第26話:古城に住む魔女

 その後、魔道士協会のステラを訪ね、レナードは真実を知った。


 ――本格的な投薬治療を行うには、まず完全に人狼化している状態でなければならない。しかしあの日の夜、空は分厚い雲で覆われていた。だからステラはあの空家の中、月がよく見える位置にレナードを拘束した後、大きな魔法を空に穿ち、雲を散らす為に外に出た。


 しかし、空家に戻った彼女を待っていたのは、レナードだけではなかった。本来人狼化していたはずのレナードは、人の姿で気を失っている。そして部屋に佇む一人の男と目があった。左肩を深く噛まれ、血まみれになった“キリハラ・セイジ”がそこに居た。


『キリハラさんから、ある民間療法を試したと言われました』

『やっぱり……』


 その話と彼が行動に至った理由を聞いたステラは、ならば今度はセイジが感染している。そう思い今度は彼を治療しようとした。――しかし潜伏期間中では意味がない、発病を待たねばならない状況だった。そしてそれから三日、レナードが居なくなったあの空家で彼の人狼病が発症するのを待った。


『三日後の夜。キリハラさんは、確かに人狼化したんです。でも、すぐに治療を行ったんですが、薬が効かなくて……』


 異界人だからか、それとも量の問題か。手持ちの薬が彼に効かなかった。

 そうなるとステラの手に余る。


『一度協会に戻り、ドクターに診てもらおうとしたんですが……』


 次の日の朝、キリハラ・セイジは忽然と姿を消していた。

 空家の前、地面に書かれた謝罪の言葉だけを残して――。


 ステラは語る。治療を施す前に、この事件の報告書か何かを作るのかと彼に尋ねられた事があった。勿論作る、それが彼女の仕事だから。けれど彼は、その書類にレナードの名前を書かないでくれと懇願した。それは出来ない事だと何度も断ったステラだったが、最終的には彼の必死の訴えをきいてしまった。


 だから彼は消えたのだろう。彼の体を協会で調べれば、レナードの事がバレてしまうから。そんな事実など無かったと言うように、彼は姿を消したのだろうと。



 それからのレナードは仕事を辞め、暇さえあればセイジを探す日々を送った。

 そして一年半あまりが過ぎた頃。ソーン東部ケンブリッジの街中で、セイジとよく似た人物を見つけ出す。


『セージ! 君、セージだよね!?』

『……』

『僕だ、レナードだよ!』

『……』


 肩を揺さぶり、必死に声をかけるがセイジの反応は無い。実は人違いで、その人物は困惑している……という事ではなく、本当に反応が無いのだ。おかしいと思ったレナードは、こんな道端で何用か、非常識だと怒る連れの少女から、無理やり当時のセイジの様子を聞き出し、更なる自責の念に駆られた。


 彼は人狼病を治すべく、様々な土地を渡り歩いていた。そしてこの少女、魔道士アリア・ダフォディルと出会い。アリアが暫く従者になる事を条件に、彼の人狼病を治療した。けれどアリアはセイジに好意を抱き、このまま彼をモノにしたいと考えたという。


『でも彼、ちっとも私になびかないから』


 だからセイジの心を封じたのだと、アリアは冗談っぽく言い放つ。

 それからというもの、レナードは自分の職歴等を伏せ、ただの魔道士だと偽って……アリアの住む小さな古城に通ってはアリアを褒め称え。必死に取り入って、弟子として傍に置いてもらえるようにまで信頼を得た。



 そして――雷鳴轟く嵐の晩。

 ふいに目を覚ましたレナードは、乾いた喉を潤す為に食堂へ赴いた。その帰り、行きは気づかなかったが、普段使われていない部屋から微かに光が漏れているのを不思議に思い、扉を開けた。


『……あら、起きたの?』


 部屋の中に居たのはアリアだった。

 アリアは筒状の水槽前に立ち、振り返る。


『っ!?』


 振り返った瞬間、稲光が怪しく笑うアリアの顔と、その奥の水槽を照らす。

 その光景に驚いたレナードは、堪らず声を上げた。


『何を……してるんですか……?』


 一瞬だったが、レナードは確かに水槽の中に人影を見た。


『後でビックリさせようと思ってたのに。……まあいいわ』


 アリアが自慢気に見せたそれは……。

 緑色の保護液の中で浮遊する、半裸の男だった。


『まさか死んで――!?』

『生きてるわよ、失礼ね』

『じゃあ!』


 よもやどこぞから攫ってきたのかと尋ねると、アリアは何も悪びれた様子もなく言い放つ。


『これはね、元々私の従兄が魔術実験に使ってたお人形なの。でもほら見て、この綺麗な黒髪。顔つきも何となく彼に似てるし、背丈もほとんど変わらないのよ。ふふ。だからね、ちょっと無理言って、私がコレを買い取ったの』


 アリアは続けた。この人形を使い、自分だけを好いてくれる理想のセイジを作り上げている最中なのだと……それももう終盤で、後は顔を弄るだけなのだとも。


(なんてことだ……)


 レナードは酷い女だと心の中で呟いた。


『ふふ。私の夢はね、二人のセージとここでずーっと暮らす事。あぁ勿論お前も一緒よ? 仲間はずれなんて酷い事しないわ。あとは名前なんだけど、ねぇレナード、――と――どっちが――』

 

 聞いてもいない事をべらべら喋るアリアに、レナードは適当に相槌を打ち、怒れる心を表面上は凪いだ海のように静め。心の奥底で業火のごとく燃え上がらせた。


『どちらも、素敵だと思いますよ――』



 それからのレナードは行動が早かった。アリアに計画を悟られぬよう、周到に準備を進め、ある晩、実行に移す。


(寝たか……?)


 レナードが最も得意とする魔法は催眠だ、だがアリアも魔道士。魔法に耐性があるので注意が必要だった。なのでレナードは食事に大量の睡眠薬を混ぜた。そして料理とお茶を存分に飲み食いしたアリアが食堂で眠りについた後、その上から更なる魔法を掛けて時間を作る。


『セージ』


 レナードの呼びかけにセイジの反応は無い。何故なら“セイジはアリアの命令しか聞かない”からだ。何が彼をそこまで縛り付けているのか、アリア・ダフォディルという魔女の恐ろしさをレナードは再確認した。


 しかし動き出した計画を止めるわけにはいかない。レナードは例の人形が眠る“あの部屋”へ行き、傷つけぬように慎重に水槽の外へと出した。


『……』


 人形の意識がコチラ側へと戻される。膝をついて倒れ込んだ人形はレナードにシーツを掛けられ、うっすらと瞳を開けた。


『おはよう。僕が誰で、ここがドコだか分かるかい?』


 その問いかけに人形はゆっくり首を傾げた。


『そうか……』

『お前は、誰……だ。オレは…………』


 しかし言葉が分かるという事は都合がいい。不安げな目をした人形に、レナードは一言「君の友達だよ」と笑ってみせた。


『とも、だち……?』


 人形は頭を抱え混乱した。知らない男が自分の友人だと涙を流し、自分も何故か涙が溢れて止まらないのだから。混濁した頭をめいっぱい回転させても答えは出てこない。そんな人形にレナードは微笑む。


(僕が迎えにいくまで、“彼”にはセージの心を守って貰わないと……)

『……ごめん。今の状況をちゃんと説明してあげたい所だけど、もう時間がない』

『?』

『今から君に魔法を掛ける。でも、それは絶対に君を傷つけるような魔法じゃない。僕を信じて、少しの間じっとしてて欲しいんだ』


 レナードが人形の手を取った。


『……セージがまた笑えるように……魔法を掛けてあげようね』

『……』


 目を瞑るよう言われた彼は頷き、言われた通りに瞳を閉じた。

 じわり。額に置かれたレナードの手から温もりが伝わり、次第に彼を包み込んでいく……だが同時に、彼の脳の内側にどんどん蓋がされていった。レナードが掛けた魔法は、記憶の封印処理と強い睡眠魔法。彼が再び目を覚ました時、一人ぼっちの彼の心が壊れてしまわぬよう配慮したのだ。


『ごめんね』

『……』


 彼は、深い深い眠りについた。


『よっと……』


 彼の体をレナードは易易やすやすと起こす。保護液の中で過ごしていた彼の体は、成人男性としては異常な程軽く、皮膚もふやけきってブヨブヨになっていた。


 レナードは素早く濡れた体を魔法で乾かし、被せていたシーツごと彼をテラスへ運び、指笛を鳴らす。


『クロ』


 その名を呼ばれ、空からテラスへ現れたのは“黒竜ブラックドラゴン”だ。この黒竜は、森で弱っていたところをセイジが保護し、“クロ”と名付け可愛がっていた。そのせいもあってか、クロはセイジとレナードにとてもよく懐いていた。


『彼を頼んだよ。もし、待ち合わせの場所に僕達が来なかったら。そうだな、セントラルを目指すんだ。それで出来る事なら協会の魔道士を探して、引き合わせてあげて』


 そう言って、レナードは事前に用意していた陣を描いた布を広げ、クロをその上に誘導した。そして手早く彼等に不可視の魔術を掛け送り出す。

 振り向きざまにレナードの額から流れた汗が、床に落ちた。


『さて……』


 レナードは先程から嫌な予感がしていた。

 部屋の外から、微かにセイジの鎧が出す独特の金属音が聞こえているのだ。あんなに薬も盛ったのに一時間も持たないとは。やはりアレは化物の類か何かかと汗を拭く。しかしその顔と心は晴れ晴れとして、これから待ち受けているであろう現実に向き合う事にした。


『腹をくくるか』


 彼を裸同然で放り出したのは無謀で、愚かな行為だ。しかしレナードは、セイジを救いたかった。いや、救わねばならなかった。


(今度は僕の番だ。あの日君が僕を救ってくれたように、僕も君をあの魔女の呪縛から解き放とう)


 そう強く決心し、今にもこの扉を開けて怒鳴り込んでくるであろうアリアを待ち構えた。そして怒り狂ったアリアに、レナードは魔術も魔法も使えないように身ぐるみを剥がされた上、結界の中に入れられて、地下牢で拷問を受けた。


『まさか国家魔道士だったなんてね。紋章を消すために肌まで偽装して……あぁ忌々しい! そんな事も見抜けなかったなんて!』


 アリアから問われる事は、あの人形を何処へやったのか。仲間はいるのか……様々だったが、レナードは決して口を割らなかった。


 最初は鞭、次に水攻め。中々口を割らないレナードにアリアは苛立ち、セイジをけしかけた。


 次の日も、また次の日も、命令されるがままに剣を振るセイジ。

 ただ壁に向かって固定されていたお陰で、レナードの視界にセイジは入らない。それだけが救いだった。


「本当、強情な男。悲鳴の一つも上げないなんて」


 すっかり飽きてしまったアリアは、セイジを連れ部屋に戻り。地下牢にはレナード一人だけが残された。静寂は冷たい空気を運び、手枷と足枷は容赦無くレナードから体温を奪う。


(ああセージ。君の“心”は、今何処にいるのかな……もう誰かに会えたかな……)


 レナードは願う。

 願わくば、彼を心から支えてくれる、心優しき人に巡り会えますようにと――。


「……」


 月が古城の真上に差し掛かった時。

 硬い土に根を張る青い花は、美しき花弁を散らす。ハラリ、ハラリと地に落ちて、その全てを風が空へと舞上げた――。

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