第27話:マシンガン説教

 慌ただしく床を鳴らす複数の足音に、遠くまでハッキリ聞こえるように叫ぶ力強い女達の声。そしてけたたましいサイレンが修道院中に響き渡り、鼓膜をビリビリ震わせた。俺は仄暗い闇の中、見つからないようにと気配を殺そうと努めるが。


「ハァ、ハァ、ハァ――」


 乱れた呼吸を整えようにも整えられず、心臓が暴れて、息を止めるのさえも難しい状態だった。全身から吹き出る汗は服を濡らし、額にかいた汗が、頬を滑って絨毯にポタポタ染み込み、ジワリと広がっていく……。


「マジでどうなってんだ、ここは」


 一旦身を隠そうと、何処かの部屋に入りたかったが、何処もかしこも施錠されていて、俺は今、ただの通路の物陰に隠れている状態になっている。見つかるのも時間の問題だ。


「はぁ……」


 大きなため息を吐いて、ようやっと乱れた呼吸を整え終わる。さて、どうすべきか。今見つかって誤解を解こうにも、解けた頃にはもうベルフェゴールは消えているだろう。しかし、このままくだんの聖女を探した所で、部屋の鍵が開いている確率はゼロ。駄目だ、最善策がひとつも思い浮かばない。


「きついな」

「何が、ですの?」

「っぃ!?」


 驚いた時の猫のように、体と心臓がビクリと飛び跳ねた。

 振り向くとニコニコ笑う美少女がいて。その面持ちは、まさに探していた聖女とそっくりそのままだった。


「せっ――」


 驚きのあまり、つい聖女様と口に出してしまいそうになったが、少女は俺の口を指で塞ぎ、付いてくるようにと手招きしてみせた。


「え……?」


 すぐ傍の扉に手をかざす。

 生体認証だろうか、赤いランプが緑に変わり扉が開く。そこから中に入るとまた扉があった。扉の前、少女の目線より少し下に銀色のボックスが付けられていて、そこへ目を近づけると、ピピっという機械音と共に、ガチャリとロックが外れた。


「どうぞ、お入りくださいな」


 通された部屋は部屋というより、窓のないドーム型の温室だった。ステラの家も観葉植物が多いとは常々思っていたが、ここはその比ではない。青白い光を放つ蝶が舞う円状の花壇と、張り巡らされた水路。まるで植物園のように草木や花で溢れている。


 それに天井も凄かった。緩やかにカーブを描いた天井は凹凸がなく、巨大な月と綺麗な星空が投影されていた。


 そんな異空間とも呼べる部屋の中央で、不自然に吊るされた大きな鳥籠が異彩を放つ。その鳥籠の中に鳥はいない、どうやら大きなベッドのようだ。見た目にも分かる程、分厚く、ふわふわしていそうな白い寝具。あそこに飛び込んだら、さぞ気持ちいいのだろうなとつい想像してしまう。見るもの全てが斬新で、ため息しか出なかった。


「色々すげぇ……」


 促されるまま、ゆるいカーブの石畳をゆっくり中央に進むが、俺は先ほどからひょこひょこ不思議なリズムで歩く彼女の動作に違和感を感じ、つい口に出してしまった。


「もしかして足が……?」

「ええ、子供の頃色々ありまして……お見苦しい物をおみせ――」

「いやいや全然そんな事! ちょ、ちょっと。そう、大変そうだなって!」

「ふふ、走れはしませんが、こうやって歩くことは出来ますし、そこまで不便も無いんですよ。ただちょっと疲れやすくて、すぐ息が上がってしまいますが」


 凄く失礼な事を訊いてしまったと思い、すぐ謝る。それに少女は気にしていないと笑い、すぐにまた歩き出した。


 月明かりを反射する純白のネグリジェが、歩く度に、波打った髪と同じタイミングでふわふわ揺れて、布の擦れる音が、水路の水音に混じって耳に届く。

 騒がしかった心音は、すっかり落ち着き、凄く穏やかな気持ちになった。

 ここは本当に不思議な空間だ……。


「お話の前に、こちらへどうぞ」

「えっ!?」


 お互いまだ名乗ってすらいないのに、案内されたのは鳥籠の中。

 つまりベッドの上だった。


「さぁ、早く」


 少女は艶のある声を出し、俺を寝所へ誘う。

 体のラインがハッキリ分かるネグリジェから、細くしなやかな足がスラリと伸び。白い肌、艶やかな唇、潤んだオッドアイが月の光に照らされ、神々しいまでに全てが美しい。これだけならきっとそこまで動揺しなかっただろうが。たわわに実った二つの果実にどうしても目がいってしまい、俺は慌てふためいた。


「え、いやちょっと!」

「さぁさぁ、早くしないと人が来てしまいますわ」


 来て困る事をする気なの!? いや今、人が来ると俺は凄く困るけれども!! ……このよく分からない状況に俺は動揺を隠せなかった。





***


「起きな」


 赤髪の修女は、拘束されたリドの頬を手の甲で叩く。


「……」

「おい、起きなって魔道士。おい、おい!」


 頬を叩く音が連続して管制室に響く。

 あまりにも加減を知らない不躾な手に、リドは苛立ちながら瞳を開けた。


「やっと起きたか」


 リドの眼前には、汚物を見るような眼差しを向ける三人の修女がいた。

 一人は髪も瞳も赤々と燃え滾らせる勝気な者。もう一人はヘーゼルカラーの前髪を左側だけ長く垂らし片目を隠した小さな修女。そして残る一人は新緑のように鮮やかな、太く長いお下げを二つぶら下げた、黒縁眼鏡の修女だ。


「信号機……」


 リドは素直にそう思い、口に出す。


「こんのっ! ウチ等が一番気にしてる事をっ」

「やめなよルビー、そんな事言ってる場合じゃないよ。ねぇベリル」

「そうね、ルチルの言う通り、今は訊くことが沢山あるもの、時間が勿体無いわ」

「ちょっと、何で二人してウチを責めるのよぉ!」


 短気なルビーをルチルが宥め、ベリルが淡々と場を仕切り直す。初対面のリドにも分かる程、非常に分かりやすい関係のようだ。


「さて魔道士。正直にかつ、端的に答えなさい」

「……」


 ベリルは眼鏡を光らせ、尋問に入る。

 しかしリドは答える気が無く黙りこくり、そっぽを向いた。


「何が目的かって訊いてんの!」

「ルビー、声大きい。耳がキンキンする」

「ご、ごめんなさい」


 まるで叱られた犬のように、ルビーがシュンとしたのと同時に、第三者によって管制室の扉は開かれた。


「貴方達こんな所にいたのね。ずいぶん探し――あら、やっぱり貴方だったのね。まぁー立派になって、いつの間に国家魔道士になったの?」

「ご無沙汰してます、セレナ様」


 現れたのは、老いた修女セレナだった。

 リドは自分を縛っていた拘束具をあっさり外し、片膝をついてセレナの手の甲に唇を落とす。


「「「んなっ!」」」


 何故の一言も出ず、ただただ驚く三人に、リドは向き直り淡々と忠告する。


「魔道士を捕えるのならば、魔封じの札の一つでも貼るべきかと。それに捕縛に成功したからと言って、素性の知れない者をこのような、何もかも見渡せるような場所に連れてくるなんて正気ですか? もし仲間がいた場合、貴女方の動きは筒抜けになり、味方とバッティングしないように誘導することもできるんですよ? これは絶対にしてはいけない行為です。見たところ、貴女方は最近入った方々でしょうが。見張りも満足に出来ていない。特にそこの赤い貴女。貴女は猪突猛進過ぎて、相手を制圧しきる前に武器も持たず近寄っている。麻酔弾が効くまで多少時間がかかる事を、まさか知らないなんて事はないですよね? もし相手が銃を持っていたら、刃物を持っていたら……。貴方は丸腰で戦えるのですか? 腕に覚えのある者ほど油断を生みやすい。意気揚々と近づく貴女は、どうぞ撃ってくださいと両手を振っているようなものでしたよ。次に小さい貴女、貴女は少し目と勘が鋭いようですがそれだけですね。周りをキチンと見ていないから侵入者を見失うんです。その耳に付いているインカムは何の為にあるか理解していますか? それはただのおしゃべりの道具では無い、仲間に正確な情報を即座に伝え、人を動かす為のもの。貴女が位置を把握して、指示を出さないと仲間が困るんです。先輩方には何を教わったのですか? それと――」


 マシンガン並みに次々出てくる正論に、三人はぐうの音も出ず。ルビーは泣きべそをかいている。そこへ見かねたセレナが助け舟を出した。


「相変わらず手厳しいのね」

「あくまで助言をしたまでです」

「本当、あの子そっくり。あの子……グレイスは元気にしているかしら?」

「ええ、元気過ぎて、義兄にいさんが手を焼いている程、相変わらずですよ」

「まあ」


 さも当然のように和やかに談笑する二人。

 そんな二人を見て、ルチルはおずおずと手を上げた。


「あのぉ、シスターセレナ? お二人はその、お知り合いなので?」

「あら、言ってなかったわね。彼のお姉さんは元々ここにいたのよ。確か……そう“殲滅の守護者グレイス”。貴女達の間では、そう呼ばれていたんじゃないかしら」


 三人はその名に覚えがあった。


「“殲滅の守護者グレイス”って――」

「何年か前に、地獄の大公爵率いる悪魔の軍勢を一人で迎え撃ったっていう、生ける伝説の――?」

「あの“殲滅の守護者グレイス”ー!?」


 三人は互いの顔を見合わせた。


「「「ええぇー!?」」」


 狭い管制室に、三人の頓狂な声が響く。

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