おまけEp.2『意地悪なシオン』

※『隣人との正しい付き合い方』の後日談。シオン視点です。




 新しい家族が増えたのは、つい先日の事だった。

 訳あって迎えられた西洋の妖、名をナズナ。

 掃除や料理をすることが好きらしく、こちらは随分助かっている。

 ただ、困った事に、ナズナは言葉を話せない。口下手なのでは無く。声を出せないようだ。そう、困った事に……


《シオン、シオン》


 洗濯物を畳んでいると、激しく頭を叩かれた。

 ナズナはそのまま自分にまとわりつき、苛立ちながらも何だと問うと、ナズナは封を切ったかのように喋り出す。


《ねえねえ、彼は何が好きなの?》

《花は好きかしら……甘い物はもちろん好きよね?》

《あぁ、苦手な物はあるのかしら?》

(……ぬし様に苦手な物なぞ有りません)

《よかった! 私、彼に何かしてあげたいの、何がいいかしら?》

(知りませんよそんなこと。直接主様に訊けばいい)

《だめよ、彼には私の声が聞こえないもの》


 そう、ナズナは声こそ出せないが、同じあやかし者同士だからか、自分とはこうして会話が出来る。

 でもこのことは、主様に話していない。


(寂しがるからなぁ……)

《何が?》

(いえ、別に……)


 主様は、代々続く祓い屋の名家。桜庭さくらばに産まれた。

 けれど……主様は生まれつき力を持っておらず、我ら妖を見ることが出来なかった。そんな主様と、まさか共に異なる世界へ飛ばされるとは、あの頃は思ってもみなかった……





 十二年程前――


藤四郎とうしろう!! また蔵に入ったそうだな!』


 声の主は、桜庭一葉さくらば かずは様。

 藤四郎様の父上にして、桜庭の現当主。そして自分の主様だ。


『蔵には近づくなと言っとるだろうが!!』


 怒号にも似た、渋みと重みが交わった声。しかしそれは、若様を心配する優しい言葉。力を持たず生まれたばかりに、実の母君から疎まれ育った若様を、主様は大層大事にされていた。自分はそんな主様が大好きだ。


『父上、申し訳有りません! しかし……蔵が……蔵が来いと叫ぶのです!』 

『お前という奴は――!!』


 若様は少し変わったお人でした。

 元々好奇心旺盛だったが、何か読み物を読んだ影響らしく、特に意味も無い陣を描き、誰も居ない所で隠れて術の特訓をしていたんだとかなんだとか。それが最近は特に酷く、何かあっては大変だと主様を悩ませていたのだ。


紫苑シオン……すまんが暫くアレに付いてやってくれ、私はアレが心配で堪らないのだ』

『はい、主様』


 藤四郎様は今年で十四歳。

 自分が鬼と化した時と、同じ齢になっていた。


 昔は、妖が多かった。人を脅かす事だけに喜びを感じる低級から、狡猾で、人の子なぞすぐ喰らう、妖力の強い妖まで沢山いた。

 だが……いつからか、我らの多くはカスミとなった。人の目に止まる事のない曖昧な霞に。


 では、平成のこの時代、祓い屋は何を退治しているのか?

 それは人の心が生み出す者……ねたみやそねみを喰らって生きる妖だ。これはとても厄介で。取り憑かれれば、心を病み。周囲に影響を及ぼす程感染力の強く、死して解き放たれる者が多かった。

 そして、藤四郎様もまた、その陰りがあった……


『学校で何か起こっているのかもしれん』


 あに様が言った。

 それに続けて、あね様も不安を漏らす。


『何も言わんのが逆に心配じゃな……』


 紅蓮グレン葵羽アオハ。赤鬼と青鬼のこの二人は、自分と同じく、桜庭に仕える鬼である。しかし兄様と姉様は自分と血の繋がりも何もない。この方達は元々人であった自分を受け入れてくれた。とても心優しき鬼なのだ。


『えぇ、本当に……』 


  



***


『ここが若様の学び舎か……』


 最初の日は、ずっと藤四郎様の横に立って過ごした。

 外の世界での若様は、家の中とは全く違い、人に望まれていて、常に人と共に過ごし、笑い合い。帰るその時まで、一人でいる事は無かった。

 ただ……


『どうしてここは……こうも妖が多いのか』


 大小関係無く、皆、陰りを抱えている。

 きっとこれらに障られたのだろう。これ以上影響されては堪らない。そう思い、人に憑く妖を道すがら斬るが。斬っても斬っても、それを完全に断ち斬ることは出来なかった。


『根が深い……』




 学校であったことは全て主様に報告した。


『そうか……多感な時期だからな……すまんが、もう暫く、アイツの傍に居てやってくれ』

『はい』


 そう言って、次の日も、また次の日も、自分は若様と共に過ごした。


『どうだ? 変わりないか?』


 兄様のその問いかけに、変わりなさ過ぎて疲れます。そう答えるしか無かった。


『本当に、毎日毎日。人とは面倒な者です。何故こんなにも簡単に病むのか……』

『お前がそれを言うか?』

『うっ……』


 かくいう自分も、鬼となった身。

 痛い所を突かれてしまった。


『人は……業が深いのです……』


 深い憎悪に身をやつした時。人は鬼へと変わるのだ。





 若様に付いて一週間。

 若様は、不意に振り返り、空を見つめる事が増えた。


『シオン。其処にいる?』


 えぇ、ここに居りますよ。

 貴方様の目の前に。


『やっぱり見えない……一度でいいから話してみたいなぁ……』


 えぇ。自分もですよ。

 手を伸ばされても、この方に触れる事は出来無い。

 こんなに近くにいるのに。

 この方には、自分の声も届かない。

 自分をどういう者だと思っているのだろうか。

 子供の鬼だとは、思っていないのだろうか。


 自分は、もっと下に居ります。

 そこには、誰も居りません。


 差し伸ばされた手に届くように、思いっきり背伸びをしても、指の先は……触れた感触も無くすり抜ける。


 自分も貴方に触れてみたい。

 主様と同じ、温かな人なのだろうから……




 それからも、若様と視線が合うことは無かった。

 それから暫く、彼の独り言は増えていく。

 弁当のおかずを差し出してきたり、読み物を見せてきたり……周りの人間には、さぞ不気味かつ滑稽に見えたのだろう。心優しい若様は、徐々に孤立して。陰りを大きくしていった――


『自分のせいで、とても辛い思いをさせています』

『紫苑……人というのは、勝手なもので、自分と違う者は排除する。そんな生き物なんだよ』


 主様はそう言った。


 存じております。

 我が母でさえ。鬼と化した自分を受け入れてくれなかったのだから。

 主様達、祓い屋も……人と見なされず、こうして人里離れた所に住んでいる。

 困った時は擦り寄ってくるのに、勝手なものだ……





 そして……若様が孤立して一ヶ月。

 なんの前触れなく、その日はやってきた。


『あぁ……辛いねぇ』


 初めてあの方が、自分の前で涙を流した。

 主様とずっと共に居たから、実感が湧かなかったけれど。

 主様と離れた今、それが本当に分かるようになった。

 母親には居ないものとして扱われ、ご兄弟も家にいない。そんな状況で友にも見放され。誰とも目を合わさず。主様が話しかけても心配させまいと笑って済ませる。誰とも言葉も交わせなくなった若様の陰りは、斬っても斬っても増えていき。

 次第に、溢れる涙と共鳴するように――――


『何事か!!』

『主様! 藤四郎様がお陰りに!』 


 主様が駆けつけた時には、既に遅く。

 部屋の中。立ちすくむ若様の陰りは渦を巻き。半身をすっかり飲み込んでいた。


『若様!』


 必死に手を伸ばした。

 その手が、決してあの方に触れる事が出来ぬ手だとしても。陰りの中で、若様が一人にならぬよう。必死だった。


『藤四郎!! 紫苑っ!!!』


――その言葉は、自分が聞いた、主様の最後の声だった。 





***


 次に目覚めた時、自分は見知らぬ天井を見上げていた。

 そこは、独特の薬の匂いが漂う場所で、自分は寝台に寝かされていた。

 知らぬ男女と猫又だろうか? 自分と同じ、人ではない耳の生えた双子の妖がこちらを覗き、目が合った。


『若様!!』


 そう叫ぶと、男女は困った顔をした。


『いない……のですか?』

 

 あれだけ願ったのに。

 自責の念に駆られ絶望している中、呼んだ? という声が聞こえた。

 夢かと思った。何故なら――


『もしかして……君がシオン。なのかな』


 若様と、初めて目が合ったのだから。


『自分が――見える……のですか?』

『あぁ、はっきり見えるよ。それにほら、こうして君に触れることも出来る』


 これが、あの方と初めて言葉を交わし、触れ合った記憶――





***


《ねぇ、シオン? どうしたの?》

(少し……昔の事を思い出しただけです)


 泣いていたのか。ナズナは心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。


《どこか痛いの?》

(いいえ)

《じゃぁ悲しい?》

(大丈夫です。今はむしろ気分がいい)

《???》

(さっきの件ですが、やはりご自分で考えて下さい)

《ええー。もう、シオンは意地悪ね》


 そう、これは意地悪だ。

 そう簡単にあの人の横は譲りませんよ。

 自分がずっと、そうであったように――




――『意地悪なシオン』――

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