おもひでクライシス -⑤-「籠の鳥」

 慌ただしく床を鳴らす複数の硬い足音に。遠くまでハッキリ聞こえるように叫ぶ力強い女の声。そしてけたたましいサイレンが修道院中に響く。

 俺は、ほの暗い闇の中。見つからないようにと気配を殺そうと努めるが。


「ハァ、ハァ、ハァ――」


 乱れた呼吸を整えようにも整えられず。心臓が暴れて、息を止めるのさえも難しい。全身から吹き出る汗は、服を濡らし、額にかいた汗が、頬を滑って絨毯にポタリと染み込み広がっていく……


「マジでどうなってんだ、ここは」


 一旦身を隠そうと、何処かの部屋に入りたかったが、何処もかしこも施錠されていて。俺は今、ただの通路の物陰に隠れている状態で、見つかるのも時間の問題だった。


「はぁ……」


 大きなため息を吐いて、ようやっと乱れた呼吸を整え終わる。さて、どうすべきか。今見つかって、誤解を解こうにも、解けた頃にはもうベルフェゴールは消えているだろう。しかし、このままくだんの聖女を探した所で、部屋の鍵が開いている確率はゼロに等しい。


「きついな」

「何がです?」

「っぃ!?」


 驚いた時の猫のように、体と心臓がビクリと飛び跳ねた。

 振り向くとニコニコ笑う一人の美少女がいて。その面持ちは、まさに探していた聖女とそっくりそのままだった。


「せっ――」


 驚きのあまり、つい聖女様と口に出してしまいそうになったが、少女は俺の口を手で塞ぎ。付いてくるようにと手招きしてみせた。


「え……?」


 そのすぐ傍の扉に手をかざす。

 生体認証だろうか。赤いランプは緑に変わり、扉が開く。そこから中に入るとまた扉があり。そこにも別の生体認証システムが付いていた。少女の目線より少し下に付けられた銀色のボックス。そこへ目を近づけると、ピピっという機械音と共に、ガチャリと鍵が開く。


「どうぞ、お入りくださいな」


 通された部屋は部屋というより、窓のないドーム型の温室だった。ステラの家も大概緑で溢れていたが。ここはその比ではない。まるでテーマパークのようだ。


 唯一ある、天井の大きな丸窓は月明かりを部屋に取り入れ。緩やかにカーブを描く白い壁に沿って、可愛らしい花を付けた木々と、見たことのない草花が沢山生えている。


 もっと驚くべきは、部屋の中央だ。青白い光を放つ蝶が舞う円状の花壇と、張り巡らされた水路。そしてその上にドンと構える大きな鳥籠が異彩を放つ。鳥籠の中には大きなベッドがある。見た目にも分かる。分厚く、ふわふわな白い羽毛布団が掛かっていて、飛び込んだら気持ちいいだろうなと想像してしまう。

 見るもの全てが斬新で、ため息しか出なかった。


「色々すげぇな……」


 促されるまま、ゆるいカーブの石畳をゆっくり中央に進むが、俺は、先ほどからひょこひょこ不思議なリズムで歩く彼女の動作に違和感を感じ、つい口に出してしまった。


「もしかして足が……?」

「ええ。子供の頃色々ありまして……お見苦しいですよね」

「あ、いやいや、全然そんな事は! た、大変そうだなって!」

「ふふ。走れはしませんが、こうやって歩くことは出来ますし、そこまで不便も無いんですよ」


 凄く失礼な事を訊いてしまったと思い、すぐ謝る。それに少女は気にしていないと笑い、すぐにまた歩き出す。

 月明かりを反射する純白のネグリジェは、シルクだろうか? 波打った髪と同じタイミングで、歩く度にふわふわ揺れて、シャラシャラと布地の擦れる音が、水路の水音に混じって耳に届く。


 騒がしかった心音は、すっかり落ち着き、凄く穏やかな気持ちになった。

 不思議な空間だ……


「お話しの前に、こちらへどうぞ」

「えっ!?」


 お互いまだ名乗ってすらいないのに、案内されたのは、鳥籠の中。

 つまりベッドの上だった。


「さぁ、早く」


 少女は艶のある声を出し、俺を寝所へ誘う。

 体のラインがハッキリ分かるネグリジェから、細く、しなやかな足がスラリと伸び。白い肌。艶やかな唇。潤んだオッドアイが月の光に照らされ、神々しいまでに全てが美しい。

 これだけならきっとそこまで動揺しなかっただろうが。たわわに実った二つの果実にどうしても目がいってしまい、俺は慌てふためいた。


「え、いやちょっと!」

「さぁさぁ、早くしないと人が来てしまいますわ」


 来て困る事をする気なの!? いや、今。人が来ると困るけれども!!

……このよく分からない状況に俺は動揺を隠せなかった。





***

【ガレナ修道院・管制室】

「起きな」


 赤髪の修女は、拘束されたリドの頬を手の甲で叩く。


「……」

「おい、起きなって魔道士、おい。おい!」


 頬を叩く音が連続して室内に響く。

 あまりにも加減を知らないその手に、リドは苛立ちながら瞳を開けた。


「やっと起きたか」


 リドの眼前には、凍てつくような眼差しを向ける三人の修女がいた。

 一人は髪も瞳も赤々と燃え滾らせる勝気な者。もう一人はヘーゼルカラーの前髪を左側だけ長く垂らし片目を隠した小さな修女。そして、残るもう一人は新緑のように鮮やかな、太く長いお下げを二つぶら下げた、黒縁眼鏡の修女だ。


「信号機……」


 リドは率直にそう思い、口に出す。


「こんのっ! ウチ等が一番気にしてる事をっ」

「やめなよルビー、そんな事言ってる場合じゃないよ」

「そうね。ルチルの言う通り、今は訊くことが沢山あるもの、時間が勿体無いわ」

「ベリルまで!? 何で二人共ウチを責めるのよぉ!」


 短気なルビーをルチルが宥め、ベリルが淡々と場を仕切り直す。

 初対面のリドにも分かる程、非常に分かりやすい関係のようだ。


「さて魔道士。正直にかつ、端的に答えなさい」

「……」


 ベリルは眼鏡を光らせ、尋問に入る。

 しかし、リドは答える気が無く黙りこくり、そっぽを向いた。


「何が目的かって訊いてんの!」

「ルビー、声大きい。耳、キンキンする」

「ご、ごめんなさい」


 まるで叱られた犬のように、ルビーがシュンとしたのと同時に、第三者によって管制室の扉は開かれる。


「貴方達、こんな所にいたのね。ずいぶん探し――あら。やっぱり貴方だったのね。まぁー立派になって。いつの間に国家魔道士になったの?」

「ご無沙汰してます、セレナ様」


 現れたのは、老いた修女セレナだった。

 リドは自分を縛っていた拘束具をあっさり外し、片膝をついてセレナの手の甲に唇を落とす。


「んなっ!」


 何故の一言も出ず。ただただ驚く三人に、リドは向き直り淡々と忠告する。


「魔道士を捕えるのならば、魔封じの札の一つでも貼るべきかと。それに、捕縛したからと言って、素性の知れない者をこのような、何もかも見渡せるような場所に連れてくるなんて……もし仲間がいた場合、敵の動きも見方の動きも筒抜けになり、バッティングしないように誘導することもできる。これは絶対にしてはいけない行為です。見た所、貴女方は最近入った方々でしょうが。見張りも満足に出来ていない。特にそこの赤い貴女。貴女は猪突猛進過ぎて、相手を制圧しきる前に武器も持たず近寄っている。麻酔弾が効くまで多少時間がかかる事を、まさか知らない事は無いですよね? もし相手が銃を持っていたら、刃物を持っていたら……貴方は丸腰で戦えるのですか? 腕に覚えのある者ほど油断を生みやすい。意気揚々と近づく貴女は、どうぞ撃ってくださいと両手を振っているようなものでしたよ。次に小さい貴女。貴女は少し目と勘が鋭いようですが。それだけですね。周りをきちんと見ていないから、侵入者を見失うんです。その耳に付いているインカムは何の為にあるか理解していますか? それはただのおしゃべりの道具では無い、仲間に正確な情報を即座に伝え、人を動かす為のもの。貴女が位置を把握して、指示を出さないと仲間が困るんです。先輩方には何を教わったのですか? それと――」


 マシンガン並みに次々出てくる正論に、三人はぐうの音も出ず。ルビーは泣きべそをかいている。そこへセレナが助け舟を出した。


「相変わらず手厳しいわね」

「あくまで助言をしたまでです」

「本当。あの子そっくり。あの子……イザベラは元気にしているかしら?」

「えぇ、元気過ぎて。義兄にいさんが困っている位。……変わらず、ですよ」

「まぁ」

 さも当然のように談笑する二人に、ルチルはおずおずと手を上げた。


「あのぉ、シスターセレナ? お二人はその、お知り合いなので?」

「あら、言ってなかったわね。彼のお姉さんは元々ここにいたのよ。つまり貴女達の先輩ね」

「「「えぇー!?」」」


 狭い管制室に、三人の頓狂な声が響いた。

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