偽りの魔法使い -②-「無力な自分に腹が立つ」

「ステラちゃん? まだ戻って無いわよ~?」


 夕刻。俺はステラと一緒に帰る為に、いつも通りの時間に協会へ向かったが、カレンからまだステラが戻ってきていないと言われ、なんなら星室で待つか? と訊かれた。しかし、そもそも部外者なのでとその申し出は断り、ロビーで時間を潰す事にした。


「クッキーあるけど食べる? あ、でもこんな時間に食べちゃったらご飯入らなくなっちゃうかー」

「そんな、子供ガキじゃないんだから」


 それもそうかーとケラケラ笑うカレンから、カラフルにラッピングされた小袋を受け取り、一旦外に出た。中身はステック状のどこぞの健康食品のような分厚いクッキーだった。


「「オイ小僧、旨ソウナ物ヲ食ベテオルナ」」


 横から首を伸ばすのは、あのガーゴイル達だ。

 ガーゴイルも物を食べるのかと訊くと、食べる事は出来るが、消化に時間が掛かるそうだ。というか、消化した物はちゃんと排泄されるのだろうかと、別のことが気になってしょうがない。


「えと……食う、か?」

「「モラオウ」」


 俺の手の平に置かれたソレを、二匹のガーゴイルは交互に啄んだ。

 それはさながら鳩に餌付けしているかのようで……見てくれがドラゴンに似ている事もあり、俺は凄い者を手懐けているのではなかろうかとテンションが上がった。


「すげぇがっついてるけど、うまいんだなぁ」

「「ウム」」


 クッキーはあっという間に食い尽くされ、結局食べれなかったが、それ以上のものを得たので満足した。


「何してんの? アンタそんな所で」


 若干引き気味に俺に声を掛けたのは鬼畜ツインテことメリッサだ。

 いつも着ている灰色のロングパーカーに白と黒の縦縞の短パンを履き。仕事終わりなのか髪は下ろされている。


「あいつを待ってる」

「あっそ」


 え、それだけ? と思う程、メリッサはあっさりしていて、そのまま帰ってしまった。あいつはいつ俺にデレるんだ……なんて考えていると、ガーゴイルの震えた声が左右から発せられた。


「「悪イコトハ言ワン、アノ娘ニハ近ヅカナイ方ガイイ。アレハ獰猛ナ野獣……ソウ野獣ナノダ……」」

「えぇ……」


 あんなに不抜けていたガーゴイル達が、今ではもうしゃんと背筋を伸ばし。いつもの位置に雄々しく座っていた。しかし、小刻みに震え、大量に汗をかいているのは、過去に何かあったからだろうか。メリッサに対する怯え方が尋常では無い。


「あいつに何されたんだよ……」

「「アレハ、末恐ロシイ娘ナノダ……」」


 強面のガーゴイル達が涙目になっていたので、それ以上訊くのははばかれた。

 俺は考えるのをやめ、空を見る。すると――


「お、遅くなって、すっ、すみませっ」


 息を切らしたステラと合流できた。

 俺達はそこから帰路に着き。いつも通りの生活を、いつも通りにこなして、夜は真新しいベッドに潜って、いつも通りの朝を迎えるものだと思っていた。





 次の日起きると、外はあいにくの雨模様で、室内は真冬のように寒かった。

 いつも丁度いい感じに温度調整がなされていた分、余計だ。


「さびぃ……」


 リビングに暖炉はあるが、付け方が分からない。キッチンのコンロはいつも彼女が火を付けるし、この家でライター等の火種の類を見たことがないのだ。


「あっ、そうか」


 コンロには火の精霊がいる。そこから火種を貰うことが出来れば……と期待を込め、恐る恐るコンロ下の小さな小窓を開けて、中を覗いた。

 でも、中には何も居なかった。扉の内側から、何から何まで煤で汚れ、燃え残しの薪だけがそこにあるだけだ。


 それを見て、俺はふと思い出す。そういえば、冷蔵庫にいるらしい氷の精霊も、風呂場にいるらしい風の精霊も、一つたりとも俺は目にしたことがないのだ。


「俺には見えない。って事かな……」


 ならばもうしょうがない。

 俺は諦め、彼女が起きるのを待つことにした。

 




 彼女は八時を過ぎても起きてこなかった。

 毎日、誰よりも早く起き、知らない内に色々済ませている彼女が、その日はずっと部屋の中。まぁ人間、たまには寝坊もするだろう。しかし、そろそろ起きなくては仕事があるんじゃなかろうかという事で、起こすことにしたのだが。


「おーい、朝だぞー」


 っとドアの外から呼びかけたのだが、反応は無かった。

 具合でも悪いのかと心配になり、部屋に入ると……


「はぁ……はぁ……っ……」


 弱々しく、熱い吐息で呼吸を乱すステラがベッドの上に横たわっていて。額に置いた手の平から、人が発しているとは思えない程の熱が伝わり、つい、たじろぐ。


 けれど、この家には冷蔵庫のようなものはあれど、冷凍庫の類は無い。出来る事と言えば、水道水でただ濡らしたタオルを額に当てる位しか出来ない。

 水を飲まそうにも零してしまうし……


「熱冷ましか何か――」


 そういったものがどこかに無いか、ミスターに聞こうとしたのだが……


「キュゥ……」

「お前もか!!」


 あのミニチュアハウスの中で、ミスターもゆでダコみたいになっていた。


「クソっ」


 この家で動けるものは俺しかいない。

 俺はミスターをキッチンの水桶に突っ込み、水道を出しっぱなしにして急いで家を出た。雨の中、傘も差さずに道を駆け、時折転んで泥だらけになった子供は異様に見えたのか。通勤通学途中の道行く人々が驚きの表情を浮かべている。


 走って、乱れた呼吸と共に、内側から不安が溢れ出していく。

 どうしよう。このまま彼女が死んでしまったら。どうしよう、もう、彼女の笑った顔が見れなくなったら。どうしよう――


「開けて、開けて下さい! すみません!! 誰かっ、誰か居ませんか!!」


 俺は無理やり柵を抜け、無礼を承知でヒナの家の扉を叩いた。


「まぁまぁ、坊ちゃん。あらあらまぁまぁ泥だらけで、今拭くものを――」

「ばあやさん! ドクター、ルドラさんに連絡取れませんか!? ステラが凄い熱出しててっ、家には薬も氷も無くてっ!!」


 とにかく大変なのだと説明し、急ぎドクターに連絡を入れてもらうと、ばあやさんを連れて家に戻る。でも、そこで目にしたのは……


「ス……テラ……?」


 未だ熱にうなされる彼女の髪は、桃色から熟れた林檎のように赤みが増し、床を這うように長く、うごめいていた――





***


魔力マナが暴走してる……」


 駆けつけたドクターは、ステラを診るなりそう言った。

 ステラは元々魔道士だけれど、魔術ばかり使っていて、普段からあまり魔法に頼っていなかった。しかしそれでは魔力が体に溜まりすぎてしまう。そうなれば自ずと体が限界を迎えてしまうわけで。行き場をなくした魔力が、外へ出ようとしているのでは無いか。と……


「じゃぁ魔法を使わせればいいんじゃ……?」


 そうすればスッキリするんだろう? 簡単な事じゃないかと胸を撫で下ろす。

 でも、ドクターの表情は暗いままだった。


「そう簡単にはいかないのよ……この子の魔力は今……その、強すぎて。一部を封じている状態で…………そうね、大きな風船に少しずつ空気を送り込んで、それが今パンパンに膨らんでいる状態、なのかしら。それと同じよ。そんな状態で下手に穴を開けてみなさいな、下手すれば街一つ滅ぶかもしれないわ。……でも、だからといって、このまま放っておく事も出来無い。器が壊れてしまえば同じだものね……」


 その話を聞いて、ならばと俺は提案した。


「じゃぁ俺がまた魔力をもらえば……」


 手っ取り早い。そう思ったけれど、すぐに駄目だと制される。


「それはライネックに寄生されてた時の話でしょ?」

「いやでも、一回出来た事なら――」

「駄目と言ったら駄目! 本当に危険なの! お願いだから聞き分けて頂戴!」


 ドクターが声を荒らげた。

 それにビックリしていると、ドクターはハッとした後、小さくごめんなさいとつぶやいて、俺を部屋から追い出した。


「坊ちゃん……」


 部屋の外には、ばあやさんが調理用のボウルに水を張り、ミスターを浮かべて待っていた。それを受け取り、リビング側の壁にもたれて座る。

 暫く、プカプカ浮かぶミスターを見ていると、表で車が止まったような音がした。荒々しく玄関のドアを開けたのは、スターチスさんとリドだった。


「ステラ君は?」

「そ、その部屋です」

「おい、そいつもこちらで預かる。渡せ」

「え、でも――」

「現時点で、お前に出来る事は何もない。いいからソレを早く寄越せ」

「……」


 玄関先、俺はもう何も言えなかった。

 いつものように淡々と、しかし、かなり険しい顔のリドにミスターを託し、二人が部屋に入っていくのをただ呆然と見ていた。


「とにかく運ぼう」


 一通り話し終えたのか、おもむろにステラから毛布を剥ぎ取ると、スターチスさんの体から、黒い触手のような物が伸びて、そのまま彼女を飲み込んだ。それはすぐに丸い球体となり、慌ただしく窓から出しては、先ほど乗ってきたのであろう、魔道士協会のマークが白でペイントされた黒いバンに乗せ。二人と一匹。そしてドクターを連れ、あっという間に走り去っていった。


「……」


 雨の降る中、俺は道につったって車の去った方向をただ見ていた。

 髪を伝い、肌を濡らす雨は、どんどん俺の体温を奪っては地面で跳ねて。足にまた泥を付けていく。


「坊ちゃん……」


 玄関先から。なんて声を掛けたらよいかと、きっとそう思って立ちすくんでいたばあやさんが、このままでは俺まで風邪を引くと傘とタオルを差し出した。

 ボタボタと、雨が傘に当たる音が耳を突く。


「……俺、どうしたらいいのかな」


 彼らの間に入る事も。傍で見守る事さえ出来無い。完全なる蚊帳の外。先程のリドの言葉が頭に響く。俺には何も出来ない。出来ることと言えば、このままただじっと家で待つしかないのだろう。


「それもそれで、辛いな」


 焦燥感が顔に出ていたと思う。ばあやさんも少し複雑そうにしていて、言葉に詰まっている。


「すみません、変な事言って」

「いいえ……そうだ、温かいミルクでも如何です? ここはお寒かったでしょう」

「はい……すみません。頂きます」


 ばあやさんの好意は温かいのに、俺の中では寂しさが増していく。

 あぁ。ステラが……皆が遠い。

 俺は、本当に無力なのだと思い知る。

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