4-4


 サウナ室の悲劇から一夜明け、俺は再び、ヴァイスインペリアル地下本部にある、トレーニングルームにやってきていた。


 正直、昨日の今日で凄まじい恐怖を感じているのだが、千尋ちひろさん本人からの直々の呼び出しということもあって、俺は勇気を振り絞り、それに応じることにした。


 昨日のトラウマを魅力的な女性によって、少しでも癒したかったのかもしれない。


 一応、ここに到着してから、サブさんと鉢合わせしないように、最大限の注意を払い、その辺にいる戦闘員たちに、それとなく所在を訪ねて回ったりしたが、どうやら本日、俺のトラウマは、この地下本部にはいないらしい、ということらしいので、俺はホッと胸を撫で下ろす。



「えーっと……、こっちでいいのかな?」


 俺は千尋さんに言われた通り、更衣室で支給された水着に着替えると、プールへと向かった。


 昨日はトレーニングルームでの筋トレが主だったので、隣接しているプールに来たのは、今日が初めてだが、ここも、やはり広い。

 オリンピックサイズプールと言うのだろうか。全長五十メートル、レーンもたっぷりと用意された、非常に立派なプールである。


 地下でも照明が上手く使われて、柔らかな明るさが印象的な空間になっている。

 天井も高く、開放感もあり、ここならいつでも、実に気持ち良く泳げそうだった。


「おっ! 来たな! 統斗すみとー! こっちこっち!」


 プールサイドに出てきた俺を、素早く見つけた千尋さんが、その場で飛び上がるようにして、自分の位置を知らせてくれる。年上の女性には失礼かもしれないが、なんだか、非常に可愛らしい。


「へへっ! 待ってたぜ、統斗!」

「こんにちは、千尋さん。今日は、よろしくお願いします」


 千尋さんは、当然ながら水着姿で、俺を出迎えてくれた。


 いわゆる競泳水着というやつで、身体にピッタリと密着した、ワンピースタイプの水着だ。千尋さんの鍛え抜かれ、美しく引き締まった肉体と、柔らかな女性らしい膨らみを、見事に強調している。薄らと浮き出ている、割れた腹筋が実にセクシーだ。


 しかも、かなり際どい角度のハイレグで、正直、目のやり場に困ってしまう。


 千尋さん自身は、まるでそんなことには構わないとでも言う風に、堂々と足を開いて、プールサイドに仁王立ちし、その切れ込みを強調していた。


「そんじゃ、まずは準備運動からな!」

「ま、またですか?」


 刺激的な水着姿の千尋さんが、容赦なく俺に抱き付いてくる。

 こうして俺は、前回と同じように、千尋さんに密着されながらストレッチを行うことになった。


「おいっち、にー! おいっち、にー!」


 その場に腰を下ろして、足を開いた俺に、背後から千尋さんが自分の身体を押し付け、俺の身体を前へと伸ばしてくれる。


 その結果、俺は背中ではっきりと、魅惑的すぎる弾力を持った二つの膨らみを存分に感じることになってしまい、内心ドキドキしてしまうが、俺はそれを心の奥にひた隠して、平静を装う。


 そう、これは決して、イヤらしい行為などではなく、ただの準備運動なのだ。


「それじゃ、失礼します……」

「おう! 思いっきりやっちゃって、大丈夫だからな!」


 千尋さんからの熱烈なストレッチが終わったら、今度は俺の方から、彼女に後ろから圧し掛かり、言われた通り力一杯、その身体を伸ばすために密着する。


 絶え間ない鍛錬の結果はぐくまれた、まるで宝石のような筋肉の中に秘められた、予想外に心地良い感触を全身で味わいながら、俺は真剣に……、そう、真剣に、準備運動にいそしむ。


 お互いの身体をスリスリとこすり合わせるようにしながら、健康的なストレッチは、互いの身体が十分に柔らかくなるまで、続けられるのだった……。




「よーし! それじゃ、プールに入るか!」

「……は、はい」


 お互いの太もものすじを、直接ぷにぷにと揉みあい、伸ばし合ったところで、ようやく千尋さんは、満足してくれたようだ。


 千尋さんの身体の、弾けるような感触にすっかり骨抜きになってしまった俺は、多少浮足立ちながらも、誘われるままにプールに入る。


 現在、このプールには、俺と千尋さん以外に利用者がいない。

 どうやら、今の時間は、俺たちの貸切になっているらしい。


 プールの深さは、どうやら調整されているようで、丁度ぴったり、俺の胸辺りまでの深さになっている。プールの底に、深度を調整するための器具が置かれてるようには見えないので、どうやら、自動でプールの深さを調節する機能があるらしい。なんともハイテクである。


 そして二人でプールに入ると、千尋さんが太陽のように笑いながら、俺に特訓の開始を宣言した。


「それじゃ、始めるぞ!」

「いや、まだ俺、これから一体なにをするのか、聞いてないんですけど」


 まぁ、プールということで、泳いだりしながら全身運動を繰り返し、バランス良く基礎体力を上げたり、心肺機能を向上させるのが目的なのだろうと、ボンヤリとは想像しているのだが。


「えい」


 そんな俺の思案を完全に無視するように、千尋さんはゆっくりと近づいてくると、俺に正面から抱き付いた。


「へ?」


 千尋さんは、突然の出来事に固まる俺の首に両腕を回すと、俺の頭を抱きしめるように後ろで組み合わせ、更にその長い脚を、俺の腰に巻き付けると、ガッチリとホールドした。


「よし! それじゃこのまま、このレーンを歩いてみよう!」

「ちょっと待ってくださいよ!」


 いきなり千尋さんの体重が、全て俺にかかることになったのだが、水中という特殊な条件のおかげで、俺はその場に立ち続けることができている。浮力、万歳。


 というか、問題はそこじゃない。

 

 負荷をかけての運動自体は、拒否する理由は無い

 むしろ望むところだ。いや、別に千尋さんが重たいと言いたいわけじゃない。


 いや、うん……、自分でも、混乱しているのが分かる。


 だがそれも、千尋さんの精悍せいかんで美しい顔が、俺のすぐ側、本当にすぐそこにあることを考えれば、むしろ当然であると言えた。


 普段の言動からあまり意識することはないが、千尋さんは、本当に魅力的な顔立ちをしている。肉食獣の獰猛どうもうな美しさとでも言うのか、目の離せない、あらがえない、強者の魅力だ。


 更には、その強者の、大きすぎず、小さすぎない美乳が眼前に迫り、そのカモシカのような足が俺に絡みつき、その付け根が、俺の腹の辺りを漂っているとなれば、その混乱も極まってしかるべき、というものだろう。


「えっと……、そうだ! 前! こんな格好じゃ、前が見えないんですけど!」


 俺よりも千尋さんの方が身長が高いため、こういった形で抱き付かれてしまうと、彼女の上半身によって、俺の視界は殆ど埋まってしまう。つまり、これでは単純に、歩くことすら、困難である。


 よし! 我ながら、なかなかナイスな断りの理由だ!


「おぉ! それもそうか! じゃあ、これならどうだ?」


 俺の苦し紛れの発言を、馬鹿正直に受け入れてくれた千尋さんは、俺の首の後ろで組んでいた両手を離すと、腰に回していた脚のホールドを更に強め、下半身を俺の腰に思い切り押し付けると、そのまま後ろに倒れ込むようにして、自らの上半身を水に浮かべた。


「これで大丈夫だな!」

「あっ、はい」


 俺は、自分の腰回りに強烈に感じる女性特有の温もりに魂を抜かれ、思わず千尋さんの提案を受け入れてしまう。しまった。混乱どころか、思考が止まった。


「バランス崩しそうになっても、オレがなんとかするから、好きに歩いていいぞー」

「……わ、分かりました」


 こうなっては仕方ない。俺は千尋さんに言われるがまま、まるで彼女を腰から生やしてるような恰好で、プールのレーンを歩き出す。


「おぉ! なんか面白いぞ、これ!」


 かなり無茶な体勢だと思うのだが、千尋さんはまるで子供のように笑いながら、見事なバランスと腹筋で、水面ギリギリに浮かぶような姿勢を保っている。


「おわっ!」

「おっと」


 むしろ、俺が不甲斐なくバランスを崩しそうになっても、千尋さんが巧みにその身体を動かし、転んで水中に倒れないようにしてくれる。とんでもない筋力とバランス感覚だ。


 とりあえず、この場は全て千尋さんに任せることにして、俺は黙々とレーンを歩き続ける。考えることをやめた、とも言う。


「ちょっとは慣れてきたみたいだなー。それじゃ、そろそろ次のステップかな?」


 しばらく真面目にレーンを往復していたら、突然千尋さんが、水面にぷかぷかと浮かべていた身体を起き上がらせると、俺の顔面を、その胸で包み込んでしまった。


「もが!」

「超感覚を使って、前が見えなくても歩けるか、試してみ?」


 俺の視界は、競泳水着と、その下に潜む柔らかい物体によって、完全にふさがれてしまっている。


 これでプールの中を歩けというのは、正直かなり無茶な注文だと思ったが、千尋さんから命気を教えてもらっている立場の俺としては、その命令に従うしかない。


 まったく、しょうがないなぁ。


 俺は、水着特有のツルツルした感触と、女性特有の豊満な感触を同時に顔面で受け止め、水着の匂いと女性の匂い、そしてプール特有のカルキの匂いを胸一杯に吸い込みながら、意識を集中し、ただ黙って、前に向かって歩き続ける。


「あっ! ……うぅん。あん、んっ!」


 まるで俺の顔に、自分の胸を擦りつけるように動かしながら、千尋さんは艶っぽい声を出す。


 集中! 集中だ!

 集中しろ! 俺!


 触覚と嗅覚に続いて、聴覚からの誘惑も断ち切るために、俺は更に集中を強める。


「ん、ぅん……。それじゃ、これはどうかな?」


 千尋さんは、その胸を俺の顔から離すと、少し身をかがめ、その口唇を俺の耳元に当てた。


「ふぅー!」

「うひゃん!」


 耳の穴に吹き込まれた熱っぽい吐息に、俺は思わず、なんとも情けない声を上げてしまった。


 だが、まだ肝心の体勢は崩していない。

 俺は、頑張っている。まだ、頑張っている!


「んー、むぁ、れろ……、ねろ、えろ、えあ、ぺろ……」

「うぎゃん!」


 続けて、千尋さんは俺の耳を、その舌で、ねっとりと舐め回しだした。


 流石に俺は、ぐらりと体勢を崩してしまう。

 俺の頑張りも、どうやらここまでのようだ……。


「んべろ……、むちゅ、ぺろ……、んあ……」


 だが、俺の耳を舐め回しながらも、千尋さんは見事にバランスを取って、俺の体勢を立て直してくれる。そしてまた、じっとりと俺の耳をしゃぶりだした。


 もしかして、ずっとこんなことされながら、歩き続けないとダメなのか?


 俺は心の中で驚愕しながら、ただ黙って、千尋さんとがっちり密着したまま、プールのレーンを歩き続けるのだった……。




「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」


 何度か休憩は挟んだものの、かなりの長時間、水中を歩き続けた俺は、大分疲弊していた。


 いや、単純に水の中を歩いたため、というよりは、それ以外のことで疲れたと言っても、過言ではない……。まぁ、ぶっちゃけ、レーンを往復している間中、千尋さんの苛烈なセクハラ攻撃が、続いていたからなのだが。


 今、俺は情けないことに、プールサイドで大の字に寝っ転がってしまっている。

 正直、立ち上がるのも、しんどかった。


「お疲れ、お疲れ! いやー、よく頑張ったな! 統斗!」


 そんな俺を上から覗き込みながら、千尋さんが眩しいばかりの笑顔で、俺を褒めてくれた。こちらは、まだまだ元気である。


 彼女に褒められるだけで、ちょっと、というか、内心かなり嬉しかったりする。

 俺も大分、千尋さんに調教されてしまったのだろうか?


「それじゃ、一緒に風呂でも入るか!」

「……はい?」


 なんだか、千尋さんがいきなり、とんでもないことを言い出したような気がするが、気のせいだろうか?


 疲労感で一杯の俺の耳には、なんだかこれから、千尋さんが俺と一緒に風呂に入ろうと言い出したように聞こえたが……、ハハハ、まさかそんなわけ、ないよな?


「よし! 行くぞ!」

「……はいぃぃぃぃぃ?」


 千尋さんは、俺を片手で軽々と持ち上げると、脇に抱え、宣言通り、風呂に向かって走り出す。


 俺の苦難は、どうやらまだまだ、始まったばかりのようだった……。


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