12-8


「ほらほら! なにやってるのよ、統斗すみと! 折角、可愛いひかりちゃんと二人っきりなんだから、もっと喜びなさいよ!」

「……わーい。とってもうれしいなー」

「心がこもってない!」

「ひゃっほー! ひかりと一緒なんて最高だっぜー!」

「よし、許してあげる!」


 許すのかい。

 自分で言うのもなんだけど、とんでもなく嘘くさかっただろ、今のは。


 のんびりと歩く俺の周りを、まるで久しぶりの散歩を喜ぶ子犬のように、くるくると回りながら、俺の可愛い後輩である黄村ひかりは、なぜだか得意気に笑っていた。




 樹里先輩と共に、パーティ会場のレイアウトを検討したのは、つい昨日の出来事だが、今日も今日とて、俺にはやるべきことがあった。


 本日の目的は、そろそろイブも間近に迫っているということで、お菓子やジュースなどの、多少、日持ちがする食料品の調達である。


 その相方として俺に同行しているのが、学校指定の制服の上から、多少大きめの黄色いダッフルコートを身に着けた、この騒がしい後輩というわけだ。


 まったく、この後輩ときたら、授業が終わって迎えに行ったら、それだけでいつもの調子で大騒ぎしてくれて、俺は一年生の教室で、無駄に目立ってしまったのだ。


「まったく……、放課後そうそう、酷い目に会った……」

「なに言ってんのよ! あんたが彼氏ヅラして、いきなりひかりの教室に来るのが、悪いんでしょ!」


 俺のため息を敏感に察知したひかりが、頬を膨らませながら、ぐいぐいと俺に突っかかってくる。本当に、表情がくるくる変わるな、こいつは。


「いきなりって……、今日は一緒に買い出しに行くから、帰りの時間になったら迎えに来いと、俺に言い出したのは、お前だろうが」

「だからって、突然教室の入り口にやって来て、……ひかり、いるか? なんて無駄に格好つけながらクラスメイトに聞かないでよ! あー勘違いされた! あれ絶対、友達に勘違いされたー!」


 その時の怒りを思い出したのか、顔を真っ赤にしたひかりが、俺の腕をバシバシと叩いてくる。正直、結構痛い。


「というか、別に格好つけてねーよ! 普通に聞いただけだよ!」

「うるさい! あんたの普通は、関係ないのよ!」


 ひでぇ。

 暴君か、こいつ。


 まぁ、随分と、可愛らしい暴君なんだけど。


「そもそも、そういう勘違いされて、お前になにか、困る事でもあるのか?」

「う、うるさい! 別にないわよ! 悪かったわね!」


 こうして、少し強引に話を振れば、すぐに照れてしまうところとか、特に。


「まぁ、くだらない話は、これくらいにしてだな……」

「くだらなくない!」


 こちらに向かって唸り声を上げ、威嚇してくるひかりをいなしつつ、俺は周囲を見渡してみる。いや、流石にこれは、まずいだろう。


「いいから、少し黙れって、こんなところで大声で騒いじゃったから、また無駄に目立っちゃってるから!」


 ここはいつもの、駅前にあるショッピングモール。

 色んなものを買うのなら、やはりここが便利なのだ。スーパーもちゃんとあるし。


 だがしかし、やはりそこはショッピングモール。

 平日だというのに、この時間でも、かなりの人が集まっている。


「このままだと、おや……、カップルが、痴話喧嘩してると思われるぞ!」

「……おやって、なに?」

「なんでもないぞ!」


 危ない危ない。


 思わず親子喧嘩と言いそうになってしまったのは、俺だけの秘密だ。

 バレたら、また大騒ぎするだろうし。


「それより、お前はそれでいいのか? 俺とカップルだと、恋人同士だと、この辺りの人たちに思われても、いいのかー?」

「ううっ……」


 俺の脅し文句を聞いて、ひかりが黙り込む。

 

 ふっふっふっ、こんな場所で、そんな誤解を生むなんて、これぞまさしく、無差別勘違いテロ攻撃! 今後一体、どういう人脈を辿って噂が流れ、自らの私生活に影響するか、計り知れず……! 


 どうだ、恐ろしかろう!

 俺は恐ろしいぞ! だって噂になるのは、ひかりだけじゃなく、俺もだからな!


「ううううう……! ……上等よ!」

「……はい?」


 うつむき、葛藤しているように見えたひかりが、突然顔を上げると、ガシッと強引に、俺の腕を掴んだ。


 いや、正確に言うならば、自分の腕と俺の腕を組み合わせ、まるで恋人のように、互いの腕を組んでしまった。


「仕方ないから、あんたと恋人と思われても、我慢してあげるわよ!」

「あ、あの、ひかりさん?」


 なんだか、目が座っている。


 頬を激しく紅潮させたひかりは、そのまま俺を引きずって、大量の人で溢れているショッピングモールに、突撃を開始した。


「ほら! 行くわよ、統斗! この可愛い恋人に、しっかりついてきなさい!」

「お、おい! お前、そんな大声で……!」


 殊更に恋人という単語を強調して叫ぶひかりを、無理矢理振り解くこともできず、俺はただ、その可愛い恋人とやらの、好きにされてしまうのであった。




「よーし! それじゃあ、まずは、お菓子を見に行くわよ!」

「へいへい」


 ガッチリと俺と腕を組んだ状態で、ひかりが威勢よく一歩を踏み出す。


 これだけぴったりと密着している状態で、女性の柔らかさよりも、そのダッフルコートの柔らかさの方を強く感じてしまう辺り、実にひかりらしかった。


「……なんだか、失礼なことを考えられてる気がする」

「ははははは。そんなの、気のせいに決まってるだろ、ひかり? さぁ! 楽しい楽しい買い物だ!」


 動物的感とでもいうべきか、鋭くこちらの心理を読み取ってくるひかりを誤魔化すために、俺は気勢を上げて、歩き出す。


 しっかりと俺の腕にぶら下がる……、もとい、腕を組むひかりを振り解くのは、もうとっくに諦めている。


 言って聞くような奴ではないし、まぁそもそも、俺の方も、この状態が嫌かと聞かれれば、決して、そんなこはないからだ。


 ひかりとこうしていると、なんだか心がポカポカするような、落ち着くような、不思議な暖かさを感じる。


 もしかしたら、これが父性ってやつかもしれない。


「……やっぱり、失礼なことを考えられてる気がする」

「さーて! まずはなにを買う? ひかりの好きな、甘ーいお菓子を探そうな!」


 こちらに疑惑の目を向けるひかりを上手くなだめすかしながら、俺たちはまるで恋人同士のように、楽しいショッピングへと向かうのだった。




「あっ! あれがいい! あのサンタが乗った、おっきなケーキ!」

「ケーキはもう予約してある! 日持ちもしない! なにより予算オーバーだ!」

「ちぇー、じゃあ、あっちのシュークリームでいいわよ」

「ひかり……、お前、ただ今食べたいもの言ってるだけだろ……」


 ショッピングモールの中にある、とあるケーキショップの前を通った瞬間、ひかりが騒ぎ出してしまった。


 失策である。ちゃんとこういう場所は避けて、もっと日持ちのするお菓子を売っている店を目指すべきだった。


「えー、ダメなのー?」

「……後でなんか奢ってやるから、今は、今度みんなで食べる分を買うぞ」


 パーティ用のお菓子の代金は、当然だが、みんなから集めた資金から出すということになっているので、残念ながら、個人的な買い物のために、それに手を付けるわけにはいかない。


 ここは泣く泣く、俺が自腹を切るしかあるまい。


 これも全て、ひかりをこんな場所に連れてきてしまった、俺が悪いのだから……!


「わーい! それじゃ、急いで買い物、済ませるわよ!」

「……分かりやすいな、お前」


 俺の代案に、あっさりと転んだひかりが、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、とっとと目的を果たせと催促してくる。


 いや、別にいいんだけどね。

 それだけ分かりやすく喜んでくれれば、なんだかこっちまで、嬉しくなるし。




「お、重い……」

「だから、俺が持つって言っただろう」


 ひかりが、大きなペッドボトルが何本か入ったレジ袋を、片手で重そうにぶら下げながら、苦悶の表情を浮かべている。空いた手を使って俺と腕を組んだままなので、なんだか、壮絶とすら言える顔が、よく見えた。


 現在ひかりを苦しめているものは、クリスマスパーティのために、ショッピングモール内のスーパーマーケットにて購入した、ジュースの類である。


 会計を済ませた後で、なぜか突然ひかりが、自分が持つと言って聞かないために、仕方なく、このわがままな後輩の言う通りにしてみたのだが、結果は、まぁ、ご覧の通りである。


「ほら、いいからお前は、こっちを持て。そんで、そっちは俺に貸せ。まったく、手が赤くなってるじゃないか」

「あっ、う、うん……」


 俺は、ひかりと組んでいるのとは、逆の腕を強引に伸ばし、俺が持っていた菓子などが詰っている軽い紙袋と、ひかりが悪戦苦闘している重そうなレジ袋を、無理矢理に交換する。


 普通なら、なかなか困難な動作だったのかもしれないが、命気の力に目覚め、自らの身体を文字通り自由自在に動かせるようになった俺には、簡単なことである。


 サンキュー、命気! 助かったぜ!


「まったく、なんでいきなり、こんなことをしたがるんだ、お前は」

「うぅ……、流石に、あんたにタダで奢らせるのは、悪いかなーって思って……」


 ……そう言われると、俺も小言は言い辛い。


 いつもは無駄に強気なひかりが、こうしてしおらしくしている姿は、なんだかとっても胸にくるというか……、ちくしょう、可愛いなぁ……。 


「まったく……、それじゃ、頑張ったお前に、ご褒美を上げるから、なにを食べるのか、もう決めたのか?」

「……うん! クレープ! クレープ食べたい!」


 しょんぼりした顔から一転、弾けるような笑顔に戻ったひかりと寄り添い、俺たちは荷物を持ち直して、そして腕を組み直して、ワイワイとお喋りと繰り広げながら、この愛すべき後輩がご所望のクレープ屋へと、足を向けるのだった。




「うーん、このクレープ屋も、なんだか懐かしいな」

「そう? ひかりはちょくちょく来てるから、その感覚はよく分からないわ」


 確か、前にひかりと一緒に来た時は、まだ新しく、開店したばかりだったはずのクレープ屋も、今ではすっかり、この街に馴染んでいる。


 相変わらず盛況なところは変わっていないが、どこか落ち着くよう雰囲気が出てきたようで、個人的には、今の方が好感度が高い感じだ。


 俺とひかりは、そんなすっかり地元に根付き、人気店となったクレープ屋で、それぞれクレープを購入してから、近くのベンチに並んで座っていた。


 荷物も降ろして、腕も組んでいない。もう、すっかり、くつろぎモードである。


「そうなのか。なるほど、何度も来てるから、注文もこなれた感じだったのか。凄いな、人間って成長するんだな」

「へっへーん! もっと褒めなさい!」


 無い胸を得意気に逸らしたひかりの手には、スマートなトッピングにより、本当に美味しそうにバージョンアップされた、苺のクレープが握られている。


「ちょっと前は、トッピング全部乗せで! なんて言ってた奴が、まさか自重を覚えるなんてな……。凄いぞ、ひかり! 偉いぞ、ひかり!」

「ふふふーん! もっともっと褒めていいのよ!」


 普通ならバカにされていると思っても不思議ではない、俺の慇懃いんぎんすぎる称賛を受けても、ひかりは得意満面の有頂天、もう、最高に嬉しそうだ。


 まぁ、いいか。笑っているひかりを見るのは、俺も楽しいし。


「よっ! ひかり最高! お前はまさに、クレープマスターだ!」

「えへへへー! それはちょっと褒めすぎよー!」


 なんだか完全に照れてしまったらしいひかりが、すぐ隣に座っている俺の肩を、当然だがクレープを持っていない方の手で、バシバシと叩く。少し痛いが、まぁ良し。


 いつもなら、あんたバカにしてるでしょー! みたいにキレられてもおかしくない流れだったりするのだが、どうやら今日のひかりは、一味違うらしい。


「でも、あんたのクレープチョイスも、なかなか捨てたもんじゃないわ! マスターのひかりが褒めてあげる!」

「ははー! お褒めにあずかり、ありがたき幸せですー!」


 調子に乗りまくったひかりが、俺のクレープを褒めてくれるが、俺はただデフォルトのチョコクレープに、ナッツを追加しただけという、ベタすぎなチョイスをしただけである。


 それでも、こうしてひかりから褒められると、なんだか本当に、このクレープのグレードが少し上がった気がするから、不思議なものだ。


 うむ、美味い。


「……というか、本当に美味しそうね……」

「……うん?」 


 テンションが上がりきっていたはずのひかりが、突然声を潜めて、じっと俺を、というか、俺のクレープを、見つめている。


「ちょ、ちょっとそれ、ひかりにも一口、寄こしなさいよ……」


 そして、ほっぺを赤くしながら、恥ずかしそうに、俺に命令を下した。


「……まぁ、いいけど」

「本当に! わーい! やったー!」


 仕方ない。クレープマスターの命令には、逆らえない。


 俺が差し出した、食べかけのチョコクレープに、なぜだか、とても嬉しそうなひかりが、大口を開けて齧りつき、本当に美味しそうに、その目を細める。


「うん! 美味しい! すっごく美味しい!」


 そして、満面の笑顔を、俺に見せてくれる。


 それだけで、クレープのおよそ三分の一を、一気に食べられたことなど、全て許せてしまうくらいの笑顔だった。


 というか、凄いなひかり。

 俺が齧っていた部分が、完全になくなってるぞ、ひかり。


「あ、あの、ひっ、ひかりだけ、あんたの食べるってのは、なんか不公平だから、だから統斗も、ひかりのクレープ……、食べて、いいよ?」


 俺のクレープを、もぐもぐと食べ終えたひかりが、さっきまでよりもっと顔を赤くしながら、今度は俺に向かって、自分のクレープを突き出してきた。


「……いいのか? 本当に?」

「だ、だから、いいって言ってるでしょ! いるの? いらないの? どっち!」


 ますます顔を紅潮させたひかりは、ぐいぐいと俺の口元にクレープを押し付ける。


 どっち! なんてわざわざ聞いておきながらも、俺に許された答えは、どうやらひとつだけのようだった。


「じゃあ、まぁ、遠慮なく」

「あっ……」


 ひかりの強引さには、もういい加減、慣れている。


 それに、ひかりの食べかけクレープを食べるのは、これが初めてというわけでもない。だから、というわけではないが、全然嫌な気分はしない……、というか、むしろちょっとドキドキしてしまう。


 なんだか、本当に恋人同士みたいだな……。


「……おいしい?」

「うむ、美味い。すっごく美味い」


 なんというか、ただのクレープよりも、なんだか、ずっとずっと、甘い気がする。


「そっか、美味しんだ……。へへへっ、美味しいんだ!」


 ひかりは、本当に嬉しそうに笑うと、この狭いベンチの中で、思い切り俺に身体を寄せてくる。俺もまた、そんなひかりを受け入れ、俺たちは互いに、身を寄せ合う。


 少しだけ甘い沈黙が、俺とひかりの間に流れた。


「あぁ、なんといっても、ひかりに食べさせてもらったからな。そりゃ、このクレープだって、最高に美味くもなるさ」

「ちょっ! なにいきなり、恥ずかしいこと言ってるのよー!」


 俺とひかりは、お互いに顔を真っ赤にしながらも、いつも通りの軽口を叩き会う。


 あぁ、まったく。本当に可愛い後輩だよ、こいつは。


「ほら、ひかり、口の周りにクリームついてるぞ」

「んむ! ……もう! 子供扱いするなー!」


 俺とひかりの、まるで恋人みたいなイチャイチャは、俺が彼女をちゃんと家に送り届けるまで、このクレープのように甘く、甘く、続いたのだった。



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