• ひだまりファンタジア

  • ◆第1部 偽りの魔法使い
  •      あぁ無情 -⑦-「アディオス、ミスターまた明日」

     あぁ無情 -⑦-「アディオス、ミスターまた明日」

 どこだか分からない暗い場所で、見知らぬ男が涙を流して泣いていて。その男が膝をついて屈み、俺の手を握った。


『――がまた笑えるように……魔法を掛けてあげようね』


 男が誰の名を呼んだかは分からない。

 でも……俺はその言葉に安心して、ゆっくり瞳を閉じたんだ。





***


「ん……」


 目を覚ますと目尻に涙が溜まっていた。

 変な夢を見たような……悲しいような。でも、嬉しいような。そんな不思議な気分を引きずったまま、目を擦る。


「もう夜か……」


 窓辺に置かれた小さなランプが辺りを照らす。

 結構寝ていたのか。いつの間にか外は闇に包まれていた。


「腹……減ったな」


 随分軽くなった体を起こし、ベッドから降りる。


「ん?」


 そこでまず異変に気がついた。ズルリとズボンが床に落ち、足はもつれ、袖も手が出せない程余っていたからだ。全体的に服が大きくなったような。そんな感じを受け、俺は改めて自分の手元を見た。


「――んんん?」


 完全にずり落ちてしまった下着に目もくれず、慌ただしく脈打つ鼓動を抑える事もせず。明かりの漏れるドアを勢い良く開け、急いで彼女を探す。


「えっと……」 

 ダイニングテーブルで悠長にお茶を嗜んでいたステラは、少し戸惑いの表情を浮かべた。そりゃそうだ。だって――


「ヤバイ! 俺っ、縮んでる!!」


 自分でも分かるくらい幼くなったその声を放ち、ステラに駆け寄ると。彼女は何か納得したような感じにポンと手を叩き。シチュー出来てますよ、食べれます? と何事も無かったかのように俺の頭を撫で尋ねた。


「もっと驚けよぉぉ!」

「そ、そう言われましても……」


 なんでそんなに落ち着いてんの!? どう見てもおかしいだろ。なんて捲し立てると、何か変なものを食べたりしていないか? とか、自分と出会う前に魔術師か魔道士に会っていないか? と彼女はいたって冷静だ。


「でも、困りましたね。とりあえず服を何とかしますので、ついでにお風呂いかがです? その様子だと下着も履いていないのでは?」


 そうだけどもだ。

 ステラよ、落ち着き過ぎではなかろうか。


「え? 何? 俺の感覚がおかしいの?」

「?」


 俺がどう喚こうが現状が好転することは無いので、言われるがままに風呂に入り、心を静める事にした。


「ぉぅ……」


 けれど、風呂上りに、待っていたのはとんでもない代物だった。

 多分、これを着ろという事なのだろうが、身に着けるのにかなり躊躇した。

 何でかというと、置いてあったパジャマらしきものが、ペンギンの着ぐるみのようなアレだったからだ。


「もう着替え終わりました?」

「あっいや、まだ――!」


 ドアの向こうで待っていた彼女に、丁度良さそうなものがコレしか無かったと謝られてしまった。これは腹をくくるしかないのか。渋る足に力を入れ、覚悟を決めてソレに足を通す。もちろん、パンツは履いていない。人生何が起こるかわからないものだ。


 それから彼女は引っ張り出した衣類を片付けると言って、二階の部屋に上がって行った。……俺は、先にリビングに戻ったのだが、目の前の状況に困惑した。


「何ジロジロ見とんじゃワレェ」

「!?」


 声の主はカエル。

 もう一度言う。声の主はカエルなのだ。


「おぉん!? 何処の糞ガキ様だ? んん? 迷子ですかアァン!?」


 謎のカエルにメンチを切られ、俺は入口で固まっていた。赤いスカーフを首に巻き、二足歩行で一歩一歩歩み寄るカエル。色から言ってアマガエルのようだが、大きさはウシガエル程デカく。そしてソイツはしゃがれた声でこちらを威嚇していて。何て言うか、もうとにかく全体的に気持ちが悪かった。


「あら」


 そうこうしている内にステラが階段を降りてきた。


「おかえり、ミスター」

「えっ!?」


 ミスターって”コレ”の事!?

 むしろ人間じゃなかったの!? と、一人修羅場と化していた俺を放置して、一人と一匹の会話は続く。


「おう帰ったぞ! にしても何だこのガキはよぉ」

「こちら、今日から暫く一緒に住むアスターさんよ」

「はぁぁぁああん!? 一緒に住むぅう!?」


 ミスターは慌てふためき、ものすごい跳躍力で俺の肩に飛び乗ると、ずいっと顔を近づけ、鼻息荒く俺の顔を覗き込む。至近距離のカエルの顔はこんなにも気持ちの悪いものなのか。俺は耐え切れず、目を逸らし、反対方向へ俯くが、ミスターの勢いは止まらない。


「親はどうした親は、こんなチビガキほっとくなんて、ひでぇ親じゃねぇか!」

「……」

「アスターさんは異界の方で。頼れる所が無いのよ」

「異界人!? この歳で!? ファー!!!」


 このやたら高いテンションとダダ漏れの嫉妬心はなんなのか。ステラが仲良くやれと言っているのを右から左へ聞き流し、湿り気のある手で、俺の頬をペチペチ叩く。


「こんなに小せぇのになぁ、同情するぜぇ。でもよぉ、間違っても変な気起こすんじゃねぇぞ、おぉん? チビガキがぁ」

「……カエルが色気づいてんじゃねぇよ」

「はぁああああん!? ヤんのかコラァ! 上等だゴルァ!!」


 カエルVS人間。喧嘩にならない喧嘩は続き、そうこうしている内に夕食の支度が整い。テーブルの上にシチューやサラダ。パンが並んでいく。


「では食べましょうか」

「ん。いただきます」


 シチューは陶器では無く、温かみのある木製の深皿に盛りつけられていて、それを木のスプーンですくい上げ、口に運ぶ。


「美味い」


 大き目に切られたジャガイモやニンジン。肉はベーコンと具材は質素だがコクがあり、素直に美味いシチューだった。しかし……同じテーブルで食事を取るミスターに、怖いもの見たさというのだろうか。どうしても目がいってしまうんだが。見た事をすぐに後悔する事になった事は、言うまでもない。


「ウメェ! ウメェ!!」 


 丸い小皿に盛られた生肉を、ムチャムチャと音を立て頬張っているこの姿に、正直、見なけりゃ良かったとすぐに後悔した。


 その後、無心で食事を済ませ。ステラも風呂に行ったので、再びミスターと部屋に残された。好きにしていて構わないと言われた為、リビングの本棚を物色した。


 本棚は結構大きいのだが、その殆どが料理やお菓子のレシピ本で、もう半分は園芸や植物の、少し難しそうな本ばかり並んでいた。


「これにするか」


 ようやっと読めそうな本を見つけた。

 それは『ひとりぼっちの魔女』というタイトルの本で、児童向けの小説だった。中身は英語だが、やはり普通に読めるので、何だか頭がすごく良くなった気がして、気分が良い。


「おい」

「……」

「もしもーし!」

「……」

「聞いてまちゅかー? 僕タンはお耳が遠いのかなー? んんー?」


 最初、ダイニングテーブルから声をかけられていたが、ガン無視を決め込んで、ソファに腰掛けた所で。ミスターは俺に飛び乗り、ペチペチと顔を叩きながら邪魔をした。掴んでは降ろし、掴んでは降ろしを繰り返すが、本当にうっとおしい。全然頭に入ってこず、一行も進まないじゃないか。めんどくせぇ……


「何の用だ」

「聞こえてんじゃねぇか! ふん、まぁいい、頼みてぇ事があってよー」


 床に戻されたミスターは再び俺によじ登り、身振り手振り、大きなジェスチャーでゴマをする。


「あのよー風呂場のドア開けてくんね? 俺様用があんのよ、アイツに。ほんのちょーっとでいいんだけどよぉ」

「後にしろよ」


 そもそも人に物を頼む態度ではないし、コイツの言う事は聞きたくない。また無視を決め込もうとするが、ミスターの口は止まらない。


「お子様には刺激が強いだろうが、俺様にとっちゃ死活問題なワケ、分かる? 玄関とここは俺様が通れるんだけどよぉ、他はねぇの! それでよー、ステラは風呂にに入る時、いっつも俺様を置いて行きやがって一緒に入れてくれねぇの! ひっでぇよなあ。下心なんてねぇってのによぉ~」


 お前のそれは下心では無いのか? と問い詰めたいが、延々続く意味のわからない主張に、俺は流石に嫌気がさし、行動に移す事にした。


「おっ! 行くか!? 行くのんか!」


 顔面から掴まれ、視界を塞がれたミスターは期待に胸躍らせているが……残念だったな。そんな邪な願い、聞き入れるわけが無いだろう。

 俺は掴んだ手を離すことなく玄関へ行き、暗闇の草むらに向かって思いっきり投げた。


「うぉおおおおおおおおおおおお!?」

「アディオス、ミスター」


 投げ放たれたミスターは綺麗な弧の字を描いて、敷地外の柵の向こうに音を立てて落ちていって。まぁ何か喚いているが、聞こえない。いや、聞かない。


「後はっと……」


 玄関は、ミスターが入れるようにしてあるとヤツが言っていた。

 だからどこかに穴か仕掛けがある筈だと、暗がりで目を凝らすと、玄関扉のすぐそばに海外アニメで見たような、ネズミが入れる位の小さなドアが取り付けてあった。

 そこを、外から重たいプランター。中からはその辺にあった置物を使い、手早く塞ぐ。後は家中の窓という窓を入念にチェックして、再び読書を再開だ。

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