第11話:やさしいひと

 慌ただしかった奥の部屋に、静寂が訪れた。

 それを不思議に思った藤四郎は件の部屋へ赴くが……そこには例の少女だけが、あの小さな扉の上でうずくまっていた。


「はて……?」


 廊下や裏庭を見渡しても、アスター達の姿はない。

 藤四郎は首を傾げ。皆は何処へ行ったのかと少女に訊ねるが、当然のように少女は答えず。二人の間に沈黙が流れた。


「うーん……」


 藤四郎は困り果て、再び窓の外に目をやった。

 すると先程まで晴れていた空が、うっすら雲がかっているのに気が付く。


(ひと降りきそうだな……)


 藤四郎は裏口から外へ出て、本を数冊手に取った。しかし、戻ろうとドアノブに手を掛けた瞬間、ドアノブは乾いた音を立て、それを拒絶した。


「おやおや……」


 きっとあの少女の仕業だろうと藤四郎は直感で理解するが、このままでは本が濡れてしまう。しかし別の場所へ移すにも、時間がかかり過ぎてしまい難しいだろうと判断し、ならばと、ひと呼吸おいて、開け放たれたままの窓に向かって少女に呼びかけた。


 しかし何度呼びかけても、少女は顔を出す事さえしなかった。少し壁から離れて窓から覗き込むが、やはり動く気配は無い。


「もしもし、そこの可愛いお嬢さん。もしよければ、この本だけでも入れてくれませんかね?」


 一冊の本を掲げ、再び声を掛ける。その声に少女は疎ましそうに藤四郎を見るが、すぐにまた顔を背けてしまった。しかし藤四郎はめげずに何度も声をかけ続けた。何度も何度も。応える筈のない誰かを呼ぶ声は、弱まる事を知らずに続く。


「……」


 流石に鬱陶うっとおしかったのか、はたまた思いが通じたのか。暫くして少女は窓際に近寄り、藤四郎の掲げた本を手に取った。


「ありがとう、ここから渡していってもいいかな?」


 別の本を更に掲げ問いかけると、少女はコクりと頷き、それを受け取った。

 どうやら思いは通じたようだ。





***


 協会に戻り、数ある応接室の一つを借りて、俺達は話し合っていた。受付にいたカレンはこちらが気になったのか、ステラの手当を済ませた後も、あの分身を使い話しに参加している。そして今日あった事をスターチスさんに相談した結果、それはシルキーではないか? という結論に至った。


 古い家に憑く妖精シルキー。それがなぜ封印されていたのかは分からないが、一度家を追い出されると、再び入る事は難しいらしい。何故なら、そこはもうシルキーの領域だからだそうだ。


 あの後、協会に戻ってすぐ、店に電話を掛けて貰ったがコール音が鳴るばかりで、藤四郎さんと連絡はまだとれていない。もう既に何かあったのか、それとも藤四郎さんも追い出され、店は無人になってしまったのか、どちらかは分からない。そんな不安を漏らすと、カレンは満面の笑みを浮かべ、こう言った。


「シロー君なら、大丈夫じゃないかな?」


 その言葉に俺を除く一同は「そうだなぁ」「そうですね」と口を揃えて頷いた。シオンでさえも力強く首を激しく振っている。俺にはその意味が分からず、どういう事なのかステラに訊くと「シロウさんは、良い人なんです」と言って笑った。

 俺にとって苦い思い出がある“良い人”という言葉に、また皆がうんうんと頷き、温かな表情を浮かべている。


「彼は、我ら“隣人”と仲良くなるのが得意だからね」


 そう言うスターチスさんの言葉の意味がやっぱり理解出来ず。俺は首を傾げるばかり。そんな時、応接室のドアが数回叩かれた。


「失礼します」


 現れたのは、あのイケメン男子のリドだった。リドはステラにゆっくり歩み寄り、茶色い紙で包装された小さな包みを手渡した。


「ありがとう。ごめんね、変な事頼んで、大変だったよね?」

「いや、そうでもない」


 相変わらず淡々としていたが、用事はそれだけだったようで、リドはスターチスさんを連れてすぐに退室していった。


「アスターさん。手を出してくださいな」

「ん?」

「出来れば両手でお願いします。こう、前に突き出す感じで」

「こうか?」

「はい。ではそのままじっとしててくださいね」


 包みの中に入っていたのは、細かな模様の入った平べったい赤い紐だった。


「体の事もありますし、早く診てもらったほうがいいんですが。こういったことに詳しいドクターが丁度今出張中でして……なので、あくまで応急処置になってしまい申し訳ないのですが。これ以上影響が出ないように、これをずっと身に着けておいてください。これは……貴方を護る、お守りみたいなものなので」


 なるほど、そういうアレ。俺はこれを肝に銘じ、不安げに部屋を徘徊していたシオンと共に急いで店に戻った。




***


(まさか入れてくれるとは……)


 ――五分前――

 藤四郎は全ての本を部屋に入れ終え、窓の下で壁にもたれていた。


『これは、腰にくるなぁー』


 普段あまり動かない人間にとって、小さな動きでも何度もこなせば重労働だ。ゆっくり大きく息を吸い。乱れた呼吸を落ち着かせていると、


『あ』


 雨粒がポツリと藤四郎の頬に落ち、別の雨が土に滲んで消えていく。

 まさに間一髪。大事な本が濡れなくて良かったと胸を撫で下ろしていると、藤四郎の髪に何かが触れた。ふと上を見上げると、すらりと伸びた手と、絹糸のように細い金の髪が視界に入る。藤四郎の髪に触れたのは、例のあの少女だった。


『……』


 少女は指を動かす事無く、じっとしている。


『君もありがとう、手伝ってくれて。お陰様で間に合いました』

『……』


 藤四郎は少女に笑いかけるが、その言葉を聞いた後、少女は部屋へ引っ込んだ。


『……やっぱり、そう簡単に心は開いてくれない……か』


 気落ちする藤四郎の周りを、土を濡らす雨の匂いがふわりと包み。小粒の雨が、まるで心を静めろと言わんばかりに、庭の木の葉でパラパラと軽快な音を奏ではじめた。


『シオンと初めて顔を合わせた日も、確かこんな天気だったな……』


 遠い遠い昔の話。心も体も、まだ未熟だった若い頃を思い出しながら、藤四郎は雨空を見上げた。そこへ、ギィと軋む音と共に、裏口のドアがゆっくり開く。


『?』


 振り向きざまに、ひょっこり顔を出していた少女と目が合うが、少女はすぐに顔を引っ込めた。


『……これはこれは、素直じゃないといいますか』


 まるで入って来いと言っているかのように。ドアは開け放たれたままだった。



 そんな事があり。無事、家に入る事が出来た藤四郎だったのだが……。少女は元の部屋に戻ってしまい、また距離を置かれてしまっていた。

 藤四郎は考える。あの少女は何故、自分や周りと距離を置くのか。封印されていた場所なのに、何故あの扉に執着するのか。


(もしかして、封印されていたわけではなく。自分から……なのか?) 


 ともあれ、そこにいる間、少女はどんな時を過ごしていたのだろう。とても長い間空家になっていた事を、藤四郎は知っている。


(あんな所にずっと一人で、寂しかったろうな……)


 そして一人ぼっちの寂しさも、よく知っていた。


(あの子は、物を食べれるだろうか)


 今日のおやつとして、昨日の晩に作っておいたプリンが四つ、冷蔵庫に入っている。そのプリンと小さなスプーンをトレーに乗せ、藤四郎は部屋を出た。向かった先は例の部屋。スタスタと向かいの部屋に入り、蹲ったまま動かずに居る少女の横に腰掛けると、トレーごと差し出した。


「もし物が食べれるのならご一緒にどうですか? 甘い物がお嫌いじゃなければ、きっと気に入ると思いますよ」


 ご飯は人と一緒に食べるだけで美味しくて、元気が出る。藤四郎もそうだった。


「あ、毒とか入ってないので、安心してくださいね。ほら、ね?」


 プリンを一口、目の前で食べて見せる。

 その穏やかな表情を見て、少女はそれを受け取った。


(変なひと……ひとも妖精も関係ない。静かでいて、穏やかで……まるで……“彼”みたい、とてもやさしいひとだわ)


 そう思わせる程。藤四郎は温かみのある人間であった。

 二人の間にゆったりとした、心地よい空気が流れる。



 その後も、少女が藤四郎の傍を離れる事は無かった。食べ終わったプリンの容器をシンクで洗っていると、カゴに移した容器に横から手が伸び、何食わぬ顔で少女がそれを拭きだした。


「なんとお手伝いまで。これはありがたい」

「……」


 そういった感じで、店に戻り店番を再開しても、少女は隣を陣取った。何もしないのも暇だろうと、藤四郎は少女に当たり障りの無い話を振る。三軒隣の家に子犬が産まれた話に、この間作った焼き菓子が絶品だった話。少女は言葉こそ発しないが、たまに頷き、そして微笑む程に二人は打ち解けた。


 ~♪


 ドアベルが乾いた鐘の音を鳴らす。

 家全体を覆っていた少女の術は、いつの間にか解けていた――。

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