8-2


「それで、マジカルセイヴァー籠絡ろうらく作戦の進捗しんちょく状況は、どんなもんなんじゃ?」

「まぁ、ぼちぼちってところかな……」


 真面目な表情を浮かべながら、作戦の進行具合を尋ねてくる祖父ロボに、俺は適当に返事をする。


 体育祭のペアダンスの相手が赤峰に決まってから、数日後の日曜日の朝。ヴァイスインペリアル地下本部の大ホールにて、俺たちは、今後の方針決定のための作戦会議を行っていた。


 会議の参加者は、俺と祖父ロボに、けいさん、千尋ちひろさん、マリーさんの最高幹部三人を加えて、計五人だけだ。ローズさんたち怪人組は、調査活動に忙しいとかで、今回は欠席ということになっている。


 広すぎる大ホールに設置された、豪華すぎる玉座に座った俺を囲むように、みんな集まっているのだが、正直、空間を持て余しすぎていて、微妙にわびしい。


「ぼちぼちって、ハッキリせんのう」


 祖父ロボは不満そうな顔をするが、実際問題、ぼちぼちとしか言いようがないのだがら、仕方ないだろう。


 桃花とは、少し仲が進展した感はあるが、水月さんや黄村とは従来通りだ。


 緑山先輩からは、なぜか最近よく電話やメールが来るようになったので、微妙に距離は縮まったのかもしれないが、劇的というほどではない。


 そして、赤峰に関しては、むしろ後退してしまっている。


 まぁ、マジカルセイヴァー籠絡作戦自体は、祖父ロボが彼女たちに危害を加えないためのダミー作戦なので、本当に籠絡する必要はないのだが。


「なんじゃ、もう二、三人孕ませたみたいな、景気の良い報告はないのか」

「ねぇよ! どんだけスピード展開なんだよ!」


 マジカルセイヴァー籠絡作戦が始まってから、まだ一か月も経ってないのに、なに言ってるんだ、このポンコツは。


 いや、そういう問題ではないのだけども。


 桃花たちに、そういうことする気は、ないんだけども!


「まっ、ええわい。それじゃ、今日の本題に移ろうかの」


 どうやら祖父ロボは、俺をからかっただけというか、今はまだ、それほど明確な成果を望んでいたわけでもなかったようで、あっさり話題を切り替えてしまった。


 まぁ、あまり話を掘り下げられると俺も苦しくなるので、その方が有難いのだが。


「この前のスタジアム占拠の一件じゃがな、やはりワールドイーターの奴らが、裏で動いておったようじゃ」

「……なにか分かったのか?」


 俺は気持ちを切り替えて、真面目に会議に参加することにする。

 どうやら、先日の松戸まつど博士の一件について、新たな事実が判明したらしい。


「はい。統斗すみと様のご慧眼けいがん通り、事件発生時に周囲の状況を詳しく調査しました結果、様々な動きが見えてきました」

「その裏付けと~、確認に~、ちょっと時間かかっちゃったんだけどね~」


 祖父ロボに変わって、俺の質問に答えてくれたのは、契さんとマリーさんだった。


「まず、やはり松戸博士によるスタジアム占拠事件は、正義の味方の目を、本命から逸らすための陽動だったようです」

「陽動って、あのスタジアム、割と致命的にぶっ壊されたんだけど……」


 日曜だというのに、きっちりビジネススーツに身を包んでいる契さんの説明に、俺はため息をつくしかない。


 先日スタジアムで起きた大破壊は、公的には爆発事故ということになっている。


 あのスタジアムには、事前に疑次元スペースを張れなかったために、その傷跡がしっかりと残ってしまったのだ。


 半壊したスタジアムは、現在も絶賛復旧工事中である。


 あれで、陽動って……。

 まったく、酷いことするなぁ。


「松戸博士が暴れている間に~、周囲の様子を詳しく探っていたんだけど~、それ程大きな動きは~、どこにも無かったの~」


 契さんに続いて、いつもの白衣姿のマリーさんが、のんびりと話してくれる。


「でも~、千尋ちゃんの超感覚が~、ここが怪しい! って教えてくれたから~、その場所をトレースしていたら~、松戸博士の一件が終わった後しばらくして~、そこが大騒ぎになってたの~」

「統斗に言われたから、オレも一生懸命、モニターで怪しい場所を探したからな! いやー、目が疲れちゃったぜー!」


 普段と同じ、ペラペラのジャージ姿の千尋さんが、得意満面の笑顔で、大きく胸を張っている。


 その様子は非常に愛らしかったが、同時に、気になることも出てきた。


「ここが怪しいって……、一体どこだったんだ?」

「正義の味方が捕まえた、悪の組織の構成員の収容所じゃよ」

「収容所……」


 なんだか生々しい単語の登場に、俺は若干、引いてしまった。


「悪の組織の構成員を、普通の留置所やら刑務所に入れとくわけにもいかんじゃろ。すぐに力技で逃げられてしまっては敵わんと、国家こっか守護しゅご庁が用意した、超常者でも閉じ込めておける特殊施設のことじゃよ」


 確かに、超常者ちょうじょうしゃである契さんに千尋さんにマリーさん……、悪魔あくま元帥デモニカに破壊はかい王獣おうじゅうレオリア、無限むげん博士はかせジーニアの、あの戦闘力を考えれば……、いや、ローズさんたち怪人組でさえも、例え万が一捕まるようなことがあったとしても、通常の施設であるなら、あっさりと破壊して、脱獄してしまえる。


 そう考えるのなら、超常者や怪人専用の堅牢な拘束施設が存在するのは、至極当然なことであるだろう。


 いや、むしろ存在しないと困る。


 じゃないと、悪の組織の人間は、捕まれば基本的に皆殺しにされるという、えらい物騒なことになるし。


「この収容所は、国家守護庁が保有する最重要施設の一つじゃからな。なにが起きたのか調べるのにも、苦労したぞ。ローズたちが、随分と骨を折ってくれたわい」


 祖父ロボが珍しく、疲れたような表情を浮かべている。


 しかし、そうか。悪の組織の人間を捕まえて、捕らえておくための施設なんだから、警備や情報統制が厳しくて、当然か。


 どうやら、ローズさんたちが随分頑張ってくれたようなので、俺は心の中で感謝しておくことにする。ありがとう、ローズさん。それに、一般戦闘員の皆さん。


「調査の結果、松戸博士によるスタジアム占拠事件が終わった後、どうやらその収容所から、囚人が一人消えていたようです」


 本筋から離れかけたところで、契さんが話を戻してくれた。


「消えていたって、脱走でもしたのか?」

「脱走かもしれないし~、そうじゃないかもしれないのよね~」


 俺の疑問に答えてくれたのは、少し不満気み顔をした、マリーさんだった。


「どうにもガードがキツすぎて~、囚人が一人いなくなったっていうのは~、なんとか分かったんだけど~、その囚人がどこの誰だとか~、どうやって収容所から消えたのか~、とかまでは~、分からなかったの~」

「無念だぜ!」


 拗ねたように唇を尖らせているマリーさんに続いて、千尋さんまでも、両手を上げて悔しがる。


「そこら辺の詳しい情報を集めるために、ローズたちは今も頑張っとるんじゃがな」


 祖父ロボは、先ほどの疲れ顔もなんとやら、今度はニヤリと、不敵に笑っている。

 基本的に、この祖父ロボは、自分の思い通りにことが好きなのだ。


 昔から、逆境に燃えるタイプなのであった。


「だが、この収容所の件と、スタジアム占拠事件に、なにか関連があるのは、まず間違いないぞい。スタジアムから逃げた松戸の奴が、その収容所の方に飛んで行き、なにかと合流した後に消えたことまでは、分かっておるからな」


 確かに、正義の味方から逃げたはずの松戸博士が、特に意味も無く、わざわざ正義の味方が管轄している収容所に向かうとは、考え辛い。


 やはりこの件は松戸博士、いや、彼の背後にいる悪の組織、ワールドイーターの仕業と考えるのが、妥当なのだろう。


「まぁ、なんにせよ、今度奴らの動きには、一応警戒を強める必要がある、ということじゃな」

「……そうだな」


 祖父ロボが言うように、ワールドイーターへの注意は、怠るべきではないだろう。

 

 なにせ奴らは、正義の味方を統括している国家守護庁が管理する、難攻不落の収容所にまで、手を出したのだから。


「それじゃ、次の議題に移るかの」

「は~い。それじゃ次は~、対怪獣レベルの相手を想定した~、現在開発中の新兵器なんだけど~」


 不気味なワールドイーターの行動に、祖父ロボはどこか楽しそうな顔をしながら、今日の会議を進行していくのだった。




「まっ、本日の議題はこんなもんじゃろう。他に、なにかある者はおるか?」


 会議が始まってしばらく。最後に細々こまごまとした雑務の確認をして、祖父ロボが会議を終了していいか、俺たちに聞いてきた。


 最高幹部三人組は、特にないようだ。


 ワールドイーターの話題以後は、難しく専門的な議題が続いてしまい、脳ミソが痛くなり始めていた俺も特には……。


 あっ。


「そういえば、もうすぐ学校で体育祭があるんだけどさ。その練習とかで、これから放課後も、結構時間取られそうなんだよね」


 忘れていた。

 先週の金曜日までで既に、体育祭の日程や参加競技や競技種目、どの競技に誰が参加するかなど、全て決まっている。


 もう明日から、放課後は体育祭に向けての準備で、忙しくなるのだった。


「なんじゃ、そうなのか? だったらその期間、こっちは来れる時だけで、基本的には学校の方を優先してええぞ」

「えっ、あぁ、そうなの?」


 思ったよりもあっさりと、放課後の予定を確保できて、俺は拍子抜けしてしまう。

 もう少し、なにか言われると思ったんだけど……。


「学校行事をサボって、変に目立っても困るじゃろう。色々と」


 まぁ、言ってしまえば、その通りなわけだが。

 

 秘密を持ってしまった身としては、悪目立ちはしない方が、いいに決まっている。


「統斗様、体育祭があるのですか? それでは応援に行きませんと」

「そうね~、組織みんなで~、応援に行っちゃおうか~?」

「おっ! いいな! じゃあ弁当は、オレが作るかな!」

「いや、完全に目立っちゃいますから、勘弁して下さい……」


 体育祭に突然、謎の美人三人組に加え、謎の会社員集団が現れたら、悪目立ちなんてものじゃない。もしもローズさんたちまで来るとなったら、本当に、目も当てられないだろう。

 

 俺はなんとか、組織総出で応援に行くと盛り上がっている契さんたちに、思い止まるるようにと、必死に説得を行うのだった。




「それじゃ、会議はこれで終わりってことで、ええな」

「はい……、大丈夫です……」


 会議の終了を宣言する祖父ロボに、俺は非常に疲れた声で返事をする。


 時刻はまだまだ午前中なのだが、すでに一日が終わったかのような疲労感だ。

 

 まぁ、うちの最高幹部三人の説得に成功した代償と考えるなら、楽なものだが。

 

「それじゃ、統斗、行こうぜー!」

「分かりましたから。ちょっと腕引っ張らないでくださいよ、千尋さん」


 俺は、なんだかとても嬉しそうな千尋さんに腕を引かれながら、大ホールの玉座から立ち上がる。


 この後は、千尋さんと一緒に、命気プラーナの訓練を行うことになっているのだ。


 今日は日曜なので、基本的に丸一日、悪の総統として訓練を受けられるのだが、契さんもマリーさんも、他の仕事があるとかで、今日は夜まで、千尋さんと二人きりで特訓ということになっている。


「私に、資料作成なんて仕事が無ければ……」

「ワタシも~、疑次元スペースと~、強制セーフティスフィアの改良さえ~、終わってればな~」


 契さんとマリーさんは、どこか恨めしそうに千尋さんを睨んでいるが、睨まれている張本人は、涼しい顔である。


「今日は一日、たっぷり楽しもうぜ! なぁ、統斗ー?」

「分かりましたから。ちょっと俺を抱きしめる力弱めてくださいよ、千尋さん。背骨が折れそうです」


 俺は、素晴らしい笑顔の千尋さんに力強く抱きしめられながら、この大ホールを後にする。


「それじゃ、最初は一緒に、風呂でも入ろうか!」

「いや、せめて命気の特訓からにしましょうよ」


 千尋さんは、俺を抱きしめたまま、颯爽と駆け出した。


 彼女の体温を全身で感じながら、俺は今日、これからの心配をするのだった。


 俺、持つのかな? 色んな意味で。


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