4-1
「やられたっスゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ!」
狸怪人と化したサブさんが、断末魔の叫びを上げると共に、派手に爆散して、この場から消滅した。
突然で申し訳ないが。俺たちは今、戦闘状態に入っている。
簡単に経緯を説明しよう。
相変わらず魔術の訓練を繰り返していたある日、祖父ロボから俺に、新しい指令が下った。
内容は、ヴァイスインペリアルの保有する工業地域に、別の悪の組織がちょっかいをかけてきているので、そいつらを潰して欲しい、ということだった。
うちの生産力を落とすのが目的のようだが、正直、悪の組織が企むにしては、随分地道な破壊活動だと俺は思った。だが、実際に工業地域で働いている人もいるのだ。その人たちのことを考えたら、速やかに、かつ迅速に、そのちょっかいをかけてきているという奴らを、排除するべきだろう。
というわけで、俺はその指令を受けた。
魔術の訓練もそこそこ進んだということで、今回は俺と、怪人と、戦闘員だけで事に当たることとなり、シュバルカイザーに変身した俺は、サブさんたちを引き連れ、現場へと向かった。
目的地では情報通り、敵対している悪の組織がこちらの工業地域に嫌がらせをしていたので、俺たちは速やかに対処した。一応、相手方にも怪人がいて、戦闘員もかなりの数がいたのだが、狸怪人となっていたサブさんが
内心、なんで狸だと思って
相手も怪人レベルまでだと、異様に強いんだなぁ、うちの怪人。
と、ここまでは良かったのだが、恒例というかお決まりというか、俺たちが敵対組織を倒したその直後、正義の味方マジカルセイヴァーが現れたのだ。
こちらの一般戦闘員は、彼女たちに全く歯が立たず、すでに全員撤退している。
唯一の怪人だったサブさんも、今さっき爆散して、ワープで本部へと帰還してしまった。
つまり、今の俺は、マジカルセイヴァー五人を相手にして、たった一人立ち向かわなければならなくなった、というわけである。
正直、かなりヤバイ。
魔術については確かに、これまでと比べれば、大分使えるようにはなったが、まだまだ俺には足りないものがあることは、自分でも分かっているのだ。
「シュバルカイザー! あなたの命運もここまでです!」
桜田ことマジカルピンクが、なにやら物騒なことを言っている。
ここは悪の総統として、俺もなにか言った方がいいのだろうか?
「フハハハ! 貴様らこそ、我に敗れることとなる、己の命運を呪うのだな!」
スゲェ。
思ってもない台詞が、ポンポン出てくる。
自分が恐い。
俺とマジカルセイヴァーの間に、チリチリと震えるような、闘うための空気が張り詰めていく。
「みんな! 行くよっ!」
最初に動いたのは、マジカルセイヴァーだった。
ピンクの号令で、五人が見事な連携を見せる。
「マジカル! ウォーターレイン!」
「マジカル! グリーンリーフ!」
マジアカルブルーが弓矢を使い、まさしく雨のような射撃を上空から、マジカルグリーンが無数の葉っぱのようなエネルギー体を、俺の正面から撃ち込んできた。
俺は防御用の魔方陣を展開して、それらを見事防いだのだが、同時に、その場で足を止めてしまった。
「フッ!」
「えーい!」
動きの止まった俺に、一瞬でマジカルレッドとマジカルイエローが肉薄し、それぞれ鋭い一撃を放ってくる。
近接戦闘になってしまうと、どうしても相手の動きに対応することができず、どう動いていいのか分からない俺の動きは、一気に悪くなってしまう。
いっそのこと、このまま距離を取ってしまおうと、わざと二人の攻撃を喰らって、その勢いで後ろに吹っ飛ぶことにしたのだが……。
「甘いよ!」
素早く俺の背後に回ったピンクの一撃で、地面に叩きつけられてしまった。
その隙を逃さず、レッドとイエローが追撃に入る。
「えい! えい! えい! えい!」
「――
爆発の範囲内にいたピンク、レッド、イエローは、それぞれ素早く距離を取って、難を逃れたが、俺はその爆発に思い切り巻き込まれ、爆風に巻き上げられて、キリキリと空を舞う。
カイザースーツの性能をフルに発揮し、空中で無理矢理体勢を整えると、俺は見事に着地を決めてみせる。……こういうことは、できるんだよなぁ。
「マジカル! ウォーターアロー!」
しかし、息つく暇も無く、ブルーが追い打ちをかけてくる。
魔方陣で防ぐと、さっきの二の舞になりそうだったので、今度はそれを避けつつ、俺の方から魔術で攻撃を仕掛けてみる。
炎の矢をイメージし、取りあえずこちらに素早く接近して来るレッドとイエローを迎撃しようとしたのだが……。
「マジカル! グリーンシールド!」
グリーンの展開したバリアにぶつかり、俺の創り出した炎の矢は、あっさりと弾かれてしまう。
「こいつはどうだ!」
俺は作戦を変更し、レッドとイエローの進行方向に、踏んだら爆発する魔法陣を、トラップとして設置してみることにする。
「マジカル! ピンクバレット!」
しかし、折角俺が用意したトラップも、ピンクの手元に出現した、桃色の拳銃から撃ち出された光弾に撃ちぬかれ、誤爆してしまった。
どうやら、少なくともピンクには、魔素が見えるという魔術の才能があるようだ。
なんて思ってる暇はない。俺は結局、レッドとイエローの接近を許してしまった。
「フッ! ハッ! シッ!」
「えい! えい! えいえいえーい!」
イエローの攻撃は正直、子供が適当に殴っていますという感じなので、タイマンだったら割と対応も可能な気がするのだが、問題は、レッドだった。
洗練された空手をベースとした戦い方は、格闘技にまったく明るくない俺には、ハッキリ言ってしまえば、どうしようもない。
「――ちっ!」
カイザースーツのおかげで、サンドバッグ状態でも、なんとか耐えることができているが、悪の総統として、このままでいいわけもない。俺は卑怯にも、レッドとイエローの背後に魔方陣を展開し、二人を背後から攻撃しようとするのだが……。
「マジカル! バレットシュート!」
俺とある程度の距離を
ならばと、スーツの性能にモノを言わせ、攻撃されながらでも、無理矢理距離を取ろうとしても。
「マジカル! スナイプアロー!」
ブルーの牽制のおかげで、むしろ危険だ。
しかもブルーの射撃は、サンドバッグ状態の俺も的確に射抜き続けている。
正直、かなりしんどい。
「マジカル! グリーンアイヴィ!」
更には、グリーンの生み出した緑のツタが、突然地面から現れたかと思うと、一瞬で俺の身体に巻き付いて、拘束してしまう。
正直、かなりまずい。
「マジカル! フレイムフィスト!」
「マジカル! フラッシュラッシュ!」
レッドの拳に炎が宿り、イエローの両腕が眩しく輝く。
「チェストッ!」
「えいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえーい!」
レットの必殺の一撃が、イエローの目にも止まらぬ連撃が、同時に俺を打ちぬく。
流石のカイザースーツも、とうとう悲鳴を上げ始めた。
機能停止までは、まだまだ余裕がありそうだが、着実なダメージが、じわじわと貯まり始めている。少しでも時間を取って、スーツに自己修復させないと、このままでは危険だ。
正直に告白するなら、マジカルセイヴァーと接敵した時に、適当なことを言って、彼女たちを
どうする? マギアモードを使うか?
俺は自問するが、その考えは、速攻で否決された。
確かにマギアモードになれば、火力が激増する。
それこそ、持っているピストルが弾道ミサイルになるくらいの増加具合だ。
そして、その火力で、
可能なら、なるべくマジカルセイヴァーにも怪我をさせずに制圧してから……。
どうやら、我と戦うには、まだまだ力不足のようだな!
この場は見逃してやるから、我を楽しませるために、精々足掻くがいい!
なんて
みたいなのが、まぁ。理想なんだけど。
残念ながら、それは不可能なのだ。
主に、俺の技量のせいで。
カイザースーツによって身体能力を強化され、魔術という反則技まで習得しつつある俺だが、まだ決定的に足りないものがあるということを、俺は自覚していた。
俺には圧倒的に、戦闘経験が足りない。
場当たり的な対応はできるが、長い展望を持った戦闘ができないために、あっさりと動きを封じられてしまう。
危険を察知できる超感覚を持ちながらも、あっさりと追い込まれてしまうのは、そのためだ。俺は、その危機に対して、どう動くのが最適解なのか、分からない。
魔術を使えることで、遠距離から相手を牽制する程度なら、なんとか可能だが、それだって本気の撃ち合いになってしまえば、魔術だけで押し切るというのも、正直、厳しいだろう。
俺には圧倒的に、近接戦闘能力が足りない。
カイザースーツの性能によって誤魔化してはいるが、相手が達人どころか、超人レベルの悪と正義の戦場において、俺の格闘能力は、あまりに無力である。
超感覚でどんな攻撃が来るのか、なんとなく分かったとしても、俺は、それに反応できない。
どう動けば相手が嫌がるのか、有効打に繋がるのか、相手を制圧できるのかが、分からない。なにも分からない俺は、サンドバッグになるしかない。
ようするに、俺は素人なのだ。
どうしようもない程に、戦いの素人。
先日、悪魔相手に健闘することができたのも、あれが実はお芝居だったことと、夢中で行った奇策が、たまたま上手く
今の俺では、例えマギアモードを使ったとしても、タイムリミットの五分で戦闘を終わらせることもできず、あっさりとスーツは強制解除、俺はマジカルセイヴァーに自分の正体を
それは困る。
非常に困る。
なんて俺が考えてる間にも、マジカルセイヴァーの猛攻は続いている。
ピンクの光弾が、レッドの拳が、ブルーの弓矢が、グリーンのツタが、イエローの閃光が、絶え間なく俺を攻め続けている。
正直、不味い。
非常に、不味い。
カイザースーツも、このままでは危険だと、警報を鳴らし続けている。
少しでも早く、相手の攻撃を中断させ、このスーツに自己修復させる必要があるのだが、はっきり言ってしまえば、そんな隙は無い。
魔術でなんとかしようにも、この攻撃の切れ目のなさでは、マジカルセイヴァー全員を、一度に無力化する方法が、思いつかない!
「あぁ、もう! なんて硬さなのよ!」
レッドがこちらに悪態をつくが、実はもう、こちらは結構ギリギリだったりする。
マジカルセイヴァーから見れば、自分たちの全力攻撃をひたすら仁王立ちで受け続けている悪の総統シュバルカイザーは、さぞ恐ろしく見えるのだろうが、中の人の俺としては、もう勘弁して欲しい気持ちで一杯だった。
てか、どうすりゃいいんだよ、この状況!
「うわぁぁあああ!」
「うきゃああああああ!」
進退窮まった俺の目の前で、レッドとイエローがいきなりぶっ飛ばされた。
断っておくが、俺がなにかしたわけではない。
「――っ! バレットシュート!」
「よっと!」
突如現れた乱入者に、ピンクが咄嗟に対応するが、その人物はその光弾をあっさりと弾き飛ばすと、俺の眼前で、悠然と構える。
「ふっふーん! 相変わらず、へなちょこだな、マジカルセイヴァー!」
「――レオリア!」
「おう! オレだぜ、総統!」
カイザースーツのセンサーでも捉えられない速さで、颯爽と俺を助けてくれたのは、頼れるうちの最高幹部が一人。
まるで、人と獣が混じったような、その姿。
それは確かに、
「くっ!」
「うきゅう……」
レオリアの強襲に咄嗟に対応し、なんとか防御できたのは、レッドだけだった。
イエローは、完全に伸びてしまっている。
なんとか受け身をとったレッドに、ニヤリと
「……っ! ――シッ!」
人外の速度で迫るレオリアに対して、なんとか反応して、カウンターで拳を打ち込んだレッドの反射神経は、本当に見事だったが、レオリアは軽々とその上を行く。
必殺のタイミングで放たれたはずのカウンターを、レオリアは鮮やかに避けてみせると、レッドのその伸ばされた腕を掴み取り、素早く地面へと叩きつける。
「かはっ!」
「レッド! くっ! スナイプアロー!」
「甘いって!」
ブルーが咄嗟に援護しようとするが、レオリアはその手に掴んだままのレッドを、そのままぶん投げて、ブルーの放った上空の水の矢へとぶつけようとする。
「危ない! マジカル! グリーンシールド!」
グリーンが咄嗟にバリアを張ってレッドを守るが、その隙は致命的だった。レオリアは、もう次の行動に移っている。
気絶して地面に倒れているイエローを引っ掴むと、こちらの隙を伺っていたピンクへと、まるで野球の投手のように、軽々と投げつけた。
「イエロー!」
高速で、一直線に飛んでくるイエローを避ければ、彼女はそのまま、どこかに激突してしまう。
イエローを見捨てられないピンクは、飛んでくる彼女をその場で受け止めようと、咄嗟に選択したようだが、それは失策だった。
イエローを投げた直後、レオリアは獣の素早さで、そのすぐ後ろをピタリと追いかけていたのだ。
「どりゃ!」
「きゃあああ!」
ピンクがイエローを受け止めた瞬間、二人まとめて、レオリアの豪快な蹴りに吹き飛ばされた。
そしてそのまま、ピンクとイエローは、レッドにバリアを展開していたグリーンへと、蹴り飛ばされた勢いそのままに、思い切り激突する。
「えっ? きゃあっ!」
突然飛んできた味方に巻き込まれたグリーンは、加速して迫る二人分の質量を支えきれず、その場に倒れ込んでしまった。
「みんな!」
ピンクと同じように、落ちてきたレッドを受け止めようとしていたブルーが悲鳴を上げるが、結果から言えば、彼女には、そんな暇は無かった。
すでにレオリアは、ブルーのすぐ側に迫っていたのだから。
「よいしょっと!」
「きゃあ!」
ブルーがレッドを受け止めた瞬間、先程のピンクとイエローと同じように、レオリアによって無造作に、まとめて蹴り飛ばされる。
レッドとブルーは、残りの三人が倒れている場所まで吹き飛ばされ、他のメンバーと激突してしまう。
「よしっと! それじゃ行くぜ!」
マジカルセイヴァーの五人が一塊になった瞬間、レオリアは気合一閃、レッドとブルーを蹴り飛ばした地点から、彼女たちに向けて、弾丸のように飛び出した。
レオリアが目標へと向かう途中、俺はハッキリと目撃した。
レオリアの膨大な命気が、握りしめ、引き絞ったその右腕へと集まり、まるで巨大な鉄球のように、固まるのを。
「どっせい!」
「きゃああああああああああ!」
それは、マジカルセイヴァーの誰が上げた悲鳴だったのか……。
一か所に集められた正義の味方五人組は、その眼前でレオリアが突き出した正拳突きに、その拳が纏った命気の塊に、全員が巻き込まれ、一斉に吹き飛ばされた。
打ち倒されたマジカルセイヴァーは、地に倒れ伏したまま、起き上る様子がない。
どうやら、勝負は付いたようだ。
レオリアの登場からここまで、僅か数秒の出来事だった。
「どうやらオレと戦うには、お前らまだまだ力不足みたいだなー。この場は見逃してやるから、もうちょっとは強くなって、オレを楽しませてくれよ!」
あっという間に正義の味方を全滅させてしまったレオリアが、実に退屈そうに、あっけらかんと、そう言い放った。
つ、強すぎる……。
部下であるレオリアの、その余りの強さに、尊敬とも、憧れとも、
「あー、終わった終わった! それじゃ総統! 一緒に帰ろうぜ!」
そんな憐れな俺に対して、先程まで嵐のように暴れ回っていた破壊王獣レオリアは、今度はまるで、太陽のような明るい笑顔を見せてくれるのだった。
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