第38話:声の先にあったのは

「……開いてる」


 たどり着いた先は、今は使われていない魔具や何かしらが保管・管理されている部屋の一つだった。普段は鍵が掛かっているそうだが、俺達が来た時、鍵は既に開いていて、ドアノブはすんなりと回り、俺達は部屋に入ることができた。


 湿気と埃の独特な匂い。

 窓が在るべき場所は板が張られ、部屋の中は真っ暗だった。


「足跡がある」


 ドア周りは、廊下から差し込む光で普通に見える。

 そこには自分達の足跡以外にも、誰かが部屋に入った痕跡がいくつかあり、それはまっすぐ奥へ続いていた。


「モニカ? そこに居るの……?」

「怒らないから出ておいで~」


 刺激しないように、できる限り優しく声をかけ、ゆっくり奥へ進む。

 

「?」


 けれど部屋の奥。足跡の先にあったのは。開いた状態の小さな木箱だけだった。このままでは踏んでしまいそうなので、とりあえずそれを拾い上げたのだが――。


「――!?」


 メリッサが何かを叫んだ、でも何を言ったのか分からない。だって、俺の意識はそこで一旦途切れているのだから。





***


「施術は終わったのかい?」

「はい」

「そうか」


 日中の街中。協会近くのざわついたカフェテラス。

 ステラとスターチスは一番端の席で、それぞれ紅茶とコーヒーを頼んでいた。


「……あの、それでお話というのは?」

「ああそうそう。“彼”の事で少し、話しておきたい事があってね」

「彼……アスターさんの事、ですか?」

「そう彼の事。ほら、この間ルドラ君に彼の故郷の事や自分の事、覚えている限りの情報を聞き出して貰っていただろう? まぁその、彼は“記憶の改ざん疑い”があるからね。管理局に該当者がいないか調べて貰ったんだ。――それで結果なんだけど……居たよ。一人、完全に一致する異界人が」

「!」


 驚くステラの反応を見ながら、スターチスは懐から小さく折りたたんだ紙を取り出し、彼女に手渡した。ステラは手渡された紙の“中身”を見るように促され、スターチスによって書き記されたある名前を見て驚愕する。

 

 “セイジ キリハラ”


「覚えているかい? 以前、君が人狼病について調査した街の、その時の報告書にあった異界人の名だ」

「はい……」

「君は実際に会っているだろう? どうだい? 彼と同一人物と思えるかな?」

「確かに、身体的な特徴は……似ている部分はあります。でも、でもアスターさんは、キリハラさんじゃありません」


 黒髪、黒目。背丈や物腰が似ている部分があると言えばある。けれどどちらとも関わりのあるステラからしてみれば、別人である事は断言できた。彼女は強く、まっすぐな瞳で、スターチスに違うと訴える。


「まあそうだよね」


 知ってた。というようにおどけてみせるスターチス。例え彼の中から一部の記憶が抜け落ちていたとしても、そんな嘘を彼女が付き続ける理由が無いと、スターチス自身分かっていた事だった。しかし偶然の一致で済ますには、あまりにも不自然で納得のいかない事であるのも事実だ。


「あ、でも――」


 スターチスは、ふと思い出す。

 それは“彼等二人”の相違点。


「そういえば彼の血液型。O型なんだよね」

「?」

「あ、彼自身はA型だと言っていたんだけどね。実際はO型だったんだ」


 本人の勘違いか、それともABO式がこちらの世界と異なるのか。それはわからないとスターチスは首を傾げる。


「それともう一つ……」


 スターチスは伏し目がちに続ける。


「これは君に話すかどうか迷っていた事だが……やはり君は知るべきだと思う」

「……?」


 よく聞いてほしい。

 スターチスは真実を告げた。

 彼自身もまだ“知らぬ真実”を。


「彼、“人”じゃなかったよ」

「――!!」


 あまりに唐突なその言葉に、彼女の意識は、心の深い場所へ落ちていく。


(人間じゃない……?)


 では彼は“何”なのか。

 すぐにその思考に行き着かないほど、彼女は深い闇の中に囚われている。


「でさー!」


 その時、隣にいた若い女達のはしゃぐ声が、彼女の意識を淀みから引きずり出した。淀みで溺れていた肺に、新鮮な空気をめいっぱい送り込む。


「大丈夫かい?」

「は、はい」


 呼吸を整えるステラに向かい、スターチスは「言い方が悪かったね」とすまなそうに笑った。


「純粋な人じゃないという意味さ。彼の半分は妖精、もう半分は人だったんだ」

「ハーフ? という事ですか?」

「そういう事になる、のかな?」


 だから体質的に魔道士に近く、妖精の部分にライネックが反応したのではないか。というのがスターチスの見解だった。


「本人の話を聞く限り、シロー君と同じ世界線のニホンからやってきた普通の人間って事だったんだけど……まぁ、シロー君の従者の件もあるし。異種族がまったくいない世界では無いんだろうね。ただ単に親から知らされていない場合もあるから。判断のしようがない」

「そう……ですね」

「ただ、魔法や魔術に関する知識がほぼ無い事は不自然だと思う。彼の消された記憶に関係があるのか。あるいは素質はあれど、力を封じられていたのか……」


 でなければ、本人は魔法を使える筈なのだ。

 妖精とは本来そういったものなのだから。

 

「あの……」

「ん?」


 この検査結果を、本人を含め上層部へ報告したのか、ステラはスターチスに訊ねた。すると、まだ報告はしないとスターチスは言い切り、ステラは安堵の表情を浮かべた。


「正直、君に言うのも迷ったんだよ」


 全てが分かるその日まで、自分ひとりの中に留めておこうとスターチスは思っていた。けれど先日の一件で、彼女には彼が必要だと考えを改め、ステラに伝えておかなければならないと思い至ったのだ。


「余計なお世話だったかな?」

「い、いえ、そんなっ」

「そう、ならよかった」


 心配顔から一転、ニコリと微笑むスターチス。しかし、その微笑みはすぐに消えた。懐の携帯端末から星室へ出動を要請する着信が鳴り響いたからだ。


「すまない。もう少しゆっくりしていたい所だが、戻らなくてはいけないようだ」

「あ、はい」


 スターチスは伏せられた伝票を、サッと自分の側に置き直し、立ち上がるついでにステラの頭部に手をやった。

 

「??」


 帽子越しの大きな手に、ステラは戸惑う。


「君は強いね」

「??」


 その言葉には様々なものが含められていたのだが、ステラは鈍かった。そしてその後すぐにスターチスは、それじゃぁとにこやかに手を振って、颯爽と去っていった。


「……」


 外気に触れ、すっかり冷たくなってしまったティーカップの淵を指でなぞる。セイジの名が出た時は、心臓が止まるかと思う程驚いた。それと同時にステラの中で言いようのない感情が渦巻いて、先程から胸の奥のざわつきが収まらないでいた。


(なんで……)


 その感情がなんなのか。考えて考えて……考えた結果。答えを口に出さず。カップの底に沈んだ檻と一緒に飲み込む事にした。


 ――今は、そう、今はまだ。

 彼女はふっと息を吐く。

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