おもひでクライシス -⑥-「聖女セレスタ」

 大人しい顔をして、少女は大胆だった。


「はぁ、はっ――はぁ」

「あぁ、殿方とこんな……まるで夢のようですわ」


 治まったはずの心臓が、再び早鐘を打つ。激しく揺さぶられる互いの体と体温は、腰に回した手や、服を伝って行き来する。

 何故こうなったかというと――



~十五分程前~

 おいでおいでと手招きされベッドに上がり、言われた通りに従った。最初、何を言っていて、俺にどうしてほしいのか分からなかったが。そう深く考える暇もなく、最終的に無理やりソコへ押し込まれ、間髪入れずに部屋に誰かがやってきた。


「やはりお目覚めでしたか。セレスタ様」

「えぇ、どうにも寝付けなくて、昼間の続きをしておりましたの」


 やはりずっと探していた例の聖女。セレスタだった。

 部屋に入ってきた女性は何か伺うような声で、聖女に喋りかける。


「……ご存知かもしれませんが。現在、侵入者を一名探しております」

「まあ、それはそれは、夜分遅くにご苦労さまです」

「……ロックが一度外れましたが……部屋の外に?」

「えぇ先ほど。騒がしかったので様子を見に。それが何か?」

「その時誰かに会いませんでしたか?」

「いいえ、誰とも」

「……神に誓って?」

「えぇ」


 二人はそんなやり取りをしていた。

 神に仕える身で、そんな平然と嘘を付いていいのかと色々不安になったが、その言葉を聞いて、女性は黙る。


「……失礼!!」


 女性は突然声を上げて、何かを剥いだ。

 剥ぎ取られたものは多分掛け布団だろう。それはバサリと音を立て、床に落ち。女性は当てが外れたのか、声を落として息を吐いた。


「あら、起床の時間にはまだ早いようですが、どうかしまして?」

「いえ……私の思い違いだったようで、申し訳ありません。そ、それでは私はこれにて――」

「ああ、レムリア。待って。これどうかしら、バザー用に作ったレース。雪の結晶をモチーフにしてみたのだけど」

「……素晴らしい出来です。皆も喜ぶでしょう」


 返事を聞いて聖女は笑う。

 それからコツコツと石畳を蹴る足音が遠ざかり、再び静寂が訪れた。


「もう大丈夫ですわ」

「ぷはっ!」


 聖女は、俺が入っていた大きな枕のファスナーを開け、笑顔を向ける。新鮮な空気を思いっきり吸い込んで、息を整え。じんわりかいた汗に外気が触れて、体温は一気に下がる。


「生きた心地がしなかった……」

「まぁ、ふふふ」


 あの時。ベッドの上の数あるクッションや枕の内、一番大きなクッションを指さされ。手早く内布を破き、詰め物を他の物に急いで分散させた。そして、半分以上中身を抜いた物に、俺の体を収めると、上部の隙間を埋めるように詰め物を移動させ偽装する。それもちゃんと息ができるようにファスナーを少し開ける等、手馴れているというかなんというか……冷汗一つかかず、飄々としている様には驚きだ。


わたくしこうみえて、かくれんぼが大得意ですのよ」

「へ、へぇ……」


 聖女というにはあまりに庶民的な遊びを知っているものだ。


「それで、貴方のような小さな殿方が、何故このような場所に?」

「あっ、あのそのっ、貴女に会ってもらいたい人がいて! 相手はただ会うだけでいいって言ってて、俺的には話の一つでも聞いてやって欲しいけど。そのっ、ベルフェゴールっていう悪魔の事は覚えてますか!? 相手は柵越しでも、一目見るだけでも十分だと言ってるんですけど!」


 伝えたい事は沢山ある。でも、何をどう伝えればいいのか一瞬混乱していまい。思いついた言葉から口にしたものだからやたら早口になってしまった。


「……」

「駄目……ですか?」


 やはり悪魔と聖女。会うわけにはいかないのだろうか。

 聖女は上を見て、ふぅとため息を付いた。


「……やっと。この時がきたのですね」

「!!」

「ずっとずっと、この日をお待ちしておりました」

「じゃぁ!」

「えぇ、でも、まさかこんなに小さな殿方がお迎えにくるとは、思いもしませんでしたわ。私はもっと別の――」

「え?」

「いいえ。未来は変わるもの。ですものね……」


 しかし。さぁ、会いに行こうと言っても、部屋の外は戦場だ。足の悪いこの人は走れない。


「……時間が無い、何か、何か良い手は」


 抱えれば早いのに。

 そう思った時、ふと昼間の出来事が過ぎる。


「そうだ――!」


 メリッサから受け取った、あの飴をポケットに入れたままだったのだ。

 骨折したのは左腕。利き腕の右手で背負えば何とかなるかもしれない。


「死ぬ気で我慢すればいけるか? っとすみません、この包帯を取ってくれませんか?」

「それを、ですの?」


 今、俺がしているギプスは取り外し可能で、この分厚く巻かれた包帯を取ってしまえば、簡単に取れるのだ。それから少し苦戦したが、一応ギプスは取れた。


「っ――ててて」


 パンパンに腫れた腕を動かすと、激痛が走り、脂汗が出る。

 それを無理やり我慢して、更に腕輪も外してもらい、驚かないよう一言入れて、飴を頬張った。苦しみ、もがきながら俺が大きくなる様を、聖女は冷静に、時折溜息を漏らしながら眺めていた。


「実はこっちが元の姿で……って。あれ? 腕……痛くない?」


 あんなに腫れていた左腕は、何事もなかったかのように、慣れ親しんだいつもの通り。動かしても押しても痛みが無く、完全に正常だった。


「マジかよ、都合良すぎだろこの体」


 縮んだり元に戻ったりというのもなかなかのものだが、それにより怪我まで治るとは、まさかの展開だった。しかし、今はそんな事に気を取られている場合では無い。包帯を取るのに時間が掛かってしまい、残り時間は十五分を切ってしまった。


「うし。行きましょう」


 こうして俺は聖女を抱え走り出す。

 不思議なことに、この人を抱えているからか、誰かに見つかっても撃たれるような事は無く、すんなり庭に出ることが出来た。


「え……」


 しかし、柵の外に居た悪魔は、ベルフェゴールでは無かった。


「ジイさん!!」

「う……うぅ……」


 ベルフェゴールは、別の悪魔に組み敷かれボロボロで、敷地を囲むように、有象無象の悪魔達が作の外からコチラを覗いていた。


「……何、なんだよこの状況」

「あの――」


 聖女が俺に何か話しかけているが、全く頭に入ってこない。今、柵の外で何が起こっているのか、まるで理解が出来無かったからだ。

 そこへ――


「ギャッ!」


 乾いた銃声の後、悪魔が断末魔の悲鳴を上げた。それは俺達から遠く離れた場所から始まり、撃たれた悪魔は光を放ち消えていく。


「伏せて!」

「っ!」


 聖女が似合わない大声を出し。それに驚き、地に伏せる。

 頭上を飛ぶ弾丸に慈悲は無く、正確に悪魔の頭を打ち抜いていた。悪魔も突然の事で混乱したのか、身動き取れず……あんなに群れをなしていた悪魔達は、もう目視で数えれる程減っていて、凄いと感じるより怖いと思った。


「圧倒的じゃないか……」


 程なくして弾丸の雨は止み、俺達の元へリドが歩み寄る。


「無様だな」

「……お前な……」


 それは、潰れたカエルのような格好をとった俺に対する言葉だった。リドは聖女を丁寧に起こし、そのまま抱えて歩き出す。


「お、おい! 何でそっちに!?」 

「……」


 返事も無く、リドはスタスタと修道院へ向かう。

 それと入れ違いになるように、一人のシスターがやってきた。


「手はいるかしら?」

「あ、い、いえ!」


 かなり歳のいったシスターは、そう。と柔らかく微笑んだ。 

 柵の外の悪魔達はというと、ベルフェゴールを残し、綺麗さっぱり消えていて、そのシスターは少し離れた場所にある扉を開けて外へ出ていった。


「おぉ……おぉ……」

「まったく、無茶をして……」


 ベルフェゴールとシスターは、近寄る度に涙を流し、互いの距離を詰めていく。

 そして……


「やっと、貴方に触れる事が出来るのね。ベルフェゴール」

「――っ!」


 二人は抱き合った。


「すまぬ……すまぬ……ワシはぬしに何も告げずに」

「全くです、こんなしわくちゃになるまでほったらかして……お陰でずっと独りでしたよ」


 むせび泣くベルフェゴールを、シスターは優しく慰めた。


「ど、どうなってんだ……?」

「まだ分からんのか、本当に救いようがないな」

「は?」


 聖女を修道院へ戻し終えたらしいリドは、いつの間にか横に立っていた。


「セレスタという名とその容姿は、力と共に代々聖女に引き継がれるものだ。つまりシスターセレナが先代の、あの悪魔が探していた聖女セレスタという事だ」

「はぁああああああああ!? だっ、え!? 嘘だろ!?」


 聖女は銀髪でオッドアイ。でもあのシスターの前髪はどう見ても白髪で、両の目は同じ色をしているじゃないか。という俺の主張に、リドはめんどくさいといった顔をして答えた。


「話を聞いていなかったのか? 容姿も引き継がれると言っただろう」

「うわー……」


 二人が出会い、離れ離れになったのはもうずっとずっと昔の話。その者が人間ならば皆平等に歳を取るのだ。それを考えれば分かる事だろうと言われ、複雑な気持ちになった。どうやら俺は、相当ファンタジー脳をこじらせ過ぎたようだ。


「……どうやら時間切れのようじゃ」

「えぇ……そのようで」


 ベルフェゴールの体を柔らかい光が覆い、うっすら透けだした。でも、今までの時間を取り戻すように、二人は抱き合ったまま……ピッタリくっついて離れようとはしなかった。


「最後に会えて良かった……もう、思い残すことはない」

「何を言いますか。今度は私がそちらに会いにいきますよ」

「――! そうか、そうか……今度は、主が来てくれるのか……」

「えぇ、えぇ。直に参ります」

「はは……せいぜい長生きすると良い。……ゆっくり、ゆっくり待っとるでな」

「えぇ」

「では、またの……」

「はい――」


 二人は別れを告げ。ベルフェゴールは光となった。

 悪魔と聖女。許されざる恋を反対するものはもういない。二人が魂となった後。同じ場所へたどり着けるかは分からないけれど、会えるといいな。と心の底からそう思った。

 




 その後協会へ戻り、リドに滅茶苦茶説教を受け、全てを知った。


「知り合いだったのなら、最初から言ってくれよ……」

「そもそも言う義理が無い。引き受けた以上自分で対処しろ、周りを巻き込むな」

「す、すみません」


 どうやら、分をわきまえろと言いたいようだ。耳が痛い。

 でも言い方ってもんがあるだろうに。


「あの子もあの子で、ずっと待ってた的な意味深な事言うから、もう本人なのかと……あぁ、でもそうか、未来が見えるんなら、今日という日が来るのを待っていたって事か」


 ようやっと理解した所で、俺はずっと気になった事をリドに問いかけた。


「お前等ってさ……こうやって悪魔の頼み事とか聞いちゃうものなの?」

「聞くはず無い」

「ですよね」

「でも、まぁ……ああいうのならいい……かもしれん」


 おお。予想外の反応だ。


「そうか。ああいうのならいいのか」

「うむ」


 案外いい奴なのかもしれない。と思ったけれど。


「だが、死ぬ時はお前一人で死ね」


 凍てついた視線で吐き捨てた。

 やはり、リドはリドだった――




――おもひでクライシス――

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