3-2
「それでは、これをお使いください」
想像していたのとは、大分違う方法での魔術修行となったが、その道のプロである契さんの提案だ。素人の俺は、黙って従った方が良いだろう。
「椅子に座ったままで結構ですので、そのまま後ろに下がっていただけますか?」
「はい。こうですか?」
俺は契さんに言われるがまま、椅子に座ったままの体勢で、少しづつ後ろに下がっていく。研修室の中には、机も椅子もそれぞれお一つづつしか存在しないので、俺の後ろには、なにも遮るものはない。
「はい。結構です」
契さんの指示に素直に従い、俺は長机から少し離れたところで、止まる。
それを確認すると契さんは、その身体を、俺が後ろに下がることで生まれた、長机と俺との間のスペースに割り込ませた。
「失礼します」
そしてそのまま、俺の正面で、契さんは長机に腰かける。
契さんらしからぬ、少しマナーの悪い行為に思えたが、よく考えれば、これから写生を行うのだ。かなり時間がかかるだろうし、立ちっぱなしは辛いだろう。
自分のための椅子を用意していなかったのは、それこそ、普段からキチッとしてるイメージがある契さんらしくない、うっかりミスだとは思うけど。
「それでは、始めます」
契さんがそう言うのと同時に、契さんの前方に、魔方陣が現れた。
この前、模擬戦闘場で出していた魔方陣と比べると、随分と簡素な魔方陣である。
どうやら、まだ最初の課題なので、難易度の低い、描きやすい魔方陣を選んでくれたようだ。これなら、美術がそんなに得意ではない俺でも、なんとか模写することくらいなら、できそうだった。
思ったより簡単に描けそうだったが、俺は気を抜かず、きちんと超感覚を発揮し、集中して、真面目に、真面目に写生に取り組む。
こういうのは、どれだけ真剣に取り組むことができるかで、習得のスピードも、かなり違ってくるはずだ。
講師として俺のために、自分の時間を割いてくれている契さんのためにも、俺は少しでも早く魔術を習得しようと、集中力を高めていく。
二人きりの研修室に、俺が鉛筆を走らせる、静かな音だけが響いた。
「描けました!」
流石に簡単な図形だったので、それほど時間をかけずに、しっかりと模写を終えることができた。俺は、描いた魔方陣を契さんに確認して貰うため、スケッチブックを彼女の方に向ける。
「はい。素晴らしい出来ですよ、
契さんは、出していた魔方陣を引っ込めて、スケッチブックを確認すると、控えめだが美しい笑顔で、俺を褒めてくれた。思わず、ドキッとしてしまう。
「それでは、次の課題に移りますね」
契さんは再び、自分の正面に魔方陣を作り出す。
どうやら、このまま写生を続けるようだ。最初の魔方陣と比べると、幾らか複雑な作りにはなっているが、まだまだ隙間も多い。
俺は再び、集中力を高めて、魔方陣に集中する。
魔方陣ごしに、契さんと目が合ってしまい。少し気恥ずかしかったりした。
研修室に再び、静かな時間が流れ始める。
「うーん……」
多少とは言え、紋様が複雑化した魔方陣に、俺は苦戦していた。
遅々として進まない……、というわけではないが、それでも、先程よりかなり時間がかかってしまっている。
俺は気合を入れて、更に集中力を高め、超感覚を鋭くする。
脳ミソに直接、魔方陣を取り込むイメージだ。
「……暑いですね」
集中を深める俺に、そんな契さんの呟きが聞こえてきた。
研修室にはエアコンが完備され、室内の温度は適温に保たれているので、そんなはずはない。実際、俺は別に、暑いとは感じていなかった。
魔方陣に集中しつつも、そんなことを考えるくらいの余裕は、出てきたようだ。
「……ふぅ」
などと考えてる俺の目の前で、契さんが、レディススーツのジャケットを、突然脱ぎ出した。
俺の余裕は、一瞬で消し飛んだ。
魔方陣越しに、白いブラウス姿になった契さんが見えるが、まったく凄まじい破壊力である。
ジャケットを脱いだだけなのに、まるで拘束具が解かれたかのように、契さんのその形のいい、だが明らかに大きすぎる胸が、自己主張を強めてしまった。
思わず、そこへと視線が向いてしまうのは、男なら致し方ないことである。
どうかご理解願いたい。おっぱいは正義なのだ。
そんな俺のスケベな視線を意識したのか、してないのか、契さんは気だるげに、ブラウスのボタンを上から数個、外してしまった。
そのセクシーな首筋と鎖骨、そして魅惑的な胸元が、チラチラと俺の視界を襲う。
クソ! なんて破壊力だ!
俺の集中力は、今や別の方面にも発揮され出してた。
更に契さんは、両手を長机に置くと、胸を逸らすように伸びまで始める。
白いブラウスに胸が押し付けられ、その魅惑的なラインを強調する。
それと同時に、白いブラウス越しに、なにかが透けているのが見えた。
そう、黒いブラジャーである。
ヒャッホー! 透けブラゲットだぜー!
……いやいや、混乱してる場合ではない。俺はなんとか、強靭な精神力を発揮して、自らの視線を無理矢理下へと引き剥がすことに成功する。
やったぜ、俺、凄いぜ、俺。
しかし、そこにはまた、別の桃色世界が広がっているのだった。
契さんはその肉感的な魅惑のヒップを、タイトなスカートで包んでいるわけだが、彼女が椅子よりも高い位置にある長机に座ってる今、俺が少しでも視線を下げてしまえば、そこには短めのスカートから覗く、かなり危険な光景が、丁度俺の目の前に広がるようになっていた。
黒いストッキングで妖しくデコレートされた、その長く、魅力的なラインの脚が、綺麗に揃えて並べられているのだが、スカートの丈微妙に短めのために、その付け根に広がる秘密の花園が。見えてしまいそうになっているような気が、しないでもないような気が、するような気がしてしまい、俺の心は
やばい。
やばいんだが、目を離せない。
いや、本当なら、今すぐ目を離して、魔方陣の写生に戻るべきなのだ!
それは分かってるのだ!
だが、それができないのだ……。
「うぅん……」
そんな俺の葛藤を、知ってか知らずか、状況は刻一刻と悪化してしまう。
いや、好転なのかもしれない。
契さんが、艶っぽい溜息と共に、ゆっくりと、ゆっくりと、その足を組んで、座り直しましたよ。
なにかが……、ナニかが、チラりと見えてしまったような……。
そして、そこから視線が離せない俺に向かって、契さんは、黒いストッキングで艶めかしく装飾されたその美脚を、再び、ゆっくりと、ゆっくりと、まるで俺を挑発するかのように、組み直した。
その誘惑するかのような動きに、思わず俺は……。
って、契さんが俺を誘惑なんて、するはずないだろ!
そうだよ! これはきっとあれだ!
契さんの与えた、試練だよ!
俺の集中を乱すようなことを、わざと行うことで、逆にどんな状況でも揺るがない鋼の精神を鍛えようとしてくれてるんだよ!
俺は無理矢理、本当に無理矢理、視線を引き上げて、再び魔方陣に向き合う。
そうと分かれば、契さんの期待に応えるためにも、俺は煩悩を振り払い、セクシーすぎる彼女と魔方陣越しに向かい合いながら、写生を続けるのだった。
「……か、描けました!」
少しだけ上がった魔方陣の複雑さと、俺の脳内に巣食うピンクの妄想に苦戦はしたが、俺はなんとか、魔方陣の写生を終えた。
あれだけの光景を目の前にして、自制心と集中力を維持し続けた自らの鉄の心に、思わず感涙しそうである。
決して、手を出せないヘタレの自分を嘆いているわけではない。
「はい。完璧です。流石ですね統斗様」
先程と同じように、スケッチブックに描かれた魔法陣を確認した契さんは、再び俺に最高の笑顔を見せてくれた。
それだけで、もう大分救われた気分である。
「それでは、次のステップに進みましょう」
どうやら、ま超感覚による魔方陣の習得は、まだ続くようだ。
俺は一息つくと、気合を入れ直す。
俺がスケッチブックの新たなページをめくる間に、契さんは、どこからかビニールシートを持ってくると、研修室の床に敷きだした。
……うん? ビニールシート? なんで?
レジャー用だろうか、なんだかカラフルなシートの、その妙な存在感に、俺の脳内で疑問符が浮かぶ。
「それでは、ここに寝転んでください」
「……はい」
疑問符は浮かんだが、契さんの指示には、素直に従う俺である。
専門家の言うことは、聞くべきなのだ。
しかし、寝転んだはいいけど、こういう会社の一室で、床に寝るというのは、なんというか、不思議な感じがするなぁ。
なんて、俺が呑気な感想を浮かべていると、寝転んだ俺の頭上に人の気配がする。
まぁ、当然それは契さんなんだけど。
「これから天井に魔方陣を出しますので、今度はそれを模写していただきます」
どうやら、次は寝たままの姿勢で写生しなければならないようだ。
確かに、この姿勢で正確に写生するのは大変そうである。
なるほど、この状況なら、これまで以上の集中力が必要になりそうだった。
「では、始めますね」
契さんが、天井に複雑な魔方陣を出現させた。
今までの魔方陣より、紋様もかなり複雑になってきているが、さっきの魔方陣よりは、幾分楽に描けるような気がする。
超感覚によって魔方陣の本質と向き合い、脳ミソに直接、その本質を刷り込んできたことで、これまでより大分、直感的に魔方陣という概念を理解し始めているのかもしれない。それぞれの紋様の繋がりというか、パターンのようなものを、感覚的に掴み始めているようだ。
「よし! これならイケる!」
ここまで自分がしてきたことに、確かな手ごたえを感じた俺が、もう三度目にもなる写生に挑もうかと、鉛筆を握りなおした、その時だった。
「失礼します」
そう言うと契さんが、床に寝転んだ俺の、頭の方に立っていた彼女が、一歩前に前進した。
次の瞬間、俺の視界の半分が、契さんで、埋まった。
凄い。
なんというか、もの凄いアングルだった。
少しでも視線を上に向ければ、スカートの中がモロに見えてしまいそうだし、そのままでも、契さんの形良く張り出した双峰が、契さんの呼吸に合わせてプルプルと震えているのが、真下からという新鮮なアングルから、実によく見えている。
なにこれ、天国?
いや、そうじゃない。そういう問題じゃない。
「あの……、契さん、それじゃ天井の魔方陣が、ちゃんと見えないんですけど……」
「はい。今回は、見えない部分を超感覚で補って、描いてください」
どうやら、俺の視界を狭めたのは、わざとだったようだ。
見えている範囲の紋様から、隠された部分を推察……、というよりも、超感覚を使って
確かに、どんな紋様を組み合わせた、どんな形の魔方陣が、どんな効果だと、完全に知識として理解した上で扱うのではなく、あくまで感覚的に魔方陣を行使しようとする俺には、ある意味本能的に、どんな紋様の繋がりが、その魔方陣として適切なのかを、直感的に分かる能力が必要である……、と思う。
……なるほど!
その本能を養うために、契さんは自らの肉体を使って、俺の視界を塞いでくれるってわけか! なんて献身的なんだ契さん! ありがとう! 本当にありがとう!
もっと別の方法で、視界を狭めればいいんじゃないかなぁ……、と俺の心の中の冷静な部分が呟いてたような気もするが、封殺する。この桃源郷の、一体なにが不満だと言うのか。
「分かりました……、契さん、俺……、頑張ります!」
「はい。どうぞ頑張って下さい」
契さんは、俺を優しく励ますと、また一歩、前に踏み出した。
「……契さん、それじゃ魔方陣がまったく見えないです。もうちょっとだけ、後ろに下がってください」
俺は、完全に俺の顔の上に跨る形になっている契さんに、鼻血を堪えながら懇願するのだった。
「……か、かけ、ました……」
俺の懇願に応えて、半歩だけ後ろに下がってくれた契さんの、魅惑のアングルを十分に堪能しながらも、俺は研ぎ澄まされた超感覚と驚異的な集中力を発揮して、なんとか魔方陣を描ききった。
どうやら、超感覚の元となっている命素は、生物の生命力に大きく関係するようで、刺激的な契さんのおかげで、色んな意味で生物としての生命力を刺激された今の俺は、その本領を存分に発揮しているようだった。
それは、半分以上見えなかった魔方陣を、見事に写生できたという事実からも、実感できる。
「はい。お見事です、統斗様」
俺はまだ、床に転がった体勢のままなので、契さんの顔をキチンと確認することはできないが、どうやら喜んでくれているようで、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「それでは、お手数ですが、また椅子に座ってくださいますか?」
「はい……」
俺は契さんの足の間からズリズリと抜け出すと、ヨロヨロとした足取りで、言われるがままに、もはや懐かしい椅子へと向かう。
流石に、疲れた……
俺はなにか、なにか物凄いことをやり遂げたような心境で、深く、深く椅子に座り込むのだった。
へへっ……、燃え尽きたぜ……、真っ白にな……。
「では統斗様、次が最後になります」
レジャーシートをキチンと片付けた契さんが、そう静かに、俺に告げた。
どうやら、この天国なんだか地獄なんだか、よく分からない状況も、もうすぐ終わりを迎えるらしい。
「最後の魔方陣は、こちらになります」
契さんが俺の目の前に出したのは、確かにこれまでで最も難しい、様々な紋様が複雑に絡み合った、美しい芸術品のような魔方陣だった。
しかし、超感覚によって魔方陣の本質を掴み始めている今の俺だったら、なんとか写生することができそうだ。
俺は、なけなしの気合を振り絞り、最後の課題に挑もうと、目の前の魔方陣を集中して、見つめる。
「それでは、失礼いたします」
そんな俺の視界の中……、丁度、俺と魔方陣の間に割り込むように、契さんが立ち塞がった。
「なにを」
するんですか?
と言おうと思った俺の目の前で、契さんが突然、ブラウスを脱ぎ始めた。
「…………えっ?」
俺は驚きのあまり、契さん止めることすらできず、ただマヌケな声を上げるので、精一杯だった。
俺の目の前で、契さんはなんの躊躇もなく、ブラウスを脱ぎ捨てる。
妖艶な色気を演出する、細かい装飾が施された黒いブラジャーに包まれた、契さんのはち切れんばかりの乳房が、突如、
「ちょっ!」
流石に驚きの声を上げた俺は無視して、契さんは、流れるようにスカートのホックを外して、ファスナーを下ろすと、そのままスカートを脱ぎ去る。
スルリ……、とスカートが地面に落ちた。
ブラジャーと揃えられた品の良い、しかし、かなり面積の小さな黒いパンティが、俺の眼前に、隠しようもなく
契さん、黒いガーターベルトは、色んな意味で、反則だと思います……。
「…………」
俺は、契さんの白い肌を彩る、黒で統一されたガーターベルトとパンティ、そしてストッキングの見事なコントラストに、しばし言葉もなく、見入ってしまう。
俺の前で自ら服を脱ぎ捨てて、裸同然の、いや裸より
そして、呆然とする俺に、契さんは言い放つ。
「それでは、写生してください」
「ナニをですか!」
思わず意味不明なことを叫んでしまった俺だが、契さんは、刺激的すぎる下着姿のまま、表情を崩さない。
いや、微妙に顔が赤くなってるような気もするが、正直、しっかりと契さんを見ることができない俺には、よく分からなかったりした。
自分の目の前で、美女が自ら衣服を脱いで、秘密のはずの下着姿を晒す。
一般的な高校生男子には、ちょっと刺激が強すぎる状況だった。
「私が魔方陣の前に立って、視覚的に魔方陣を隠すと同時に、統斗様の集中を乱しますので、統斗様はそれを乗り越えて、写生してください」
確かに、魔方陣の前に、こうして直接立たれると、先程よりも広範囲が隠されてしまう。
そしてなにより、その刺激的な姿の契さんの方に、どうしても目が行ってしまい、後ろの魔方陣に全然集中できない。
いや、集中してるには、してるのだが、どうしてもそれは、別の集中であると言わざるをえない。
下着姿にハイヒールっていうのは、こう、なんというか、なんともエロいな……、と思いました。
「……り、了解です」
ハッキリ言って、異常な状況である。
本当だったら、そんなことはできません! とか、そんな恰好じゃ契さんも恥ずかしいですよね? もっと別の方法を探しましょうよ! とか言って、この状況を回避した方が、良かったのかもしれないが、俺の中のナニかが、この目の前の現実を捨ててしまうことを、
落ち着け、落ち着くんだ俺!
悪魔元帥デモニカの時の契さんは、デフォルトでこれくらい刺激的な格好をしてたじゃないか!
だから、大丈夫だ!
俺なら耐えられる! 耐えられるはずだ!
だから耐えてくれ! 俺の自制心!!
俺は黙って、黙りこくって、魔方陣の前で、次々とセクシーなポーズをとり続ける契さんを、いまだかつてなく刺激された生命力に裏付けされた、これまでにないほど鋭敏になった超感覚を使った、超ド級の集中力を持って見つめながら、その背後の魔方陣を、ただ必死に写生するのだった。
「…………か、か、かけ、ま、した……」
俺は、摩耗しきった自制心を
いわゆる、賢者タイムである。
「お疲れ様でした。立派でしたよ、統斗様」
今日の講義が終わり、下着姿から、再びレディーススーツ姿に戻った契さんに褒められる。
「あ、ありがとうございました……」
こうして、俺の魔術習得のための第一歩は、ようやっと終わりを告げたのだった。
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