きみを想えど -⑥-「大切だからこそ」

「イダッ――!」

「滅茶苦茶腫れてるじゃねぇか。何でさっさと言わなかったんだよ」


 メリッサは左の足首を捻挫していた。何故こうなったかというと、メリッサが俺に蹴りを入れた時、闇の中だった事と、変に力を入れてしまった事が原因らしい。確かにそのあたりから極端に口数が少なくなったとは思っていたが、まさか捻挫した挙句、痛みを我慢していたとは……。


「流石にそれじゃ歩けないな」

「こんなの、我慢すればなんとか――」

「なるわけないだろ」

っ――――!!」


 指でつつくだけでこの痛がりよう。我慢なんて出来るはずがないし、させたくない。さっさと脱出の糸口を見つけて、ちゃんと医者に診てもらわないと。これ以上悪化しては大変だ。


「……なぁ、俺達が入ったあの部屋。保管室、なんだよな」

「そう、だけど……」


 それを思ってふと考える。 普段は鍵が掛かっているはずの保管室。どういった理由で鍵が空いていたのかは分からないが。メリッサは言っていた。あそこは今は使われていない魔具が管理、保管されている場所なのだと。


「じゃ、希望はもてるな」

「……どういう事よ」

「ここには誰もいないし”何も転がっていない”」


 ならば元気な内に外に出られる可能性が高い。アレが相当ヤバイ代物では無く”安全な”ただの魔具であるなら。管理はずさんだが、その辺に落ちていた事にも合点がいく。


 考えを巡らせろ。今までの俺達は、床を這うようにリドの妹を探し、壁伝いにさんざん歩き回った。俺達がまだやっていない事は何だ?

 まだ、まだ――。


 思い立って携帯を借り。その光を頼りに下を見て、壁を見る。

 淡い光に照らされた壁は、想像していた通り、中途半端な所で終わっていた。


「やっぱり」

「??」


 携帯を返し、壁に向かって手を伸ばす。指先が壁を蹴る。そして腕が完全に伸びきる前に、凹凸の無かった平らな側面に指が掛かった。


「アンタ何して――」


 不安な声を上げるメリッサの横で、壁によじ登ろうとしてみたが。だらけきった体で登りきるには難しい高さだった。


「ちょっと、ねぇ。ねぇってば! いい加減説明し、な、さ、い、よ!」

「痛っ!!」


 イラついた口調のメリッサが、座ったまま俺の足に手を伸ばし、服と一緒にふくらはぎ周辺の皮を思いっきりつねった。


「お前は、いちいち暴力使わないと人と話せんのか!」

「だ、だってアンタが無視するから!」


 してないだろと思ったが。していたかもしれない。そこは俺が悪かったので素直に謝り、今俺がやろうとしている事を簡単に説明する事にした。


「――って感じだ」

「……へぇ。アンタ、ちゃんと考える頭があったのね」


 心底意外。という反応だった。

 こいつは俺を何だと思っていたのだろう。


「アタシ、アンタの事”考え無しの無鉄砲バカ”だと思ってたわ」


 ……言い返せなかった。

 

「で、その為にはここを登りたいけど、アンタの背じゃ届かないって事ね?」

「ああ。こう暗いと助走付けてって訳にもいかないからな」


 携帯の淡い光だけでは、踏み切るタイミングを掴める自信がない。思いっきり走って壁に激突する未来しか視えないのだ。


「アタシが踏み台になろうか?」

「何故そうなる。ったく。お前、態度はともかく、体は普通の女の子なんだからさ、もっとこう自分を大事にした方がいいと思うぞ」

「……」


 そう言うと、少しの間があった。

 きっと他の方法でも考えているのだろう。

 俺も一つ考える。メリッサを肩車して先に上がらせた場合は……俺が上がれないな。しかも不確か過ぎる上、捻挫した状態のメリッサを歩かせてしまう。却下だ。

 うーんうーんと頭を捻っていると、


「あのぉ……」

「!!?」


 突然背後から声がした。

 おっとりした口調、なのにどっしり重たいその声は、慌てる俺に怪しい者じゃありませんと、ただひたすら低姿勢で言い続ける。その声の方向に、メリッサが慌てて携帯を向けた。


「うわ!」


 照らし出された姿を見て、つい悲鳴を上げてしまった。そこには猫背気味なのに二メートルはありそうな、熊のような巨体に、短く刈り上げた黒っぽい髪の男が立っていた。協会職員の制服を着てはいるが、その厳つい顔を見てしまうと、全身に力が入ってしまうというものだ。


「ちょっと」


 メリッサが服を引っ張り、しゃがめと合図した。

 すると俺の耳に手を当て、ヒソヒソと耳打ちする。


「あれ、管理課の職員よ。袖にボタンが付いてるもん」

「管理課?」

「は、はい。じ、自分は、管理課魔具管理部のジニー・アドラステアと言います」


 こちらの会話が聞こえたか。訊くより先に答えてくれた。そして俺達が今閉じ込められているこの場所は、魔道具管理部とやらが、昔、倉庫替わりに使っていた亜空間型魔具の中だと教えてくれた。そして更にジニーさんは俺達より少し前に吸い込まれ、ここから出る方法を伝えようと、ずっとタイミングを伺っていたらしい。ガタイに似合わず、話し方が凄く丁寧な人だった。


「す、すみません。何分なにぶん、人と話すのが苦手で……」


 もっと早く言って欲しかったと心の中で思いつつ、素直に礼を言った。そしてここから出る方法は俺の予想通り、この上にあるとの事だ。

 

「オレがお二人を担ぎ上げます。上に上がったら、その壁沿いに赤と緑の光るボタンを探して、緑の方を押して下さい。それを押せば外に出れる筈です」


 それから俺達はその言葉通りに行動した。しかもその緑のボタンも偶然俺達がいた側にあり、すぐに見つかった。ジニーさんから聞いていた通り、赤と緑の二つのボタンが遠くに見える。その位置からして、俺が思っていたより、上は広い事がわかった。どうりで下から見えない訳だ。


「ジニーさん手を、俺が上から引っ張ります」


 しゃがみ込み手を伸ばすと、ジニーさんは黙ってしまった。

 俺の筋力では不安という事だろうか? しかしジニーさん程の身長があれば、俺の助けを借りずとも、この壁を登る事は可能のように思えるのだが……。


「あの……」


 暫くしてジニーさんが口を開いた。

 でもその声は、震えるような、酷く弱々しい声だった。


「自分はここに残ります。どうせ戻っても、”オレ”の居場所なんて無いですから」


 それはどういう事かと訊くと、ジニーさんは引っ込み思案な性格で、ただ与えられた仕事を黙々と、そして正確にこなす毎日を送っていたそうだ。しかし三日前、自分の不注意が原因で、初めて大きな失敗をしてしまったらしい。


 しかしその失敗を、厳しい事で有名な上司が叱らなかった。その事で同期生から『何故アイツだけ』と顰蹙ひんしゅくを買い。『アイツのせいで仕事が増えた』と愚痴をこぼしている所を聞いてしまったらしい。そして今日、ここの清掃を命じられ、こんな事に巻き込まれたものの、これ幸いにと隠れていたと言う。


「呆れた、そんな事で――」


 ずっと黙っていたメリッサが、ため息混じりに呟いた。


「お、おい。流石に失礼だぞ!」

「アンタは黙ってて」

「痛っ!!」


 顔をグーで殴られた。


「オ、オレにとって、これはそんな事じゃない、です……」


 ジニーさんが言い返す。

 しかしメリッサは止まらない。


「いーい? 耳の穴かっぽじって、よーく聞きなさい!」


 キレ気味のメリッサの声に、ジニーさんが短い悲鳴を上げた。


「魔具管理部の部長ってカリスト部長の事でしょ? あの人は確かに人に厳しいわ。でもそれ以上に自分にも厳しい人って有名じゃない。そんな人が、アンタの失敗なんて些細な事だって判断したの。それってアンタが今まで積み上げてきた信頼と実績がそうさせたって事なんじゃないの? それが何? 仕事が増えて迷惑? ちょっと失敗した位で全体の負担が増えるなんて、それこそソイツ等が自分は無能ですって言ってるようなもんじゃない。そんな事もわからずに、ズルイなんて言う奴はね、普段からつまんない事して部長怒らせてる能無しなんだから、そんなの好きに言わせておきゃいいのよ」

「うぅ……」

「……それでもここに居たいっていうなら、さっさとここから出て、ちゃんと辞めますって言ってからにしなさい。それこそ迷惑だわ」

「そ、そうですけど……」


 何だろう、言葉遣いはともかく、あのメリッサが凄くまともな事を言っている。

 でもまぁ、これは当人の性格の問題だから、すぐにそれが出来れば世話ないだろう。どちらにせよ、ここから出るってのには賛成だが。


「ウジウジ、ウジウジみっともない! 男でしょ!? しゃきっとしなさいよ!」

「そ、そんなの。男とか女とか関係な――」

「関係なくない!」

「は、はいっ! 関係ありません!」


 なんだこのやり取り……。自分より二三倍体の大きい、厳つい顔の熊のような人が、若い娘に滅茶苦茶怒られている。とりあえず、そろそろ止めなくてはと思っていると、メリッサがため息をついて、まるで諭すような言葉を発した。


「もっと自分の上司を信じなさいよ。アンタを信じてる部長が可哀相だわ」

「……は、はい」


 その時、ずっと照明がわりに使っていた携帯が、ついに電池切れを起こしてしまった。明かりのない真っ暗闇の、なんだか気まずい空気が流れた。


「……戻ります」


 ジニーさんがポツリと言う。

 けれどその一言は決意に満ちた、とても力強い一言だった。

 こうして俺達は無事、あの空間からの脱出に成功し、ジニーさんにメリッサを医務室に連れて行って貰い。俺はリドが帰ってきているかもしれないと思い、一度執務室に戻る事にしたのだ。


「おかえり」


 執務室には、スターチスさんが戻っていた。

 恐る恐る、リド達の事を聞いてみる。


「彼女はさっきお家の人が迎えにきたよ。彼は事後処理中。勿論、あの子の事は連絡済みね」


 スターチスさん曰く、居なくなったと思っていたリドの妹は、リドのデスクの下で泣き疲れて眠っていて、それをスターチスさんが保護していたのだそうだ。


「よ、よかった~……」


 リドの妹は無事。メリッサは捻挫してしまったが、なんやかんやで俺達も無事だし。一気に力が抜けてしまった。


「それにしても、アイツは自分の妹にも厳しいんですね」

「んー?」

「リドの事です。正直ビックリしました」


 ちょっと間を置いてスターチスさんが笑った。


「優しさにも、色々あるからね」

「?」

「ほら、随分歳が離れているだろう? それもあってかご家族……特にお姉さんが甘やかし気味でね、駄目な事を駄目だと叱らないみたいなんだ」


 大切な家族だから、リドは妹を叱る。怒り方はちょっと不器用だと思うけど。リドはリドなりに、危ないよ。それはいけないよと、妹に早く分かって貰いたいのだとスターチスさんは目を細めた。 


「あぁそういえばアスター君。あの子は、リサ君はどうしたんだい? 二人して慌てて出て行ったって聞いていたけど」

「えっと」 


 説明しようとして、ふと思い出す。そういえば、あの時俺が聞いた声は……誰かが助けてくれと泣いていたあの声は……一体、誰の声だったのだろうか――?




 ――きみを想えど――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!