上げた。


「この崇高なる実験のために! 色々と時間をかけて仕込んできたというのに、突然正義の味方に捕まったと聞いた時は、流石の吾輩でも、肝が冷えたぞ!」


 仕込んできた、と聞いて俺の脳内に、について問いただそうとした瞬間に突然フリーズした、ブラックライトニングに所属している博士……、間外まがい主水もんどの姿が思い浮かぶ。


 あの御方というのが、松戸博士のことだった以上、おそらく間外のあれは、自分のことを隠すために、松戸が仕込んだ装置だったのだろう。


 ということは、同じ様なを、稲光にしていたとしても、不思議ではない。


 いう、むしろ超常者である稲光に色々と仕込み、こうして改造するために、松戸はブラックライトニングに近づいた、と考えるべきだろう。


 技術提供ではなく、そちらが本命だったために、彼らに与えた武装は、おためごかしのお粗末な玩具だった、といったところか。


「酷いことをする……」

「ヌハハハハ! 技術の進歩のためだ! 奴らも喜んで協力してくれたわい!」


 その喜んで協力したらしい奴は、今俺の目の前で、人外の叫びを上げながら、どうやら理性を失っているようなんだが……。


「さぁ! 行けい! 改造稲光! 貴様のスペック、吾輩に見せるがいい!」

「があああああああ!」


 松戸博士の指示を受け、改造稲光が俺に襲いかかる。


 稲光の、あの無駄な饒舌じょうぜつはどこへやら、完全に戦うためだけの化物に成り下がってるように見えるのだが、これって、改造が成功してると言えるのか?


「おい、稲光! お前は、それでいいのか!」

「うがああああああ!」


 稲光は俺の問いには答えず、奇声を上げる。


 そして、全身に稲妻をみなぎらせたまま、恐ろしい速度で俺へと突っ込んできた。


「っ!」


 速い! 息を呑む暇も無い!


 稲妻のような素早さで肉薄する稲光をなんとか避けるが、今度は、カウンターを狙っている余裕もなかった。


「ごおおおおおおおお!」

「くそ!」 


 突進を躱された稲光はその直後、強引に地面に足をつけ、踏ん張ると同時に雷撃を地面に向け発射、その反動を使い、再び俺に跳びかかる。


 それを躱せば、また地面に雷撃を、また躱せばその次を、その次を、その次を。


 稲光の速度は、その度に異常なまでに上昇していくが、俺は超感覚を駆使して、なんとか避け続ける。


 確か、前回戦った時の稲光も、こうして自分で発電した電気の力を使い、身体能力を上げていたが、ここまでの乱発は、果たして可能だったのだろうか?


 確か、一度使っただけで、結構なダメージを自分に受けていたはずなのだが。


「ちっ!」


 魔術で迎撃しようにも、相手が速すぎる。


 地雷のように魔方陣を仕込んでみたが、稲光がそれに触れてから、起動するまでの僅かなタイムラグが、致命的だ。魔術がその効果を発揮するのは、すでに稲光が通り過ぎた後でしかない。


 だから、周囲を無差別に巻き込む、大規模範囲魔術を展開することにする。


「どうだ!」

「かあああああああああ!」


 大きく展開した魔方陣が、俺自身をも巻き込みながら、爆発炎上した。


 だが、迅雷のように動き続ける稲光は、爆発が発生した瞬間に、爆発の範囲ギリギリまで後退し、直撃を避ける。


 魔素の動きを探知し事前に逃げた……、わけではない。

 単純に、爆発の瞬間を知覚し、それに合せて身体を動かし、避けたようだ。


 どうやら、単純な身体能力だけでなく、神経の伝達速度までも、飛躍的に向上しているようだった。


「面倒くさい!」

「ぐおおおおおおお!」


 爆発の直撃を回避した改造稲光が、再び即座に、俺へと向かって襲いかかる。


 自分ごと周囲を爆発させたために、俺の動きが一瞬止まってしまっていた。

 タイミング的に、避けることは不可能だ。

 

 俺は、改造稲光の攻撃を防ぐべく、防御用の魔方陣を展開するのだが……。


「しまった!」

 

 改造稲光は、超加速に任せて、強引に魔方陣の障壁を突破すると、俺に肉薄する。


 そしてそのまま、俺に組み付いてきた。


「ごおおおおおおおお!」


 俺に密着した改造稲光が雄叫びを上げた瞬間、奴の体内から、凄まじいエネルギー量の電気が発生し、俺を包み込む。


 その威力は、前回戦った時とは、比べ物にならない。


 カイザースーツのおかげで、電撃によるダメージは大幅に軽減されいるが、完全にカットするまでには至らない。その上、放電と同時に発生する発熱により、ジワジワとスーツの耐久力が削られていく。


「ほう。本当に、身体能力だけではなく、能力の方も強化されてるみたいだな」


 俺と改造稲光の戦闘を崖上から眺めながら、海良がなにやら、感心したようなことを言っている。


 どうでもいいけど、お前は一応、松戸博士を止めるために来たって、さっきまで言ってたんじゃないのか、おっさん。


「ヌハハハハ! 成功成功! 大成功よ!」


 松戸博士による喜びの高笑いが、採掘場に響き渡る。


 なんだろう。

 なんだか、凄まじく不愉快だった。


「な、に、が……! 成功だあああ!」


 俺は気合と共に、命気プラーナを身体中に漲らせ、カイザースーツの性能を遺憾なく発揮し、俺に貼りついている改造稲光を強引に引き剥がすと、そのままぶん投げる。 


「ぐああああああああ!」


 改造稲光は、空中で無理矢理姿勢を整え、地面に着地するが、即座にこちらに向かってくるようなことは、なかった。


「無理矢理に能力を引き上げたせいで、身体がついて行けてない! 戦えば戦うほど勝手にボロボロになって、しかも理性すら失う改造の、どこが成功だ!」


 改造稲光の身体は、もはや限界と言っていい。


 俺への電撃攻撃による放熱が、そのまま自身へのダメージとなってしまっている。

 全身が赤く腫れあがり、煙を吹いていた。


 更に、あの人間を超えた高速移動も、やはり無茶な連続使用だったのだろう。それぞれの四肢が裂け、囚人服を内側から、赤く染めてしまっている。


 全身にガタがきていて、改造稲光はもはや、いつそのまま死んでしまっても、おかしくない状態だった。


 これのどこが、成功だって言うんだ!


「ヌハハハ! 安心せい! 今回のデータがあれば、次はその問題点を全て解決した上で、より完璧な技術として確立出来る! 故に、成功よ! 次への捨て石としては十分以上に!」


 ギラつくような狂気をその瞳に宿し、松戸博士は笑い続ける。


 あぁ……、なんとも胸糞悪い光景だった。


「さぁけ! 改造稲光! その命の最期の一片まで、吾輩の科学のために、全力で使い潰せ!」

「がああああああああああああああああ!」


 松戸博士の命令に従い、改造稲光は、その死にかけの身体を無理矢理動かすと、無茶な加速を開始する。


 どうやら、どんな状況であっても、奴の命令には逆らえないようだ。


「だぁ! くそ! 死んでも恨むなよ! 稲光!」


 理性を失い、全身から血を噴出しながら、特攻してくる稲光に同情した……、というわけでもないが、俺は、俺の最善を尽くすため、言葉に力を込める。


「――命気充填じゅうてん!」 

 

 俺の声に応え、カイザースーツが、その姿を黒い虎へと変化させた。

 獣の牙と、獣の爪と、獣の四肢と、獣の強さを持った、原始の姿。


 身体中にほとばしる命気を吐き出すように、獣のように、俺は叫ぶ。


「シュバルカイザー・ベスティエ!」


 自らの命気を最大限引き出した俺は、すでに尋常ではない加速をしている改造稲光を超える、さらなる加速を一瞬で行い、相手の動きを読んで、先回りする。


 そして、握りしめた拳をゆっくりと、だがしっかりと、稲光の身体の中心である丹田たんでんに、そっと添える。


「――はっ!」

「ぐおおおおおおお!」


 そして、触れた拳を通して、ありったけの命気を、稲光に向かって送り込む。

 俺の一撃を受けた稲光は、大きな叫び声を上げ、その場に崩れ落ちた。


「なんだと!」

「ほう……」


 その様子を見ていた松戸博士が、驚愕の声を上げ、海良はなにやら頷いている。


 勝負は決した。

 スーツのセンサーで確認したが、稲光は既に、意識を完全に失っている。


 無事とまでは言えないが、とりあえず、死んではいない。


 俺が送り込んだ命気に反応して、じわじわと傷は治り始めているが、どこまで回復できるは、稲光自身の生命力次第だろう。


「馬鹿な! 例え意識を失おうと、死ぬまで動きを止めないはずが!」

「……命気を打ち込み、対象の体内でオーバーフローさせることで、強制的に相手の生命活動を、一時的にシャットダウンさせたようだな」


 狼狽している博士に、淡々と説明しているは、ゴードンだった。


 どうやらゴードンは、命気についての知識を持っていうようで、俺のしたことを、的確に見抜いている。


 くらく輝く瞳でこちらを見ているゴードンを、俺も睨み返す。

 奴から視線を逸らすのは危険だと、俺の本能が、告げていた。


「馬鹿な……、吾輩の作品が……、改造超常者が、まさか……」

「あぁ、俺だ。……分かった」


 呆然自失としている松戸博士の横で、こちらを睨んだままゴードンが、スーツの懐に手を入れると、電話と取り出し、一言二言会話して、通話を切った。


「アランの方も、失敗したそうだ」

「なるほど……、どうやら、ただのお飾り総統というわけではなさそうだな」


 アラン……、というのが、誰だかは知らないが、どうやらこの戦闘の裏で、別の事態も進行していたようだ。


 やはり今回の目的は、改造稲光のテストだけではなかった、ということだろう。


「戻るぞ」

「カハ!」


 地面につくばり、心底悔しがっている松戸博士の襟首を引っ掴むと、ゴードンが俺を一瞥して、この場から去っていく。


「いやはや! 実に見事なお手並みでした! 流石はヴァイスインペリアルの総統であらせられる! おかげで同志の暴走を抑えられ、感謝のしようもありません!」


 残った海良が、慇懃な態度を取りながら、崖上から俺を見下ろしている。


 どうやらワールドイーターは、今日のところは、このまま撤退するつもりらしい。


「いえいえ、この程度。しかし、組織のトップとしては、部下の手綱もまともに握れないようでは、沽券こけんに関わるのではないですか? 他人事ながら、まったく心配してしまいますよ」


 俺の挑発に、海良の頬がピクリと動いたのが見えた。


「ご心配、痛み入りますな。今後は気をつけることに致しましょう」

「えぇ、是非そうしていただけると、助かります」


 挑発に反応はしたが、どうやら本当に、今日はこれ以上、俺とやり合うつもりはないらしい。


 このまま、いきなり不意打ちして、ワールドイーターのトップをこの場で倒してしまう……、という手も、一瞬頭をよぎったが、先程までの、俺と稲光の戦闘を観察しながら、それでも平然としていた海良とゴードンの様子を見れば、下手に手を出すのは危険だと考えられる。


 俺の超感覚も、ここは見送れと告げていた。


「それでは、私もこれで。あなたとは、また会えるのを楽しみにしていますよ」

「そうですね。それでは、またどこかで、お会いしましょう」


 あくまで慇懃に、頭など下げて見せる海良に、こちらも慇懃に返す。


 海良は不愉快な笑みを浮かべたまま、崖上から姿を消した。




 ワールドイーターが確かに去ったのを確認した俺は、ベスティエモードを解除し、ノーマルのシュバルカイザーへと戻る。


 採掘場には、俺と、気絶した稲光だけが残された。


 というか、稲光残して行ってよかったのか、ワールドイーター……。

 一応、これが、改造超常者とやらの重要な被験体とかなんじゃないのか……。


 まぁ、いいか。そんなことは正直、俺の知ったことではないのだ。

 とりあえず、これからどうするべきか、それを考えよう。


 なんて俺が思った、その時だった。


「そこまでです! ヴァイスインペリアル!」


 俺の頭上から、俺のよく知る少女の声が、俺に浴びせかけるように、降ってきた。



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