あぁ無情 -⑤-「雑貨屋グリシーヌ」

 近場のカフェで食事を取った後、俺と同じく日本から来たであろう異界人。シロウさんがやっているという雑貨屋へ向かった。それは割と協会の近くにあって、協会すぐの表通りを奥に進み、信号を二つ渡った所に建っていた。


「あそこがシロウさんの店ですよ」

「おぉ……何か、凄いレトロな感じだなぁ」


 外観は、所々塗装が剥がれ下地が見える外壁に、蔓性の植物が沢山伸びていた。でも手入れがされていない訳でも無いようで、いい感じにバランスが取れている。ふと上を見上げると、吊るされた鉄製の看板に、ブドウのような模様と筆記体でglycineと刻まれている。あれは何と読むのだろう?


「ぐり……ぐりしね?」

「グリシーヌ。イリスの言葉で藤だそうです」

「へー」


 そんな会話をしながら扉を開けると、ドアベルが軽快に鳴り響いた。

  店内を見た瞬間、”大正ロマン”という言葉が頭に過った。吹き抜けの天井にぶら下がる花が咲いたようなデザインのレトロなシャンデリアに、壁一面に本が詰まった飾り棚。手の届く範囲にディスプレイされた日用品から小物類まで、大体が女性向けと思える品揃えだったのだが、ゴツゴツどデカい鉱石やら加工された水晶やらも置いてあって、男の俺でもワクワクする、良い雰囲気の店だった。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」

「おや? これはこれは珍しい。今日は彼氏さん連れで。お探し物ですか?」


 この世界では男を連れていればこう言われるのだろうか? カウンターに腰掛けていた男性が立ち上がり俺達を出迎え、そう言った。


 その人は見るからに日本人といった黒髪で。書生のような着物をごく自然に着こなしていた。しかし、目が完全に隠れた前髪に、伸ばしっぱなしのボサボサの髪の毛には、物を売る仕事なのに大丈夫なのだろうかと不安になった。


「こちらアスターさんと言う方で。シロウさんと同じ、異界の方みたいなんです」

「なんと!」


 俺が異界人と聞いた途端、その人は両手を広げて喜んだ。


「ようこそ異世界へ! 僕は桜庭藤四郎さくらば とうしろうです。これから大変だと思いますが、困ったことがあったら、何でも言ってくださいね」


 出された手に躊躇しながら、握手を交わす。

 意外とフレンドリーな人のようだ。


「こ、こちらこそよろしくお願いします?」


 そして興奮冷めやらぬといった感じで、店の奥に向かってシオンと叫ぶと。白いセーラー服姿の少年が姿を現した。


「お呼びですか? ぬし様」


 まるで主従関係があるかのように、トウシロウさんの事を主様と呼ぶこの少年。

 二人はどういう関係なのだろうか。少し、いや、かなり気になる。


「僕はこのシオンと共に、この世界に飛ばされたんですよ」


 一緒に。とは言うが、シオンと呼ばれた少年の瞳と髪は薄い紫色で、どう見ても日本人とは言い難い。ハーフにしてはと困惑する俺に、シオンは会釈し、外側にハネた髪の毛がふわりと揺れた。あぁ、こういう所は実に日本人らしい。

 どうやらシオンは、不必要に喋るタイプでは無いようだ。会話の邪魔にならないよう、必要最低限。一言二言、空気を読んで発言しているように思える。


「さてと」


 ある程度挨拶も終えた所で、これから大変だろうと。背格好も似ている自分の服でよければ、袖を通していない服が数点あるのでどうかと提案された。


「いいんですか!?」

「えぇ、見ての通り、僕はこういった服が多くて。洋装はあまりしないんですよ。けどその……頼みもしないのに、実家からよく服が送られてきて、持て余してしまって」


 実家?


「あぁ、この世界に来た時から世話になっている人達で、今は親同然なんです」

「なる程」


 なんと察しがいいようで。

 聞いてもないのに答えてくれるとは驚きだ。


「ちょっと変な柄が多いのですが。まぁ寝間着替わりにでも使って頂ければと――余計なお世話でしたか?」


 余計だなんてそんな、大歓迎だと喜んでいると。まとめてくるので待っていてくれと、店の奥へ引っ込んでいった。階段を上がるような音が聞こえたので、二階に上がったのだろう。

 何となく、その方向をぼんやり眺めていると、ステラがシオンに声をかけた。


「扱いやすい……そうですね、属性付きの魔具を見せてもらってもいいですか?」

「属性付き……ですか?」


 シオンには、俺が使うという事を伝え、何点か見せてもらった。


「へー、結構種類があるんだな」


 火属性のピアスに、水属性のネックレス。緑色の石があしらわれた指輪は風属性等々。シオンの解説付きで、カウンターの上にどんどん並べられていく。


「杖は……無いんだな」


 どうせ使うのなら杖を振り回してみたい。

 だってそのほうがファンタジーって感じがしてカッコイイじゃないか。とまでは口に出さなかったが、顔に出ていたのか。慣れれば杖も振れるようになると励まされた。


「マジか」


 それはテンションが上がるってものだ。

 ではどれにしようかという話しになり、最初は扱いやすい風か水はどうかと打診された。


「火は駄目か?」

「家を燃やさなければ大丈夫ですよ」

「あ、はい」


 その一言で全てを察し悩んだ結果。一番安い、小さな青い石のついた水属性のネックレスを選んだ。


「着けていかれますか?」

「うーん。まだいいかなぁ」

「ではお包みしますね」

「よろしく頼む」


 俺は、梱包される様子を見ながら、シオンに元の世界に帰れる方法を尋ねるが、シオンは静かに首を振った。まぁ、知ってたら今頃ここには居ないよな。


「でも……」


 シオンはポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。


「自分と主様は、こちらに来てもう十数年になりますが……主様は毎日笑顔で楽しそうで。自分は、こちらにこれて良かったと思っています。帰りたくないというのは嘘になりますが……自分はここで主様と共に在りたいと思います」

「そうか……」


 そういう生き方もあるだろう。

 人それぞれで、俺如きがとやかく言う事では無い。


「あ、そうだ。トウシロウさんの名前ってどんな漢字で書くんだ?」

「藤です。花の藤。それに漢数字の四と――」

「なるほど。店の名前はそこからか」


 言い終わる前に、自己解決出来たので割り込んだ。シオンはそうです。と軽く頷き、梱包の終わった商品を俺に手渡した。


「おいくらでしたっけ?」


 ステラが財布を取り出し尋ねる。

 机の上の切られた値札をシオンがひっくり返し、値段を確認していると、


「差し上げますよ」

「え?」


 藤四郎さんが大きな紙袋を三つ携え戻ってきた。どうやらこのやり取りを聞いていたらしい。


「これから色々大変でしょうし」

「いいんですか!?」

「えぇ、どうぞ。あぁ、なんなら――」


 そしてなんと先程迷っていた指輪までくれるとも言い出した。


「あああありがとうございます!」

「良かったですねぇ」


 本当に、この世界の人達は良い人が多くて感謝が追いつかない。

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