• ひだまりファンタジア

  • ◆第1部 偽りの魔法使い
  •      おもひでクライシス -③-「未来を知れば、人は変わる」

     おもひでクライシス -③-「未来を知れば、人は変わる」

 夜の修道院に緊張が走った。

 騒ぎを聞いた老いた修女しゅうじょは、薄暗い部屋の中。ランプの光を頼りに寝巻きを脱ぎ、修道服に袖を通す。


「二人組の内一人は麻酔弾で眠った所を捕縛しましたが――」


 部屋には若い修女が報告に来ていた。

 老いた修女の着替えの傍ら、裾が大きな黒いベールから金色に光る横髪と、端整な顔立ちを覗かせた若い修女が、その蒼い瞳に戸惑いの色を映す。


「レムリア?」


 老いた修女の「どうかしたのか」との問いに、若い修女レムリアは表情を硬くし、口ごもる。


「……その、捕らえた賊なのですが、協会所属の国家魔道士でした」


 老いた修女は険しい顔つきで、その情報は本当かとレムリアに問い返す。


「はい。武器を隠し持っていないか身体検査をした所、身分証と、左上腕部に紋章を確認しました」

「こんな時に身分証を、ねぇ……随分と礼儀正しいこと」

「そう、ですね。私もそれが引っかかります――その者の画像データ、ご覧になりますか?」


 レムリアは自前のタブレット端末を手際よく操作すると、老いた修女に見えるようにソレを掲げた。その画面に映るのは、薄暗い室内で体を拘束されたリドの姿。

 きっと捕らえた時に付いたのであろう。端整な顔は土で汚れ、艶のある紺の髪の所々に芝が絡まっている。それを見た老いた修女は眉をひそめた。


「それでもう一人の方ですが。容姿は子供のようで、こちらを油断させる為なのか、武器を隠し持っているのかは分かりませんが、左手を布で吊っているとの事です。また、捕らえた魔道士と同じ服を着ている事から、どちらも協会の者であると考えます」


 レムリアのその言葉を聞き、さして広くない、古めかしい家具の置かれた質素な室内に、老いた修女の錆びた声が響く。


みなに装備レベルを上げるよう通達を、指揮は貴女に任せるわ」

「はっ」


 命令を受けたレムリアはすぐに踵を返す。

 その後ろ姿を見ながら、老いた修女は窓を見た。


「……今日は賑やかな夜になりそうね」


 そう呟くと、痛みきった白髪を軽く手でとかし。色あせたベールを頭に被る。

 月の光りに浮かぶその顔は、若干のえみを含んでいた。まるで、いつもとは毛色の違う”その侵入者”を喜んでいるような。そんな表情で――





***


――同時刻。

 男が拷問を受け、七日経った。


「ねぇレナード。いい加減吐いたらどう?」

「……」


 煌びやかなワインレッド色のドレスを纏った少女は、レナードの傷ついた足を厚底のヒールで踏みつけ、苛立ちをぶつけていた。


「ねぇ」

「……」


 不機嫌そうな少女の声に、レナードは無言を貫く。


(言ってたまるか……)


 集中的に受けた背中の傷は、カサブタが出来る前に斬撃を受ける為、酷く膿み……澄んだ空色だった髪は、皮脂と埃ですっかり汚れている。

 足は勿論、天井からぶら下がった鎖で両の手は封じられ。この寒い時期に、服さえまともに纏っていない。そんな状態を耐えに耐え。レナードは今日も友を守っていた。


 その頑なな態度に、少女は一層苛立ち。地に付きそうな程長い黒髪をガシガシかいて。今日もまた、この上ない苦痛をレナードに与える為に命令を下す。


「セージ。やりなさい」


 少女の趣味で、頭から足先まで余すこと無く黒い甲冑に身を包む男セイジは、その声に反応し、その剣先でレナードの背を裂く。


「っ!」


 一太刀の重みは、日を重ねる毎に重くなり。尋常じゃない程の痛みが断続的にレナードを襲った。


「ふふん♪」


 苦痛に歪む声を聞き、口角を上げる少女。

 この少女は残酷だった。レナードの親友、セイジの心を奪い。無理やり”物”にしただけでなく。その手で友人を傷つけようというのだから。



――事の始まりは五年前、まだ学生だったレナードが、森で倒れていた異界人”キリハラ・セイジ”を拾った事から始る。


 慣れない異界生活、異なる言語にセイジは随分と戸惑っていたが、元々頭の出来はよく、すぐに完璧に言葉を喋れるようになった。セイジは言葉に自信がついたのか、世話になっている礼にと、レナードの家”宿屋”を手伝いたいと申し出る。


 掃除や洗濯、食堂での配膳等、ありとあらゆる事をこなす働き者の真面目な男。人当たりもよく社交的で。折角休暇を与えても「何もしないのも暇だから」と彼は自作の紙芝居を近所の子供等に読み聞かせていたり、住民の頼み事を引き受けたりと近所でも評判だった。

 

 そんな彼は、レナードの家族にも息子同然に大事にされ、彼とレナードが親友と呼べる仲になるまで、そう時間はかからなかった。


 そして、彼が異世界に来て二年。

 レナードは学校を卒業し、念願かなって国家魔道士の資格を取ったのだが……


『セージ。君も一緒にセントラルへ行かないか?』


 ずっとこんな田舎にいてもつまらないだろうと、レナードはそう言ってみたが、セイジは首を横に振るだけだった。


『親父さん達には凄く良くしてもらってるし、俺はここの生活が気に入ってるよ』


 そう言われてしまうと、レナードはなにも言えなかった。

 そしてその年の春。レナードは地元を離れた。


 季節は変わり冬。一週間という長期休暇を取ったレナードが、久しぶりに地元に帰省した日、とある事件が起きた。

 これが、キリハラ・セイジの人生を大きく変えた事件だ。


『これで三人目か……』

『やだねぇ、もう。こんなんじゃ商売あがったりだよ』


 レナードの父親と母親が、すっかりガラガラになってしまった食堂でボヤく。

 実際、その事件が起きてからというもの、客足は遠のくばかりだ。


 その事件とは、街で人狼が現れ、その日から三日の間に、続けて犠牲者が三人出たというものだ。幸い被害者は皆、爪で引掻かれただけだったが、噂に尾ひれがついて、人食い狼という呼称が付いた。


 レナードの父親は、折角帰省してきた息子に「危険だから、早く帰ったほうがいい」と言ったのだが、当のレナードは「危険なのは皆同じだから」と当初の予定通り一週間の滞在予定を曲げることは無かった。


 住人総出で山狩りをしたり、警戒にあたったが、なおも増え続ける被害者。遅すぎる決断であるが、これ以上被害を出さぬために住人は重い腰を上げ。事件発生から五日後、やっと魔道士協会に依頼した。


 そして協会から一人の国家魔道士が派遣される。桃色の長い髪を靡かせ、協会支給の黒い制服に身を包むその人物の名はステラ・メイセン。まだ、幼さの残る少女であった。


 もしかしなくとも戦闘になる。

 本当に大丈夫なのだろうかとレナードはステラに声をかけた。しかしステラは「大丈夫ですよ」と自身の制服の袖を見やすいように前に出した。


 袖に施された金色の二本ライン。

 それは確かに戦闘職種を示すものだった。


 ステラ滞在中は、レナードの家の宿が提供された。あまりに幼い為に、レナード同様、不安を抱いた住人達が代わる代わる彼女の様子を見に来ては、少し騒ぎになったりもしたが、彼女は逆に都合がいいと、集まった住人に持ち込んだ薬を使い、検査して回った。

 ステラ・メイセンは優秀だった。彼女が街へやってきた二日目に、人食い狼の正体を突き止めたのだ。





『貴方だったんですね』

『え……?』


 自分が宿泊していた宿屋の一室で、ステラはその人物にそれを告げた。


『――僕が……人食い狼…………?』


 人食い狼の正体は、

 レナード・ギリアであった。


『なん、で……』

『最近どこか怪我をしませんでしたか? それも獣人族と争って……』

『!!』


 レナードは覚えがあった。

 それは休暇を取る前の事だ。ある任務を遂行する途中、右腕を負傷した。それも相手は多数の獣人族。そこに人狼病のキャリアがいたのだろう。


『でも大丈夫です。今ならまだ間に合います』


 人狼病を患うと、晴れた日の晩。月の満ち欠けに関係無く直接月を見てしまうと獣人化してしまう。それは朝になれば人に戻るのだが、なんの処置もせず放っておくと、最終的には人に戻れず人狼となってしまうというやっかいな奇病である。

 既にレナードの体は日中であるにも関わらず、手足は爪が伸び。その片鱗を見せていた。けれど、治す術が無いわけではない。副作用は多少あれど、薬物治療でちゃんと治るのだ。


 その後、住人には彼女が話をつけた。人食い狼が誰とは言わず、獣人化している間の記憶が無く、本人も傷ついているという事。そして必ず近日中にケリを着けると一軒一軒回って約束していた。


 その日の内にレナードは、セイジと家族に帰る事を伝え。ステラとレナードの二人は街から離れた森の中、今は使われていない空家を見つけ一晩過ごした。

 その晩の記憶はレナードには無い。しかし目覚めるとレナードの体は元に戻っていた。レナードを蝕む奇病から、やっと解き放たれたのだ。


 それから人狼病の事なぞすっかり忘れ、レナードは春に三日間の休暇を貰い、再び地元に帰ってきた。しかし、そこにセイジの姿は無く、彼の部屋は客室になっていた。驚いたレナードが父親にセイジの所在を聞くが、父親はとんでもない事を言い出した。


『まさかアイツが人食い狼だったとはなぁ』

『!!?』


 驚くレナードをよそに父親は語った。

 レナードが帰った日の次の日。セイジは自分が人狼病を患っていた事を告白してきたのだという。そして……被害者に謝罪して回り、レナードの父親に今まで世話になったと礼を言って、その日中に出て行ったのだと言うのだ。


『なんでそんな! だってあの時は僕が!』

『お前は絶対そう言ってアイツを庇うって事も、セイジに言われたよ』

『だから!』


 この話はもういいと父親が話を切り上げた。

 レナードは状況がよく分からず、混乱した頭で、置き手紙の一つでもないかと、物置に向かい、セイジの私物をまとめたという箱を漁る。


『これは……』


 レナードは一冊の本を手に取った。

 元々、この本はレナードの物だったのだが。噂話ばかりで間違った知識を覚えてしまいそうだったので、捨てようとした所セイジに止められ、あげていた。暫くして、その本に開きグセのある箇所がある事に気付く。


 そこに驚くべき記述があった。

 とある地方の民間療法で人狼病患者が、他の人間に噛み付いた場合。それは人に移り、噛み付いた本人は完治する。というにわかには信じがたい一説だった。


 レナードはハッとした。

 人狼病の治療で使う薬には、副作用がある。それは見た目に分かるもので、月夜の晩に獣人化する人狼病だが。薬を飲むと強制的に二三日は獣人化が解けない筈なのだ。あんなに勉強していたのに、レナードは今までそれを忘れていた。

 全てを察したレナードは絶望し。膝から崩れ落ちる。


『君は……本当に……』


 レナードは国家魔道士になるのが夢だった。そして、やっと希望の職についた。そんな人間が、不可抗力とは言え何人もの人を傷つけてしまっていたら……その事実はレナードの経歴に傷をつけてしまうだろう。


 だからセイジは、全ての罪を自分が被り、未来あるレナードの為に、自らを犠牲にし効くか効かないかもわからぬ民間療法で友人を救ったのだ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料