第32話:フェムト

 アリアが案内された部屋は、応接間にほど近い場所にあった。

 そこにはおびただしい動物の標本や、ホルマリン漬けの人体の部位が所狭しと並べられていた。


「……悪趣味」

「こちらとしてみれば、どの口がと思うがね」


 どちらも同じようなものだと男は言った。

 それにアリアはフンと鼻を鳴らし、早くしろと床を蹴る。


「そうくな。目的のものはもう目の前だ」

「は?」


 男はこれだと、数多くあるホルマリン漬けの一つを指差した。その中には手首から先の“何者かの左手”が入っていた。


「状態は悪いが、アレの半分はコイツだ」


 男の、この突拍子もない言葉に、お前は何を言っているのだとアリアは言う。それに男はこれだからと半ば呆れた声を出し、真実を告げた。


「アレは私がこの世に生み出した“キメラ”だ。人と、この“スプリガン”のな」

「は……?」

「だからアレは、ただの人形なぞではない」


 面の男は“左手”の入った瓶を撫でる。


「……キメラ? キメラですって? 人造人間ホムンクルスと違って、キメラの資料はもう残っていないと聞いていたけれど、そんなもの、よく造れたわね。あなた本当に何者?」


 キメラ製造について記述される魔導書は、そのほとんどが焚書している。そしてそれを伝承する者もいないとされていた。キメラは極めて短命で、飼い慣らす頃には死んでいる場合が多く、製造過程においても拒絶反応により成功例が殆ど無い。造りやすく管理しやすい人造人間と違い、キメラを生み出した所でハイリスク・ノーリターンである事から、そもそも需要がないのだ。


 それを思い出し、アリアはハッとした。

 あの人形も近々死んでしまうのかと慌てふためく。


「そう簡単にくたばりはせんさ。アレには一つ“仕掛け”を施してあるからな」


 続けて男は溜息混じりにぼやく。


「しかし……折角造ってやったというのに、こんな小娘に売ってしまうとはな」


 それは元の持ち主であるチャーリー・ロビンソンに対するものだった。ただ実の所、そのチャーリーもこの件については頑なに拒んでいた。けれどアリアがチャーリーが従兄であろうと容赦せず、あの手この手で破壊と脅しを繰り返し、ロビンソン家所有の屋敷を二つ全壊させてしまった事が原因で、人形を手放さざるえなかったのだ。それにしてもと、結局男は何者なのか分からないとアリアは小首を傾げる。


「なに、ただのしがない“魔法使い”さ」


 笑みを含んだその声に、アリアはせせら笑う。こんな亜空間に住み、キメラを易易と造ってしまえる無名の魔道士がいるという事自体可笑しい話だと。それと同時にその羊面の裏にどんな顔を隠しているのか、ふいに気になり想像する。


(声質から言って、いい歳したオッサン、よね。もしかして……ハゲ散らかした頭をあれで隠している……とかなのかしら)


 よもやそんな失礼にも程がある想像をされているとはつゆ知らず、男はアリアにある事を提案した。


「貴様は、あの黒騎士をもう一体欲しいだけなのだろう? ならば私が黒騎士アレのクローンの一つや二つ、好きなだけ造ってやろう」

「本当!?」

「ああ」


 ならばもう、アリアがあの人形を探す必要は無くなった。何故ならオリジナルのセイジがいる限り、いくらでも複製出来るからだ。


「そうよね。よくよく考えてみれば、最初からまた造ってもらえば良かったのよ。あぁ私ったら、なんで気がつかなかったのかしら!」


 探す手間が省けた上に、当初の予定より完璧に近いセイジが増える。これにアリアは「さて何体造ってもらおうか」と指折り数えて喜ぶが……。


「ただし条件がある」


 少し間を置いて男が言った。


「アレを……あの素体を必ず回収しろ。無論生きた状態で、だ」

「何故?」


 その妙な提案にアリアは問う。この男は最初からあの人形に執着していなかった筈なのだ。チャーリーの依頼で人形を造り、そしてそれをそっくりそのまま無償で受け渡している。長らく自分の傍に置いていなかった物を、何故今更欲しがるのか、アリアには理解出来なかった。


「何、こちらも“色々”あってな」


 男の答えは、ちっとも返事になっていなかった。けれどそれ以上聞く事はせず、アリアはその条件を素直に飲む事にした。


「決まりだ。細胞でも何でも、必要であれば人手も貸そう。シャノンにナノ、それにガロン。アレらも私が造り出したキメラだ。貴様の好きに使うといい」

「そう、でもあの鳥女は嫌。あの女は性格悪いし煩いもの――。それにしてもねぇ、あなた。いい加減、私の事を貴様と呼ぶのはやめてくれる? さっきから気分が悪いのだけど」

「では何と?」

「アリアよ。なんなら様付けでも良いけれど。あなたは?」

「……フェムトだ」


 半ば呆れた声を出すフェムト。


「そうフェムトっていうの。でもあなた、見かけによらず随分お喋りなのね。そんなに自分の手の内を晒すなんて、小物のする事よ」


 フェムトは「気の強い小娘だ」そう呟いて羊面と肩を小刻みに揺らす。


「誰それ構わずこんな事を話す程、愚かでは無い。貴様も“こちら側”の人間だと判断したまでだ。――違ったか?」

「まぁいいわ。貴方が何者であろうと、今は気にしないであげる。っと、コレ重いわね……」


 流石に自分では持てないと判断し、アリアはセイジの待つ部屋へと急ぐ。

 こうしてアリアは鍵を手に入れた。“彼”を探す、その鍵を。

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