第01話:その主人公、モロ出しにつき

 どれだけ時間が経っただろう。

 オレは、あれからどうなった?

 オれは……俺は確か、そう……。


 まるで長い間ずっと夢を見ていたようだ。

 いつの間に布団に潜ったのだろう、全身が温かい……というか暑い……?

 

「うっ!」


 起きた瞬間、吐き気を催すような、なんとも強烈なクサにおいが鼻を突く。もしや、あのままトイレで昏倒していたのだろうかと、慌てて体を起こすと、何故か下着さえ身に付けておらず、代わりに全身を妙に温かな“ドロっとした何か”がまとわりついていた。


「?」


 それが何かは分からなかった。何故なら辺りは真っ暗で、何も見えないからだ。一体、何がどうなっている? 混乱した頭を抱えながら、手当たり次第に手を伸ばす。すると――。


「ゴルルルル……」


 低い重低音が、今度は足先から聞こえた。それが鼓膜を震わし、骨を伝い、ビリビリと全身に巡っていく。


「どわっ!」


 けれど、その音の正体に気が付く前に、頭から落ちるような感覚に襲われた。途端、もの凄く冷たい空気と硬い感触が俺の体にぶつかり、そして急激に体温を奪っていく。


「へ?」


 恐る恐る目を開けると、それはもう目の前に居た。そして、俺はやっと、先程まで自分が“居たであろう場所”の全容を知ったのである。


「ゴルルルル……」


 その声の主は、大きな翼が生えていて、全身が黒い鱗に覆われていた。

 そして大きく裂けた口には、鋭い牙がびっしり並び、垂れたヨダレを、毒々しいまでに紫色の長い舌ですくい取り、舌なめずりをしてこちらを見ている。


「ええええええええ!?」


 そう、俺は今の今まで空の上、それもドラゴンの口の中で美味しく頂かれていた最中だったのだ。


「なんだこれ、なんで俺、意味分かんねぇ」


 寒さと恐怖、もうどちらが原因で体が震えているのか分からない。というか大体何故俺はこんな状態に見舞われているのだろうか。考えようにも状況が異質過ぎて、全然答えにたどり着きそうにない。


「うわっ!」


 そんな混乱の中、俺を両手に抱えたドラゴンの手が、今にも握りつぶさんとばかりに力を強める。その時だ。風の音に混じって、雷が落ちた時のような、そんな音が遠くから聞こえた。


「嘘だろ」


 檻のように固く閉じられた爪の隙間から見えたもの、それは別の赤いドラゴンだった。前方からくるそれに、黒いドラゴンが咆哮を上げる。それに赤いドラゴンも応えるように、こちらに向かって炎を吐いた。


「うわっ!」


 真っ赤な炎がドラゴンの体をかする。冷えた大気が一瞬で熱くなるほど、それは凄まじいものだった。しかし、黒いドラゴンはその攻撃を受けても逃げ惑うばかりで、反撃する事はなかった。


「ピシャアアアアアアアア!」


 背後からまた炎が迫る。


「避け――!」


 つい叫んでしまった。けれど叫んだと同時に手が離され、次の瞬間には俺の体は宙を舞う。その直後、黒いドラゴンの体に炎が直撃し、全身から煙が上がっていた。悲痛そうなドラゴンの叫び声。俺はその光景を見ながら、重力に抗うことも出来ず、ただただ落ちる他なかった。


「っ――」


 こうなると、もう自分の運命を受け入れるしかないと諦めてしまう。だって、雲の切れ目から見えたものは、見渡す限りの森と大きな湖。きっとあと何秒か後には、この体は水面に叩きつけられるのだから。


「……え?」


 でもその予想はすぐに外れてしまった。

 体が急にふわりと浮いて、そのままゆっくり降下を開始したからだ。


「ど、どうなって……」


 温かな空気のようなものに包まれながら、訳も分からず辺りを見渡す。

 すると岸辺に人影を見つけた。桃色の髪に、赤い瞳の、白い大きな帽子とマントを羽織った女の子が、焦った様子でこちらに向かって指揮棒のようなものを振り上げていた。


 けれど俺と目があった瞬間、その子は短い悲鳴を上げる。その声を聞き、俺は今、自分がどんな格好だったか思い出す。


「ま、待て、違う、こっこれにはワケがっ!」


 慌てて弁明しようとしたが、少女は険しい顔のまま、目も合わせてくれなかった。そしてあの白い棒が振り上げられ、反射的に目を閉じた瞬間。爆発音と熱風、それに大量の水が後ろから押し寄せ、俺の体は少女の居る方向へ押し出されるように水平に飛んだ。真後ろに、先ほどまで上空で争っていたドラゴン達が落ちたのだ。


「でぇえええええええええ!?」


 このままじゃあの子にぶつかってしまう。それも全裸で。

 なんて考えている間に、俺の体は尚も加速していく。


「――っ我を守護する精霊よ! の者に風を運びて舞い上がれ!」


 焦った少女がそう叫ぶと、俺の目の前に魔法陣のような青白い光がぶわっと広がった。そして――。


「ま、間に合って良かった」

「死っ死ぬかと思った……」


 少女にぶつかる寸前、俺の体は、先ほど感じた温かな空気に包まれて、ふわりと浮いた。そして今は、それを受け止めてくれた少女を下敷きに、覆いかぶさっている。


「ごごごっごめん!!」

「お話は後です! とにかくここを離れますよ!」

「えっ!?」


 こうして俺は、今もなお湖の中で荒れ狂う二匹のドラゴンを残し、少女に連れられ全裸で森を駆け抜けた。





***


「我を守護する精霊よ。我と彼の者に導きの光を」


 少女がそう唱えると、暗闇の中に無数の小さな光が散らばった。連れてこられたのは、湖から少し離れた場所にある、洞窟のような場所で、落ち着くまでここにいてはどうかと提案されたのだ。


「良かったらこれ、使って下さい」

「ご、ごめん。ありがとう」


 目のやり場に困ったのか、少女は羽織っていたマントを俺に手渡した。

 そして枝を拾ってくるといい、暫くして戻ってくると、焚き火を炊いてくれた。彼女の胸元に着けられた、大きな逆十字の装飾具に、焚き火の炎が反射してゆらゆら揺れる。


「あの……ずっと気になっていたのですが。どうして……その、そんな格好であんな場所に? それにあのドラゴンは一体……」


 もっともな事を聞かれたので、目が覚めた時から今まであった事をかいつまんで話し、少女の反応を待つ。


「気がついたらもう、服を着ていなかったんですか? それってもしかして、何か事件に巻き込まれたとか……あの、警察に行ってみてはどうでしょうか」


 警察。その単語を聞いた途端“公然わいせつ罪”という罪状が脳裏をよぎる。


「いやほら、俺今こんなナリだしっ。それにこれが夢じゃなかったら、多分……ちょっと信じられないかもしれないけど……そういうんじゃないと思うから」

「そういうのじゃない、とは?」

「えーと、その……」


 参ったな。説明が難しい。

 そう、これが夢ではなくて現実であるなら、多分俺は“異世界転移”という奴をしてしまっていると思う。転移方法は随分とまぁ雑だったが、きっとそうに違いない。


 しかし、これをどう言えばいいのだろうかと悩み。結局、こういう事は早めに言ってしまった方がいいかもしれないと判断し、実は自分がこの世界の住人では無い事、こんな姿で行き場が無い事を正直に彼女に話した。しかし、思いのほか彼女は驚かず「なるほど」と軽く理解してくれた。


「お、驚かないのか?」

「えっと、特には。でもこの辺りに黒竜ブラックドラゴンは生息していないはずなので、もしかしたら最初に貴方が飛ばされた場所は別なのかもしれませんね」

「へ、へぇ」


 個人的にはもっと驚いて欲しかったのだが、凄く冷静に分析されてしまった。

 どうやら身近に異世界から来たという人間が何人かいるらしく、その言葉に逆に驚かされた。それは話が早いというもんだ。


「さっき言ってた、その、俺みたいに別の世界から来たって人は、結局元の世界に帰れてたりするのか?」


 正直、向こうの世界に未練があるかと聞かれればあるといえばある。だって家族も夢も、全部中途半端に投げ出したままだから。


「えーと……私の知る限り、皆さんこちらで生活されてますね」

「そうか……」

「ででで、でもでもっ、ちゃんと探せばその方法もあるかもしれませんし!」


 だから元気を出して。と慰められた。


「そっちはどうしてこんな所に?」


 そういえば、あんな何もない所で何をしていたのだろうと俺も疑問に思い、彼女にそれを訊いてみた。


「私は、あの湖周辺に生息するスライムの汚染が最近特に激しいとのことで、それを浄化しに来たんです。でも……」


 ドラゴンの激しく争うあの鳴き声と姿を見て、驚いているところに俺が落ちてきたらしい。


「ビックリしました」

「だよな。俺もビックリだった」


 自然と笑みがこぼれる。

 さっきまで一人だったから、こうして人と話せる事が何より嬉しかった。


「さて、少し外を見てきますね」

「えっと、お、俺は……?」

「ここで待っててください」

「わ、わかった」


 少女は、すぐ戻ると言い残し、俺は一人、洞窟の中に残された。

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