第24話:正直に話した所で

 トイレの悪魔、もといベルフェゴールは、どうやら人を探しているらしい。


「名をセレスタ。触れた者の未来を予知する、先視さきみの聖女じゃ」

「先視の聖女……?」


 ベルフェゴールはベッドの上で、ゆっくり目をつぶり。昔話をしてくれた。


 それはずっとずっと昔の話。今日と同じく、月の綺麗な晩に出会った少女“セレスタ”。その人は絹糸のように繊細で柔らかな白銀の髪に、青と緑、左右色の違う瞳をしていたのだという。聖女セレスタはベルフェゴールが悪魔と聞いても臆することは無かったそうだ。そして次第に彼らは互いに惹かれあい。逢瀬を重ねていったとベルフェゴールは頬を染めた。


「あの頃は、互いの顔を見て、声を聞くだけ満足じゃった……」


 しかし聖女と悪魔。互いに触れる事さえ叶わない、許されざる恋をした二人は、周囲に引き離され……ベルフェゴールは今日、この日まで魔界で幽閉されていたそうだ。


「随分と時が経ってしまったが、わしはひと時も彼女を忘れた事は無い…………願わくば、この命が尽きる前に、もう一度会って、詫びと別れを告げたいのだ」

「命が尽きる前にって……悪魔にも寿命があるのか――?」

「勿論あるぞぃ」


 それは後ウン百年後とか、ありきたりな事を言い出すのかと期待したが、まさかの明日だとベルフェゴールは言った。


「明日!?」

「そうじゃ、明日あす。と言っても、もうあと二時間位じゃがの」

「二時間!?」


 どうやら悪魔にも色々タイプがあるらしい。ベルフェゴールという名の悪魔は、八十年周期でその人生を終え、また何処かで別のベルフェゴールが生まれるそうだ。oh.ファンタジー。


 そして件の聖女は、魔道士協会横のガレナ修道院に居るのだというが、どうやら悪魔であるベルフェゴールは敷地内に入れないと言う。何とか出来ないかと助けを求められたのだが。


「……呼び出す、とか?」


 入れないのならば、向こうを呼べば早い。

 だが、この提案にいち早く反応したのは、ベルフェゴールでは無かった。


「それは止めたほうがいい」


 医務室の扉を引き、入室したリドが開口一番そう忠告した。


「話はあらかた聞かせてもらった」

「なっ、何でここに!?」

「お前のかん……夜勤だ」

「お前今なんて言おうとした?」

「――夜勤だ」

「ホントかよ……」


 疑いの眼を向けると、リドは咳払いをして、その場を取り繕うかのように言葉を続けた。


「とにかくだ、死にたくなければ、あそこには近づくな」

「悪魔が入れないって事なら、もう知ってるぞ」

「違う、俺が言っているのはお前の方だ」

「は?」


 それはどういう事なのかと問うと、リドは信じられない事を口にした。


「あそこは……あの修道院は、要塞と考えたほうがいい。夜は特にそうだ、不審者を見つければ容赦無く発砲する軍人崩れのシスターしか居ない。あの修道院の奴らは、神の教えを肉体言語で言い聞かせてくる事で有名なんだ」

「どういう修道院だよ……」

「相手はエキスパート。体に風穴を開けたくなければ、夜の内に忍び込もうと考えず、日が昇ってからにしろ。そうすれば正攻法で敷地内に入れるだろう」

「いや……でもそれじゃ……」


 二時間後にベルフェゴールは消滅してしまう。それまでに目的を果たさなければ意味がないのだ。


「書状でも出せばいい。それならば渡すことは出来るだろう」

「それじゃ意味がないんだって! ……そうだ、今の俺ならどうだ? 流石に怪我した子供を撃つなんてこと神が許さないだろ」

「いらずらの過ぎた子どもに、閃光手榴弾を躊躇ちゅうちょなく投げた事もあると聞くが」


 あくまで冷静に、淡々と言っているのだが、いかんせん出てくる言葉が物騒すぎた。


「……何と戦ってんだよ隣は」

「あれは底がしれん」


 そのやり取りを聞きながら、ベルフェゴールは深いため息を吐き。明らかに落胆した。


「そうか、願いは……叶わぬか……」


 長く伸ばしっぱなしの髪の毛や、服のかさばり具合で実際よりも大きく見える体が途端小さく見え、哀愁を漂わせる。今を逃せばもう一生会えない。例え悪魔であっても、好きな人に会えず死ぬというのは、人と同じく、凄く辛くて悲しい事なのだと知って胸がギューっと痛くなった。


「俺が絶対その人と会わせてやるから」

「なんと!」


 パッと表情を変えるベルフェゴール。ついさっき会った間柄だけれど、ここで捨て置くわけにはいかなかった。


「……忠告はしたぞ」


 つい今しがたした決意を、若干早まったかなと後悔している時、リドはそう言ってきびすを返す。


「えっちょっ!」


 あっさりと部屋を出ていこうとしたので、リドを慌てて引き止めた。


「い、一緒に来てくれないのか!?」

「行く理由が無い」

「えぇぇ!」


 流石に一人は心細いというか何というか。俺一人ではその要塞めいた修道院の敷地にさえ入れないだろう。だから俺はこれが卑怯な事だと分かっていながら、わざとうつむいて、ぼやいてみせた。


「俺の身に何かあれば、あの子が……ステラが泣くな」

「……」


 まず、この一言で扉を引く手と足が止まった。

 反応を伺うように言葉を探り、俺は一気に畳み掛ける。


「そして自分を責めるんだ。あの時無理をしてでも泊まっていれば良かったと――」

「何をしている。早く行って済ませるぞ」

「お前ぇ……」


 流石、本当に分かりやすい奴だ。



 ベルフェゴールが消えるまで残り一時間半。えらく昔の物で正確では無いかもしれないという曖昧な見取り図で作戦を立てた後。魔道士協会を後にし、修道院の裏手側へとやってきた。


 先程聞いた通り、修道院は要塞そのものだった。

 外側は底の見えない水掘で囲まれ、それに沿って鋭く尖った槍型の鉄柵が構えている。不用意に近づこうものならば、感知センサーが反応し、ブザーを鳴らした後、等間隔に設置された監視カメラがその姿を捉え、画面の向こう側に鮮明な映像をリアルタイムで配信するのだという。


 しかも鉄柵は電気柵。何重にも敷かれたトラップは、音もなく静かに威圧し、まるで俺達に諦めろと語りかけているかのようだ。


「正門には警備員が常駐しているが、こんな非常識極まりない時間に行けば、容赦なく追い返されるだろうな」

「正直に話した所で……か」

「うむ」


 ただし、上から行けば話は別だとリドは空を見上げた。

 作戦はこうだ。今、俺は相手の神経を逆撫でしないように、協会指定のあのジャージを着て、そしてリドはいつもの制服姿で丸腰の状態だ。でもリドは魔道士。魔具が無くとも魔法が使えるので、感知センサーの届かない場所で足場を作り、それを敷地に向かって伸ばす。侵入した後は聖女を連れてここに戻り、ベルフェゴールと引き合わせるという流れだ。


「寒ぃ……」

「我慢しろ」


 俺達は早速行動に移した。元々寒い時期なのに、足場となる氷から放たれる冷気と外気がぶつかり合って、白い靄のようなものが鼻や口から容赦なく入り、寒さと共に息苦しさを感じさせた。


「それに触れようと思うなよ?」

「分かってるよ」


 耐性のあるリドは、この氷に触れても平気らしいのだが、俺はヘタすれば氷漬けになるかもしれないと脅された。だから今は渡された白いハンカチを足元に敷いて、狭い領域内でバランスを崩さぬよう膝をついて屈んでいた。

 未だ心臓は激しく脈を打っているけれど、今のところ計画は順調だ。柵も乗り越え、やっと敷地内の芝生に足を付ける……そう安堵した瞬間。


 パンっという乾いた音の後、つま先に程近い土と一緒に芝の一部が吹き飛んだ。針のように細い芝が、土と共に目の前を舞う。


「走れ!」


 頭で理解するよりも早く両足は動き、芝を蹴る。

 敷地内は建物の至る所に付けられた照明によって、あっという間に昼間のように明るくなった。そして間髪入れずに先ほどとは別の大きな発砲音が鼓膜を震わせる。


「リドッ!」

「振り向くな! 行け!」


 まるで映画のワンシーンのように、リドがそう叫んだと同時に追撃を受け、リドはそのままドサリと倒れ込む。


「――っ!!」


 いくら国家魔道士でも、銃には敵わなかったらしい。

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