• ひだまりファンタジア

  • ◆第1部 偽りの魔法使い
  •      隣人との正しい付き合い方 -③-「やさしいひと」

     隣人との正しい付き合い方 -③-「やさしいひと」

 慌ただしかった奥の部屋に静寂が訪れた。

 それを不思議に思った藤四郎は、件の部屋へ赴くが……そこには例の少女だけが、あの小さな扉の上で蹲っていた。


「はて……?」


 廊下や裏庭を見渡しても、アスター達は居ない。

 藤四郎は、首を傾げ。皆は何処へ行ったのかと少女に訊ねるが、少女は答えず。二人の間に沈黙が流れる。


「うーん……」


 困り果てた藤四郎は、再び窓の外に目をやった。

 すると先程まで晴れていた空が、うっすら雲がかっているのに気がついた。


(ひと降りきそうだな……)


 藤四郎は、裏口から外へ出て。本を数冊手に取る。しかし、戻ろうとドアノブに手を掛けた瞬間、ドアノブは乾いた音を立て、それを拒絶した。


「これは……」


 きっとあの少女の仕業だろうと直感で理解するが、このままでは本が濡れてしまう。しかし、別の場所へ移すには、時間がかかり過ぎてしまい難しいだろうと判断し。ならば。と、ひと呼吸おいて、開け放たれたままの窓に向かって少女に呼びかけた。


「おーい」


 しかし、何度呼びかけても、少女は顔を出す事さえしなかった。

 少し壁から離れて窓から覗き込むが、やはり動く気配は無い。


「もしもし、そこの可愛いお嬢さん。もしよければ、この本だけでも入れてくれませんかね?」


 一冊の本を掲げ、再び声を掛ける。

 その声に、少女は疎ましそうに藤四郎を見るが、すぐにまた顔を背けてしまった。

 しかし、藤四郎はめげずに何度も声をかけ続けた。何度も何度も。応える筈のない誰かを呼ぶ声は、弱まる事を知らず続いた。


「……」


 流石に鬱陶しかったのか、はたまた願いが通じたのか。暫くして少女は窓際に近寄り、藤四郎の掲げた本を手に取った。


「ありがとう、ここから渡していってもいいかな?」


 別の本を更に掲げ問いかけると、少女はコクりと頷き、それを受け取った。

 どうやら思いは通じたようだ。





【魔道士協会一階・応接室Ⅳ】

 協会に戻った俺達は、数ある応接間の一つを借り、そこで話し合っていた。受付にいたカレンはこちらが気になるからか、ステラの手当を済ませた後も、あの分身を使い、話しに参加している。そして、今日あった事をスターチスさんに相談した結果、それはシルキーではないか? という結論に至った。


 それがなぜ封印されていたのかは分からないが、一度家を追い出されると、再び入る事は難しいらしい。何故なら、そこはもうシルキーの領域だからだそうだ。


 あの後。協会に戻ってすぐ、店に電話を掛けて貰ったがコール音が鳴るばかりで、連絡はとれていない。もう既に何かあったのか、それとも追い出され、店は無人になってしまったのか、どちらかは分からない。そんな不安を漏らすと、カレンは満面の笑みを浮かべ、こう言った。


「シロー君なら、大丈夫よ~」


 その言葉に俺を除く一同は、そうだなぁ。そうですね。と口を揃えて頷いた。シオンでさえも力強く首を激しく振っている。俺にはその意味が分からず、どういう事なのかステラに訊くと「シロウさんは、良い人なんです」っと、笑って答えた。

 俺にとって苦い思い出がある”良い人”という言葉に、また皆がうんうんと頷き、温かな表情を浮かべている。


「彼は、我ら”隣人”と仲良くなるのが得意だからね」


 そう言うスターチスさんの言葉の意味がやっぱり理解出来ず。俺は首を傾げるばかり。そんな時、応接室のドアが数回叩かれた。


「失礼します」


 現れたのは、あのイケメン男子リドだった。

 リドはステラにゆっくり歩み寄り、茶色い紙で包装された小さな包みを手渡した。


「ありがとう。ごめんね、変な事頼んで、大変だったよね?」

「いや、そうでもない」


 相変わらず淡々としていたが、用事はそれだけだったようで、リドはスターチスさんを連れてすぐに退室していった。


「アスターさん。手を出してくださいな」

「ん?」

「あ、出来れば両手でお願いします。こう、前に突き出す感じで」

「こうか?」

「はい。ではそのままじっとしててくださいね」


 包みの中に入っていたのは、細かな模様の入った平べったい赤い紐だった。


「体の事もありますし、早く診てもらったほうがいいんですが。こういったことに詳しいドクターが、丁度今出張中でして……なので、あくまで応急処置になってしまい申し訳ないのですが。これ以上影響がないように、これをずっと身に着けておいてください。これは……貴方をお守りみたいなものなので」

「ほう」


 なるほど、そういうアレ。俺はこれを肝に銘じ、不安げに部屋を徘徊していたシオンと共に急いで店に向かった。





***


(まさか入れてくれるとは……)


――五分前――

 全ての本を部屋に入れ終えた藤四郎は、窓の下で壁にもたれていた。


『これは、腰にくるなぁー』


 普段あまり動かない人間にとって、小さな動きでも何度もこなせば重労働だ。ゆっくり大きく息を吸い。乱れた呼吸を落ち着かせていると、


『あ』


 雨粒がポツリと藤四郎の頬に落ち。別の雨が土に滲んで消えていく。

 まさに間一髪。大事な本が濡れなくて良かったと胸を撫で下ろしていると、藤四郎の髪に何かが触れた。藤四郎が、ふと上を見上げると。すらりと伸びた手と、絹糸のように細い金の髪が視界に入る。

 藤四郎に触れたのは、紛れもなくあの少女だった。


『……』


 少女は指を動かす事も無くじっとしている。


『君もありがとう、手伝ってくれて。お陰様で間に合いました』

『……』


 藤四郎は、少女に笑いかけるが、その言葉を聞いた後、少女は部屋へ引っ込んだ。


『……やっぱり、そう簡単に心は開いてくれない……か』


 気落ちする藤四郎の周りを、土を濡らす雨の匂いがふわりと包み。小粒の雨が、まるで彼に心を静めろと言わんばかりに、庭の木の葉でパラパラと軽快な音を奏ではじめる。


『シオンと初めて顔を合わせた日も、確かこんな天気だったな……』


 遠い遠い昔の話。

 まだ心も体も未熟だった頃を思い出しながら、藤四郎は雨空を見上げた。

 そこへ、ギィと軋む音と共に、裏口のドアがゆっくり開く。


『?』


 振り向きざまに、ひょっこり顔を出していた少女と目が合うが、少女はすぐに顔を引っ込めた。


『……これはこれは、素直じゃないといいますか』


 まるで入って来いと言っているかのように。ドアは開け放たれたまま。

 少女は部屋の前で、家のあるじを待っていた。





 そんな事があり、無事に家に入る事が出来た藤四郎だったが……少女は元の部屋に戻ってしまい、また距離を置かれてしまっていた。

 藤四郎は考える。あの少女は何故自分や周りと距離を置くのか。封印されていた場所なのに、何故あの扉に執着するのか。


(封印されていたのではなく。自分から……?) 


 ともあれ、封印されている間。少女はどんな時を過ごしていたのだろう。とても長い間空家になっていた事を彼は知っている。


(あんな所にずっと一人で、寂しかったろうな……)


 一人ぼっちの寂しさを。藤四郎はよく知っている。そして、そんな時どうして欲しいかも、よく知っている。


(あの子は、物を食べれるのだろうか)


 おやつとして、昨日の晩に作っておいたプリンが四つ。冷蔵庫に入っている。

 そのプリンと小さなスプーンをトレーに乗せ、藤四郎は部屋を出る。向かった先は例の部屋。スタスタと向かいの部屋に入り、蹲ったまま動かずに居る少女の横に腰掛けると、トレーごと差し出した。


「もし、物が食べれるのなら一緒にどうです? 甘い物がお嫌いじゃなければ、きっと気に入ると思いますよ」


 ご飯は、人と一緒に食べるだけで美味しくて、元気が出る。藤四郎もそうだった。


「あ、毒とか入ってないので、安心して下さいね。ほら、ね?」


 プリンを一口、食べて見せる。

 その穏やかな物腰は少女にも伝わったのだろう。少女はプリンを受け取った。


(変な人……人も妖精も関係ない。静かでいて、穏やかで……彼と同じ。やさしいひと……)


 そう思わせる程。藤四郎は温かみのある人間であった。二人の間にゆったりとした心地よい空気が流れる。


 その後も少女が藤四郎の傍を離れる事は無かった。プリンを食べ終わりシンクで容器を洗っていると。カゴに移した容器に横から手が伸び、何食わぬ顔で少女が拭く。


「なんとお手伝いまで。これはありがたい」

「……」


 そういった感じで、店に戻り店番を再開しても、少女は隣を陣取った。それを受け、何もしないのも暇だろうと、藤四郎は少女に当たり障りの無い話を振る。三軒隣の家に子犬が産まれた話に、この間作った焼き菓子が絶品だった話。少女は言葉こそ発しないが、たまに頷き微笑む程に打ち解けた。


~♪


 そこへドアベルが乾いた鐘の音を鳴らし。一人の客を出迎えた。

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