第6章 偽りの魔法使い -①-「少しなら」

 異世界に来て二週間が経った。

 最初は毎日何かしらあって慌ただしかったが。この一週間は平和そのものだ。


 ここ最近は自分の体についても、飴一つ食べれば、封印具をした状態で一日。外した状態ならば一時間と持たず体が縮むという事が分かった。今の所、飴の副作用は無いが。飴を作るのに時間が掛かるそうで、節約の為とミスターが面倒なのとで、基本子供の姿で過ごしている。


 でも、ただ無駄に過ごした所で何も身にならないので。俺はシオンに頼み込み、時々、こうやって店の裏庭を使い剣の稽古を付けて貰っていた。


「遅いっ」

「――っ!」


 俺達が握っている物は、刃が短いゴム素材のおもちゃだ。

 ただ、角の生えた。鬼状態のシオンから物凄い速さで飛んでくる、幻術で作った青い鬼火を避けつつ。シオンの攻撃も避ける。というかなりスパルタな稽古内容で、開始から三十分。既にもうバテバテだ。


「実戦なら死んでますよ」

「そうだろうけどっ! やっぱいきなりは無理だって!」


 なぜこんな無理やりなメニューなのかというと。さっさと実践慣れする為に、まず動体視力と反射神経を鍛えてみてはどうだろうかと言われ、今に至る。


 どちらもそこそこある方だと自分では思っていたが。こんなおもちゃの剣でも、実践となると話は別で。剣先を見れば相手が見えず、全体を見れば剣先が見えない。全体を見ようとするとシオンの動きに全くついていけずと、苦戦する毎日だ。


「きっつ……」


 息が上がって、地面に倒れこむ。

 そこへ冷たいお茶をナズナが持ってきて、木陰で休憩するのがここ一連の流れになっている。


「シオン、本当速いんだけど、手加減、してくれてるんだよな……?」

「えぇ。頬を軽くつねる程度の力しか出していませんよ」

「ぜんっぜん適わねぇー」

「まだまだ調整が必要ですね。ちゃんと鍛練は続けていますよね?」

「おう。言われた通りやってるよ。食事も変えてもらったし」


 ここで稽古を付けて貰い始めて、シオンにはずっと体力の無さについて言われていた。確かに、それは俺も思っていた事だけど。基本、机に向かって漫画ばっかり描いてたし。最近まで腱鞘炎のせいで引き篭っていたんだ。まともな食生活を送ってなかったのだから、ひょろガリにもなるってものだ。


 なので最近は筋トレを頑張っている。一週間そこらで筋肉が付くわけはないが、最初の頃に比べたら、スタミナは結構付いてきたと思う。


「では、そろそろ課題を増やしてみましょうか」

「えぇ……」


 鬼か……あ、鬼だった。なんて絶望していると、そこへひょっこり藤四郎さんが現れた。店の休憩がてら少しだけ相手をしてくれると言われ、俺は喜んで誘いに乗った。


「でも意外です。藤四郎さんはその、こういった事はやらないと思っていたので」

「ははは。まぁ、この間はかなり油断しましたが、自分の身は自分で守るにこしたことは無いですよ。腕はまだ完治してませんが、聞き手一本あれば大丈夫でしょう」


 相変わらず目は前髪で隠れていて、服装も書生ファッションのままだが、ボサボサだった後ろ髪をゴムで束ね、木刀を握る。それだけでもう新鮮だ。


「では、最初は受け手に回りましょう。思いっきりで構いません、全力で飛び込んで来て下さい。全て避けますから」


 凄い余裕だった。

 それもそれで何だか癪に障ったので、シオンにもう一本木刀を用意してもらい挑む事にした。


「本気、という事ですね?」

「はい、では……行きます!」

「えぇ、どうぞ」


 しかし、あの余裕の一声は全く崩れる事無く。体格差も無いというのに、俺が繰り出す斬撃は、右へ左へいなされて――


「ほっ。……とと」


 藤四郎さんは息も切らさず。

 しかも着物なのに、軽やかに避けていく。

 着物の擦れる音と靴が砂を蹴る音。それに木刀同士がぶつかり合う音が辺りに響く。


「くっそっ!」


 まるで歯が立たないとはこういう事か。俺がどこに打ち込むか予測しているかのように、振り下ろす前に藤四郎さんの手は動き、木刀は大きく上に弾かれた。


「ははは」

「動きが短調になっています。それではぬし様に筒抜けですよ」


 少し離れた所でシオンが言う。

 ただ、そうは言うが、当の藤四郎さんは涼しい顔で汗一つかいて無い。それもこう軽くあしらわれては、ムキにもなるというものだ。

 俺は再び木刀を向けるが、やっぱり軽く避けられてしまう。


「君は良くも悪くも真っ直ぐだ」

「えっ」

「はい、また。隙だらけです」


 言うなり藤四郎さんが、木刀を大きく振り上げ、俺はそれに気を取られる。

 そして――


「っわ!」


 俺の足を払い、俺の体はぐるりと回転し、尻から落ちた。


「あっはっはっはっは。まだまだですね。アスター君」

「強ぇ~~~」


 差し伸べられた手を取り、衣服に付いた砂を払う。


「しっかし、藤四郎さん強すぎません?」

「まぁ。この世界に来て色々ありましたからね。自然とこうもなりますよ」


 藤四郎さんは続ける。相手が誰であれ、自分に悪意を持っている。または誰かを傷つけようとしているのなら、手加減はするなと。守りたいのなら、生きたいのなら、変な同情はしてはいけないのだと。


 これを笑いながら言っているが、なんだろう。この話をしている最中、シオンがずっと明後日の方向を向いていて、なんとも言えない複雑な表情をしている。何かあったのだろうか……聞きたいけど、聞いてみたいけど……


「あぁ、それとこれは経験談ですが、人でも異種族でも、例えそれが悪魔でも。急所を狙うのは有効ですよ」

「えっ」

「姿形が違おうが、目でも、喉元でも体の機能は大体同じですからね」


 やだ、この人結構エグい。一体、過去どんな体験をしたのか、ものすっごく興味はあるが、聞いてはいけないような気がして、というか言ってる事とやってる事が怖くて何も聞けなかった。どうやら俺は、藤四郎さんという人物について、認識を改めないといけないようだ。





***


【ソーン南西部・コンウォール郊外】

 炎飛竜ワイバーンを乗りこなし、アリアとセイジは、とある魔術師が住むという、街外れの古い屋敷へやってきた。


「本当に、こんな所にいるんでしょうね?」


 アリアは吐き捨てるようにそれを言う。

 ほぼ全ての窓が割れ、壁や扉がボロボロに朽ち果て、人が住んでいるようには到底思えないからだ。


「セージ、抱っこして」

「……」


 お気に入りの服に埃がつかぬよう裾を持ち。いつものようにセイジにせがむ。二人は無用心に片側が外された扉から屋敷へ入り、屋敷の中央を目指した。


「これね……」


 見つけたのは、廊下に面した大きな鏡。

 一見小汚い鏡だが、これには秘密があった。


「――我に捧げよ、その声を。うたえ謳えよ、高らかに。忘れな歌を心に刻め、心臓深く刻み込め。復讐終わるその時までに――」


 アリアは渡されたメモ通りの呪文めいた言葉を掛け、反応を待つ。

 すると、鏡の表面は向こう側の風景を映し出し、来訪者を受け入れた。


「なんなの……ここ」


 踏み込んだ鏡の中は太陽も星も無い。唯一の光源は、点々と光を灯す街頭のみの、延々続く一本道と闇が広がる異空間であった。


「……セージ。道なりにまっすぐ進みなさい」

「……」


 明かりを頼りに、セイジはその足を進めた。踏み出す度にその黒い鎧は音を立て、裏地が赤い漆黒のマントがひらりとなびく。


 一方、その腕に抱かれたアリアは、ただぼーっと辺りを見つめ、時折纏ったゴシックドレスの袖。花模様の白いレースを指で弄って暇を持て余していた。


「どこまで歩かせる気なの、なんなの? 馬鹿なの? ここの主は」


 実際歩いているのはセイジなのだが。もう一〇分は歩いた筈だとアリアは悪態づく。歩けど歩けど、目の前の風景に変化は無い。それにアリアは苛立ち、デカい魔法の一つでも食らわせてやろうかと思いつく。


「向こうが悪いのよ、こんな長ったらしい道を作るから」


 さて何系にしてやろうかと思考を巡らせると。まるでそれに慌てたかのように、ぐにゃりと景色が変わった。


「!!」


 二人の目の前に突然現れた立派な屋敷。外のボロ屋敷をそのまま綺麗にしたような。そんな既視感をアリアは感じた。


「最初からそうしてりゃいいのよ、最初から」


 チッと舌打ちして、アリアはその足を地に下ろす。それを一人の青年が出迎えた。その男の面差しは特徴的で、髪は暗がりの中でも目立つプラチナブロンドの髪を後ろで短く束ね。眼光鋭い金色こんじきの瞳とそれを囲む黒い強膜きょうまくはまるで悪魔のようであった。更にその浅黒い褐色の肌は、漆黒の燕尾服に包まれ、ほぼ闇と同化していた。


「いらっしゃいませ」


 青年はアリアに声をかけ、それにアリアも応えるが……


「あなた、ここの使用人? では主人のもとへ今すぐ案内しなさい」


 っと、かなり不躾な態度をとる。

 それに青年は顔色一つ変えず、扉を開け二人を中へ招き入れた。


(本当、なんなのここ……)


 長い廊下にさえ、調度品の一つも無ければ絨毯さえ引かれていない。しいて飾りといえば、等間隔に配置された壁掛けのシャンデリアのみ。殺風景過ぎて不気味な屋敷だとアリアに思わせる程、そこには何も無かった。


「こちらです」


 男が大きな扉の前で立ち止まり上品に扉を叩くと、意外な呼び名を口にする。


「父さん。お連れしました」

(こいつ、使用人じゃなかったの――?)


 アリア達が通された部屋は、屋敷の応接間だった。

 それも部屋の外とは対照的で、天井には大きなシャンデリアが光を放ち。壁には額縁に入れられた絵画が数点と、発色が綺麗な焼き物等、様々な調度品がバランス良く配置された、とても豪奢な室内だった。


 部屋に入るなり、アリアは顔を顰める。

 部屋の中央。金縁のアンティークソファに腰掛けた、屋敷の主人と思える者は、どこぞの公爵かと思うような服装で、不気味な羊の頭蓋面を頭からすっぽり被っていたからだ。


 そしてその傍らには、部分部分に鱗の有る肌を黒檀色のドレスから晒す、長い緑髪りょくはつの女と。ストロベリーブロンドの、細く、柔らかな髪を右側で束ねた、純白のミニドレスを着た小柄な少女をはべらせていた。


 女も小柄な少女も、やはり人ではないのか、金髪の青年と同じく強膜が黒い。小柄な少女に関しては背中に小さな白い羽を生やしている。右目には革の眼帯をしており、片目では見えづらいのか、それとも生まれつきなのか目つきが悪い。まるで睨みつけるかのような少女の視線は、アリアの服を上から下へその細部までをその青い瞳で捉えていく。


「ふーン。……結構いい趣味してるじゃン」


 小柄な少女が、尻上の独特なアクセントで独りごちる。


「隣の黒騎士の彼も素敵よ」


 女もそれに続き、毒々しいまでに赤い瞳でセイジを見やる。

 獲物を狩る獣のように、艶かしく舌なめずりする女にアリアは危機感を抱き、セイジの前に出ては、誰にもやらぬと猫のように威嚇した。 


「――それで、何用か」


 そんな女達もお構い無しに。面の男はくぐもった声で尋ねた。

 アリアは小さく咳払いし、事情を話す。


「あなた、チャーリー・ロビンソンに実験用素体を作ってやったでしょう? アイツは私の従兄妹にあたるんだけど――まぁ、それを私が買い取って、つい最近逃げられたのよ。国内中捜索魔法を掛けて探したけど、どうしても見つからなくて……あなたが作ったって聞いて――」


 面の男は眉を顰める。


「……それで? またアレを作れ。と言いたいのか?」

「違うわ。ここにあの人形の細胞か何か……サンプルが残っていれば、もっと強力な捜索魔法を掛ける事が出来るの。少しでもいい、髪の毛一本でも残っていればそれを言い値で買うわ」


 前払いでもいい。いくらでも出す、悪い話では無いだろう? と前のめりに話を持ちかけるが、それを聞いて女達は顔を合わせ、少女はアリアを笑い飛ばした。


「キャハハハ! いつの話しだと思ってんノ、そんなのあるわけ無いじゃなイ」

「は?」


 その態度にアリアはムッとして、面の男に本当に何も無いのかと問い詰めた。

 だが、その男の答えは、全く無いといえば嘘になるが。どんなに金を積まれた所でくれてやる義理は無いというものだった。

 それを聞いてアリアは爪を噛む。


「なんなのよ、こんな所まで来たっていうのに、ほんと……もう。皆……皆私の事バカにして……! こんな、こんなハズじゃなかったのに……!」


 ブツブツ言葉を漏らす度、声は抑揚を生み、爪は歪になっていく。


「早く探さなくちゃ、絶対見つけてあげなきゃ、そうよ、きっと今一人で泣いてるハズだわ! 早く迎えに行ってあげないと!! 出し渋って無いでさっさと出しなさいよ!」


 目の前のテーブルをバンと叩き、手の痺れなんざお構い無しにアリアは怒鳴り、小柄な少女の怒りを増長させた。


「コイツまじムカツク。何様なわケ?」 

「良い。しかし、アレが泣くわけ無かろう。アレに人の感情なんてないのだから」

「あるわよ! 私がそういうふうにしたんだから!」

「ほう……」


 それはどんな術を使ったのかと。面の男はアリアに尋ねた。


「事によっては力を貸してやらんでもない」

「パパ!?」

「……それは、本当でしょうね?」


 男は少女をぎょしながら、あくまでも内容次第だと念を押す。アリアは半信半疑で事の次第を話し、男の様子を見た。



「なるほど、な……」

「さぁ、ちゃんと包み隠さず話したわ。どうなの? 協力してくれるの、くれないの? さっさと答えなさいよ!」

「本当ムカツク! パパ、もうコイツっちゃおうヨ! 口の利き方がなってないもン!」

「……シャノン」


 男は妖艶な女、シャノンの名を呼んだ。

 シャノンは、男が言わんとする事をすぐに察し、癇癪を起こす少女を諫める。


「ナノ。そろそろ落ち着きなさい。これはお父様が決める事であって、私達が口を挟むことじゃ無いわ」

「そうだけどォー!」


 性質の似た者同士、アリアのやることなすこと全て、小柄な少女、ナノの癪に障った。周りが誰一人反発していない分、癇癪を起こしては諫められの繰り返しだ。その内ナノはシャノンに連れ出され。男は背もたれに寄りかかると一層深い息を吐いた。


「さて……」


 真実を話すか話さないか男は悩み。口は硬い方かとアリアに尋ねる。


「別に普通よ。喋るなと言われれば喋らないし、今は……チャーリー以外喋る相手もいないし……」

「ふむ……」

「やめて、そんな目で見ないで」

「失礼。では付いてこい。ただし一人でだ」


 その黒騎士は置いてこい。でなければ案内しないと男は言い、アリアはそれに渋々従うしかなかった。


(少しなら……平気よね……)


 片時も傍を離れる事の無かったセイジが、自分の横に居ない事がこんなにも不安になるものなのか……部屋から出たアリアは、小刻みに震える手を押さえ、面の男の後を追った。

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