12-15 【俺と正義の味方編・完】
俺は、
しかしそれは、あくまでもこの戦闘において、という前置きが必要になる。
なぜなら、戦いに勝ったといえど、まだなにも、終わってなどいないのだから。
「ヌ、ヌハハハ……。まさか、まさか、この
巨大な瓦礫の山と化した、奴が開発した兵器の中から、松戸の声が聞こえてくる。
「だ、だが、しかし……! まだこの天才、松戸剛が敗北したわけではない……!」
腹の底から絞り尽くすような松戸の声の高まりと共に、スクラップになったはずの全起の中心から、異常な熱反応が検知された。
「クッ、ククク……、ヌハハハハハハハハ! 必ずや、必ずや吾輩の最高傑作が、至高の発明が! 貴様を地獄に叩き落とすことだろう!」
最高傑作……、それは、その全起のことじゃないのか?
などという疑問を抱く時間も、ない。
松戸を中心に高まり続けるエネルギー反応は、既に危険域にまで達している。
これから、なにが起こるのか。
それを理解した瞬間、俺は最後の力を振り絞り、地を駆ける。
あれでは、俺の用意した防壁用の魔方陣も、消し飛んでしまうだろう。
「グ、グハッ、グハ、グハッ……、先に、先に……! 先に地獄で待っているぞ! シュバルカイザー! ヌハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
松戸剛が、最後の狂笑を上げる。
その瞬間、狂気の博士と一体化した全起が、周囲の空間そのものを破壊するように、超大な爆発と共に、自爆した。
「きゃああああああ!」
それが誰の悲鳴なのか、意識が朦朧としだした、今の俺には分からない。
ただその声は、なんとか間に合った俺の背後から、聞こえたということしか。
全起の自爆から、その爆発から庇うことに成功した、正義の味方のうちの、誰かだろうということしか。
「――ッ!」
俺はもはや、声も出ない。
最後の
閃光、爆炎、炸裂、爆風、業火、突風、衝撃、破裂、轟音、壊滅、静寂。
悪夢のような一瞬が終った、その後には、スタジアムはもう、更地と言っても差し支えないレベルにまで、崩壊した。
ただし、俺の背後にだけは、僅かにスタジアムの痕跡を残す壁が残されている。
つまり、正義の味方を守ることに、俺は、なんとか、成功したのだ。
「……あ、あれ? ひかりたち、生きてる……?」
爆発が収まり、最初に声を上げたのは、正義の味方に変身していることを忘れ、本名を口に出してしまっているマジカルイエロー……、
「みんな……、良かった……」
続いて、大事な仲間が全員無事であることを確認して、安心したような声を漏らしたのは、マジカルグリーン……、
「ど、どうして……?」
最悪に絶望的な状況であったはずなのに、自分たちが助かったことを
「た、助かった……? けど、なんで……」
マジカルレッド……、
「……シュバルカイザー」
そして最後に、マジカルピンクが、正義の味方のリーダーが、
だがしかし、今の俺には、それに反応するだけの余力は、残されていなかった。
まるで、身体中が、ドロドロに溶けた鉛になってしまったかのようだ。
意識が混濁し、脳髄が腐り落ちてしまいそうな不快感が、身体の芯にべったりと、こびりついている。
ただでさえ限界を超えていたカイザースーツは、全起の自爆から正義の味方の盾となるために、その身を
このままでは、俺がスーツの中に閉じ込められてしまうことに気が付いたのか、健気なカイザースーツが、最後の力を振り絞り、自らの転送装置を自己修復すると、その機能を発揮した。
おかげで俺は、カイザースーツの重さに潰されることも、無茶な駆動により内部に累積された高熱に蒸し殺されることも、窒息することも、なくなった。
代わりに、非常に重要な問題が浮上したが、もう俺には、それに
「……うそ」
それが誰の声なのか、誰の悲痛な呟きなのか、俺にはもはや、判別がつかない。
俺は、
正義の味方の、マジカルセイヴァーの、桜田桃花の、赤峰火凜の、水月葵の、緑山樹里の、黄村ひかりの、目の前で……。
悪の総統、シュバルカイザーは、その正体を、
「…………」
俺は、言葉も出ない。
絶対に避けたかったはずの、絶対に訪れて欲しくなかったはずの瞬間が、遂にやってきてしまい、衝撃を受けたから……、ではない。
単純に、身体がもう、限界なのだ。意識が既に、限界なのだ。
声を出したくても、喉に焼きゴテを突っ込まれたように、熱く、苦しい。
命気なんて、もう、一欠けらだって、湧いてこない。
空っぽだ。
俺の中に、力と呼べるものなんて、もはやなんにも、残っていない。
なにか言うべきだと思っても、なにを言っていいのか、分からない。
俺の脳ミソは、グズグズに崩れて、灰にでもなってしまったかのようだ。思考が、千々に、乱れ、る。
みんなに、大切なみんなに、謝ろうにも、弁解しようにも、言い訳しようにも、許しを乞おうにも、なにもできない。
今の俺に、できることは、ただ一つ。
ただ、ただ、無様に、このまま、地面に、倒れ込むこと、だけ、だった。
「統斗様! ご無事ですか!」
そんな俺を、
それが
「おい、統斗! しっかりしろ! 意識はあるか!」
力強く、俺を励ましてくれているのが、
「統斗ちゃん! 傷は浅いわ~! 目を空けて~!」
俺の腕を取り、一生懸命揺すってくれているのが、
俺は……、悪の女幹部たちに、俺を心配して、急ぎ、この場に駆け付けてくれたであろう、俺の大事な人たちに囲まれながら、身動ぎ一つ、できずにいた。
「――ヴァスインペリアル!」
突然現れた敵対組織の最高幹部に、声を上げたのは、桃花だ。
それだけで、俺の胸は張り裂けそうになってしまう。
「マジカルセイヴァー! 今はあなたたちに構っている暇は、ありません!」
ぐったり、動かない俺を心配してくれているのだろう。デモニカが、急いでここから離れようと、その声を荒げる。
「待て! 統斗を返せ!」
「統斗さんを、どこに連れていく気です!」
火凜と葵さんが、そんな女幹部たちに、食って掛かる。
やめてくれ……。俺なんかのために、そんなことをしないでくれ……。
「……返す? 意味が分からないことを言うな! どこに連れていくって、そんなの決まってるだろ! オレたちのいるべき場所だ!」
レオリアが、俺の身体を、優しく支え直してくれた。
「統斗さんに、なにをしたの! 答えによっては……!」
「許さない! 統斗になにかしたら、許さないんだからねー!」
正義の味方にとっての敵対者に囲まれた俺を、心配してくれたのか、樹里先輩とひかりが、立ち上がる。
未だ満身創痍にも関わらず、俺のために、俺のことを思って立ち上がってくれた彼女たちに、俺は一体、どれだけ残酷なことをしたのだろうか?
「なにをした~? なにもしてないわよ~! それに、別にあなたたちに許されなくてもいいの~! そんなこと言ってる場合じゃないのよ~!」
そんな二人を
「待って! ――待ちなさい! 統斗くんを、統斗くんは……!」
そして桃花が、どこか悲しい瞳を、俺に向ける。
まるで、認めたくないなにかを、押し込めるように、その瞳は、揺れていた。
「さっきから聞いていれば……!」
力無く動かない俺を、少しでも早く治療したいという焦りからか、デモニカが、いつも冷静な彼女に似つかわしくない、イラついた声を隠そうともせず、叫ぶ。
決定的な、事実を。
絶望的な、真実を。
叫んだ。
「統斗様は、いえ、統斗様こそが! 我らがヴァイスインペリアルの総統! あなたたちとは、住む世界が違うのです!」
遂に言った。言ってしまった。
「う、嘘だ! そんな嘘、信じない!」
「そんなはず……、そんなはずありません!」
火凜と葵さんは、目の前の現実から目を逸らすために、声を張り上げる。
本当は二人とも、分かっているはずなのに。
「だから、嘘じゃないっての! 統斗はずっと、俺たちの総統なんだよ!」
確かに、レオリアの言う通り、俺はずっと、悪の総統だったのだ。
「やっぱり、統斗くんに……!」
「洗脳でもしたのね! この卑怯者! 悪の組織!」
自分たちの目の前で、シュバルカイザーの鎧の中から、俺が出てきた瞬間を、確かに目撃したというのに、樹里先輩も、ひかりも、根拠もない理由を掲げ、真実を受け入れない。
それだけ、認めたくないのだ。俺が、悪の総統だなんて。
「だから~! なにもしてないの~! 統斗ちゃんは~、自分の意思で~、悪の総統をやるって、決めたのよ~!」
ジーニアの言っていることは、正しい。
これは俺自身が決めた、俺自身の選択だ。
「……統斗くんが、シュバルカイザー……」
弱々しい桃花の声が、まるでナイフのように、俺の心に突き刺さる。
この痛みは、俺自身の選択がもたらした、その結果だ。
だから俺は、受け入れなけばならない。
「時間がありません! レオリア! ジーニア!」
「おう!」
「了解~!」
デモニカの指示を受けて、レオリアが情けない俺をしっかりと抱え、ジーニアが素早く、地下本部へと帰還するために、ワープ装置を起動した。
「待って……、待って! 統斗くん! 統斗くん!」
桃花の悲鳴が聞こえる。
「統斗! 行かないで……、行かないで、統斗!」
火凜の悲鳴が聞こえる。
「統斗さん! ダメです……。そんなの、こんな別れ方!」
葵さんの悲鳴が聞こえる。
「いや、いや……、いやいやいやいやいやあああああ! 統斗君!」
樹里先輩の悲鳴が聞こえる。
「こんなの、こんなのないよ……! だって統斗は、ずっとひかりと一緒に……!」
ひかりの悲鳴が聞こえる。
「……っ」
心が痛い。
役立たずの俺の喉は、痙攣すらしてくれない。
唇すら動かせず、俺はただ、息を呑むことしか、できなかった。
「――っ!」
それでも、それでも、なにか言わなければと、心が叫ぶが、もう遅い。
全ては、終わりだ。
空から落ちる、小さな雪が、俺の頬に触れて、溶ける。
その冷たさを感じた瞬間、俺の身体は、俺の帰るべき場所、悪の組織の総本部へと向けて、ワープした。
愛すべき正義の味方を、その場に残し、俺は、無責任に、消え失せる。
全ては終わった。終わってしまった。
特別になるはずだった今日という日は……。
俺にとって。
桜田桃花にとって。
赤峰火凜にとって。
水月葵にとって。
緑山樹里にとって。
黄村ひかりにとって。
決して、決して、忘れられないクリスマスに、成り果てた。
卑怯な俺の意識は、その現実から目を逸らすように、
苦い、苦い、勝利の報酬を、噛み締めながら。
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