第28話:聖女セレスタ

 大人しい顔をして、少女は大胆だった。


「はぁ、はっ、はっ――」

「ああ殿方とこんな……まるで夢のようですわ」


 一度は静まった胸の鼓動が、再び早鐘を打つ。激しく揺さぶられる互いの体と体温は、腰に回した手や服を伝って行き来する。何故こうなったかというと――。



 ~十五分程前~

 おいでおいでと手招きされベッドに上がり、言われた通りに従った。最初、何を言っていて、俺にどうしてほしいのか分からなかったが。そう深く考える暇もなく、最終的に無理やりソコへ押し込まれ、間髪入れずに部屋に誰かがやってきた。


「やはりお目覚めでしたか、セレスタ様」

「ええ、どうにも寝付けなくて、昼間の続きをしておりましたの」


 やはりこの少女がずっと探していた例の聖女、セレスタだった。部屋に入ってきた女性は何か窺うような声で、聖女に語りかける。


「……ご存じかもしれませんが。現在、侵入者を一名探しております」

「まあそれはそれは、夜分遅くにご苦労さまです」

「……ロックが一度外れましたが……部屋の外に?」

「ええ先ほど外が騒がしかったので様子を見に、それが何か?」

「その時、怪しい人物を見かけませんでしたか?」

「ええ」

「……神に誓って?」

「ええ」


 二人はそんなやり取りをしていた。

 神に仕える身で、そんな平然と嘘を付いていいのかと色々不安になったが、その言葉を聞いて、女性は黙る。


「……失礼!!」


 女性は突然声を上げて、何かを剥いだ。

 剥ぎ取られたものは多分掛け布団か何かだろう。それはバサリと音を立て、床に落ち、女性は当てが外れたのか、声を落として息を吐いた。


「あら、起床の時間にはまだ早いようですが、どうかしまして?」

「いえ……私の思い違いだったようで、申し訳ありません。そ、それでは私はこれにて――」

「ああレムリア、待って。これどうかしら、バザー用に作ったレース。雪の結晶をモチーフにしてみたのだけど」

「……素晴らしい出来です。みなも喜ぶでしょう」


 返答を聞いて聖女は笑う。

 それからコツコツと石畳を蹴る足音が遠ざかり、再び静寂が訪れた。


「もう大丈夫ですわ」

「ぷはっ!」


 聖女は俺が入っていた大きな枕のファスナーを開け、笑顔を向ける。新鮮な空気を思いっきり吸い込んで息を整え、じんわりかいた汗に外気が触れて体温が一気に下がるのを肌で感じた。


「生きた心地がしなかった……」

「まあ、ふふふ」


 あの時、ベッドの上の数あるクッションや枕の内、一番大きなクッションを指さされ。手早く内布を破き、詰め物を他の物に急いで分散させた。そして半分以上中身を抜いた物に、俺の体を収めると、上部の隙間を埋めるように詰め物を移動させ偽装する。それもちゃんと息ができるようにファスナーを少し開ける等、手馴れているというかなんというか……。冷汗一つかかず、飄々としている様には驚きだった。


わたくし、昔からこういった遊びは大得意でしたのよ」

「へ、へぇ……」


 聖女というには、あまりに庶民的というかなんというか。謎な人だと思った。


「それで、貴方のような小さな殿方が、何故このような場所に?」

「あっ、あのそのっ、貴女に会ってもらいたい人がいて! ええとその、相手はただ会うだけでいいって言ってて、俺的には話の一つでも聞いてやって欲しいけどっつ、つまり、ベルフェゴールっていう悪魔の事は覚えてますか!? 相手は柵越しでも、一目見るだけでも十分だと言ってるんですけど――」


 伝えたい事は沢山ある。でも何をどう伝えればいいのか混乱していまい、思いついた言葉から口にしたものだから、やたら早口になってしまった。


「駄目……ですか?」


 やはり悪魔と聖女、会うわけにはいかないのだろうか。聖女は上を見て、ふぅと柔らかい息を吐いた。


「……やっと、この時がきたのですね」

「!!」

「ずっとずっと、この日をお待ちしておりました」

「じゃぁ!」

「でも、まさかこんなに小さな殿方がお迎えにくるとは、思いもしませんでしたわ。私はもっと別の――」

「え?」

「いいえ、未来は変わるもの。ですものね……」


 しかし、さぁ会いに行こうと言っても、部屋の外は戦場だ。足の悪いこの人は走れない。


「……時間が無い、何か、何か良い手は」


 抱えられれば早いのに。

 そう思った時、ふと昼間の出来事が頭に過ぎる。


「そうだ――!」


 メリッサから受け取った、あの飴をポケットに入れたままだったのだ。

 骨折したのは左腕。利き腕の右手で背負えば何とかなるかもしれない。


「死ぬ気で我慢すればいけるか?」

「?」

「っとすみません、この包帯を取ってくれませんか?」

「それを、ですの?」


 今、俺がしているギプスは取り外し可能で、この分厚く巻かれた包帯を取ってしまえば、簡単に取れるのだ。それから少し苦戦したが、一応ギプスは取れた。


「っ――ててて」


 パンパンに腫れた腕を動かすと、激痛が走り、脂汗が出る。

 それを無理やり我慢して、更に腕輪も外してもらい、驚かないよう一言入れて、飴を頬張った。暫くして苦しみ、もがきながら俺が大きくなる様を、聖女は冷静に、時折溜息を漏らしながら眺めていた。


「実はこっちが元の姿で……って、あれ? 腕が……痛くない?」


 あんなに腫れていた左腕は、何事もなかったかのように、慣れ親しんだいつも通りの太さになっていた。動かしても押しても痛みが無く、完全に正常だ。


「マジかよ、都合良すぎだろこの体」


 縮んだり元に戻ったりというのもなかなかのものだが、それにより怪我まで治るとは、まさかの展開だった。しかし、今はそんな事に気を取られている場合では無い。包帯を取るのに時間が掛かってしまい、残り時間は後僅かだろう。


「うし、行きましょう」


 こうして俺は聖女を抱え走り出す。

 不思議なことに、この人を抱えているからか、誰かに見つかっても撃たれるような事は無く、すんなり庭に出ることが出来た。


「え……」


 しかし柵の外に居た悪魔は、ベルフェゴールだけでは無かった。


「う……うぅ……」


 ベルフェゴールは、別の角や翼が生えた、見た目にも悪魔だと分かる者達に組み敷かれていた。そして敷地を囲むように、有象無象の人ならざる者達が柵の外からコチラを覗いている。


「……何なんだよこの状況」

「あの――」


 聖女が俺に何か話しかけているが、全く頭に入ってこない。今、柵の外で何が起こっているのか、まるで理解が出来無かったからだ。そこへ――。


「ギャッ!」


 乾いた銃声の後、悪魔が断末魔の悲鳴を上げた。それは俺達から遠く離れた場所から始まり、撃たれた悪魔は光を放ち消えていく。


「伏せて!」

「っ!」


 聖女が似合わない大声を出し、それに驚き地に伏せる。

 頭上を飛ぶ弾丸に慈悲は無く、正確に悪魔の頭を打ち抜いていた。悪魔も突然の事で混乱したのか、身動き取れず……あんなに群れをなしていた悪魔達は、もう目視で数えれる程減っていて、怖いと感じるより先に、腹の底がゾワゾワして、体が熱くなった。


「何がどうなって……」


 未だ混乱する頭を抱えた俺。

 いつしか銃撃の雨は止み、俺達の元へリドが歩み寄る。


「無様だな」

「……お前な……」


 それは、潰れたカエルのような格好をとった俺に対する言葉だった。リドは聖女を丁寧に起こし、そのまま抱えて歩き出す。


「お、おい! 何でそっちに!?」 

「……」


 返事も無く、リドはスタスタと修道院へ向かっていった。

 それと入れ違いになるように、一人のシスターがやってきた。


「手は、いるかしら?」

「い、いえっ、自分で立てます!」


 かなり歳のいったシスターは「そう」と柔らかく微笑んだ。柵の外の悪魔達はというと、ベルフェゴールを残し、綺麗さっぱり消えていて、そのシスターは少し離れた場所にある扉を開けて外へ出ていってしまった。


「おぉ……おぉ……」

「まったく、無茶をして……」


 ベルフェゴールとそのシスターは、近寄る度にポロポロ涙を流し、互いの距離を詰めていく。そして……。


「やっと、貴方に触れる事が出来るのね。ベルフェゴール」

「――っ!」


 二人は互の存在を確かめ合うように、そっと抱き合った。


「すまぬ……すまぬ……ワシはぬしに何も告げずに」

「全くです。こんなしわくちゃになるまでほったらかして……お陰でずっと独りでしたよ」


 むせび泣くベルフェゴールを、シスターは優しく慰めた。


「ど、どうなってんだ……?」

「まだ分からないのか、お前は本当に救いようがないな」

「は?」


 聖女を修道院へ戻し終えたらしいリドは、いつの間にか戻ってきていた。


「セレスタという名とその容姿は、代々聖女に引き継がれるものだ。つまりシスターセレナが先代の、あの悪魔が探していた聖女セレスタという事だ」

「はぁああああああああ!? だっ、え!? 嘘だろ!?」


 聖女は銀髪でオッドアイ、でもあのシスターの前髪はどう見ても白髪で、両の目は同じ色をしているじゃないか。という俺の主張に、リドはめんどくさいといった顔をして答えた。


「話を聞いていなかったのか? 容姿は引き継がれると言っただろう」

「うわー……」


 二人が出会い、離れ離れになったのはもうずっとずっと昔の話。その者が人間ならば皆平等に歳を取るのだ。それを考えれば分かる事だろうと言われ、複雑な気持ちになった。どうやら俺は、相当ファンタジー脳をこじらせ過ぎたようだ。


「……どうやら時間切れのようじゃ」

「ええ……そのようで」


 ベルフェゴールの体を柔らかい光が覆い、うっすら透けだした。でも、今までの時間を取り戻すように、二人は抱き合ったまま……ピッタリくっついて離れようとはしなかった。


「最後に会えて良かった……もう思い残すことはない」

「何を言いますか。今度は私がそちらに会いにいきますよ」

「――っ! そうか、そうか……今度は、主が来てくれるのか……」

「えぇ、えぇ、直に参ります」

「はは……せいぜい長生きすると良い。……ゆっくり、ゆっくり待っとるでな」

「ええ」

「では、またの……」

「はい、また――」


 そしてベルフェゴールは光となった。

 悪魔と聖女、許されざる恋を反対するものはもういない。二人が魂となった後、同じ場所へたどり着けるかは分からないけれど、二人がまた会えるといいなと心の底からそう思った。

 


 その後協会へ戻り、リドに滅茶苦茶長い説教を受け、全てを知った。


「ってか、知り合いだったのなら、最初から言ってくれよ……」

「そもそも言う義理が無い。引き受けた以上自分の力で対処しろ。当たり前のように周りを頼るな、巻き込むな」

「す、すみません」


 どうやら分をわきまえろと言いたいようだ。耳が痛い。

 でも言い方ってもんもあるだろうに。


「あの子もあの子で、ずっと待ってた的な意味深な事言うから、もう本人なのかと……ああでもそうか、未来が見えるのなら、今日という日が来るのを待っていたって事か」


 ようやっと理解した所で、俺はずっと気になった事をリドに問いかけた。


「お前等ってさ……こうやって悪魔の頼み事とか聞いちゃうものなの?」

「聞くはずない」

「ですよね」

「でもまぁ……ああいうのならいい……かもしれん」


 おお、予想外の反応だ。


「そうか、ああいうのならいいのか」

「ああ」


 案外いい奴なのかもしれないと思ったけれど。すぐに「だが、死ぬ時はお前一人で死ね」と凍てついた視線で吐き捨てた。やはりリドは、リドだったか――。




 ――おもひでクライシス――

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