おまけEp.1『リド・ハーツイーズの追想』

※こちらはおまけエピソード。リド視点なのですが、リドの何かが失われています。ご注意ください。





 十歳年上の、可愛い物が大好きな。良く言ってマイペースな姉と、その二つ下の厳格な姉。この姉には男は強くあるものだと、小さな頃から毎日剣の相手をさせられ扱かれるが、それだけなら、自分の実になるので納得も我慢も出来た。


 しかし、あれは俺が十歳になった年の事。下の姉が修道院に入った頃から、それまで害のなかった上の姉が、己が内に秘めていたであろう悪癖を拗らせてしまう。


 これが俺にとってあまりに耐え難く、憂鬱で……ついに我慢の限界が来てしまい、初めて家出した過去がある――



 あの日も上の姉に弄ばれ、俺の格好は散々たるものだった。

 足元には花飾りが縫い付けられたサンダルを履き。水色のリボンが腰に付いた白のサマードレスと揃いの手袋はフリルまみれで。頭には、これまた白い、大輪の花が咲く可愛らしい麦わら帽子を被らされていた。


 そう、悪癖とは俺を女装させて遊ぶ事。

 きっと、寂しさ故の過ちなのだと、上の姉の気が済むまでと思い嫌々付き合っていたのだが、それが良くなかった。

 最初は短く、扱いにくい俺の髪の毛を結んだりと些細なものだったが、それが徐々にエスカレートしていったのか、ついにはサマードレスまで作り出したのだ。


 流石に嫌で嫌で堪らなく、気がついた時にはもう家を飛び出していた。

 しかし、そのままの格好で出てきてしまい、すぐに後悔する事になる。こんな姿で見知った人間に出会ってなるものかと、全力で走った。走って走って、見慣れぬ景色に辺りが変わった頃。野良犬に追い掛け回された。子供の足で逃げ切れるわけもなく追いつかれてしまい、野良犬の牙がスカートを裂く。


『うわぁあああ!!』


 次は足を噛まれると覚悟した瞬間。パンッと何かが破裂する音が鳴り、驚いた犬が一瞬怯む。


『こっち!』


 突然、誰かが叫んで、手を引いた。

 その人物は、俺よりも小さな背丈の、長い桃色の髪を二つに結った女の子。

 そう、これが俺と彼女の出会い。一番大事な、初恋の思い出だ。

 

 



『こ、ここまで、くれば、もう、だいじょうぶ――』


 街の中を駆け回り、もうあの犬の鳴き声さえ聞こえなくなった頃。俺達は息を切らし、林の奥の、少し拓けた草むらに座り込んでいた。


『あ、ありがとう。その……助けてくれて』


 礼を言うと、少女はふにゃりと顔を綻ばせ、ころころ笑った。

 その子は、白い肌にくりくり丸い垂れ目がちな赤い瞳が印象的で、前髪を二本の赤いピンで留めていた。


 暫く二人で息を整えていると、走り回ったからか、腹の虫が鳴き、空腹を知らる。彼女はそれを聞いて、すっと立ち上がり、辺りをキョロキョロ伺い歩き出した。


『ど、どこ行くの!?』


 俺は慌てて彼女の後を追う。

 そして、行った先には、甘い香りを放つ一本の木が生えていた。しかしその木に実る沢山の小さな赤い実は、子供の俺達が届く位置に無い。自分が登ろうかと考えたが、ハッと自分の格好を思い出し、踏み止まった。


 そんな俺に少女は待つように言い。慣れた手つきで軽快によじ登り、次々その実をとって自分のスカートにためていく。


『ちゃんとうけとって、くださいね』


 彼女はニッコリ笑って、もぎ取った小さな実を上から俺に向かってパラパラ落とす。俺は彼女の真似をして、それをスカートで受け取ると、彼女はころころ笑って降りてきて、それからその実を二人揃って並んで食べた。

 その実は、甘くて、時々すっぱい。不思議な味がした。


 それからその実を食べて暫く、彼女は、ふと何かに気が付いたのか『あ』っと声を上げた。


『たいへん。そこ、やぶけてる』

『これはさっき、犬に――』


 説明している最中に、俺は立ち上がるよう言われ、彼女は逆にしゃがみ込んだ。

 何だろうと思っていると、少女はうーんと頭を傾げ、暫く破けた箇所を手に取っては、何やら凄く悩んでいた。


『……でき、ました!』


 突然パっと明るい声を彼女が出し、ウサギみたいにぴょんと跳ねた。

 

『あり、がとう……』


 改めて礼を言うと、彼女はまたにっこり笑った。

 彼女がフッと空を見上げ、釣られて俺も空を見た。


『あめ、ふるかも。そろそろかえろ?』

『…………で、でも、僕。どうやって帰ればいいか、わからなくて……』

『あなた、まいご、だったの?』

『……う、ん……』


 その時の俺は、曇り空のせいか。それとも自分が迷子だとハッキリと思い出したからか。途端、寂しさと不安が自分の中で弾けて、情けないことに泣いてしまった。


『だいじょうぶ』


 涙で濡れた俺の手に、彼女はそっと手を重ね、大丈夫。大丈夫と慰めてくれた。その時の彼女が俺に掛けた言葉と、手袋越しの小さな手の温もりは、今でも鮮明に覚えている。


 それから少しして、俺は彼女に連れられ、林を抜け、大きな通りまで歩いて出た。そこに見覚えのある地名の書かれたバス停を見つけ、自分がどこにいたのかやっと理解する。


『もうだいじょうぶ、ですね』

『……あ、あのさ。また……また君に会えるかな?』

『……あえるよ!』


 繋がれた手を、彼女は強く握り締めた。

 それが嬉しくて嬉しくて「またね」と手を振って爽快に去っていく彼女の背中を、見えなくなるまでずっと見送った。




『今までどこに行ってたの!! それにその服は何!?』


 どうにか家に帰る事が出来た俺は、無残な姿を母に見つかり、問い詰められた。


『?』


 その時ソファに座らされ。違和感を感じて後ろを調べると、あの少女が前髪に付けていたヘアピンがドレスの裂け目に付いていた。あの時、これを付けていたのかと、納得する。


 その間も母からは何があったのかとキツく問われた。

 言っていいものか悩んでいると、そこに上の姉が現れ、自分からそれを話してくれた。その理由が理由だけに母には泣かれたが、その後姉から女装を強要される事は無かった。ただこれは、反省中に妹が出来たと聞き、公に可愛らしく着飾られる相手が出来た為だと邪推する。

 

 けれど俺は、それから彼女に会っていない。

 正確には、思い出の地に出向いても会えなかった。この地から引っ越したのだろうか? せめて名前を聞いておけば良かったと、あのヘアピンを眺め、思いを馳せる日々が続く。




 そしてあの日。

 就職した魔道士協会で、俺は彼女と再開した。

 桃色の髪に、白い肌と真っ赤な瞳。色褪せることのない思い出の中の彼女は、変わらぬ姿で、俺の前に現れた。変わった事と言えば、あの頃の、たどたどしかった丁寧な口調がすっかり板についていた事くらい。


 けれど、あの時の話を振る事は出来無い。何故なら、彼女の記憶に残っていたとしても、それは女同士の記憶だろうから。



 それから彼女に気持ちを伝えれるまま、彼女が大変な時に支えてやることも出来ず、その隣を素性も分からぬ異界人に奪われた。

 その男は、俺の出来ない事を軽々とやってのけ、平然と彼女の隣に居続けている。あれからずっと……俺の心はもやもやしたままだ。





――リド・ハーツイーズの追想――

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