きみを想えど -③-「リドが戻るその前に」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

「何やってんの?」


 見回りから戻ってきたメリッサは、あきれ顔で俺を見た。


「い、今、俺にっ、話しかけ――っだぁ。無理だ出来ねぇー!」

「うわ、キモッ。何その顔」


 真剣に何かを成し遂げようとしている人間に向かって、そりゃないんじゃないかと思いつつも。さっきの俺は、目の前の赤い玉に集中して、ほぼ息を止めていたから。まぁ、うん。汗も結構かいてるし、凄く気持ち悪い顔にはなっていたんだろうと自覚しちゃいる。

 

「この玉から魔力を吸いたいんだけど、全然できなくて」

「あっそ。――室長とリドは?」


 この興味のなさよ。


「スター……室長ならトイレ。お腹痛いんだって。リドはわからん」

「は? 何それ」

「多分、俺の物覚えが悪いから、気分転換しにいったんだと思う。さっきまで見ててくれたんだけど、ため息ついた後、無言で出て行った」


 朝からずっと教えて貰っていたのだが、手応えのないまま、気が付けばもう昼を迎えていた。


「何か想像できたわ。ま、いっか。メールしよ」

「リドになんぞ用でもあったのか?」

「まぁ、ちょっとね」

「ふーん」


 自分のデスクに座るよりも前に、メリッサはパーカーのポケットからスマホを取り出し、超早業で指を動かした。


「あ。んな事言ってるうちに、帰ってきたぞ。本人」

「は?」


 そこへ丁度よくリドが戻り、メリッサは何かを伝えようと口を開けるが――


「おにぃーさまぁー!!」

「!!?」


 リドの背後から急に小さな手が生えた。

 いや、正確に言うと、リドの背中に幼女が抱きついていた。


「モニカ!?」

「やっと会えたー!」


 ヒナと同じくらいの子だろうか?

 その子は腰まである長い紺色のボリュームのある髪の、青い瞳の前髪パッツン幼女で。羊みたいにモコモコした、暖かそうなコートを羽織っていた。

 育ちが良さそうというか何というか、まるでお姫様のようなとても高そうな服を着ている。


「なんでお前がここに!」

「だって、またお家に帰ってこなくなるってお母さまから聞いたから。だから、だからモニカが会いに来たの!」


 話の流れから察するに、リドの妹なのだろう。

 確かに容姿は似ているような……


「ここまでどうやって来たんだ! それに、お前がここに居る事、母さん達は知っているのか!?」

「う……」

「やっぱり何も言わずに出てきたのか……」

「だってぇ」

「だってじゃない。何かあったらどうするんだ!」


 頬をぷくっと膨らまし、むくれるリドの妹モニカ。

 対するリドはいつもの調子で、子供にも容赦無く正論を浴びせていく。

 全然関係ないが、肉親にもあんな感じなのかと思うと、一貫してるなと何故か感心してしまった。


「とにかく、すぐに迎えに来てもらうから。こっちに――」

「いーやー!」


 多分、隣のあの部屋で待たせようというつもりなのだろうが、モニカはリドが帰るまで自分も帰らないと譲らない。


「我が儘言うな! ここにお前がいても、邪魔だって事がわからないのか!」

「~~~っ!!」


 一際大きな怒鳴り声の後、モニカは顔をくしゃりと歪ませ、ぼたりぼたりと涙を落とす。いくら兄妹でも言い方ってもんがあるだろうに。


「……あのさ」


 これは拗れるなと思ったので、そろそろ止めてやろうと声をかけた瞬間。リドとメリッサの懐から、同じ着信音が鳴り響いた。


「こんな時に……」


 二人は即座に画面を確かめた。


「私行こうか?」

「君は巡回で疲れているだろ。俺が行く。――おい、お前」

「ん?」


 俺の事か?

 そういうジェスチャーでリドを見ると。グッと眉間に皺を寄せ、一瞬、口を開いた後、捻り出すように渋々と言葉を発した。


「……妹を見てやってくれ。すぐ戻る」

「お、おう……」


 どうやら、出動要請が掛かったようだ。

 リドは迎えが来るまで隣の部屋にいるようにと言って、足早に出て行った。モニカはまだぐすぐすと泣いていて。非常に重苦しい空気が流れている。


「ぉ……兄さっまは、モニカのこど、ぎらい、なのっかなっ?」

「いやいや、そんな事ないと思うけど」

「そうよモニカ。リドはアナタの事が心配で――」

「でもっ、モニカのこど、じゃまってゆったぁ!」


 わんわん泣き叫ぶモニカをどうなだめようか、俺とメリッサは頭を抱える。

 こんな時、お菓子の一つでもあれば――

 

「あ」

「なによ?」

「いや、そういえば今朝貰ったなと思って」

「は?」


 そうだった。今の今まで忘れていたが、先日貰ったクッキーは、ガーゴイル達に喰われてしまっていたので。カレンがまた、あのクッキーをくれたのだ。


「あった、あった」 


 一番下の大きな引き出しにしまったクッキーの袋。

 またガーゴイル達に集られてもいいように、この間よりも多めに入れたと言っていた通り、袋はあの時の二倍くらいパンパンに膨らんでいる。


「これあげるから――って、おい」

「え?」

「あの子は?」

「えっ!?」


 気が付いた時には既に遅く。

 扉の付近で泣いていた筈のモニカが、忽然と姿を消していた。


「どこいった!?」

「それが分かってたらこんな事になってないわよ!」


 そんな言い合いをしつつ、慌てて辺りを見渡す。

 日中の協会内は少々賑やかで、何かの資料を両手に沢山抱えた男やら、今日は何を食べようかと、早めの昼食に向かう若い女達が廊下を歩いていた。


「この位の女の子見ませんでしたか!? こう、フリフリのドレス着た!」

「えっ、さ、さぁ?」

「見てない……わよね?」


 女性職員には俺が、男性職員にはメリッサが声を掛けたが、どちらも見ていないという。


「まずいわね……」

「いや、でも、まだそんなに遠くには行ってないだろうし、なんなら館内放送で呼び出しとか……」

「呼び出して出てくるくらいなら、居なくなったりしないわよ!」


 ですよね!


「ん?」

「なに? 見つけたの!?」

「いや、なんか聞こえないか……?」


 すすり泣いているような、そんな女の子の声が微かに聞こえるのだ。


「聞こえないけど……」

「いや、聞こえる。階段の方、とりあえず行ってみよう」

「そ、そうね」


 とにかく早く保護しなくては、リドが戻るその前に。

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