7-5


「あっ、桜田さくらだ! こっちこっち!」

統斗すみとくん! ごめん! 待たせちゃった?」


 待ち合わせ場所で先に待っていた俺を見つけた桜田が、慌ててこちらに駆け寄ってきてくれる。


「別に待ってないよ。俺が、ちょっと早く来ちゃっただけだし」


 そう、この前の待ち合わせでは、桜田の方が随分先に来て、俺を待っていたようなので、今回は俺が勝手に、それより更に早く来てみただけなのである。


 実際、今の時刻は、予定していた待ち合わせ時間の十五分前だ。


 桜田、早く来すぎである。

 三十分前には来ていた俺が、言うことでもないが。


「それじゃ、ちょっと早いけど、行こうか、桜田?」

「うん! えっと、あの……、統斗くん、今日はよろしくね?」

「あっと、う、うん。こちらこそ、よろしくお願いします?」


 ふわりと膨らんだフレアスカートに、ボーダーの半袖Tシャツという、シンプルだが可愛らしい私服姿の桜田が、俺に向かってなぜかお辞儀をしたので、思わず俺も頭を下げてしまった。


 なんだろうか、ちょっとドキドキしてきた。




 ワールドイーターの件について、皆と作戦会議してから数日後、俺は再び、桜田と二人きりで遊びに出かけていた。


 夏休みも、もう終盤。残り少ない休みを満喫するため、今日は一日、一緒に遊ぼうと約束している。


 一応、これもマジカルセイヴァー籠絡ろうらく作戦の一環いっかんということになっているが、まぁ、それは祖父ロボたちへの建前なので、俺も今日は単純に、思い切り楽しむことにしていた。


 できれば桜田も、楽しんでくれるといいんだけど。



 とりあえず、まだ予定より少し早いので、俺と桜田はのんびりと散策しながら、どこで昼食を取るのか、一緒に決めることにする。



「そういえば、この前も思ったけど、桜田の私服って、シンプルだけど可愛いよな。今日の格好も、よく似合ってるよ」

「そ、そうかな? 一応、一生懸命選んだから、統斗くんにそう言ってもらえると、嬉しいな……」



 一緒に本屋や、雑貨屋などを見て回ったりしてから、俺たちは桜田の提案で、上品なアンティーク調の家具が揃えられた、ゆったりと落ち着いた雰囲気のカフェで、ランチを食べる。



「この前は、統斗くんに奢ってもらっちゃったから、ここはわたしが出すよ!」

「いや、それは普通に悪いから、せめて割り勘にしようぜ」



 ランチを食べ終えたら、今度は、今日の目的でもあった映画を見るために、近くの映画館へと向かう。チケットの方は事前に購入していたので、俺たちは余裕を持って座席についた。


「楽しみだね! 統斗くん!」

「そうだな。桜田も、こういう映画好きだったんだな」


 ちゃんと二人で、どんな映画を見るか話し合って決めたのだが、桜田が選んだのは最近流行りの、アメコミヒーローが活躍するアクション映画だった。


 もう少し、女子っぽい映画が良いのかと思ったが、もしかしたら、正義の味方としての血が、騒いだのかもしれない。



 二人並んで、しっかりと映画を鑑賞した後は、映画館側にある喫茶店でコーヒーでも飲みながら、ゆったりと感想を話し合う。



「映像は凄かったけど、動きが早すぎて、ちょっと疲れちゃったかな」

「ストーリーは、結構面白かったんだけどな」


 取り留めのない話をしていると、時間が経つのも早い。コーヒーも飲み終わったことだし、俺たちは店を出ることにする。俺が代金を出すと行ったのだが、ここもやっぱり、割り勘だった。桜田、なかなかに頑固である。



 さて、次はどうしようか?


 今日ちゃんと決めていたのは、二人で映画を見ることまでだ。


 この後はカラオケでも行こうか。そう言えば、桜田は歌とかどうなのかな?

 それともボーリング? ゲームセンダーもいいかな。

 というか、桜田の門限とか、大丈夫なんだろうか?


 なんて、俺が次のプランを考えてる、その時だった。



「あらん! 随分と可愛らしいカップルじゃない?」

「幸せそうで、ムカつくっス! 他人の幸せほど、憎たらしいものはないっス!」

「……嫌がらせしよう。そうしよう……」


 突然、謎の男三人組が、喫茶店を出たばかりの俺と桜田に絡んできた。



 というか、よく見れば、謎の男でもなんでもない。

 


「ぬっふっふっ! さぁ、どんなことしてあげちゃおうかしらん!」


 妙に前時代的な、暴走族みたいなふん装をして、こちらに詰め寄ってくるのは、ローズさんだ。


「うっス! 男の方をボコボコにして、恥かかせてやるっス!」


 なんだか凄い角度をしたサングラスとマスクで顔を隠した、いつもの白いタンクトップ姿の男はサブさんだ。


「ふふふふふふ……! お仕置きタイムだ……!」


 まだ夏なのに、ハロウィンの仮装かと思うような、全身ゴテゴテの装飾をした黒装束姿の男は、バディさんだ。



 全員、ただの俺の知り合いだった。



「な」


 にしてるんですか、ローズさん?


 と、思わず声に出しそうになってしまい、俺は慌てて口を閉じる。

 

 それと同時に、一瞬で脳をフル回転させ、思考を巡らせる。



 ローズさんたちの頭が、突然おかしくなってしまい、こんな奇行に走らせた……、というわけでは、当然ないだろう。それは、彼らが俺に、妙な目配せを送り続けていることからも、明白である。


 どうやら、彼らは俺に、なにかして欲しいようだ。


 それに俺の超感覚が、さっきから俺たちに注がれている、複数の視線を、敏感に捉えている。もう、ビンビン感じていると言ってもいい。


 ローズさんを筆頭にした、珍妙な存在に絡まれているのだから、注目を集めるのも当然かと思ったのだが、どうやら、視線の種類が違う。


 好奇の目というよりは、なんだか、作戦の成否を見守るような緊張感が……。


 ……はっ!


 俺と桜田に注がれる複数の視線の中から、特に強いモノを感じ取った俺は、桜田に気付かれないように、素早くその視線の主を確認する。


 そこにいたのは、俺のよく知る人物たちだった。


 というか、けいさんと、千尋ちひろさんと、マリーさんだった。


 全員、大きすぎるサングラスとマスクで、無理矢理顔を隠しているが、あれは間違いなく、彼女たちだ。まるでトーテムポールのように、縦に顔を並べながら、近くの建物の柱の陰から、こちらの様子を伺っている。


 一体なにしてんだよ! 顔隠してるけど、逆に目立ってるよ!


 なんて俺は思うが、それを口には出さないし、当然、顔にも出さない。


 俺の隣には、桜田がいるのだ。

 彼女に不審に思われるような行動は、決してとれない。


 更に、よく周囲を見てみれば、この辺りの通行人、その殆どに見覚えがある。


 というか、うちの組織の戦闘員たちだわ、これ。


 地下本部では基本的にマスクを被っているため、その顔は分からないが、地上の本社ビルの方では当然、戦闘員マスクなんてしていない。そちらの方で見た顔が、あちらこちらからさりげなく、俺たちの様子を見ているのが、分かった。


 なんだよ、この厳戒態勢! 仕事どうしたんだよ、みんな!


 なんて俺は思ったが、当然口にも、顔にも出さない。鉄の心である。

 

 気が付けば、俺と桜田は現在、悪の組織ヴァイスインペリアルの主要構成員に周囲を囲まれているという、異常事態におちいっていた。


 正に、逃げ場なし。

 こんな状況で、俺は一体、なにをすればいいというのか?


 まぁ、なにをすればもなにも、この突然絡んできたローズさんたちを、男らしく追い払えとか、なんかそういう感じの行動をしろ、ってことなんだろうけども。


 恐らく、厄介な不良を格好良く追い払う彼の姿に、彼女もドキドキ! 危険をかえりみず、自分を守ってくれる男の子ってナイトみたい! 好感度も急上昇!


 みたいな感じの流れにしたいのだろう。


 なんだよそれ! 漫画かよ! 漫画にしてもベタすぎるだろ!


 なんて思っても、俺は一切、態度には出さない。鋼の心である。


 

 当然だが、俺がみんなに、こんなことしてくれと頼んだわけではない。


 多分、というか、まず確実に、本日俺と桜田が、二人で遊ぶと知った祖父ロボが企てた、マジカルセイヴァー籠絡作戦のための計略である。


 計略というか、嫌がらせになってしまってるけど。



 しかし、すでに賽は投げられた。もう状況は、始まってしまっている。


 今はどうあれ、適当にローズさんたちを追い払うしかない。 


 よし、覚悟を決めて、やるしかない!



 ここまで、僅か数瞬の思考時間であった。



 俺は、割と絶望的な気分になりながら、とりあえず目の前で、リーダー格らしく振る舞っているローズさんに対して、なにか口を開こうとした……。


 ――その時だった。


「それ以上、近づかないでください」


 桜田が一歩前に出て、俺を庇うように、正面からローズさんたちと向き合った。


「もし彼に、なにか危害を加えるつもりなら、わたしが許しません」


 ……やだ、格好いい。


 桜田の気迫あふれる、その惚れ惚れするくらい堂々としたたたずまいに、思わずドキドキしてしまう俺である。



「……いやん」

「……っス」

「……すいません」


 ローズさんたちも、その本気の桜田を前に、動きを止めざるをえない。


 普段怪人として、正義の味方にコテンパンにやられていることも、微妙に関係してるかもしれない。


「行こう。統斗くん」

「は、はい……」


 桜田が力強く俺の手を掴むと、すっかり固まってしまったローズさんたちの横を、颯爽と通り過ぎる。


 俺は、桜田に引っ張られながら、大人しくその後ろをついて歩く。


 やだ、彼女って、俺を守ってくれるナイト様みたい……。


 俺はもう、ドキドキしっぱなしである。



 格好良すぎる桜田に手を引かれ、こうして俺は、悪の組織の包囲網から、見事に抜け出すことに、成功したのだった。




「えーっと、桜田さん?」

「あっ、ご、ごめんね、統斗くん! 急に手なんて握っちゃって……」


 俺の声で、慌てて掴んでいた手を離すと、桜田は、可愛らしくうつむいた。


 すでにローズさんたちからは、十分距離を取れたことだし、その間、桜田はなにも喋ってくれなかったので、その沈黙に耐えられず、声をかけただけなのだが、俺の手から離れてしまった桜田の体温が、どうにも寂しい。


「いやその、俺の方こそ、なんだかごめん……。なんか守ってもらっちゃって」


 そう、本当なら、俺が桜田を守ってどうこうの予定だったのだが、立場がすっかりと逆になってしまった。


 微妙に情けない俺である。


「ち、違うよ! そんな、わたしは、別に、なにも! なにもしてないよ!」


 桜田が少し過剰なくらい、先程の自分の行為を否定している。

 

 そうか、俺は桜田が、実は正義の味方だと知っているから、さっきの行動もどこか納得して、素直に格好いいなんて思ってしまったが、普通の女の子がするにしては、確かに、少し男らしすぎる行動だったかもしれない。


 ここはお互いのために、あまり突っ込まないのが得策と判断した。


「その、なんだ……、今度あんなことになったらさ、俺が桜田を守るよ。うん、絶対に守る。頑張ります」

「……うん、じゃあ、今度は統斗くんに、お願いするね」


 お互いになにかを誤魔化すように、俺と桜田は、笑い合う。



 とりあえず、この場はこれで良しとしよう。

 お互いに、言えないことは多いけど、今は、これで。



 さぁ、それじゃ次は、二人でどこへ行こうかな。



 ――そう、俺が考えた瞬間だった。


 リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ!


 突然、いつか聞いたことがある、警告音のようなものが、周囲に響いた。


 その音を聞いた瞬間、桜田の表情が変わる。


 ただの女の子から、正義の味方へと。


「ごめん統斗くん! わたし、急用が出来ちゃったから、行かないと!」


 桜田は、俺の瞳を、強い意志を込めて見つめている。


「――本当に、ごめん……!」


 桜田は本当に申し訳なさそうな顔を浮かべると、俺に向かい大きく頭を下げる。


 そして、確かな決意が込められた顔を上げると、きびすを返して、駆け出した。



「……マジで? このタイミングで?」


 後には、突然の展開に呆然とした俺が、その場に取り残されるだけなのだった。



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