第25話:未来を知れば、人は変わる

 夜の修道院に緊張が走った。騒ぎを聞いた老いた修女しゅうじょは、薄暗い部屋の中、ランプの光を頼りに寝巻きを脱ぎ、修道服に袖を通す。


「二人組の内一人は、麻酔弾で眠った所を捕縛したとの事ですが――」


 部屋には若い修女が報告に来ていた。

 老いた修女の着替えの傍ら、裾が大きな黒いベールから金色に光る横髪と、端整な顔立ちを覗かせた若い修女が、その蒼い瞳に戸惑いの色を浮かべた。


「レムリア?」


 老いた修女の「どうかしたのか」との問いに、若い修女レムリアは硬い表情のまま口ごもる。


「捕らえた賊なのですが、協会所属の国家魔道士であると報告がありまして……」


 老いた修女が、その情報は本当かとレムリアに問い返す。


「はい。身体検査をした所、身分証と左上腕部に紋章を確認したそうです」

「こんな時に身分証をねぇ……随分と礼儀正しいこと」

「そう、ですね。私もそれが引っかかります――。その者の画像データ、ご覧になりますか?」


 レムリアは自前のタブレット端末を手際よく操作すると、老いた修女に見えるようにソレを掲げた。薄暗い室内で体を拘束されたリドの姿が、画面全体に映し出される。


 きっと捕らえられた時に付いたのであろう、端整な顔は泥で汚れ、艶のある紺の髪の所々に土と芝が絡まっている。それを見た老いた修女は眉をひそめた。


「それともう一人は、ドワーフかホビットでしょうか。まるで小さな子供のような背丈で、こちらを油断させる為なのか、武器を隠し持っているのかは分かりませんが、左手をギプスで固めていたと報告にありました。また、同じく魔道士協会の紋章が入った服を着ている事から、こちらも協会の関係者であると考えられます」


 レムリアのその言葉を聞き、さして広くない、古めかしい家具の置かれた質素な室内に、老いた修女の錆びた声が響く。


みなに装備レベルを上げるよう通達を。指揮はレム、貴女に任せるわ」

「はっ」


 命令を受けたレムリアは、すぐに踵を返す。

 その後ろ姿を見ながら、老いた修女は窓の外を見た。


「……今日は賑やかな夜になりそうね」


 そう呟くと、痛みきった白髪を軽く手でとかし。色あせたベールを頭に被る。

 月光に照らされたその顔は、若干のえみを含んでいた。まるで、いつもとは毛色の違う“その侵入者”を喜んでいるような。そんな表情で――。





***


 ――同時刻。

 男が拷問を受け、八日経った。


「ねぇレナード。いい加減吐いたらどう?」

「……」


 煌びやかなワインレッド色のドレスを纏った黒髪の少女は、小指以外の爪が剥がされたレナードの痛々しい足を、厚底のヒールで踏みつけ、苛立ちをぶつけていた。


「ねぇ」

「……」


 不機嫌そうな少女の声に、レナードは苦痛の表情を浮かべながらも無言を貫く。


(言ってたまるものか……)


 天井から下がる鎖に足と両の手は封じられ、この寒い時期にも関わらず、服さえまともに纏っていない。集中的に攻撃を受ける背中は、カサブタが出来る前に別の斬撃を受けるため傷口が酷く膿み。元々澄んだ空色だった髪は、皮脂と埃で汚れ、元の色が分からない程になっている。けれど、そんな危機的状況に晒されていても尚、レナードは己が信念を突き通し、今日も友を守っている。


 その頑なな態度に、少女は一層苛立ち。地に付きそうな程長い黒髪をガシガシかき乱し、舌打ちした。そして今日もまた、この上ない苦痛をレナードに与える為に、無慈悲な命令を下すことにした。


「セージ。その男の背中を斬って」


 少女の趣味で、全身余すこと無く黒い甲冑に身を包む男セイジは、その声に反応し、その剣先でレナードの背を裂く。


「っ!」


 一太刀の重みは、日を重ねる毎に重くなり。尋常じゃない程の痛みが断続的にレナードを襲った。


「ふふん♪」


 苦痛に歪む声を聞き、口角を上げる少女。

 少女は残酷だった。レナードの親友であるセイジの心を奪い。無理やり“物”にしただけでなく。その手でレナードを傷つけようというのだから。



 ――事の始まりは五年前、まだ学生だったレナードが、森で倒れていた異界人“キリハラ・セイジ”を拾った事から始る。


 拾いたてのセイジは、慣れない異界生活、異なる言語に随分と戸惑っていた。それこそ最初はジェスチャーと絵でなんとかコミュニケーションが取れる位だったが、彼は元々頭が良く、要領もよかった。それもあってか、ひと月もすると日常会話を普通に喋れるようになり、言葉に自信が付いたセイジは、世話になっている礼にと、レナードの家族が経営する“宿屋”を手伝いたいと申し出る。


 掃除や洗濯、食堂での配膳等、ありとあらゆる事を完璧にこなす“働き者の真面目な男”。人当たりもよく社交的で、折角休暇を与えても「何もしないのも暇だから」と彼は自作の紙芝居を近所の子供等に読み聞かせていたり、住民の頼み事を引き受けたりと近所でも評判だった。

 

 そんな彼は、レナードの家族からも息子同然に大事にされていた。そして彼とレナードが親友と呼べる仲になるまで、そう時間はかからなかった。けれどキリハラ・セイジが異世界に来て二年が経った頃。レナードが大学を卒業すると同時に、王都セントラルでの就職が決まった。


『セージ。君も一緒にセントラルへ行かないか?』


 ずっとこんな田舎にいても、つまらないだろうという話になった。けれどセイジは首を横に振る。


『親父さん達には凄く良くしてもらってるし、俺はここの生活が気に入ってるよ』


 そう言って、セイジはセントラル行きを断った。それを言われてしまうと、レナードはなにも言えない。彼にとっても、自分の家族にとっても、セイジはもう家族なのだから……。


 そしてレナードがセントラルへと居住を移し、季節は変わり冬。

 一週間という長期休暇を取ったレナードが、久しぶりに地元に帰省した日、とある事件が起きた。それがレナード・ギリアと、キリハラ・セイジの人生を大きく変えた事件である。


『三人目が出たか……』

『やだねぇもう。こんなんじゃ商売あがったりだよ』


 レナードの父親と母親が、すっかりガラガラになってしまった食堂でボヤく。

 実際、その事件が起きてからというもの、客足は遠のくばかりだった。


 その事件とは、街で人狼が現れ、最初の事件から三日の間に、犠牲者が三人も出たというものだった。幸い被害者はみな、爪で引掻かれただけだったが、噂に尾ひれがついて、いつの間にか“人食い狼”という呼称が付いてしまっていた。


 レナードの父親は、折角帰省してきた息子に「危険だから、早く帰ったほうがいい」と言ったのだが、当のレナードは「危険なのは皆同じだから」と当初の予定通り一週間の滞在予定を曲げることはなかった。


 事件発生直後から、住人総出で山狩りをしたり、警戒にあたったが、被害者はなおも増え続けた。そして五人目の被害者が出た所で、遅すぎる決断であるが、これ以上被害を出さぬためにと役人が重い腰を上げ。事件発生から四日目の朝、やっと魔道士協会に依頼した。


 そしてその日のうちに協会から一人の国家魔道士が派遣された。

 肩まである桃色の髪を風になびかせ、魔道士協会特有の黒い戦闘服に身を包む、その魔道士の名はステラ・メイセン。まだ幼さの残る少女であった。


 もしかしなくとも戦闘になる。本当に大丈夫なのだろうかと、レナードはステラに声をかけた。それに彼女は「大丈夫ですよ」と自身の制服の袖を見やすいように前に出した。袖に施された金色の二本ライン。それは確かに戦闘職種を示すものだ。


 ステラの滞在中は、ギリア家が経営する宿屋の一室が提供された。彼女があまりに幼いために、レナード同様、不安を抱いた住人達が代わる代わる彼女の様子を見に来ては、少し騒ぎになったりもしたが、彼女は逆に都合がいいと、集まった住人に持ち込んだ薬を使い、検査して回った。


 ステラ・メイセンは優秀だった。

 彼女が街へやってきて二日、ついに人食い狼の正体を突き止めたのだ。



『貴方だったんですね』

『え……?』


 自分が宿泊していた宿屋の一室で、ステラはその人物にそれを告げた。


『――僕が……人食い狼…………?』


 人食い狼の正体は、レナードだった。


『なん、で……』

『……最近どこか怪我をしませんでした? それも獣人族と争って……』

『!!』


 レナードは動揺した。彼女の言葉に心当たりがあったからだ。

 あれは休暇を取る前の事だ。ある任務を遂行する最中、右腕を負傷した。それも相手は多数の獣人族。不運なことに、その傷を付けたのが、人狼病のキャリアだったのだ。


『そんな…………』

『大丈夫。安心してください。今ならまだ間に合いますから』


 “人狼病”。それを患うと、晴れた日の晩。月の満ち欠けに関係無く、直接月を見ることで獣人化してしまい理性も失ってしまう。そして、なんの処置もせず放っておくと、最終的には狼そのものになってしまうという、やっかいな奇病である。けれど治す術が無いわけではない。副作用が高確率で出る物ではあるが、彼女が持ち込んだ薬は即効性のある特効薬。それを飲めば普通に治るのだ。


 その後、被害者や住人達には彼女が話をつけた。

 人食い狼が誰とは言わず、患者本人は、獣人化している間の記憶が無く、他意はないとはいえ、人を傷つけてしまったことを心から悔やんでいると。そして必ず近日中にケリを着けると、一軒一軒回って約束していた。


 その後レナードは、セイジと家族に帰る事を伝え、ステラと二人で街から離れた森の中、今は使われていない空家を見つけ、そこで一晩過ごす事に決めた。窓は割れ、雨ざらしになった部屋の中は、随分と荒れていた。


『……思ったより早く、人狼病が進行しているみたいですね』


 日中にも関わらず、顔の産毛が一本一本太く、そして長くなり。手足の爪が伸び始めるなど、人狼化の片鱗を見せていた。その事実を目の当たりにし、ひどく動揺するレナード。彼女はそんなレナードを落ち着かせようと、震える手を取り、固く誓う。


『大丈夫です。私が絶対に助けますから、信じてください』


 赤い瞳は、揺れることなく真っ直ぐ前を見た。そのとても強い瞳と言葉に、レナードは改めてその身を委ねることを決意し、彼女の指示に従った。そしてそれから数時間後の事だ。レナードが次に目覚めた時、夜は既に明けていた。


『治ってる……』


 鋭く伸びた爪は丸みを帯び、毛深くなった顔も皮膚の感触を直に感じ取れる程、全てが元通りになっていた。そう、レナードは人狼病という奇病から、やっと開放されたのだ。



 それから人狼病の事なぞすっかり忘れ、レナードが春の短期休暇で、再び地元へ帰省した時のこと。何故かセイジの姿は無く、彼の部屋は客室になっていた。驚いたレナードが父親にセイジの所在を聞くが、父親はとんでもない事を言い出した。


『まさかアイツが人食い狼だったとはなぁ』

『!?』


 驚くレナードをよそに、父親は事も無げに語る。

 レナードが帰って暫く。セイジが突然、自分が人狼病を患っていた事を告白してきたのだという。そして被害者に謝罪して回り、レナードの父と母に今まで世話になったと礼を言って、その日中に出て行ったと……。


『なんでそんな! だってあれは僕が!』

『お前は絶対そう言ってアイツを庇うって事も言われたよ』

『だから!』


 この話はもういいと父親は無理やり話を切り上げた。項垂れるレナード。状況が全く分からず、混乱した頭で置き手紙の一つでもないかと物置に向かい、セイジの私物をまとめたという箱を漁った。


『これは……』


 レナードは一冊の本を手に取った。

 元々、その本はレナードの所有する物だった。しかし本の内容が余りにもくだらない内容だった事もあり、捨てようとした所セイジに止められ、彼にあげていた。


 暫くして、その本に開きグセのある箇所がある事に気付く。そこに驚くべき記述があった。とある地方の民間療法で人狼病患者が、他の人間に直接噛み付いた場合、人狼病は他者へ移り、噛み付いた本人は完治する。というにわかには信じがたい一説が……。


 レナードはハッとした。ステラ・メイセンが用いた薬は、効能が強い分、高確率で副作用が出ると言われていた。それは見た目に分かるもので、服用後、二~三日は強制的に獣人化は解けないというものだと説明された。そしてレナードはその説明を宿屋で聞いている。もしそれを、扉の外でセイジが聞いていたとしたら。そして、この本の存在を思い出し、読み返したのなら――。全てを察したレナードは絶望し、膝から崩れ落ちた。


『君は……本当に……』


 レナードの職業は、国家魔道士免許を持った外務省勤めの役人だった。それも順風満帆に出世街道を突き進める程の力を持った、優秀な人物。そんな人間が、不可抗力とは言え何人もの人を傷つけてしまっていたら……その事実はレナードの経歴に傷をつけてしまうだろう。


 だからセイジは全ての罪を自分が被り、未来あるレナードのために自らを犠牲にし、効くか効かないかもわからぬ民間療法で親友を、家族を救ったのだ――。

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