第6話 予約注文

 くるみが明日の朝来てくださいと言ったのにも関わらず、また来てしまったのは、足を掴んできたあの客だった。


 彼女のような死後の人間というのは、なかなか話が通じないことが多く、彼女も例外に漏れないのだろう。

 カウンターによじ登った女の、充血した目に捉えられたくるみは、いらっしゃいませと声を掛けた。


「お客さん、肉じゃが弁当は、明日の朝からですよ」


 微笑んだくるみの目の前で、女が苦し気に口を開けた。何か言いたそうにした女は、血を吐き出して呻いている。四足のカウンターの下からも、赤黒い液体が流れてきて、くるみの履いている靴を汚した。くるみは足の震えを止められなかった。


 人間ではない客の応対をする事は、今までだって何回もあったが、くるみはいつだって怖くて仕方がなかった。祖母は、カウンターの内側にさえ居れば、何かされることはないし、祟られることだってないとくるみに教えたが、おどろおどろしい姿を目前にすると、くるみはどうしても足がすくんでしまう。


「…………よ、や、く……」


 肩でぜいぜいと息をついた女がやっと言葉らしいものを発した。弁当を予約したいということだろうか。まるでガラスでもあるように、くるみの目の前を女の手が叩く。なんとかカウンターの内側へ入り込もうとしていた女は叫び声を上げた。


 睨め付けられていたくるみは、急に頭の中に浮かんできた映像を観ていた。


 小さな男の子が、テーブルの目の前に座っている。食卓に並んだ料理の中から、女の手が肉じゃがを男の子の前へ取り分けると、男の子は懸命に箸を使って、じゃがいもに齧り付いた。


「あの子……好き嫌い……多くて…………でも、肉じゃがだけは……」


 くるみは女の苦しそうな声で我に帰った。彼女の瞳から血の混じった涙が溢れていた。


「あの子に……渡して…………きっと、お腹空かせてる……から」


 くるみが承りましたと応えると、女は嬉しそうに微笑んで、そして唐突にその姿が消えた。


 カウンターや床にあった血も、今はもうない。くるみは、すぐに注文票に肉じゃが弁当の文字を書き入れると、日付が書いてある黒板へマグネットで貼り付けた。

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