• ひだまりファンタジア

  • ◆第1部 偽りの魔法使い
  •  第5章 おもひでクライシス -①-「便所を開けると――」

 第5章 おもひでクライシス -①-「便所を開けると――」

 部屋の中に漂う薬品の匂い。

 暑くもなく寒くもない、整った空調と飾り気の無い純白の寝具。窓から見える景色は、あまり変わること無く、時が雲と共に流れていく。


 頭の怪我は大したこと無かったが、左腕はヒビが入っていて。適切な処置を終えた後、何故か知らんが、協会の……あの第二医務室で暫く寝泊りする事になりました。どうも俺です。


「普段は検尿用として使うんだけど、トイレはアレを使って。それと食事は皆が持ってくるらしいから、とりあえずこの部屋でお利口さんにしててね。あぁ、それと何かいるものがあれば買ってくるけど、何かある?」

「いや……特には。あ、でもノートとペンがあればありがたい……かも」

「はいはい、ノートとペンね」


 他には無いか? との質問に、首を振り。ドクターは購買へ行ってくると出ていった。購買まであるとは驚きだ。


これギプスが取れるまで一週間……か」


 協会内とはいえ、ベッドの上は退屈だ。

 夜は時々、誰かしら顔を出してくれると言っていたが、いかんせん娯楽が無い。


「夜は久しぶりに何か描くか」


 今の俺はかなりのファンタジー脳。これならリアルな物が描けそうだ。まぁ帰れるかどうかも分からないし、今は別に帰れなくてもいいかなと思い始めているのだが……


「……勝手なもんだな」

「は? 何が?」


 俺の独り言に、不意に答えた生意気そうな声。


「鬼畜ツインテ!」

「ドタマかち割るわよ」

「あ、すみません」


 そこには、呆れ顔のメリッサが居た。

 なぜここにと訊くと、頭痛薬を取りに来たという。


「なんだ? 具合悪いのか?」

「私じゃないわよ、リ――」


 言いかけた名前は引っ込んだが、それは多分リドだろう。


「はーん」

「何その顔、クソムカつくんだけど」


 そう毒づいても、耳は赤い。

 なるほどなるほど。分かったぞ。いやぁ、青春だねぇなんて邪推してしまう。


「あぁ、そうこれ」

「ん?」


 渡されたのは、例の飴玉だった。

 あの時ポケットにしまいこんでそのままだったのを思い出したらしく、持っていたら変なニオイが服に移りそうだからと返された。


「じゃ、そろそろ戻るわ」

「あ、あぁ」


 引き戸の扉は、レールを擦る控えめな音を出し、部屋には俺一人が残される。

 そうか、メリッサはリドが好きなのか。でもリドが好きなのって絶対ステラだよな……。じゃぁ、あの子は――?


 普段一緒に生活していても、彼女はそういった事を表に出さない。というか誰に対しても優しくて、非の打ち所が無い性格な上、女子力も高い。出来過ぎなくらい完璧なのに……そういった相手がいるとは思えない。うーむ。謎である。


「ただいま~」


 そんな事を考えているとドクターが戻ってきた。その両手には、パンパンに膨らんだ荷物が二つ。ぶら下がっている。


「買いすぎちゃった☆」

「えぇ……」


 体そのものは健康なんだからと、お菓子やパン。本等を沢山買い込んだようだ。

 ここにいる以上、食事もかなり制限されると思っていたので、意外だった。


「一応、片手でも食べやすい奴を買ってきたんだけど~」


 左手のギプスは指こそ出ているものの、肘の手前まで覆われていて、そこまで自由に動かせない。腐っても医者。ちゃんと患者の事を考えているとは驚きだ。


「ドクターって、結構患者に優しいんですね」

「まぇねぇ……でも、誰かに優しくすると、その優しさは必ず返ってくるのよ。アナタみたいにね」


 俺みたいに? それはどういう事なのだろうと思っていると、ドクターは白衣のポケットから携帯を取り出し、一枚の画像を見せてくれた。


「こ、これ、なんで!?」


 それは、ヒナの誕生ケーキを囲んで撮った写真だった。

 なんでそれを? と混乱していると。


「ヒナは、私の大ー事な妹よ♪」


 と、ウィンクした。

 マジかよ全然似てねぇ兄妹だ。素直にそう思った。


「私はあの家を出ちゃった身だけど。でもほら。母の事もあって心配で。時々こっそり様子を見に行ってたんだけど……あ、アナタのことは、ばあやに聞いてね。個人的にすっごく会いたくて。ちゃんとお礼がしたかったのよ~」


 画像を愛おしそうに眺め、改めて向き直る。


「あの子達を救ってくれてありがとう。アナタのおかげだわ」

「あ、いや……俺はなにも」

「またまたぁ。謙遜謙遜」


 中年女性のように顔の前で大げさに手を振り、その手をそのまま頬に当てると、柔らかい息を吐いて微笑んだ。晴れ晴れとしたドクターの顔。その瞳は少し濡れて……目尻に少し、涙が溜まっていた。


「んもう、最近涙腺緩くなっちゃって。恥ずかしいわぁ」

「……」


 白衣の袖で涙を拭い取り、そろそろお腹が空いただろうと、間もなく夕食が運ばれてくるから用意しようと言って。ドクターは備え付けの棚やベッド脇のキャビネットへ買ってきた物を詰め込んだ。


「失礼します」


 それと同時に扉は引かれ、食欲を刺激する香りと共に、ステラとリドが現れた。


「いらっしゃ~い、ちょうど良かった。今準備してた所よ~」

「それはそれは。あ、アスターさんお夕飯持ってきましたよ」


 手に持ったトレーの上には、野菜が沢山入ったスープと、食堂で食べて、俺が好きだと言った甘いパンが二つ。それと、ずっと待ちわびていたハンバーグが皿に盛られていた。


「最後の一個だったんですよ~」

「マジか!」


 あぁ、これが噂のハンバーグ。

 冷めない内にと促されるが、ふと考える。


「片手じゃ食べにくいんじゃない?」


 ドクターの言葉でステラもすぐに察し、この空気は彼女が食べさせてくれる看病フラグでは。なんて淡い期待を抱いたのも束の間――


「おい、何をしている……さっさと口を開けないか」

「お前ぇ……」


 いち早くナイフとフォークを手に取り、切り分けたのはリドだった。

 何が悲しくて男に世話を焼かれにゃならんのか……あの子にさせたくないという気持ちは分かるが、あんまりじゃないかとめちゃくちゃがっかりした。


「くっ……」


 しかしハンバーグは食べたいので、仕方なしに口を開け。一口大に切り分けられた肉塊を舌に乗せて噛み締める。


「美味い」

「でしょでしょ? アタシもこれだーい好き♪」

「美味しいですよね。ここのハンバーグ」


 それに付け合せもそうだ。

 味的に、蒸したじゃがいもを潰した物だと思うが。それは細かくすり潰されていて、舌触りが良く。程よく塩味が利いていて、単品でも通用するのでは無いかと思う程食が進む。その後の食事も、雛に親鳥が餌を運ぶように、リドがバランス良く口に運んでくれて、思いのほかスムーズだった。


「はぁ~満腹満腹」

「それだけ食うなら平気だな」

「まぁ、腕がこれなだけで、胃袋は元気そのものだからな」

「そうか」


 その一言だけをつぶやいて、リドは空の食器を持って出て行った。


「相変わらずあの子も素直じゃないわね~」

「ですね」


 ドクターとステラがクスクスと揃って肩を揺らした。


「なんのことだ?」

「ふふふ」

「あの子もアレで心配してるのよ、アナタを」

「えっ」


 流石にそれは気のせいではないかと思う。

 だって、あいつが俺を心配するなんて事、本当に無いと思うから。

 




***


 その夜、ステラも一緒に泊まると言い出したのを、全力で止めて。久しぶりの一人の夜を満喫した。協会は完全に人が居なくなる事は無いらしいのだが、館内は静かなもので、今は話し声や足音も聞こえない。少し前まで、腱鞘炎で引き篭って生活していた俺だけど。この世界に来てからは、誰かしら傍に居たから、独りは結構寂しいものなんだとしみじみ思う。


「とりあえず、何か描くか」


 買って貰ったノートを机に広げ。何を描こうか。人。物。動物。一通り悩んで。結局、人にした。ふと思い浮かべたのがステラで、脳内に浮かんだ人物を紙の上に書き写す。薄くあたりを描いて、細部へとペンを走らせるが……


「……ううむ」


 久しぶりの線はガタガタで、バランスが全く取れなかった。


「これじゃ子供の落書きだな」


 利き手とはいえ、片手をギプスで固められているからか、思うように力が入らない。前はどうやって描いていたっけ。なんて疑問に思う程の腕の鈍りように焦りさえ抱く。


「はぁ……」


 何でも出来たあの頃は何処へ行ったのか。ほんのちょっと前まで、このまま異世界生活でもいいかな。その時は絵を描いて生計でも立てるか~なんて考えていたのに。幼児化した事が原因なのか、気が付けばペンだこで歪だった指も、今ではつるつるのピカピカだ。


「ヤバイ……この先の事考えたら腹が痛くなってきた」


 俺はベッドを降り、部屋の一角にある便所のドアノブを握って回した。


「む」

「!?」


 しかし、そこには先客が居た。

 あまりに唐突だったので、俺は何も言わず、急いでドアを閉めたが、その先客は驚く事も無く、ごくごく自然に中から扉を開けた。


「何故閉めた」

「うわぁああああああ!!」


 声と一緒に心臓が飛び出そうだった。

 だって便座に座っていたのは、伸びっぱなしの髭を蓄えた鷲鼻の老人で、頭にはねじれた黒い角を生やし、尻尾まで伸びているんだから。


「用足しくらい静かにさせんか」


 しかもまさかの最中だったとは。

 老人はもそもそと、一枚布のような服のシワを伸ばし、悠長に水を流す。そして向き直り、さも当然かのように便所から出て、ベッドに入っていった。


「ちょっ、何でそこに!?」

「何。とは何なのか」


 何でちょっと(哲学)みたいになっているのか。そのまま目を瞑るもんだから、俺も焦って毛布を剥ぎ取った。


「何をする、わっぱ」

「それはこっちのセリフだ!」


 つい、老人にツッコミを入れてしまったが、このままではらちがあかない。

 俺は老人が何者で。ここで何をしているのかと、ストレートに尋ねてみる事にした。 


「我が名はベルフェゴール、久遠の探求者よ」

「ベル……フェゴール……?」


 俺はこの名前を知っている。

 そう、その老人は、便所に住まうと言う悪魔の名前を口にしたのだ。

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