第21話:犯人はゴリ

「それで、トイレしてたら“いつの間にか”こっちに来ちゃってたの?」

「です」


 ステラが依頼をこなしている間、俺は医務室でドクターと話をしていた。年齢から始まり血液型や家族構成、それに出身地等、名前以外の事を色々聞かれた。そして今、異世界転移する前に何か悲しい事や辛い事が無かったかと質問されている。


「辛い事、ですか?」

「そうねぇ~。これはまぁ統計の話しなんだけど。こっちに来る人って、元居た世界で大きなストレスを抱えてたって人が多いのよねー」

「ストレス……」


 思い当たる節はある。俺は家族の反対を押し切って、漫画家になりたくて上京した。でも上京したからと言って漫画家になれるわけでもなく、仕送りも無い分、働きながらがむしゃらに漫画を描いていた。描いて描いて、描き続けて。しまいには腱鞘炎けんしょうえんになってペンも握れなくなってしまった。しかもやられたのが聞き手となれば、バイトも満足に出来なくて、暫く自宅で自堕落な生活を送っていたのだ。


「あらま、大変だったのねぇ」

「まぁほとんど自業自得って奴です。ただ……」


 実はこの話には続きがある。

 俺がバイトを休んでいる間、初めて付き合った年下の彼女が、俺の同期の男と浮気してたらしくて、一方的に振られてしまったのだ。


『――先輩は良い人だけど、それだけだからつまんない』


「あれだけ向こうから好きだ好きだと告白しといて、なんかもう、言ってることの意味がわかりませんでした」

「あらま、酷い女がいたものね」


 こう思い返すと、色んなものが重なって、大きなストレスになっていたのかもしれない。もしかしてそれが原因なんだろうか……。


「お、遅くなりまし、たっ!」

「あら」


 話をしていると、息を切らしたステラが迎えに来た。どうやらマッハで仕事をこなしてきたらしい。そして話も終わり、今日はもう家に帰れる事になった。


「そんなに急がなくても、もう道は覚えたし、俺一人でも帰れたのに」


 協会を出てすぐ、彼女にそう言うと、ステラは何の気なしに返事した。


「依頼は簡単な内容でしたし、それに……今日は一緒にいたい気分でしたので」

「……お前、あんまそういう事ポンポン言うなよな……」

「そういう事? 何がです?」


 この子は時々こういう所がある。本人的には何とも思ってない言動だろうが、なんというか。やたら攻撃力が高くて、対処に困るのだ。


「……リドも大変だな」


 聞こえるか聞こえないかの絶妙な声は、道行く車がかき消してくれた。

 その後バスに乗るべく道路を渡り、丁度やってきたバスに乗ることにした。流石魔道士協会前。乗客は一気に降車し、車内は混雑する事無く席はまばらに空いていた。優しそうなお婆さんや、子連れの親子を横目に、俺達は後ろから二番目の席へと腰掛ける。


 後ろの二人の乗客は……サルとゴリラだろうか。服装はトレーナーとジーンズといったカジュアルな服を着ているが。どう見ても人間じゃなく、裾や袖からフサフサの毛がこんにちわって感じではみ出ていた。

 

「……」

「どうしました?」

「いや」


 この世界に来てからというもの、驚きの連続だった。だがこういうのは結構慣れるもので、こう間近で見ると一瞬戸惑ってしまうが、ある程度の耐性は付いたと思う。


「もう、そう簡単には驚かんぞ」

「……?」


 扉が締まり、バスがゆっくり発車した。バスに座る時は大体俺が窓側で、今日もボーッと外の景色を眺め、暫く身を任す。


「そろそろですね」

「ん」


 協会から少し行ったところに、バスが大きく揺れるポイントがある。それは交差点を少し過ぎた所で、俺達はさてそろそろだと、前の座席背面に付けられた取っ手を握り、力を入れた。


「「うぉっ!」」


 真後ろから、あの男達の頓狂な声が上がった。そして何かが複数、パラパラと音を立てて床に転がった音がした。


「落としま――」


 足元まで転がったそれを拾おうと、ステラは身を乗り出し、手を伸ばしたが……その言葉は途中で止まった。位置的に、それを落として拾い上げたのはゴリラみたいな大柄の男だと思う。横にいたサル顔の小柄の男はその横で短く咳払いをし、ステラは黙って座り直したので、結局それが何だったのか、俺には分からない。


「どうした?」

「い、いえ」


 だが彼女の様子がおかしいというのは、すぐに分かった。一言二言の短い会話でも、彼女は相手の目を見て話すのに。今は俺の顔を一目見ることも無く、ただまっすぐ前を見て、どことなく顔色も悪いからだ。車酔いでは無い、明らかに彼女は何かを見て動揺している。――では、一体何を見た?


「ぐっ、ぐうぅぅ!」


 大柄の男が突然唸り、身悶えた。

 心配した小柄の男が、隣の男を揺さぶるが、その男はそのまま前のめりになり、通路へ倒れこんだ。あまりに突然の事で、俺達は驚き、席を立つ。


「ガァアアアア!!」


 それと同時に男が咆哮を上げ、獣本来の姿を丸出しに分厚い胸板を叩く。


「アスターさん! あれっ!」

「!!」


 破けた服の隙間から、確かにみえる黒いソレ。男の厚い胸板に、あのライネックが、まるで大輪の薔薇のように花開いていた。

 どうやら俺達は、大変な所へ乗り合わせてしまったようだ――。





***


 星室職員の四人は、共に食堂で昼食を取っていた。スターチスの横にクロエ、リドの隣にメリッサと、向かい合わせに座った四人。腰を落ち着け、みながさあ一口食べようかとしていたその時だ。リドの丁度真後ろのテレビの中で、路上でマイクを持つ女性リポーターが慌ただしく、緊迫した現場の状況を報じた。


《バスは依然、セントラル市内を北上中。先ほど入った情報によると、逃げ遅れた乗客の中に、重傷を負っている方が数名いるようです。犯人は獣人型の異種族であると見られ――》


「け、結構近い……よね?」

「やーね。バスジャック~?」


 食事に集中したいタイプのリド以外の三人は、テレビに釘付けだった。

 ここで画面は、車内で暴れまわる大柄の男に切り替わる。


「ゴリラだわ」

「ゴリラだねぇ」

「ゴ、ゴリラ……ですね」

(犯人はゴリラか)


 ゴリラゴリラと連呼される食堂内。

 しかし、その空気は一瞬でかき消されることになる。

 報道カメラが、頭から血を流し倒れている、一人の少年に視点を変えたからだ。


「!!?」

「ちょっ! アイツ何やってんの!?」


 慌てて立ち上がったスターチスとメリッサに、リドは何事かと、そこで初めて画面を見た。大画面に映し出された血まみれのアスターと、後部座席でぐったりした様子のステラを見て、事の重大さにやっと気が付いたのだ。


《♪~》

 

 四人の懐から、同じ着信音が鳴り響く。四人はほぼ同時に懐から端末を取り出し、それを見た。

 

「――諸君、出動だ」


 普段のおどけた様子からは、想像出来ない程のスターチスの深い声。それにリド、メリッサ、クロエの三人は短く返事をし、四人は食堂を後にした――。

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