• ひだまりファンタジア

  • ◆第1部 偽りの魔法使い
  •  第2章 隣人との正しい付き合い方 -①-「初めてのおてつだい」

 第2章 隣人との正しい付き合い方 -①-「初めてのおてつだい」

 何だろう……

 まるで毛並みを正すように撫でる、この感覚は。

 また夢でも見ているのだろうか?


 その一定の間隔で撫でる手が心地よくて、たおやかで……サラサラと髪と手の擦れる音が手のひらの温もりと共に体を伝う。


『……あぁ』


 気恥ずかしいから面と向かって言え無いけれど。


『もう少し……』


 もっと撫でてくれないか……なんて言ってしまいそうになる程、それは気持ちの良いものだった。





***


 微かな物音が聞こえ目が覚めた。


「頭撫でられて気持ちいいって……子供か」


 いや、見た目はもう立派な子供だけど。

 体が縮んだ影響だろうか、変な夢を見てしまい複雑だ。


「ん?」


 体を起こし、ふと窓の外に目をやると。庭に人影が見えた。

 薄暗くても良くわかる、華奢きゃしゃなシルエットと、下ろされた桃色の髪の毛。こんな朝早くから、一体何をやっているんだろうと気になり。それを追って外へ出る。


「寒っ……」


 予想以上に肌寒く、ブランケットを羽織るべきだったと身震いしていると、ステラが俺に気が付き、くるりと振り向いた。改めて辺りを見渡すと、庭にはハーブの他にも、様々な野菜や果樹が植えられており、それぞれ実や花をつけている。彼女は手にハサミと籠を持っていて、籠の中にはトマトが二つ転がっていた。

 どうやら野菜を収穫していたようだ。



「なんかいいなぁこういうの。それにそれ、いい感じに熟しててすげぇ美味そう」

「ふふ。今年のは自信作なんですよ~」


 素人が作ったものでも、手間暇かけて育てれば十分美味い。そういえば子供の頃、母親がなんやかんやとベランダで育てていて、夕飯前にシソを採りに行かされていたなと懐かしむ。そんな思い出話に花咲かせていると、ある事に気がついた。


「……あれ? なんかこの辺は寒くないな?」


 そう、トマトが生えているこの畑の一角だけが妙に暖かいのだ。


「この時期、朝と夜は特に冷えるので。収穫が終わるまでの間、精霊さんに温度調整して貰ってるんです」

「へー」


 精霊ってのはそんな事までできるのか。全く便利なものだ。


「――あ、そうだアスターさん。丁度良いので、レグさんもご紹介しときますね」

「レグさん?」

「はい、キングレグホンのレグさん。つまり鶏です」


 微笑みながら彼女が指さすその方向を見てみると、確かに白い鶏が一羽。我が物顔で庭を闊歩していた。


「お……おぉ?」


 そして、そのおかしさに気がついた時には、既にその鶏は目の前にいて。俺は予想外の大きさに腰を抜かしそうになった。鶏とはこんなに大きな生き物であったか? いいや、違う。


「デカくない!?」


 それはそこいらの中型犬より大きかった。もちろん仔犬なんて生易しいもんじゃない。まさに成犬サイズの、とにかく馬鹿デカイ鶏だった。


「コォォォォ……」

「ちょ、なんか威嚇してないか!?」


 低い唸り声も既に鶏が発するものではない。禍々しいというか、恐ろしいオーラを纏い。ソレは明らかに俺に敵意を向けている。


「クワァアー!!」

「うわぁあああ!?」


 まさに修羅場。俺の足元をしつこく狙い。それはもう残像が見える程の首の動きで。土が掘り返される程強く、黄色いくちばしで地面をついばんだ。俺が何をしたというのか。見てないで止めてくれ! と叫びながら横目で見ると、ステラは実に楽しそうにニコニコ顔でこちらを眺めていた。


「仲良く出来そうで良かったです」

「はぁ!?」


 お前の目は節穴か? と言おうといたが、それは正しかったらしく、あの鶏は俺のひざ下に体を擦りつけ、猫のように頭をグイグイ擦り寄ってきた。


「それがその子の、大好きですよ~の合図なんです」

「えぇ……」


 恐怖すら覚えたんですが……なんて固まっていると、ステラはおもむろに庭の端の鶏小屋を探って、白い、大きな卵を一つ取ってみせた。


「朝食はオムレツにしましょう」


 無邪気に笑うその顔の眩しいこと眩しいこと。まぁ、でも慣れてしまえば……いや、やっぱりまだ怖い。そんな朝の出来事。



「サイズが合わなかったら、遠慮なく言ってくださいね。すぐ調整しますから」


 家に戻ると、丸襟の白シャツに、茶色の短パン。少しサイズが合わないかもしれない、とサスペンダーを渡された。


「……」


 ハイソックスを履くと、これは坊ちゃんスタイルだな。と、窓ガラスにうっすら映り込む自分を冷静に見て、少し凹んだ。


「靴も間に合って良かったです」

「靴まであるのか」


 差し出された小さな革靴は、不思議な事にサイズがピッタリで、これは全て彼女の物かと尋ねると違うと言う。どうやら夜の内に妖精に作ってもらった物らしく。材料の関係で簡易的になり、長歩きには向かないとかで、今日また衣類を買ってくれると彼女は言う。


「いやいやいや、買ってばっかりで悪いし、当分これで頑張るよ」

「そんな、遠慮しないで下さいな。それに私。この間みたいに誰かと服を選んだり、お買い物するのって初めてで。それが凄く楽しくて……また行きたいなって思ってた所なんですよ」

「う……」


「ね?」と、笑顔で首を傾げる彼女の仕草が、眩しくて直視出来なかった。

 それから朝食と家事を済ませ、二人で家を出た。玄関先で、今日は一度もミスターを見ていないなと思ったが、まぁいい。静かなことはいいことだとその時は気にしない事にした。


 昨日来た道と同じ道を歩く。けれど時間に余裕があったようで、この街の説明を聞きながら、ゆっくり協会へ向かう事になった。


 駅近くのスーパーや、いつも塀の上で気持ちよさそうに寝ている猫の事。後、カレンの実家の酒場が、割とこの近くにある事も聞いた。どうやら、あの分身する魔具を使い、仕事終わりや休日は、実家の手伝いをしているらしい。


「パワフルだなぁ」

「カレンさん、体を動かすのが大好きみたいで、じっとしてたら死んじゃうんだって言ってました」

「そういう人いるよな。仕事大好き人間」

「少し心配になっちゃいますけどね」

「だなぁ」


 そんな他愛のない会話をしながらバスに揺られ。協会へ足を踏み入れた。ここへは仕事の確認をする為に寄ったらしいのだが、あの厳つい顔したガーゴイルは俺の姿を見るなり面食らった顔するし、扉を潜るや否や、既に出勤していたカレンに見つかり、爆笑されるしで朝から散々だ。


「ホント、超ウケる!」


 まだ人の少ないエントランスホールに響き渡るカレンの賑やかな声に、行き交う人々が好奇の目を向ける中。今出勤したのだろう、トレンチコート姿のスターチスさんが、いつの間にか合流していた。


「えらく縮んだねぇ」


 口元に手を沿え、笑いを堪えているのか、どうも表情が怪しい。


「……あの、めっちゃ肩震えてますけど」

「ごめ、ちょっと予想外で……ククっ」


 もういっその事笑えばいいのに、この人。なんて思っていると、あらかた笑い終わり、やっと落ち着きを取り戻したカレンから声を掛けられた。


「シロウさんから掃除の依頼……ですか?」

「うん。ステラちゃんと、アスターくんの二人にお願いしたいんだって~。予定は空いてたよね?」

「あ、はい。それは大丈夫なんですけど……」


 俺とステラは顔を見合わせた。だって、昨日会った時にはそんな素振り見せなかったから。依頼内容は藤四郎さんの家の掃除。さほど大変では無いという事で、昼過ぎには終わるというが……


「依頼って、魔物退治だけじゃないんだな」

「といいますか。協会への依頼は大体こういったお手伝い系が多いんですよ」

「そ、そう、なんだ。へぇ……」


 この、依頼があれば何でもやる姿勢に、また一つ俺のファンタジー像が崩れていったのは言うまでもない。

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