第30話:無力な自分に腹が立つ

「ステラちゃん? まだ戻ってないわよ~?」


 夕方、俺は彼女と一緒に帰る為、いつも通りの時間に協会へ向かった。しかしカレンからまだステラが戻ってきていないと言われ、彼女と合流するまでの間、エントランスで暇を潰す事にした。


「クッキーあるけど食べる? あ、でもこんな時間に食べちゃったらご飯入らなくなっちゃうかー」

「そんな、子供じゃないんだから」


 それもそうかとケラケラ笑うカレンから、カラフルにラッピングされた小袋を受け取り、俺は一旦外に出た。中身はステック状のどこぞの健康食品のような分厚いクッキーだった。


「「オイ小僧、旨ソウナ物ヲ持ッテオルナ」」


 横から首を伸ばすのは、あのガーゴイル兄弟だ。

 ガーゴイルも物を食べるのかと訊くと、食べる事は出来るが、消化に時間が掛かるそうだ。というか消化した物はちゃんと排泄されるのだろうかと、別のことが気になってしょうがない。


「えと……食う、か?」

「「モラオウ」」


 俺の手の平に置かれたソレを、二匹のガーゴイルは交互についばんだ。

 それはさながら鳩に餌付けでもしているかのようで……見てくれがドラゴンに似ている事もあり、俺は今、もの凄いものを手懐けているのではなかろうかとテンションが上がった。


「凄いがっついてるけど、うまいんだなぁ」

「「ウム」」


 クッキーはあっという間に食い尽くされ、俺は結局食べれなかった。でも、それ以上のものを得た気がするので満足だ。


「アンタ何してんの? そんなとこで」


 若干引き気味に俺に声を掛けたのは、鬼畜ツインテことメリッサだった。もう仕事終わりなのか、髪は下ろされ、いつも着ている灰色のロングパーカーのファスナーはキッチリ閉じられていた。


「ステラを待ってる」

「あっそ」


 え、それだけ? と思う程、メリッサはあっさりしていて、そのまま帰ってしまった。あいつはいつ俺にデレるんだ……なんて考えていると、ガーゴイル達の震えた声が左右から発せられた。


「「悪イコトハ言ワン、アノ娘ニハ近ヅカナイ方ガイイ。アレハ獰猛ナ野獣……ソウ野獣ナノダ……」」

「ええ……」


 あんなに不抜けていたガーゴイル達が、今ではもうシャンと背筋を伸ばし、いつもの位置に雄々しく座っていた。けれどその体は小刻みに震え、大量に汗をかいているのは、過去に何かあったのだろうか。メリッサに対する怯え方が尋常ではなくて気になった。


「あいつに何されたんだよ……」

「「アレハ、末恐ロシイ娘ナノダ……」」


 強面のガーゴイル達が涙目になっていたので、それ以上訊くのははばかれた。

 俺は考えるのをやめ、空を見る。すると――。


「お、遅くなって、すっ、すみませっ」


 息を切らしたステラと合流できた。俺達はそこから帰路に着き、いつもの時間に夕飯を済ませ。夜は真新しいベッドに潜って、変わらぬ朝を迎えるものだと、寝る前までの俺は思っていた。



 朝起きると、まだ十月に入ったばかりだというのに、室内は真冬のように寒かった。いつも丁度いい感じに温度調整がなされていた分、部屋が余計に寒く感じる。


「さびぃ……」


 厚手のトレーナーに着替えて一階に降りてみたけれど、家全体が寒かった。暖を取ろうにもリビングに暖炉はあるが、付け方が分からない。キッチンのコンロはいつも彼女が火の精霊とやらに頼んでいるし、この家でライター等の火種の類を見たことが無いことに気がついた。


「あっ、でもそうか」


 コンロには火の精霊がいる。そこから火種を貰うことが出来れば……と期待を込めて、恐る恐るコンロ下の小さな小窓を開けて中を覗いた。でも中には何も居なかった。扉の内側から、何から何までススで汚れ、燃え残しの薪だけがそこにあるだけだ。


 それを見て俺はふと思い出す。そういえば冷蔵庫にいるらしい氷の精霊も、風呂場にいるらしい風の精霊も、今まで一つたりとも俺はこの家に住まう“精霊”を目にしたことがないということに。


「俺には見えない。って事なのかな……」


 ならばもうしょうがないと諦め、彼女が起きるのを待つことにした。

 けれど、彼女は八時を過ぎても起きてこなかった。毎日毎日、誰よりも早く起き、知らない内に色々済ませている彼女が、その日はずっと部屋から出てくる気配が無かった。まあ人間、たまには寝坊もするだろう。しかしそろそろ起こさなくては、仕事があったら大変だと思い、彼女の部屋に向かうことにしたのだが……。


「おーい、朝だぞー」


 ドアの外から呼びかけるが、反応は無かった。

 どうしたのかと部屋に入ると――。


「はぁ……はぁ……っ……」


 熱い吐息で呼吸を乱すステラが、ベッドの上に横たわっていて、額に置いた手の平から、人が発しているとは思えない程の熱が伝わり、ついたじろぐ。


「そうだ、熱冷ましか何か――」


 そういったものがどこかに無いか、ミスターに訊いてみようと、俺は急いであのミニチュアハウスの屋根を開けた。


「キュゥ……」

「お前もか!!」


 不運なことに、ミスターもゆでダコみたいに熱を出して伸びていた。


「クソっ」


 この家で動ける者は俺しかいない。俺はミスターをキッチンの水桶に突っ込み、水を出しっぱなしにして急いで家を出た。


 外は雨が降っていた。傘も差さずに道を駆け、時折転んで泥だらけになった子供は異様に見えたのか、通勤通学途中の道行く人々が驚きの表情を浮かべている。脇腹が痛い。ズキンズキンと痛みと共に、内側から不安も一緒に溢れ出す。

 どうしよう、このまま彼女が死んでしまったら。どうしよう、もう彼女の笑った顔が見れなくなったら。どうしよう……何故かそればかりが頭をよぎる。


「開けて、開けてください! すみません!! 誰かっ、誰か居ませんか!!」


 俺は無理やり柵を抜け、無礼を承知でヒナの屋敷の扉を叩いた。


「まぁまぁ、坊ちゃん。あらあらまぁまぁ泥だらけで、今拭くものを――」

「ばあやさん! ドクターっ、ルドラさんに連絡取れませんか!? ステラが凄い熱出しててっ、家には薬も置いて無くてっ!!」


 とにかく大変なのだと説明し、急ぎドクターに連絡を入れてもらうと、ばあやさんを連れて家に戻った。でもそこで目にしたのは……。


「ステラ……?」


 未だ熱に浮かされる彼女の髪は、桃色から熟れた林檎のように赤みが増し、床を這うように長く、うごめいていた――。





***


「魔力が暴走してる……」


 駆けつけたドクターは、ステラを診るなりそう言った。


「えっと、じゃあ魔法を使わせればいいんですよね?」


 そうすればスッキリする。簡単な事じゃないかと胸を撫で下ろす。

 でもドクターの表情は暗いままだった。


「そう簡単にはいかないのよ……。この子の魔力はその、強すぎて……。ちょっと事情があって一部を封じている状態なの……そうね、大きな風船に少しずつ空気を送り込んで、それが今パンパンに膨らんでいる状態、って言えば分かるかしら。それと同じよ。そんな状態で下手に穴を開けてみなさいな、下手すれば街一つ滅ぶかもしれないわ。……でもだからといって、このまま放っておく事も出来無い。器が壊れてしまえば同じだもの……」


 その話を聞いて、ならばと俺は提案した。


「じゃ、俺がまた魔力をもらえば――」


 手っ取り早い。そう思ったけれど、すぐに駄目だと制される。


「こんな状態の時に、調整なんて出来るはずないじゃない」

「いやだって、一回出来た事なら――」

「だから! それはさっき駄目だって言っただろ!」


 ドクターが声を荒らげた。それにビックリしていると、ドクターはハッとした後、小さくごめんなさいとつぶやいた。


「坊ちゃん……」


 それ以上は部屋に居づらく、俺は一旦廊下に出た。すると部屋の外で、ばあやさんが調理用のボウルに水を張り、ミスターを浮かべて待っていた。それを受け取り、リビング側の壁にもたれて座る。暫く、プカプカ浮かぶミスターを見ていると、表で車が止まったような音がして玄関を見る。


「彼女は?」


 荒々しく玄関のドアを開けたのは、スターチスさんとリドだった。


「そ、そこの部屋です」

「おい、ソレもこちらで預かる。渡せ」

「え、でも――」

「現時点で、お前に出来る事は何もない。いいからソレを早く寄越せ」

「……」


 玄関先、俺はもう何も言えなかった。

 いつものように淡々と、しかしかなり険しい顔のリドにミスターを託し、二人が部屋に入っていくのをただ呆然と見ていた。


「とにかく運ぼう」


 一通り話し終えたのか、おもむろにステラから毛布を剥ぎ取ると、スターチスさんの体から黒い触手のような物が沢山伸びて、そのまま彼女を包み込んだ。

 それはすぐに丸い球体となり、慌ただしく窓から出しては、魔道士協会のマークが白でペイントされた黒いバンに乗せ、二人と一匹、そしてドクターを連れ、あっという間に走り去っていった。


「……」


 雨の降る中、俺は道につったって、車の去った方向をただ眺めていた。


「何も出来なかった……」


 髪を伝い肌を濡らす雨は、どんどん俺の体温を奪っては地面で跳ねて、足に新しい泥を付けていく。


「坊ちゃん……」


 玄関先から、なんて声を掛けたらよいかと、きっとそう思って立ちすくんでいたばあやさんが、このままでは俺まで風邪を引くと傘とタオルを差し出した。

 ボタボタと雨が傘に当たる音が耳を突く。


「……俺、どうしたらいいんですかね」


 彼等の間に入る事も、傍で見守る事さえも出来無い。完全なる蚊帳の外。

 先程のリドの言葉が頭に響く。俺には何も出来ない、出来ることと言えば、このまま、ただじっと家で待つしかないのだろう。


「それもそれで辛いな」


 焦燥感が顔に出ていたと思う。

 ばあやさんも少し複雑そうにしていて、言葉に詰まっている。


「すみません、変な事言って」

「いいえ……そうだ、温かいミルクでも如何です? ここはお寒いでしょう?」

「はい……すみません。頂きます」


 ばあやさんの好意は温かいのに、俺の中では寂しさが増していく。

 あぁ彼女が……皆が遠い。

 俺は本当に無力なのだと思い知る。

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