第34話:寄り添う二人

「そこっ! 綻びを作らないで! 全員集中っ!」


 ロジーが険しい声で叫ぶ。ステラを中心に展開させたドーム型の封印術式は、人員を倍に増やし、今や分厚い層になっている。けれども少しも安心できない。内側からの古の魔女の攻撃は絶えず、一番下の層が秒間隔で壊されてしまうという、常にギリギリの状態だったからだ。


「そろそろ代わる。もう休め」

「は、はい……すみません、先輩。あとお願いしま――」


 封印術式を維持する為、封緘師の男は、後輩の女封緘師に声を掛けた。男にその場を任せ、後輩は救護班の元へ行こうと、後ろに下がろうとしたが。その体はとうに限界を迎えていた。


「おっ、おい!」


 女はバランスを崩し、ぐらりと倒れこむ。

 それも最悪なことに他の封緘師を巻き込んで。


「!!」


 これに驚いたのは、巻き込まれた封緘師だけでは無かった。他の封緘師も動揺してしまい、二重三重に築き上げていた強固な壁に綻びが生じた。途端、内側から穿たれた一撃が天井を、壁を、人を襲う。


 ああ終わった。

 多くの者がそう思った。


「……」


 入り乱れた場内、混乱する封緘部。

 その場から動けぬ者、後退する者の中で、一人だけ勇敢にも突き進む一人の男が居た。居合わせた者の中で、その名を知る者は少ないだろう。その身の一部を焼かれても、その足を止める事もなく。黒髪の青年、アスターはその懐に飛び込んだ。


「!?」

 

 魔女は目を丸くして驚いた。

 強張った体を強くいだかれて、何が起きたのか理解出来なかったからだ。


「放っ――」


 魔女が最後まで言葉を発する前に、アスターが腕を解く。

 解放された“彼女”の体にじわりと血が通う。


「なっ、何故お前がここにいるっ!?」


 離れろと叫ぶリドに、アスターは首を振る。

 

「リド、後は任せたぞ!」

「はっ!?」

 

 一見投げやりな言葉だが、その言葉の意味をリドが真に理解するまで、そう時間は掛からなかった。今もなお、彼の肉を割いて焼く程、魔力は漏れているというのに、アスターは怯む事なく、懐から布に包まれた小さな何かを取り出し、中身を手の平に乗せた。


「っ!」

 

 察したリドが前に出るがもう遅かった。

 米粒ほどの小さな黒い欠片は、アスター自身の胸に押し当てられ、小さな花を咲かせていく。


 黒い欠片はライネック。あの洞窟で爆散したモノは報告を受け、すぐに星室職員が回収したはずだった。けれど彼は、あの強盗二人の話を聞いた時。正直まだ現地に残っているのでは無いか? と心のどこかで思っていた。そして今日、それを思い出し。雨の中、泥まみれになりながらも奇跡的に欠片を見つけ、この馬鹿げた計画を思いついたのだ。


「こんな方法しか思いつかなくてごめん」


 アスターが彼女の体を再び抱き寄せる。


「でもやっぱさ、遠くで見ているだけは嫌なんだ。俺が全部受け止める。だからさ……早く終わらせて一緒に帰ろう――。レグさんにエサやらなくちゃ。それにほら、皆も待ってる」


 その言葉に、魔女から放たれていた炎が揺れた。

 まるで今の魔女の心情を映すかのように、人を寄せ付けようとしなかった炎が、あっという間に凪いでいく。


「……ありがとう」

「うん」


 交わされた言葉は魔女のものだけれど、彼はそれを知らないだろう。

 それでも魔女は嬉しかった。人を傷つける事しか出来ない“彼女”を今も昔も、人は皆恐れてきた。だから、こんなにも真正面から受け止めようとしてくれる人間がいることが嬉しくて嬉しくてたまらないのだ。


 魔女は多くを語らず、急速に魔力を分け与える為の口付けではなく。従来の『意識を集中させ、対象に触れる事で緩やかに魔力を分け与える方法』を取った。


(ああ、温かい……)


 魔女は抱き返された腕の感触を確かめながら、彼に寄り添う。

 そして――ライネックが魔力を吸い、大輪の花へと変貌した頃、彼の胸に抱かれて魔女が深い眠りについた。



 その後、彼のライネックはリドによってすぐに取り払われ、傷だらけの体は救護班によりすぐさま治癒術が施された。


 喜びに沸く場内。彼は深く息を吐き、すっかり焼き焦げてしまったコンクリートの床材に、大の字に倒れ込む。


「っつかれたー」


 だらしなく寝そべった彼を、報告を受け駆けつけたスターチス達が取り囲む。


「アンタ馬鹿じゃないの!? ううん、それ以上のっ、大馬鹿者よ!!」


 涙声のメリッサが、アスターの腹に拳を入れた。


「痛っイデデデデ! ちょっ! や、やめっ!」

「馬鹿っ! バーカっ!!」


 メリッサは勢いを殺さずそのまま殴り続け、彼は悶絶した。その様子を見ながら、ルドラとクロエもハンカチ片手に良かった良かったと泣いて無事を祝っている。


「まったく。無事で済んだからいいものの、どれだけ肝を冷やしたか――下手をすれば二人共命を失っていたかもしれないんだからね?」


 それは苦言に近い、けれど二人を真剣に心配するスターチスの言葉だった。それを受け、彼は半身を起こし、素直に謝る。


「すみません」

「……」


 その傍らでリドはステラを抱え、彼を睨む。


「二度目はない」


 その一言だけを吐き捨て、出口に向かって歩き出した。

 それにアスターは、軽く手を振り応える。


「リドー、ありがとなー」

「ふん」


 こうして、彼等の緊張続く長い一日は幕を閉じた。

 様々な想いの芽を芽吹かせて――。




 ――偽りの魔法使い―― 

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