きみを想えど -②-「二つの玉」

 翌朝から、いつもと違う日常が始まった。

 朝はステラに見送られ、あのジャージを着てリドと一緒に協会へ行く。向かった先は、暖炉のあるでは無く、その隣の部屋、星室の皆が使っているという執務室だった。


 そこには、可愛らしい小物類で散らかった机に、卓上植物が多く置かれた机。本は多いがキッチリ整理整頓された机等、全部で六つ。向かい合わせに設置され。部屋の一番奥の窓側には、多分スターチスさんの席だと思える、大きくて立派な木の机と椅子があった。


「とりあえずそこに座れ」

「あ、はい」


 ペンの一本も置いてない。今は使われていないという、入口側の仕事机をあてがわれた。この机も他の机と同じ木製で、年代を感じるというか、なかなか使い古されていた。


 しかし……ただ座らせられてる状態というのは拷問に近いと、この時俺は思い知った。手持ち無沙汰というか。リドはまるで話し掛けるなとでも言わんばかりに、鞄から取り出したノートパソコンを開き、なにかの入力作業に勤しんでいるものだから、どうすることも出来ず。三十分程、カチャカチャ小気味よいリズムを奏でるタイプ音を聞いて、何もない壁を眺める作業をした。


「おはよー」


 そんな辛くて死にそうな所に、スターチスさんの少々間延びした声が室内に響く。


「室長、おはようございます」

「お、おはようございます……」

「あぁ、そうだった。今日から君がいるんだった」

「お……お邪魔、して、ます」

「嘘、嘘。ちゃんと分かってるって」


 なんて挨拶を交わしながら、内心ではやっとできた話し相手に喜んでいた。


「あぁ、そうだ、これ」

「??」


 スターチスさんは一度荷物を机に置くと、水色の紙袋を差し出してきた。

 中身をその場で取り出すと……


「これ……黒服?」

「黒? まぁ、制服だねぇ。うちの」


 それは協会職員が着ている、あの黒服だった。

 ここにいる間はこれを着ろという事らしい。


「一応ちょっとした仕事もしてもらおうと思ってるからね。勿論お給料も出すよ」

「ほっ、本当ですか!?」

「そう多くは渡せないけど。ずっとあの子の世話になりっぱなしっていうのもね」

「ありがたいです~」

「あっと、そうだそうだ。これも君に。絶対になくさないでね。悪用されるから」


 それは仰々しいケースに入った、星室の皆が襟に付けている金のバッチだった。長方形のソレに六芒星の細工が三つ施されている。

 途端、職権乱用、公文書偽造という言葉がよぎる。


「大丈夫、大丈夫、ちゃんと正規の手続き踏んで作ってるから安心して。あぁ、そうそう。それと、これからは私を室長と呼ぶように心がけてね」


 もう、本当にこの人、何者なんだろう……

 人の心が読めるのだろうか。とか、不安いっぱいのまま、俺は隣のいつもの部屋で黒服に着替え、先程の執務室に戻った。


「うげ。まだでっかいままなワケ? 暑苦しいから、早く小さくなりなさいよ」

「えぇ……」


 おはようも無しに、開口一番、鬼畜ツインテことメリッサはそう言った。

 こっちが本来の姿なのに。何故俺は責められているのだろう。


 それからクロエが出勤し、朝礼をした後。メリッサとクロエが外へ見回りに行った。残ったリドは事務処理をしているが。もしライネック被害が協会近くで起これば、リドに出動要請が掛かるそうだ。


「アスター君」

「は、はい」


 スターチスさんは、何もしないのも暇だろうと、おもむろに引き出しから何かを取り出し、それを俺に手渡した。


「ビー玉……?」


 受け取ったのは二個のビー玉。ひとつは濃い赤色で。もうひとつは気泡一つ無い、透き通った水色をしていた。


「それは昔、私が使っていた精霊石だよ」


 どうみてもビー玉にしか見えないそれを、精霊石と言われ二度見した。

 同時に精霊石とは、魔石とは違うのだろうかと疑問が浮かぶ。


「君には、赤い方から魔力を吸って、その魔力を青い方へ移す。という初歩的な魔道訓練をしてもらおうと思う」

「えっ」


 一瞬、何を言っているんだこの人。と思った。

 けれどスターチスさんは、今の俺の体質は極めて魔道士に近いから、そういった事が出来る筈だと言うのだ。確かにドクター曰く、俺は魔力を生命力オドという物に変換するという不思議体質になっているかもしれないと説明は受けてはいたが……


「これが出来るようになれば、君もあの子も。この先もっと楽になるんじゃないかな~と思うんだよね」


 そりゃあ、あの飴以外でそれを補えるとあらば、かなりいい。更に言うと、彼女から魔力を貰う事が出来れば、双方にとって良い事しか無いだろう。


「どうだい? やってみるだけやってみないかい?」

「そう、ですね……出来るかどうか、自信は無いですが……頑張ってみます」


 そう言うと、スターチスさんはニッコリ笑った。

 だが、やり方をリドから教わるようにと言われ、早速壁が立ちはだかった。


「事務処理は私がやるから、君は彼に。ね? 得意だろう? こういうの」

「……」


 暫くの沈黙の後、苦虫を噛み潰したような、心底迷惑そうな顔で。振り向き際に睨まれた。アイツのストレスもマッハだろうが、俺のストレスもマッハである。


「――最初に。それ一つで新車が一台買えると言っておく」

「っ!!?」


 という事は、俺の左手一つに、新車二台分の価値が!?

 手汗が凄い。


「おおおおお返しします!」

「あはははは駄目ー」

「いやいやいや! 万が一なくしでもしたら、弁償のしようが!」


 というかもうこれ、フラグだ。

 絶対になくして、体で返すとかいう系のアレだ!


「精々大事にする事だ」

「うわー……」


 守れない約束には返事が出来無い。

 そんな午前一〇時の出来事。







***


 一方その頃のアリアは――


「――もう!! まだ臭い!!」


 屋敷へ持ち帰ったスプリガンの左手を、ホルマリン液から出し、ずっと洗っていたのだが。それはとにかく臭かった。

 吐くとかそういうレベルを超えた刺激臭に、流石のアリアも泣きべそをかく。目を刺すような激臭から度々逃げては、風呂に入っての繰り返しだ。


「本当、不愉快極まりない臭いだわ!」


 その不快な臭いは、洗ったばかりの髪や肌から漂い、何度風呂に入っても、まとわりついたままだった。


「ねぇ。まぁだ?」


 天蓋付きのベッドの上。風呂上りのアリアの髪を、セイジが整えるその横で、セイジの腰に手を回すのは、半身に小さな鱗を持つ妖艶な女シャノン。


「ちょっと! セージに触らないでって言ってるでしょ!?」

「いいじゃない、別にこれくらい。ケチねぇ」


 シャノンは、アリアが伸ばした手を軽く撥ね退け。体をぐっと引き寄せる。


「ガロンも、こーんなちんちくりんのお嬢ちゃんより、私の方がいいと思うわよねぇ?」

「誰がちんちくりんよ!!」


 アリアは手近な枕に手を伸ばし、シャノンの頭目掛け何度も何度も振り下ろす。そのやり取りを褐色肌の男ガロンが、またかと遠巻きに眺めていた。


(帰りたい……)


 それはガロンの心からの願いであった。

 何故シャノンとガロンが、アリアの屋敷にいるのかというと、”彼”を捜す為の手伝いとして遣わされていた。当初、シャノンとナノの二人の予定だったが。アリアとナノの両名が嫌がった為、この組み合わせになったのだ。


 しかし何の進展も無いまま、無駄な数日をこうして過ごす事になるとは、誰も予想していなかった。

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