黒犬の円舞曲 -③-「ままならん」

「――何事ですか!?」


 俺の絶叫を聞きつけたのか、ステラが焦った様子で扉を開けた。


「おや、おかえり」

「ステラおはよう~」

「お、おはよう、ございます……」

「えと……おはようございます皆さん??」

 

 どうやら何事も無いと安心したのか、ごく自然に、持っていた物をテーブルへ置き、リドから俺を受け取ると。もしかしたら元の、大人の姿に戻れるかもしれないとステラは俺に良い報告をしてくれた。


あぶぶマジで!?」

「あくまでも可能性。なんですが」


 詳細を早く。と急かすが、俺は今バブバブしか言えない。

 そんな所へ先ほどステラが机に置いた物をメリッサは手に取り、貼られたラベルを読み上げた。


「あ、それ――」


 ステラが言い終える前にメリッサは飴を袋から出し、手に取る。

 包み紙から転がり落ちた丸い飴玉は独特な光を放っていた。


「綺麗~」

「本当……虹みたい……」

「こらこら、人のものを勝手に――」

「ドクターに貰ったの。これを食べれば元に戻るかもしれないって」


 ドクターに貰った。

 そう聞いたメリッサは、怪訝そうな顔で飴を顔から遠ざけた。

 何だその反応。


「……ゴミみたいな味しそう」

 

 だから何なんだよその反応。

 ドン引きの俺をほっといて、二人は会話を進める。


「でも、このまま食べて喉に詰まらせちゃったら大変よね……」


 じゃ、砕けばよくない? と、リズム良く淡々と言い放つメリッサの言葉に、ステラはポンと手を叩き、納得。といった表情をしてみせた。


「じゃぁ帰って――」

「これで」

「え?」


 メリッサは、棚に置かれた置時計に手を伸ばすと、小袋に入ったままの飴に、思いっきり振り下ろす。それも一度では上手く砕けなかったようで、何度も。何度も……何か恨みでもあるのかという程、一心不乱に振り下ろす。


「備品!」


 青い顔のスターチスさんの制止むなしく、テーブルと時計にはキズが付き。飴はすっかり粉々になっていた。


あうーこえー

「はい、出来たわよ」


 そう言ってメリッサが差し出した飴は、小袋がボコボコになっており小さな穴が所々開いている……それを食べさせようというのか。


あうう正気か?」

「凄い戸惑いっぷりだな」

「アスターさん赤ちゃんだし……ミルクに溶かしてあげたほうがいいかも」

「そういう事なの……かなぁ?」


 クロエが首を傾げる一方、メリッサはあっけらかんとしている。


「大丈夫じゃない? ほら。食べさせてあげるから口開けなさいよ」

「!!?」


 両頬にアイアンクローを受けた俺は、無理やり口をこじ開けられ、砕かれた飴を流し込まれた。メリッサは頬を赤く染め、恍惚とした表情を浮かべて……完全に何かスイッチ的な物が入っている。


「おい、そいつ大丈夫か……?」 

「え?」


 リドはそう指差すが、ステラよ……気づくのが遅い。俺はお前の腕の中、こんなにも身悶えていたというのに。


「ああああアスターさんっ!?」

ぶえぇぇぇぇクッソまずい……」


 飴なのに甘味なんてものは微塵もなく、苦味と辛味。そして後から来る強烈な酸味が舌を痺れさせ、吐き気を催す程、激的にマズかった。


「ほら、ペッしなさい、ペッペッ」

「ぶえぇー……」


 我慢出来ず、スターチスさんに差し出されたハンカチに舌を擦り付けるように吐き出した。けれど粉になっている分、中々口の中から無くならなくて、よだれと涙がボロボロ溢れハンカチに染みていく。


「でも……何もない……ね」

「何よ。全然元になんて戻らないじゃない。元がどんなのか見てみたかったのに」

「うーん……」


 女子三人の会話を、右から左に受け流し、俺は全てを吐き出し終わる。

 舌がビリビリと気持ち悪くて、溢れる唾液を袖で拭いていると、目の前で哺乳瓶片手に待機していたリドと目が合った。


あうあうそれくれ

「……飲むのか」


 この後味を誤魔化せるなら、この際何でもいい。今なら、その冷え切ったミルクでさえ美味いと。まるでラッパを吹くように高らかに飲み干し、ゲップの一つでもくれてやろう。


「ゲェップゥ……」

「や、やさぐれてる……」

「君達がイジメるからじゃないかな」

「ふん。根性無しが……って、また吐いてる! めっちゃ吐いてる!」

「あららら」


 くそう。ままならねぇ。

 まるでポンプ式の蛇口のように、バシャバシャと嘔吐は止まらなかった。


あぶぶ、ばぶばぶぶいつか仕返ししてやる……」


 俺は、この鬼畜ツインテに対する怒りを胸に深く刻み込む。


「……絶対文句言ってるな」

「でも、ほっぺたぷくぷくしてて可愛い」


 俺の膨らました頬をステラは指で突き、頬から小さな音が鳴り、空気が漏れる。

 それから元に戻る気配は一向に無く。クロエは仕事の為外出し、リドも事務処理があるからと何処かへ消えていった。


 俺達はこれからどうするのだろうと、ステラを見上げると彼女は困り顔だ。

 どうやらスターチスさんと話をしたいらしい。でも俺が一人になってしまうと悩んでいたようだ。

 そこへメリッサが自分が見ていると申し出て、ステラはそれにのっかった。

 え? 本気?


「はいはい、いってらっさーい」

「ではいい子にしてて下さいね~」

「あ、あーい……」


 なんて見送ったものの、残されたのはメリッサと俺。

 俺はまたいじめられるんじゃないかと気が気でならなず、逃げ出そうにも両脇をガッチリホールドされたこの状況ではどうしようもない。


 メリッサは珍妙な顔で口を開く。


「……ねえアンタ、あの子の家に一緒に住んでるのよね?」

「……あ、あい」

「変な事してないでしょうね?」


 声のトーンを落とす所まで落とし、メリッサは凄む。

 俺はブンブン顔を縦に振り、身の潔白を主張した。


「そう。でも……何かしたらタダじゃおかないから」

「あ、あい……」


 おっかねえ……

 これはアレだろうか。彼女を心配する友人からの忠告って奴なのだろうか。それともデレか。真意がよく分からない。

 それからまた尋問的な事が続くのかと思っていたが。ソファに座るメリッサの膝の上に放置され、当の本人は俺の頭上で携帯を弄っている。


 暫く、ただ目の前の光景を眺めるだけであったが、凄まじい空腹感に襲われた。食っては吐いての繰り返しだったのだから、そりゃぁ腹も空くだろう。

 哺乳瓶は空だが、ちょうど机の上には、先ほどのクソまずい飴がある。吐くほどマズイが、腹の足しになるかもしれないと手を伸ばし、袋から出ていた飴を握る。けれど、やっと掴んだそれは無情にもひょいとメリッサに取り上げられた。


「まだ食べ足りないっての?」


 メリッサは溜息混じりに飴を掴み、自分のポケットにしまい込むと。俺を抱き抱え、先ほどのゼリー飲料を手に取った。


「ほら、こっちがいいんでしょ?」

うあうくれるのか?」

「べ、別に、また吐かれたら困るだけだからね!」 


 早く飲めと言いたげに、ぐいぐいと押し付けられ、俺はそれを手に取った。

 まさか、これはデレ? 俺は貴重な体験をしたのではと、メリッサの顔を見上げると、鋭い眼光でコチラを見ていた。


「あ、うぁこわぁ……」


 その後、ゆっくり噛み締めるように飲み干すと、カラになったそれをメリッサはテーブルの上に置き、俺の手がベタベタしていると指摘する。


「そんな手であちこち触んないでよね」


 心底迷惑そうな顔でハンカチを取り出し、ゴシゴシと力いっぱい拭きだした。

 これがすげぇ痛い。摩擦とかちっとも考えないのなコイツ。ちょっとは加減しろとも言えず、俺は唸るばかり。


「ちょっと、コレ邪魔ね。大体なんでこんな紐着けてんのよ。おシャレのつもりなの?」


 そう言われても。

 ただ、俺自身も紐のベタつきが気持ち悪くはあったので。手を拭く程度の短時間なら、別にいいかなと判断し。手を前につき出して取ってくれと主張した。


 それからすぐ、あのお守りは取り外されたのだが。気が付くと、今の体勢からは届くはずのないメリッサの頬に、手の先が触れた。


「え――」


 メリッサの、猫の目のように釣り上がった柿色の瞳は丸く見開き。口元は閉めることを忘れたように、あんぐり開く。このリアクションはなんなんだろうと思うと同時に、俺の喉元は圧迫され、骨は熱を帯びキシキシと悲鳴を上げた。


「ぐっうっ!」

「えっちょっ! ちょっと!?」


 肌を伝うは、繊維の裂ける乾いた音。

 頭に響く甲高いメリッサの声は、耳元へ更に近づき。

 

「っぷは!!」


 全ての痛みから開放された時。俺の目線はメリッサより高く、そして黒い短パンとニーハイから望む絶対領域に、俺の右膝が挟まっていた。


「いっ」


 捻り出した涙声は俺の耳に直接届き、次の瞬間には悲鳴に変わっていた。


「イヤアアアアアアアアアアアアアア!!」


 バカ、変態! という罵声に混じり、外の足音が部屋の前で止まったと思えば、ブチ破るように扉を開いて、リドが部屋に飛び込んだ。


「こっこれは、そのっ違くてっ!」 

「イヤー! どいて! 早く降りなさいよ! バカバカッー!!」


 リドの目に、俺達はどう映っていたのだろうか。

 ソファの上。片や全裸で少女に覆いかぶさる挙動不審な男と、心の底から嫌がりジタバタと暴れる少女。布くずとなったベビーウェアが床に散らばる、この散々たる有様を。


「……とりあえずそこから降りろ」


 淡々と、ドスの効いた声をリドは発した。

 どちらがあくかは明白。俺は殴られるのを覚悟で、ゆっくりソファから降り。そのまま床に正座した。


「リサは室長を呼びに行って。……お前はまずソレを隠せ」

「はい……」


 投げつけられたリドの上着で半身を隠し。俺は冷たい床の上で、尻から体温を抜かれながら、何故あんな状態だったのか。年頃の娘に対して何を考えているのかと、懇懇と理不尽な説教を受けるハメになった。


「おい、ちゃんと聞いているのか?」

「はい……すみません……」


 俺は何故こんな理不尽な説教を受けているのだろう……

 くそう……本当にままならない……

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