7-10
まずは端的に、あれから起こった事実と、変化した現状の確認から始めよう。
結果から言ってしまえば、俺はマジカルセイヴァーの正体を、知ることになった。
より正確に言うならば、
議論の詳細は、
実際は、とても議論なんて呼べるものではなく、ただの大騒ぎだったのは、ここだけの秘密だ。
いや本当……、大変だった。
俺と
冷静なようで冷静じゃない、どこか棘がある
なんだか、恐ろしい空気で笑っている
本当に、子供みたいに
その全てを、なだめたり、すかしたりしながら、俺と桜田の安全を確保し、彼女たちとの関係を修復しつつ、更に俺の正体に勘づかれることなく、最終的に穏便に、マジカルセイヴァー全員の正体を知ることができたのは、正直、奇跡と言ってもいい。
しかし、俺はやった。やり遂げたのだ。
感無量である。
そもそも、桜田が漏らしたのは自分の情報だけであり、上手く立ち回れば、他のメンバーはその正体を明かす必要などなかったのだが、もう、全ては済んだことだ。忘れよう。
こうして俺は、桜田たちから直接、正義の味方について教えてもらったわけだが、当然、まだその全てを教えられたわけではない。
具体的には、正義の味方の拠点の場所と、その上官について、俺は、なにも知らされなかった。
拠点については、俺がそれを知っても仕方ないというか、俺が知る必要のないことなので、特に気にしていない。
俺は別に、正義の味方を殲滅したいわけではないので、特にそれを詳しく聞き出そうとも思わなかった。
まぁ、すでにヴァイスインペリアルが、なにか掴んでるかもしれないけども。
続いて上官についてだが、桜田たちは、自分の上司が俺の両親だと知らないのか、それとも、意図的に隠しているのかは不明だが、そのことについては、一切口に出さなかった。
つまり、状況が変わったと言っても、俺の両親のことついては、相変わらず下手に触れるわけにはいかない、ということだ。
まぁ、これはある意味分かっていたというか、むしろ桜田たちに、あなたの両親、実はわたしたちの上司なの! なんて言われなくてホッとした、という面もある。
これ以上の急激な状況の変化には、上手く対応できる気がしなかった。
要するに、俺の両親のことについては現状維持、俺は相変わらず、なにも知らないフリをしていればいい、ということである。
今回俺は、世の中には、悪の組織と正義の味方が存在し、桜田たちこそがその正義の味方であると、桜田たちから直接聞いた。
だがしかし、これは大変にリスキーなことであり、また、彼女たちの属している組織からも、厳重に禁止されている行為である、とも彼女たちに言い聞かされている。
黄村なんか、絶対に誰にも話すな! 話したらコロス! と凄い剣幕だった。
もちろん俺は、今回のことを、他の誰かに口外するつもりはない。
いや、すでに俺のせいで、ヴァイスインペリアルのみんなに、マジカルセイヴァーの正体が桜田たちだということは、知られてしまったのだけども。
それを知られたら、それこそ黄村に殺されそうだけども。
あくまで俺個人としては、固い決意を持って、他の誰にも口外しないと、誓おう。
桜田たちも、今回のことは、誰にも言うつもりはないだろう。
これはあくまでも、俺と、桜田と、赤峰と、水月さんと、緑山先輩と、黄村の間だけの秘密なのだ。
秘密は、守るべきだろう。
……以上が、あのロッカールームで変化した、俺と桜田たちを取り巻く状況の全てである。
ちなみに、桜田に対する爆弾攻撃の後、あの人形たちは全て機能停止、
あの嘘つき身分詐称博士に逃げられたというのは、少々ガッカリだが、戦闘の終結自体は、とりあえず喜ぶべきである。
その後、桜田たちとは、スタジアムの前で別れた。
上層部に今回の件を、俺のことを上手く隠した上で、報告するためらしい。
別れ際まで、絶対に今日の事は内緒だと、念を押してくるみんなと別れた後、俺は悪の組織の地下本部へと向かった。
俺は俺で、色々と報告があったためだ。
地下本部に戻った俺は、とりあえず、マジカルセイヴァーから正体を知らされた件は丸々伏せて、スタジアムを占拠していたのは松戸博士だったという事実と、彼の発明した
俺の報告を受けた祖父ロボの方も、今回のスタジアム占拠事件の裏側で、どうやらワールドイーターが、なにか動きを見せたことを掴んだようだが、詳細はローズさんたちが調査中ということで、詳しい情報は、後日教えてもらうということになった。
と、ここまでは、実にスムーズな感じだったのだが、問題はこの後だった。
俺に地下本部への待機を命じられていた
彼女たちはカイザースーツを通して、俺の動向をモニタリングしていたのだが、どうやら俺が、割と危険を
特にロッカールームでの件は、俺がスーツを解除したために、契さんたちは実際なにが起きたのか知ることができず、また俺の方も、あの場所で起きたことは秘密にすると決めてしまったので事実を言えず、色々と
まぁ、不満というよりは、あの子だけずるい! 自分にも、そういうことをして欲しい! ってことらしいのだけども。
なのでその後、彼女たちとは誠心誠意、一生懸命、
こうして、今回の松戸博士によるスタジアム占拠事件は、幕を下ろしたのである。
「あっ、
「桜田! お前……、どれだけ早く来てるんだよ?」
待ち合わせしていた喫茶店に、約束の時間より三十分早く到着した俺より、さらに先に来て紅茶なんて飲んでいた桜田が、椅子から立ち上がって、俺を呼ぶ。
「えへへ! こういうのは、待ってる時間も楽しいんだよ?」
「そうなのか? だったらその楽しさを、俺にも分けて欲しいんだけどな……」
俺は桜田と同じテーブルに着きながら、コーヒーを注文する。
さぁ、今日はこれから、どうしようかな?
そう、事件は終わった。
あれから幾日か日は過ぎて、もう夏休みも最期の数日を残すのみである。
というわけで、あのロッカールームでの約束通り、俺と桜田は、あの日の続きをしようということで、再び二人きりで遊ぶことになったのだ。
あの日の続きと言いながら、また朝から遊ぶことになってるけど、それは俺も望むところである。
「今日は、どこに行こっか?」
「う~ん、そうだな……」
シンプルなピンクのワンピース姿の桜田も可愛いな、なんて思いながら、俺は今日どこで彼女と遊ぼうか、思案する。
まぁ、時間はたっぷりとあるのだから、二人でのんびり決めればいいか。
こうして俺と桜田は、まずは喫茶店でまったりとお茶をしつつ、次にどこに行くのか話し合うのだった。
それから俺たちは、この貴重な休みを満喫するべく、色々と遊びまわった。
喫茶店を出た俺たちは、ちょっと大人ぶって、近くの美術館に足を運んでみる。
「うわぁ、わたし、こういうとこに来たの、初めてかも」
「実は、俺も。なんというか、随分と大人な空間だな」
桜田と二人で過ごす、柔らかくゆったりとした時間は、なんというか、非常に幸福な時間だった。
正直、芸術のことはよく分からないけれど、桜田とこうして楽しめるなら、芸術とは実に素晴らしい文化であると、俺は思う。
その後は一緒にカラオケに行ってみた。
「そ、その、歌が下手でも、笑わないでね……?」
「安心しろ。俺も自信ないから」
最近のカラオケのご飯は美味しいということで、そこで昼食にしたのだが、なかなか満足できる食事だった。桜田と一緒だったからかもしれないけど。
桜田は非常に歌が上手かったが、やっぱり正義の味方が好きなのか、そういう特撮やヒーローモノの主題歌ばかり歌っていた。
俺もそういうのは嫌いではないので、二人でつい盛り上がってしまい、歌いすぎて喉が痛くなったと、二人で笑い合う。
その後は、ショッピングモールで色んなお店を見て回り、ちょっと買い物をしたりすれば、あっという間に日も暮れて、楽しい時間も、もうおしまいである。
桜田の家までの帰路を、俺と桜田は並んで歩いていた。
最初は二人とも、今日の思い出を楽しくおしゃべりしていたのだが、少しづつ住宅地へと近づく頃には、どちらともなく、口数が減ってしまう。
辺りは暗くなり、街灯がポツポツと灯る頃には、俺たちは歩くというにも遅すぎる速度で、ただ黙って、足を運ぶだけだ。
この楽しい時間が、終わって欲しくない。
このまま別れたくない。
もっと彼女と一緒にいたい。
俺の胸の中を、様々な感情が荒れ狂うが、俺はそのどれも口に出せず、黙り込む。
彼女も、桜田も、俺と同じ気持ちなのだろうか?
だからなにも言わず、黙って歩いているのだろうか?
聞いてみたいような、聞くのが怖いような、微妙な気持ちだ。
心が少し、ざわざわする。
後はもう、あの角を曲がって、少し歩けば、桜田の家に着いてしまう、
そこでお別れ、今日はさよならだ。
また今度、一緒に遊べばいいさ。
なんて思っても、今日のこの寂しさは、薄れやしない。
折角楽しい一日だったのに、最期の最期で気分が沈む。
楽しければ楽しかっただけ、それが終わるのが惜しい。
思わず、ため息でも吐き出してしまいそうだ。
なんて、少し悲しい気持ちになっていた俺の左手が、急に温かくなった。
それは、俺の左手を、桜田が自分の右手で握ったからだと気付くのに、俺は少しだけ時間がかかってしまった。
彼女に握られた手が、熱い。
先程までの陰鬱な気分は吹き飛び、俺の体温が、急激に上がるのを感じる。
まるでつま先から頭の中まで、一気に赤く染まってしまったようだ。
高鳴る心臓の鼓動に、俺の思考がかき乱される。
「さ、桜田……?」
「……
上手く言葉が出てこない俺に、俯いた桜田が、小さく呟いた。
「えっ?」
「桃花って、呼んで?」
桜田が、少しだけ強く、俺の手に力を込めた。
「統斗くんには、わたしのこと、名前で呼んでほしいの……」
桜田の声は、微妙に震えている
いや、声だけじゃない。
彼女の長いまつ毛も、愛らしい唇も、俺と繋いでいる小さな手すら、その全てが、まるで怯えるように震えていた。
それは、彼女の精一杯の勇気を振り絞った一言だった。
「う、うん、分かった。……桃花」
「――うん!」
なんだか、とても暖かいものに心を打たれたような気がして、俺は桜田の、桃花の可愛いお願いを、素直に受け入れる。
俺の答えに、桃花は俯いていた顔を上げ、素敵な笑顔で笑ってくれた。
それだけで、俺の心には、まるで綺麗な花が、咲き乱れたようだ。
「…………」
「…………」
俺も、桃花も、また二人とも黙ってしまう。
言葉が出ない。静かな夜だ。
ただ、その沈黙は、つい先程までとはまったく違う、どこか暖かい沈黙だ。
桃花と繋いだ手を、俺が握り直すと、彼女も握り返してくれる。
俺たちは、どこか照れくさい沈黙を楽しみながら、夜の住宅街を並んで歩く。
そして、とうとう桃花の家の前に辿り着いてしまったその瞬間、しっかりと繋いでいた俺の手を、桃花が突然、引っ張った。
「えっ?」
不意を突かれた俺は、桃花に引かれるままに、彼女の方に、身体を
俺の顔と、桃花の顔の距離が、突然ぐんと、近くなる。
ちゅっ
そんな音が、俺の頬で、したような気がする。
「えへへ! 統斗くん! また遊ぼうね!」
「……あぁ! もちろん。楽しみにしてるよ、桃花」
照れながら自分の家へと飛び込んでいく桃花に、俺は、そんな気の利かない返事くらいしか、送れなかった。
彼女の唇の柔らかさが、その温もりが、今も俺の頬に残っている。
俺の心が、ギシリと痛んだ。
俺は、自分の家へと帰るため、なんとか足を動かす。
頬に残る彼女の体温が、暖かければ暖かいほどに、俺の心はズキズキ痛む。
頭の中をぐるぐると、下らない言い訳が渦巻く。
頭の中に延々と、自己弁護と自己肯定を並べ立てる。
頭の中に長々と、まるで許しを請うような、薄っぺらい懺悔の言葉を書き連ねる。
だけど、そんなことに意味は無い。
俺は、桃花の温もりが残る頬とは、反対側の頬を思い切り、力一杯、叩いてみる。
痛い。
だが、そんなことには、意味は無い。
なにも、意味など無かった。
俺が、桜田を……、桃花を騙しているのは、事実なのだから。
どんな言い訳を並べようと、どんなに自己弁護しようと、どんなに懺悔しようと、どんなに自分を罰しようと、まるで意味など無かった。
俺の行いは、まさしく悪の総統に相応しい、悪の所業なのだ。
「はぁ……」
重い気分を引きずりながら。俺は家路を、ただ歩く。
俺は、悪の組織の総統になるのだと決めた。
決めたはいいが、俺の心は、それを貫くには、あまりに弱い。
今の俺には、桃花が、彼女の真っ直ぐな正義が、どこまでも眩しすぎた。
正義。
確固たる自分を形作る、揺るぎない決意。
悪の総統な俺だけど、これからは少しだけ、正義についても、真剣に考えてみることにしようと思う。
こうして、卑劣な悪の総統による、マジカルセイヴァー籠絡作戦の幕が、なんとも重苦しい気分の中で、渋々と切って落とされたのだった。
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