• ひだまりファンタジア

  • ◆第1部 偽りの魔法使い
  •      黒犬の円舞曲 -⑥-「この手が触れるその距離で」

     黒犬の円舞曲 -⑥-「この手が触れるその距離で」

 あっという間だった。

 彼女を守ろうと、ステラの腕を引いて、咄嗟に前に出た俺は、すぐに大柄の男に腕を掴まれ、まるで玩具を放り投げるように、ひょいとバスの前方に投げ捨てられてしまった。その時の衝撃で、座席の角で頭を打ち、額を切った。


 ザラついたバスの床に、自分の頭からサラサラと大量の血が流れる。車内はまさに阿鼻叫喚。老婆は祈りを捧げ、子供は泣き喚いて、釣られてその母親や、若い女性も涙を浮かべ悲鳴を上げる。ステラはというと、すぐに俺に駆け寄ったものの、俺の血を見てまたパニックに陥っていた。


「だ、大丈夫だ。派手に血が出て見えるだけで、大した傷じゃないと思うから」

「で、でもっ!」

「ほんと、大丈夫だから、とりあえず落ち着け」

「っ……!!」


 握った手は、やっぱり震えていた。


「大丈夫。大丈夫」

「……っ。は、い」


 その後、泣きべそかいてたステラが鼻をすすり、少し落ち着いたのか額を押さえてくれた。やはり出血はすぐに収まった。しかし、これは完全に予想外だったのか、仲間だと思っていた小柄の男も、今は慌てふためいている。


 ライネックは寄生した宿主を凶暴化させる。

 大柄の男もきっとこれは本望では無く、中で戦っているかもしれない。でも……それにしたってこれは許される行為では無い……


「なぁ、アレをどうにか抑えれるか?」

「や、やってみます!」

「そうか、なら――運転手さん! バスを停めて乗客を降ろしてください!」


 俺がそう叫ぶと。怯えた声の運転手は慌ててブレーキを踏み、俺達以外は怪我もなく降りていった。ガランとしたバスの車内。エンジン音がまだ聞こえるその中で、攻防は静かに続く。


「くっ――!」

「ひぃぃぃ……なんでだよぉ、なんでこうなっちまったんだよぉ……」


 ステラは、大柄の男の動きを封じるような術を掛け、小柄な男は一番後ろの席で震えていた。俺はと言うと……出血は収まってはいたが、情けない事に頭を打ったからか、はたまた貧血状態になったのか、思うように体を動かせず、バスの床に頬を付け、その光景をただ見る事しか出来なかった。


「貴方も早くこちらへ!」

「う、うひぃ!」


 術を展開したまま、ステラは小柄な男に逃げるように声を掛けた。しかし通路には大柄の男がいるため、座席の上を伝って進むしか道は無い。

 小柄な男はガタガタと体を震わせ、力がうまく入らないのかゆっくり手足を動かして進み。その足が灰色の床に着地した所で俺達は安堵した。


「お願いします! アスターさんを、その子を連れて降りて下さいっ!」

「!」


 そう懇願する彼女の声は悲鳴にも似ていた。けれど小柄な男の視界に俺が入っていない事は明白だった。視線を合わせる事も無く、ただ自分の安全だけを考え、男はもがくように手足を動かし、乗客が忘れていった鞄に躓いた。


「っ!」


 最悪なことに、男はステラを巻き込み転倒した。そのせいで、彼女の気が削がれ、大柄の男が術が緩んだ隙をつく。


「ゴガァアア!!」


 一際大きな雄叫びを上げ、ステラと小柄の男の足を掴み、二人を車内後方へ思いっきり投げ飛ばす。バス後方のガラスに、まず彼女がぶつかり。その上から小柄な男の背中が直撃した。壁と男の背に思いっきり挟まれたステラは、そのまま座席に落ち、ぐったりしている。


「クソ……クソッ!」


 今すぐあの子の傍に駆け寄りたいのに。

 心臓はこんなにも激しく脈打っているのに。


 手も足もピクリとも動かない。せめて元の姿でいたならば、状況は変わっていたかもしれないなんて今更後悔するけれど。


「 んなこと……考えてる場合じゃねぇ!」


 せっかく彼女が安全な場所へ乗客を移したんだ。奴を外へ出してはいけない。それが頭に過ぎり、俺はいち早くバスを出すように運転手へ叫ぶ。

 運転手も言わんとする事は分かったのか、すぐにエンジンを掛けてくれた。


「くそ……頭が……働かねぇ……」


 目の前がチカチカ白く光り、瞼が鉛のように重たく落ちる。

 その間、誰にも相手されなくなったのが不服だったのか、大柄の男はつり革や座席を壊して回った。


「おい! 起きろ! お前魔術師だろ!? 早くアレをどうにかしてくれ!」

「……っぅ」


 はらわたが煮えくり返りそうだった。今の彼女を見れば分かるだろうに。小柄な男は自分が助かりたいが為に彼女の頬を叩き、無理な要求を突きつける。

 勝手なこと言いやがって。運転手を見てみろ。相当怖いだろう、この状況でも、必死にバスを走らせてくれているのに、アイツは自分のことばかり心配している。


 それから暫く大柄の男は座席を壊しては、ぶち破った窓から捨ててを繰り返していたが、ある程度座席を倒し終わった所で矛先を変えた。


 ただ、その頃にはステラが回復し、男を刺激しないようにこっそり、車内前方の俺の元へ移動していたので。今、あの男の眼前には、こちらの忠告を無視し、ビビってその場を動かなかった小柄な男しかしない。


「ヒッ! くっ、来るな! 来るなよぉ!!」


 大柄の男の、太く、逞しい腕が振り上げられた瞬間。バスが上下に激しく揺れた。それに彼女が小さいながらも力強く「来た」と呟く。


「アスターさん。こちらへ」


 ステラが俺を抱き寄せ車内のポールを掴むと、耳をつんざく轟音と共に、黒い影が二つ、目の前に降り立った。


「ゴァアアッ!?」


 随分見晴らしのよくなった車内で、男の体が鈍い音を立てた。

 まさに電光石火。大柄の男は、天井をブチ破って来たメリッサに、顔面が変形する程の強い一撃を喰らい、そのまま羽交い締めにされてしまった。

 そこに、同じく飛び降りて来たリドが、腰から細身の剣を抜き。男の胸のライネックをえぐるように小さく円を描く。少しの肉片と鮮血。そして取り出されたライネックが宙を舞う。


「すげぇ……」


 見入ってしまう程、それは鮮やかな動きで、ライネックは空中で氷に包まれ、乾いた音と共に床に転がった。そして――


「制圧完了」 


 冷気を放つリドの、この淡々とした一言がこの騒動の終わりを告げた。




***


「イダダダダダダダ!!」

「ちょっとこれ、ヒビ入ってんじゃな~い?」


 バスは路肩に停車し、俺はドクターの応急処置を受けていた。

 幸いにも大きな怪我をしたのは、俺と、胸をえぐられた大柄の男の二人だけ。


「ぐっ、ぐああ!」

「ちょっと、じっとしてなさいよね。うまく焼けないでしょ」


 少し離れた所で、あの大柄の男がうずくまる。

 理由はメリッサが魔法で胸の傷を焼いて止血しているからだ。


「こ、これ……使って」


 クロエがメリッサに見たことの無い大きな植物の葉を渡した。

 メリッサはそれを折り曲げ、男の傷口に葉っぱから出た汁を絞り塗りまくる。それは傷口に相当染みるのか、男がめちゃめちゃ悶絶している。


「こえぇ……」


 その容赦無い処置の仕方に俺は震えた。

 なんというか、毛の焦げた匂いが辺りを漂い、本当に、実に可哀想だったのだ。


「では、あとはこちらで」

「はい、お願いします」


 その横で、リドが何かの書類に手早くサインして、小柄な男の身柄を警察へ引き渡していた。


「まっ、待て! 俺が何をした! やったのはあの男だぞ! 俺は何もっ!」

「黙れ下衆が」


 サルみたいな顔なのに。小型犬みたいにギャンギャン吠える小柄な男をリドは一蹴し。腰に下げた得物を抜いて刃先を向けた。


「ヒッ!」


 その後方から、メリッサがリドへ駆け寄り、話しかけた。


「照合終わったって。やっぱりアレ全部盗品だったわ」

「……やはりな」


 二人が小柄な男を睨みつける。


「ひっ」


 メリッサの肘から下が、バスの天井をぶち破った時と同じように、ゴツゴツした赤黒いナニかで覆われ、拳が一回り大きくなった。あの大柄の男をいともたやすく組み敷いた女だ。よっぽど恐ろしかったのか。小柄な男は短い悲鳴を上げ、先ほどの威勢はどこへやら、そのまま大人しく連行されていった。


「アスターさん。大丈夫。ではないですよね」

「ん。めちゃくちゃ痛いけど、お前こそ、もう平気なのか?」

「えぇ。この通りです」


 腕を振って、精一杯元気な事をアピールするステラに俺は問いかける。


「あのさ、アイツ等って……リド達って、一体何者なんだ?」


 常人離れした身のこなしに手際の良さ。絶対ただ者ではない。俺のこの問いに彼女はリド達をまっすぐ見て、こう答えた。


「彼等は……魔道士協会危機管理部ライネック特別対策課に所属する国家魔道士達ですよ。部署名が長いので、皆は部屋の名前から取って、星室せいしつって呼んでますけど」

「国家……魔道士。そうか、だからあんなに……」


 途端、リド達の背中が大きく、そして遠い存在に見えた。

 強くなりたい――出来る事なら俺も、この手が触れるその距離で彼女を護りたい。なれるだろうか。いや、なるんだ。

 この時、俺はそれを決意した。




――黒犬の円舞曲ワルツ――

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