きみを想えど -④-「声の先にあったのは」

【魔道士協会三階:第一保管室】

「……空いてる」


 たどり着いた先は、今は使われていない魔具や何かしらが保管・管理されている部屋の一つだった。普段は鍵が掛かっているそうだが、俺達が来た時。鍵は既に開いていて、ドアノブはすんなりと回り。俺達は部屋に入ることができた。


 湿気と埃の独特な匂い。

 窓が在るべき場所は板が張られ。部屋の中は真っ暗だ。


「足跡がある」


 ドア回りは、廊下から差し込む光りで普通に見える。

 そこには、自分達の足跡以外にも、誰かが部屋に入った痕跡があり、それはまっすぐ奥へ続いていた。


「モニカ? そこに居るの……?」

「怒らないから出ておいで~」


 刺激しないように、できる限り優しく声をかけ。ゆっくり奥へ進む。

 

「?」


 けれど部屋の奥。足跡の先にあったのは。とても懐かしい気持ちになるような。そんな代物が落ちているだけだった。


「フロッピーディスク……? 久しぶりに見た――」

「何それ」

「えっ!? 知らないの!?」


 俺も大概ギリギリだが、これがジェネレーションギャップというものなのか。

 というか、そもそも。コレがこちらの世界にある事にも驚きなのだが……文化レベル的には、まぁ。あっても不思議ではないだろう。


「えーと。なんだ。記録媒体っつーか……昔のデータカードっつーか……」


 何でこんなものが落ちているのだろうか。

 このままでは踏んでしまいそうなので、とりあえずそれを拾い上げたのだが――


「――!?」


 メリッサが何かを叫んだような、でも何を言ったのか分からない。だって、俺の意識はそこで一旦途切れているのだから。





***


「これから施術かい?」

「はい」

「そっか」


 日中の街中。協会近くのざわついたカフェテラス。

 ステラとスターチスは一番端の席で、それぞれ紅茶とコーヒーを頼んでいた。


「それで、お話というのは?」

「あぁ。そうそう。”彼”の事で少し、話しておきたい事があってね」

「アスターさんの事、ですか?」

「そう……彼の事。こういうのは早いほうがいいだろうと思って、この間ルドラ君に彼の故郷の事や自分の事、覚えている限りの情報を聞き出して貰っていたんだ。彼はその……記憶の改ざん疑いもあったしね。とりあえず今現在登録されている異界人名簿の中で、合致する者がいないか問い合わせていたんだけど。……その結果が昨日届いたよ」


 スターチスは懐から小さく折りたたんだ紙を取り出し、ステラに手渡した。手渡された紙の”中身”を見るように促された彼女は、スターチスによって書き記されたある名前を見て驚愕する。

 

「彼の話は……以前、君が人狼病について調査した町。その時の報告書にあった異界人、キリハラ・セイジの登録情報と全て一致している」

「……アスターさんは、キリハラさんじゃありません」


 確かに黒髪、黒目。背丈や物腰が似ている部分があると彼女も思うことはあった。けれどどちらとも関わりのあるステラからしてみれば、別人である事は断言できる。強く、まっすぐな瞳で。スターチスに違うと訴えた。


「まぁ、そうだよね」


 知ってた。というようにおどけてみせるスターチス。例え彼の中から一部の記憶が抜け落ちていたとしても、そんな嘘を彼女が付き続ける理由が無いと、スターチス自身分かっていた事だった。しかし、偶然の一致で済ますには、あまりにも不自然で納得のいかない事である事も変わりなかった。


「あ、でも――」


 スターチスは、ふと思い出す。

 それは”彼”とキリハラ・セイジの唯一の相違点。


「そういえば彼の血液型。O型だったな」

「?」

「あ、いや。彼自身はA型だと言っていたんだけどね。実際はO型だったんだ」


 本人の勘違いか。それともABO式がこちらの世界と異なるのか。それはわからないとスターチスは首を傾げた。


「それともう一つ……」


 スターチスは伏し目がちに続ける。


「これは君に話すかどうか迷っていた事だが。……やはり君は知るべきだと思う」

「……?」


 よく聞いてほしい。

 スターチスは前のめりで、真実を告げた。

 彼も知らない真実を。


「彼は、”人間”じゃないよ」

「――!!」


 あまりに唐突なその言葉に、彼女の意識は、彼女の心の深い場所へ落ちていく。


(人間じゃない……?)


 では彼は”何”なのか。

 すぐにその思考に行き着かないほど、彼女は深い闇の中に囚われている。


「でさー!」


 その時、隣にいた若い女達のはしゃぐ声が、彼女の意識を淀みから引きずり出した。淀みで溺れていた肺に、新鮮な空気をめいっぱい送り込む。


「大丈夫かい?」

「は、はい」


 呼吸を整えるステラに向かい、スターチスは「言い方が悪かったね」とすまなそうに謝罪した。


「純粋な人じゃないという意味で、彼の半分は妖精。もう半分は人だったんだ」

「ハーフ? という事ですか?」

「そう」


 だから体質的に魔道士に近く、妖精の部分がライネックが反応したのではないか。というのがスターチスの見解だった。


「本人の話を聞く限り、シロー君と同じ世界のニホンからやってきた普通の人間なんだけどね……まぁ、シロー君の従者の件もあるし。異種族がまったくいない世界では無いんだろう。ただ単に親から知らされていない場合もあるから。判断のしようがない」

「そう……ですね」

「ただ、魔法や魔術に関する知識がほぼ無いのは不自然だと思う。彼の消された記憶に関係があるのか。あるいは素質はあれど、力を封じられていたのか……」


 でなければ、本人は使えた筈なのだ。

 妖精とは本来そういったものなのだから。

 

 この検査結果を、本人を含め上層部へ報告したのか、ステラはスターチスに訊ねた。すると、まだ報告はしない。とスターチスは言い切り。ステラは安堵の表情を浮かべる。


「だから君に言うのを迷ったんだ」


 全てが分かるその日まで、自分ひとりの中に留めておこうとスターチスは思っていた。けれど先日の一件で。彼女にだけは伝えておかなければならないと思い至ったのだ。


「余計なお世話だったかな?」

「い、いえ、そんなっ」

「ならよかった。っと、もうすこしゆっくりしたい所だけど、私はそろそろ戻るとするよ」


 スターチスは伏せられた伝票を、サッと自分の側に置き直し、立ち上がるついでにステラの頭部に手をやった。

 

「??」


 帽子越しの大きな手に、ステラは戸惑う。


「偉いね。君は」

「???」


 その言葉には様々なものが含められていたのだが。ステラは鈍かった。そしてその後すぐにスターチスは、それじゃぁ。とにこやかに手を振って、颯爽と去っていった。


「……」


 外気に触れ、すっかり冷たくなってしまったティーカップの淵を指でなぞる。

 セイジの名前が出た時は、心臓が止まるかと思う程驚いた。それと同時にステラの中で言いようのない感情が渦巻いていく。


(なんで……)


 胸の奥のざわつきが収まらない。

 その感情がなんなのか。考えて考えて……考えた結果。答えは出さず。カップの底に沈んだ檻と一緒に飲み込む事にした。


――今は、そう、今はまだ。

 彼女はふっと息を吐く。

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