第2章:隣人との正しい付き合い方

第09話:初めてのおてつだい

 何だろう……まるで毛並みを正すように撫でる、この感覚は。また夢でも見ているのだろうか?


 その一定の間隔で、髪を撫でる手が心地よくて、たおやかで……サラサラと髪と手の擦れる音が、手のひらの温もりと共に体を伝う。


『……あぁ』


 気恥ずかしいから面と向かって言え無いけれど。


『もう少し……』


 もっと撫でてくれないか……。

 なんて言ってしまいそうになる程、それは気持ちの良いものだった。





***


 微かな物音が聞こえ目が覚めた。


「頭撫でられて気持ちいいって、子供か」


 いや、見た目はもう立派な子供だけど。

 体が縮んだ影響だろうか、変な夢を見てしまい複雑だ。


「ん?」


 体を起こし、ふと窓の外に目をやると。庭に人影が見えた。

 薄暗くても良くわかる華奢きゃしゃなシルエットと、下ろされた桃色の髪の毛。こんな朝早くから一体何をやっているんだろうと気になり。それを追って外へ出る。


「寒っ」


 外は予想以上に肌寒く、ブランケットを羽織るべきだったと身震いしていると、ステラが俺に気が付き、くるりと振り向いた。辺りを改めて見渡すと、庭にはハーブの他にも、様々な野菜や果樹が植えられており、それぞれ実や花をつけていた。


 彼女は手にハサミと籠を持っていて、籠の中にはトマトが二つ転がっている。

 どうやら野菜を収穫していたようだ。


「なんかいいな、こういうの。それにそれ、いい感じに熟しててすげぇ美味そう」

「ふふ。今年のは自信作なんですよ~」


 素人が作ったものでも、手間暇かけて育てれば十分美味い。そういえば子供の頃、母親がなんやかんやとベランダで育てていて、夕飯前にシソを採りに行かされていたなと懐かしむ。そんな思い出話に花咲かせていると、ある事に気がついた。


「……あれ? なんかこの辺だけ暖かい?」


 そう、トマトが生えているこの畑の一角だけが、妙に暖かいのだ。


「この時期は朝と夜は特に冷えるので。収穫が終わるまでの間、精霊さんに温度調整して貰ってるんですよ」

「ほー」


 精霊ってのはそんな事までできるのか。全く便利なものだ。


「――あ、丁度良いタイミングなので、レグさんもご紹介しときますね」

「レグさん?」

「はい、キング・レグホンのレグさん。つまり鶏です」


 微笑みながら彼女が指さすその方向を見てみると、確かに白い鶏が一羽、我が物顔で庭を闊歩かっぽしていた。


「お……おぉ?」


 そして、そのおかしさに気がついた時には、既にその鶏は目の前にいて、俺は予想外の大きさに腰を抜かしそうになった。鶏とはこんなに大きな生き物であったか? いいや違う。


「デカくない!?」


 それは、そこいらの中型犬より大きかった。もちろん仔犬なんて生易しいもんじゃない。まさに成犬サイズ。とにかく馬鹿デカイ鶏だった。


「コォォォォ……」

「ちょ、なんか威嚇いかくしてないか!?」


 低い唸り声も既に鶏が発するものではない。禍々しいというか、恐ろしいオーラをまとい。ソレは明らかに俺に敵意を向けている。


「クワァアー!!」

「うわぁあああ!?」


 まさに修羅場。何故だ、何故俺の足元をしつこく狙うんだ。それはもう残像が見える程素早い首の動きで、土が掘り返される程強く、黄色いくちばしで地面をついばんだ。俺が何をしたというのか。見てないで止めてくれ! と叫びながら横目で見ると、ステラは実に楽しそうにこちらを眺めていた。


「仲良く出来そうで良かったです」

「はぁ!?」


 お前の目は節穴か? と言おうといたが、それは正しかったらしく、あの鶏は俺のひざ下に体を擦りつけ、猫のように頭をグイグイ擦り寄ってきた。


「それがその子の、大好きですよ~の合図なんですよ」

「えぇ……」


 恐怖すら覚えたんですが……なんて固まっていると、ステラはおもむろに庭の端の鶏小屋を探って、白い、大きな卵を一つ取ってみせた。


「朝食はオムレツにしましょう」


 無邪気に笑うその顔の眩しいこと眩しいこと。

 まぁでも慣れてしまえば……いや、やっぱり怖い。

 そんな朝の出来事。



「サイズが合わなかったら、遠慮なく言ってくださいね。すぐ調整しますから」


 家に戻ると、丸襟の白シャツに、茶色の短パン。少しサイズが合わないかもしれないとサスペンダーも渡された。そして昨日の晩まで俺が履いていた下着も、サイズ調整をしてくれていたらしく、洗濯された状態で手渡された。


「……」


 着替えはステラの部屋でした。ハイソックスを履くと、これは坊ちゃんスタイルだな。と、窓ガラスにうっすら映り込む自分を冷静に見て、色々考え、少し凹む。


「靴も間に合って良かったです」

「靴まであるのか」


 差し出された小さな革靴は、不思議な事にサイズがピッタリで、これは全て彼女の物かと尋ねると違うと言う。どうやら夜の内にそういう事が得意な妖精に作ってもらったらしい。しかし材料の関係で簡易的になり、長歩きには向かないとかで、今日また衣類を買いに行こうと彼女は言う。


「いや、買ってばっかりで悪いし、当分これで頑張るよ」

「そんな、遠慮しないでくださいな。それに私、この間みたいに誰かと服を選んだり、お買い物するのって初めてでして。それが凄く楽しくて……また行きたいなって思ってたところなんです」

「う……」


「ね?」と笑顔で首を傾げる彼女の仕草が、可愛くて直視出来なかった。



 それから朝食と家事を済ませ、二人で家を出る。

 玄関先で、今日は一度もミスターを見ていないなと思ったが、まぁいい。静かなことはいいことだとその時は気にしない事にした。


 昨日来た道と同じ道を歩く。

 色々な話をしてここまできたが、ひょんなことから“カレンの実家は酒場”だという話題になった。そして驚くことに、カレンはあの分身する魔術を使い、仕事終わりや休日に実家の酒場を手伝っているそうだ。


「パワフルだなぁ」

「カレンさん体を動かすのが大好きみたいで、じっとしてたら死んじゃうんだって言うんですよ」

「そういう人いるよな。仕事大好き人間」

「こちらは心配になっちゃいますけどね」

「だなぁ」


 そんな他愛のない会話をしながら、バスに揺られ、協会へ足を踏み入れた。ここへは何かを取りに寄ったらしいのだが、あの厳つい顔したガーゴイルは俺の姿を見るなり面食らった顔するし。扉を潜るや否や、既に出勤していたカレンに見つかって爆笑されて朝から散々だ。


「ホント、超ウケる! 一枚撮っていい? ね、撮っていいよね!」


 まだ人の少ないエントランスホールに響き渡るカレンの賑やかな声に、行き交う人々が好奇の目を向ける中、今出勤したのだろう、トレンチコート姿のスターチスさんが、いつの間にか合流していた。


「こ、これは……え、えらくっ、クククッ縮んだねぇ」


 口元に手を沿え、笑いを堪えようとはしているが。


「……あの、めっちゃ肩震えてますけど」

「ごめ、ちょっと。ふふふ予想外で……ククっ」


 もういっその事笑えばいいのに、この人。なんて思っていると、あらかた笑い終わり、やっと落ち着きを取り戻したカレンから、改めて声を掛けられた。


「シロウさんから掃除の依頼……ですか?」

「うん。ステラちゃんとアスターくんの二人にお願いしたいんだって~」


 俺とステラは顔を見合わせた。だって昨日会った時にはそんな素振り見せなかったから。依頼内容は藤四郎さんの自宅兼店舗の掃除。さほど大変では無いという事で、昼過ぎには終わるというが……。


「依頼って、魔物退治だけじゃないんだな」

「といいますか。協会への依頼は大体こういったお手伝い系が多いんですよ」

「そ、そう、なんだ。へぇ……」


 この、依頼があれば何でもやる姿勢に、また一つ俺のファンタジー像が崩れていったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!