偽りの魔法使い -⑥-「寄り添う二人」

「一ミリとも綻びを作らないで! 全員集中!」


 ロジーが険しい声で叫ぶ。

 ステラを中心に展開させたドーム型の封印術式は、人員を倍に増やし、今や分厚い層になっている。

 けれども少しも安心できない。常にギリギリの状態だからだ。


「そろそろ代わる。もう休め」

「は、はい……すみません、お願いします――」


 封印術式を維持する為、封緘師の男は同僚の女封緘師に声を掛けた。

 女は救護班の元へ行こうと、男にその場を任せ、後ろに下がろうとしたが……

 その体はとうに限界を迎えていた……


「おっおい!」


 女はバランスを崩し、ぐらりと倒れこんだ。

 それも最悪なことに他の封緘師を巻き込んで。


「!!」


 これに驚いたのは、巻き込まれた封緘師だけでは無かった。他の封緘師も動揺してしまい。二重三重に築き上げていた強固な壁に綻びが生じた。途端、内側から穿たれた一撃が天井を、壁を、人を襲う。


 ああ、終わった。

 多くの者がそう思った。


「……」


 入り乱れた場。

 混乱する封緘部。

 その場から動けぬ者、後退する者の中で、一人だけ、勇敢にも突き進む一人の男が居た。居合わせた者の中で、その名を知る者は少ないだろう。その身の一部を焼かれても足を止める事もなく。黒髪の青年、アスターはその懐に飛び込んだ。


「!?」

 

 魔女は目を丸くして驚いた。

 強張った体を、強くいだかれて、何が起きたのか理解出来なかったからだ。


「放――」


 魔女が最後まで言葉を発する前に、アスターが腕を解く。

 解放された”彼女”の体にじわりと血が通う。


「なっ、何故お前がここにいるっ!?」


 離れろと叫ぶリドに、アスターは首を振った。

 どよめく場内に声が響く。

 

「後は任せた!」

「はっ!?」

 

 一見投げやりな言葉だが、その言葉の意味を周りが理解するまで、そう時間は掛からなかった。今もなお、肉を割いて焼く程、魔力は漏れているのに。アスターは怯む事なく、懐から布に包まれた小さな何かを取り出し、中身を手の平に乗せた。


「っ!」

 

 何かを察したリドが前に出るがもう遅い。米粒ほど小さな黒い欠片は、アスター自身の胸に押し当てられ、小さな花を咲かせていく。


 黒い欠片はライネック。

 あの森で爆散したモノは報告を受け、すぐにリド達が回収したはずだった。けれど彼は、あの強盗二人の話を聞いた時。正直、まだ現地に残っているのでは無いか? と心のどこかで思っていた。そして今日、それを思い出し。雨の中、泥まみれになりながらも奇跡的に欠片を見つけ。この馬鹿げた計画を思いついた。

 アスターが、ステラの体を再び抱き寄せた。


「こんな方法しか思いつかなくてごめん。でもやっぱり。遠くで見ているだけは嫌なんだ。俺が全部受け取ってやる。だから、早く終わらせて一緒に帰ろう――」


 その言葉に、辺りに放たれていた炎が揺れた。

 まるで今の魔女の心情を映すかのように、人を寄せ付けようとしなかった炎が、静かに凪いでいく。


「……ありがとう」

「ん」


 交わされた言葉は魔女のもの。けれども彼はそれを知らない。

 それでも魔女は嬉しかった。こんな魔女を、真っ向から受け止めようとしてくれた人間なんて、今まで誰一人居なかったのだから。


 魔女は多くを語らず、急速に魔力を分け与える為の口付けではなく。従来の、意識を集中させ、対象に触れる事で緩やかに魔力を分け与える方法を取った。


(あぁ、温かい……)


 魔女は抱き返された腕の感触を確かめながら、彼に寄り添う。

 そして――ライネックが魔力を吸い、大輪の花へと変貌した頃、彼の胸に抱かれて魔女が深い眠りについた。




 その後、彼のライネックはリドによってすぐに取り払われ、傷だらけの体は救護班により治癒魔法が施された。


 喜びに沸く場内。

 彼は深く息を吐き。すっかり焼き焦げてしまったコンクリートの床材に、ゆっくり大の字に倒れ込む。


「っつかれたー」


 だらしなく寝そべった彼を、報告を受け駆けつけたスターチス達が囲む。


「アンタ馬鹿じゃないの!? ううん、それ以上の大馬鹿者よ!!」


 涙声のメリッサがアスターの腹に拳を入れた。


「痛っイデデデデ! ちょっ! や、やめっ!」

「馬鹿っ! バーカっ!!」


 メリッサは勢いを殺さずそのまま殴り続け、彼は悶絶した。

 ルドラとクロエも向かい合わせに抱き合って、良かった良かったと泣いて無事を祝っている。


「まったく。無事で済んだからいいものの、どれだけ肝を冷やしたか――下手をすれば二人共命を失っていたかもしれないんだからね?」


 それは苦言に近い、けれど二人を真剣に心配するスターチスの言葉だった。それを受け、彼は半身を起こし、素直に謝る。


「す、すみません」

「……」


 その傍らでリドはステラを抱え、彼を睨んだ。


「二度目はない」


 その一言だけを吐き捨て、出口に向かって歩み出す。

 それにアスターは、軽く手を振り応える。


「リドー。お前もありがとなー」

「ふん」



 こうして、彼等の緊張続く長い一日は幕を閉じた。




――偽りの魔法使い―― 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!