• ひだまりファンタジア

  • ◆第2部 愚者は踊る
  •      きみを想えど -⑤-「それ以上でもそれ以下でも無い」

     きみを想えど -⑤-「それ以上でもそれ以下でも無い」

 誰かが泣いてる。

 時折嗚咽を漏らしながら、許してくれと泣いている。

 声は、一体どこから聞こえてくるのだろうか。





***


「う……」


 いつの間に眠っていたのだろう。

 目覚めると、光源が一つもない真っ暗の”闇”の中にいて、自分の手すら見えない状況だった。そこでふと思い出しゾッとした。


 ”俺は、いま何処にいる?”


 さっきまでいた場所ではない事は分かる。だってあの部屋に充満していた湿気や埃の匂いがこれっぽっちもしないのだから。

 寒さで震えていた体が、途端恐怖で震えだす。


 闇が、無音が。

 独りが怖い――


 カチカチ、カチカチ。

 無音の空間に、自分の奥の歯が鳴らす不快な音が響く。 


「…………うっさいわね……」

「!!」

 

 聞き覚えのある声が傍で聞こえた。


「鬼畜ツインテ!? そこにいるのか!?」

「アンタいい加減ぶっ飛ばすわよ!?」


 声のする方に乗り出して、目一杯手を伸ばすと、指先に柔らかな感触と温もりが伝わった。


「どっ! どこ触ってんのよ変態!」

「理不尽!」


 お互い何も見えない状態なのに、メリッサの平手は俺の顔面を綺麗に張り飛ばした。痛い。けど一人じゃないと分かってホッとした。


「大体何なのよここ……」

「……なぁ、俺”あの後”どうなった?」

「あぁ」


 メリッサは話してくれた。あの箱を手に取った俺の事を。

 ただ一言「吸い込まれるように消えた」のだと。


「じゃ、じゃぁ。お前は、その。もしかしなくても助けに、来てくれたのか?」


 それに吸い込まれてしまった俺を見たのに、すぐに後を追って来てくれた。それはつまりそういう事なんじゃないかと素直に思ったから聞いてみた。

 少しの間を開けて、メリッサが口を開く。それはそれはもう気恥ずかしそうな声で。


「べ、別に!? アンタが何処に行こうと、しし、心配なんてしてないし!」

「デ、デレた。だと……!?」

「うううううるさいわね! モニカだってここに居るかもしれないでしょ!?」

「あ」


 そうだった。

 俺達はリドの妹がいるかもしれないと思ってあの部屋に行ったんだった。でもあの部屋にあの子の姿は無かった。もしも既に吸い込まれいたのならあの子は何処に行ったのか。同じ空間にいるならこれだけ騒いでいれば、向こうから近寄ってくるなり声を掛けてくるだろうし、まだ気を失っているのなら早く見つけてあげないと。とは言え、自分達がいまどんな所にいて、それがどれくらいの広さなのかもわからないわけだが。


「携帯は?」

「圏外」

「そうか。……とにかく辺りを調べてみよう。あの子がいるかもしれない。ちょっとそれでその辺照らしてくれないか?」

「……いいけど」


 メリッサの携帯端末で辺りを照らす。

 しかし、ライトでも無い普通の待ち受け画面では、自分達の手元を照らすだけで精一杯だった。

 

「うーん。あ、そうだ。魔法でバーンとこの辺一帯照らせないか?」

「それが出来たらとっくにやってる」


 メリッサは落ち込み気味にそう言った。

 とうの昔にやってみようと試みたが、何故か魔法がまったく使えないのだと。


「ヤバくない?」

「この空間のせいだと思うけど、大ヤバよ」

「じゃあどうしたらいいんだ。こう暗くちゃ何も分からんぞ」

「そうね……」


 メリッサが黙った。

 でも、何か考えているのだろう。そういう間だった。


「とりあえず服を脱いで、こっちに渡しなさい」

「なんで!?」


 こんな暗闇で何する気だと慌ててしまったが、要はそれを互いが持ち、はぐれないように”綱”にしたいのだそうだ。


「手を繋いで歩くじゃ駄目なのか?」

「絶対嫌」


 それはそれはもう、明らかな拒絶でした。





 それから俺が携帯片手に先頭を歩き、モニカモニカと名前を呼んで壁を探して真っ直ぐ歩いた。壁はすぐに見つかったのだが……


「ドアや窓の類が無いな……」


 薄暗い闇の中、後ろを付いてきているであろうメリッサに話しかける。

 でも返事は無い。


「なんか喋ってくれないか……」


 こんな暗闇の中にいると、気が滅入りそうになるから。服の先にいると分かっていても、何かこう、気が紛れるようなやり取りをしたいのだ。


「アンタと喋る事なんて無い」

「えぇ……」


 俺はどれだけ嫌われているのだろうか。

 ここまで露骨に嫌がられると、泣きたくなってくるってもんだ。


「結局、リドの妹居なかったな」

「そうね……でも、よく考えると、あの子は”そういう教育”を受けてるから、不用意にそういった物に触ったり拾ったりしないと思うのよね。ま、そうなるとアタシは今、誰かさんのとばっちりでここにいることになるんだけど」

「悪かったよ」


 やはり怒っていらっしゃる。これがもしステラだったら、こうはならないのにと考えてしまう。


「あ、あー、その。リドじゃなくてすまんかったな」

「は? 何よいきなり」

「いや、俺と居てもただ不安になるだけだよなーと……」

「だから、何でそこでリドが出てくるわけ?」

「……いや、その。お前リドの事好きなんだろ?」


 メリッサは「はぁー?」と大きな声を出した。


「だって前、頭痛薬持ってってやってたじゃん」

「だから何? それだけでアタシがリドを好きって事にどうしてなるわけ?」

「え、違うの?」

「アンタ、どんだけ色ボケ思考なのよ」

「色ボケ……」


 始終呆れた声で、時折腕を小突かれる。


「でも、妹さんにも面識あるんだよな?」

「そりゃあ、リドとはまあまあ長い付き合いだし、当然知ってるわよ」

「ほぅ。そんな幼馴染を追ってこの仕事に」

「アンタ、人の話聞く気無いでしょ」

「イデッ」


 また腕を小突かれた。

 これが、ガチの拳骨で来るからもの凄く痛いんだ。


「アタシがここに居るのは、室長に声を掛けられたからで、別に自分から入ったわけじゃないからね」

「へー」

「……アンタ、ちょっとは私の話に興味持ちなさいよ」

「いやだってお前も国家魔道士って奴だろ? 結局リドと同じ道辿ってんじゃん」


 後ろから物凄い長いため息が聞こえた。


「何勘違いしてんのか知らないけど、他の皆はそうでもアタシはただの魔道士よ」

「えっ」

「大体、アタシみたいなその辺の小娘がおいそれと国家資格取れるわけないじゃない、アンタ国家魔道士舐めてんの?」

「えぇ……」


 魔力が強ければとか、魔法の扱いが上手ければなれるもんなのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。技能も知能も才能も、全てなければなれないのだとメリッサは呟いた。


「それに、アタシはリドにとって友達の妹。それ以上でもそれ以下でも無いのよ」


 それは悲観しすぎじゃないか? と思ったが、リドの好きな相手をこいつも知っているのだろう。実らない恋に進展は無い。それはこいつも十分分かっている事なんだなと、改めて思ってしまう。


「ちょっと、なんとか言いなさいよ」

「あ、いや……ごめん」


 何に対するごめんなのか。

 この分かりやすい返答に、メリッサは俺の尻を思いっきり蹴り飛ばした。




 ずっと歩き回ったせいか、全身からしっとり嫌な汗が出た。

 壁伝いに歩けど歩けど、出口らしきものはちっとも見当たらず。携帯もバッテリー節約の為に暫く付けて居なかったからか、時間の感覚もおかしくなっている。

 

「……」


 特に話すことも無いと言えばそうなのだが、あれから何を話すでもなくお互い無言のままだった。時折背後から「はぁ」とため息が漏れ、その頻度は増していく。


「疲れたなら一旦座るか?」

「いい」


 同じ空間とは言え、ずっと歩きっぱなしなのだ。そろそろ疲れも見えるだろう。

 とりあえず休憩するか? と提案してみたが直ぐに断られてしまった。疲れたなら疲れたと正直に言えばいいのに。


「……まぁ、座るけどな。俺も疲れたし」

「ちょっ!」


 今、俺達は繋がれている状態だ。

 俺が動かなければメリッサも動けまい。そう思って、思い切ってドカッと床に座り込む。


 携帯は切っているから今現在も何も見えない暗闇だ。でも人の気配を真横に感じる。どうやらメリッサも座ったらしい。


「リドの妹は、リドの事が大好きなんだなー」

「……急に何」


 歩いている時はそれで気が紛れていたが、俺はやはりこの雰囲気は苦手らしい。何も喋らずにいると気が狂ってしまいそうだったから。ふと、思ったことを口に出す。


「いや。なんか悪いことしたなーって思ってさ」

「……まぁ、確かにあの子は、リドに依存してるけど。アタシは……いい機会だったんじゃないかって思ってる」


 兄弟仲とか、そういった言葉ではなく”依存”という言い方をしたメリッサに、俺は違和感を覚えた。


「ねぇ、リドの寝起き、見たことある?」

「いきなりどうした」

「あるかどうか聞いてんの。答えなさいよ」

「そりゃお前、昨日から同じ部屋で寝泊りしてるからな」

「どうだった?」

「どうって……あー、アイツ滅茶苦茶寝起き悪いのな。早い時間からアラーム掛けるのはいいんだけどさ。こう、上半身だけは起こすんだ、でも、なかなか立ち上がるまでに至らないっていうか、覚醒するまでが長くて。下手に喋りかけたらすげぇ睨んでくるし、怖いったらなかったよ」

「それだけ?」

「え?」


 メリッサは一体何を言いたいんだろうと疑問に思っていると、深く息を吐き、こう言った。”今日はやけに部屋が寒くなかったか”と。


「あぁ、そういやそうだな……」


 昨日の朝も寒かったから、そこまで不思議には思わなかった。けれど、言われてみれば確かに、昨日よりも今日の方が断然寒かった覚えがある。


「リドはさ、アタシが言うのも何だけど、割と不器用な方なのよね」

「堅物っつーか、融通きかないもんな」

「……まぁ、性格それもあるけど。アタシが言っているのは”体質的”によ」


 体質的に不器用? それはどういう事なのかと聞き返すと。どうやらリドは、感情が極端に高ぶったり、気を抜いてしまうと、自然と冷気を放ってしまう難儀な体質をしているらしい。だから普段から自分を律しているのだと、メリッサが教えてくれた。


「もしかして……いつも白い手袋付けてるのはそういう理由だったりする?」

「そういう事」

 

 当たり前の事だが、冷気は体から外へ向かって放たれていく。その時、自分以外の人間がビックリしないように。そして、傷つけないように。リドなりに配慮している結果なのだそうだ。

 今まで、ただのカッコ付けだとばかり思っていた。帰ったら謝ろう。


「それをあの子は、リドにありのままでいて欲しいって、自分が厚着するからって言って、どんなに暑い日でもあんな格好して頑張ってるのよね」


 そんな姿が「いじらしいわよね」とメリッサはポツリと呟いた。


「なんでそうまでして、あの子がリドにべったりなのか、アンタ分かる?」

「家族だからだろ?」

「それもあるけど……いないのよ」

「?」

「あの子の小さな世界には、”家族以外いない”の」


 友人と呼べる相手がいないから、必要以上に家族に依存する。そして、家族もそれを受け入れる。だから悪循環なのだと言う。


「……リドの家はね。代々王家に仕えてる有名な貴族の家系でさ」

「王家!? 貴族!?」


 驚く俺を差し置いて、メリッサは淡々と続けた。


「別に貴族だからって、どこの誰と友達になろうがリド達は全く気にしないのよ? でもね、周りがね。”お前はこの家にふさわしくない”っていう目を向けてくる」


「変な話だと思うでしょ?」っと悲しく呟くその言葉に「でも、あの空気は経験した者しか分からない」と付け加えた。


「でもお前は――」

「アタシのお兄ちゃんがリドの友達なのよ。ほとんど家で遊んでたから、最初は周りの言ってる事が分からなかったけど。一度リドの家に行った時にそれを経験して、あぁ。こういう事かって……住んでる世界が違うって、その時思ったもの」


 こいつはリドの事になるととことんネガティブなんだなと、改めて思う。らしくない程自分を否定するから、ある意味心配になってくるというものだ。


「……ねぇ。もういいでしょ? さっさと出口探してここから出ないと、あの子が心配だわ」

「そう……だな。じゃあそろそろいくか」


 っと、俺が立ち上がると隣でドサリと音が鳴り、重心が後ろに引っ張られた。俺はどうしたんだろうと思い携帯を操作し、振り返りざまに下を照らす。

 そこには蹲って動かないメリッサが居た。


「どうした?」

「どうも、しない……」

「いやいや、明らかおかしいだろ」

「うっさいわね。ちょっとふらついただけよ。ほっといて」

「……もしかして、どっか具合でも悪い、とかか?」


 メリッサが深い溜息を付いた。そしてすぐに「だから座りたくなかったのに」と呟いて顔を伏せる。

 そう、メリッサの体は、とうに限界を迎えていたのだ――

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