黒犬の円舞曲 -⑤-「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ」

「なんか悪いな」


 食事も終え。俺がカウンセリングという名の世間話をドクターとしている間、ステラはマッハで仕事をこなしていたそうで、昼過ぎには家に帰れる事になった。

 別にもう道は覚えたから一人で帰れたのに。と言うと、彼女は何の気なしにつぶやいた。


「今日は一緒にいたい気分でしたので」

「……お前、あんまそういう事ポンポン言うなよな……」

「えと、何がです?」


 彼女は時々こういう所がある。

 本人的には何とも思って無い言動だろうが、なんというか。やたら攻撃力が高くて、対処に困るのだ。


「……リドも大変だな」


 聞こえるか聞こえないかの絶妙な声は、道行く車がかき消してくれた。


 その後、バスに乗るべく道路を渡り、丁度やってきたバスへと乗り込む。

 流石魔道士協会前。乗客は一気に降車し、車内は混雑する事無く席はまばらに空いていた。優しそうなお婆さんや、子連れの親子を横目に、俺達は後ろから二番目の席へと腰掛ける。


 後ろの二人の乗客は……サルとゴリラだろうか。服装はトレーナーとジーンズといったカジュアルな服を着ているが。どう見ても人間じゃなく、裾や袖からフサフサの毛がこんにちわって感じではみ出ていた。

 

「……」

「どうしました?」

「いや」


 この世界に来てからというもの、驚きの連続だった。だがこういうのは結構慣れるもので、こう間近で見ると一瞬戸惑うが、ある程度耐性は付いたと思う。


「もう、そう簡単には驚かんぞ」

「……?」


 扉が締まり、バスがゆっくり発車した。

 バスに座る時は大体俺が窓側で、今日もボーッと外の景色を眺め、暫く身を任す。


「そろそろですね」

「ん」


 協会から少し行ったところに、バスが大きく揺れるポイントがある。それは交差点を少し過ぎた所で、さて、そろそろだと、座席背面に付けられた取っ手を握り、力を入れたその時。


「「うぉっ!」」


 真後ろから、あの男達の頓狂な声が上がり。何かが複数、パラパラと音を立てて床に転がった音がした。


「落としま――」


 足元まで転がったそれを拾おうと、ステラは身を乗り出し、手を伸ばしたが……その言葉は途中で止まった。位置的に、それを落として拾い上げたのは大柄の男だと思う。小柄の男はその横で短く咳払いをし。ステラは黙って座り直したので、結局それが何だったのか、俺には分からない。


「どうした?」

「い、いえ」


 だが彼女の様子がおかしいというのは、すぐに分かった。

 一言二言の短い会話でも、彼女は相手の目を見て話すのに。今は、俺の顔を一目見ることも無く、ただまっすぐ前を見て顔色も悪いからだ。

 車酔いでは無い。明らかに、彼女は何かを見て動揺している。――では、一体何を見た?


「ぐっ、ぐうぅぅ!」


 大柄の男が突然唸り、身悶えた。

 心配した小柄の男が、大柄の男を揺さぶるが、大柄の男は、そのまま前のめりになり、通路へ倒れこんだ。あまりに突然の事で、俺達は驚き席を立つ。


「ガァアアアア!!」


 と同時に、大柄の男が咆哮を上げ、獣本来の姿を丸出しに、分厚い胸板を叩く。


「アスターさん! あれっ!」

「!!」


 破けた服の隙間から確かにみえる黒いソレ。

 そこにはあのライネックが、まるで大輪の薔薇のように、花開いていた。 

 どうやら俺達は、大変な所へ乗り合わせてしまったようだ――





【魔道士協会一階・従業員食堂】

 星室職員の四人は、共に昼食を取っていた。

 スターチスの隣にクロエ。リドの横にメリッサと、向かい合わせに座った四人。腰を落ち着け、みながさあ一口食べようかとしていたその時。

 リドの丁度真後ろのテレビの中で、路上でマイクを持つ女性リポーターが慌ただしく、緊迫した現場の状況を報じた。


『バスは依然、セントラル市内を北上中。先ほど入った情報によると、逃げ遅れた乗客の中に、重傷を負っている方が数名いるようです。犯人は獣人型の異種族と見られ――』


「け、結構近い……よね?」

「やーね。バスジャック~?」


 食事に集中したいタイプのリド以外の三人は、テレビに釘付けだった。

 ここで画面は、車内で暴れまわるゴリラ顔の男に切り替わる。


「ゴリラだわ」

「ゴリラだねぇ」

「ゴ、ゴリラ……ですね」

(犯人はゴリラか)


 ゴリラゴリラと連呼される食堂内。

 しかしその空気は一瞬でかき消されることになる。

 カメラが、頭から血を流し倒れている少年に視点を変えたからだ。


「!!?」

「ちょっ! アイツ何やってんの!?」


 慌てて立ち上がったスターチスとメリッサに、リドは何事かと、そこで初めて画面を見た。大画面に映し出された血まみれのアスターと、後部座席でぐったりした様子のステラを見て、事の重大さにやっと気が付いたのだ。


《♪~》

 

 四人の懐から、同じ着信音が鳴り響く。

 四人はほぼ同時に懐から端末を取り出し、それを見た。

 

「――諸君、出動だ」


 普段のおどけた様子からは想像出来ない、スターチスの深い声。それに、リド、メリッサ、クロエの三人は短く返事をし、食堂を後にした――

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