黒犬の円舞曲 -④-「鉄の柩」

 その後、今にも笑いだしそうなスターチスさんと、既に腹を抱えて酸欠になるほど笑っているドクター。それと不安げな顔のステラが戻ってきた。


「あら~。結構イケてるじゃな~い。好みかもぉ~」

「ひっ!」


 やはりそっち系だったのか。知りたくもない性癖と、残酷に浴びせられた好意に怯え。俺は細かく肩を揺らすスターチスさんからグレーのボクサーパンツと、赤いラインの入った黒生地のジャージっぽい服を受け取った。


「女子諸君はちょっと席を外してあげて」

「あら、室長。じゃぁアタシは居てもいいって事かしら」

「ん~。心が乙女なら外かな」

「っ……残念だわ」


 一分で着替えろ。

 というキレ顔のメリッサの命令で、焦りながらもボクサーパンツに足を通す。

 その後方からはスターチスさんが時折笑いを含み、今回の件に言及した。


「状況を聞く限り、仕方がない事だとは思うけど……まぁ一応私の大切な部下だし、年頃の女の子だから。ああいうのは気を付けてあげて。あの子はああ見えて純粋で……とても真っ直ぐな子だからね」


 純粋……? 俺の知っている純粋という感じじゃないんだが……でも、ここは素直にハイと返事をしておこう。




「本当に、すんませんでしたっ!」

 

 着替えも終わり、物凄いキレ顔のメリッサに、とりあえずの侘びをいれた。


「アスターさんに悪気はないから」

「別に、ステラがそう言うならいいけど……」


 ただ、二度とあんな粗末なものを見せるなと、メリッサは俺に釘を指す。


「粗末て……見たのか」

「はっはぁ!? べっ別に、見ちゃいないわよ! 視界の端にちょっとって何言わせんのよ! 馬鹿じゃないの!?」


 何かもう、色々な感情が混じって複雑だ。

 何とも言えない状態の俺に、ステラは床に落ちていたあのお守りを差し出した。

 

「やっぱり、外しちゃったんですね」

「あ、あぁ、ベタベタしてたから気持ち悪くて……すまん」


 再び両手にはめられたお守りは、いつも以上にきつく結ばれたような気がした。飴を食べれば元に戻るかもしれない。というのも良くわからなかったので、俺はステラに詳しく尋ねたのだが……。彼女は明らかに目を泳がせ、戸惑った。


「はいはーい。ちょーっと失礼~」


 そこへ、ドクターがバサリと白衣を翻し。白い棒状の、小さな何かを俺の口に突っ込んだ。


「すーぐ済むからねぇ~」


 その言葉の通り、すぐにその何かからピピっと電子音がして、それは引っこ抜かれた。ドクターの持つそれを、スターチスさんとステラが同時に覗き込む。


「あら、やっぱり」

「?」


 ドクターは、驚くべき事を口にした。

 その話を要約すると、どうやら俺の体は今、安定した魔力供給を必要としているらしく。魔力が枯渇すると体が無理やり生命力を魔力に変換してしまっているらしい。そしてこのお守りは、その消費を緩やかに抑えてくれていた封印具で、外してしまうと、急激に体内の魔力の流れが変わってしまうのだと。


「君はほら、異界人だしね。なにかあるんだよきっと」


 肩を叩くスターチスさんの言葉が、もの凄くふわふわしているが。よく分からないけどそういう事なのだろうと無理やり理解した。


「姿を保つには、このドロップを常用的に食べればいいと思うけど……体にどんな負担がかかって、どんな影響を及ぼすかまだ分からないから、暫くは様子見ね~」


 そう言うのも束の間。俺の体はまた熱を帯び、服と一緒にみるみる縮む。どうやら受け取った服一式は特殊な素材で出来ていたらしい。魔法の世界は本当に便利なものだ。


「あ」


 心配そうな顔のステラと目が合ったが、この感じはいつもの目線。体は縮み過ぎる事無く、いつもの少年姿に戻ったようだ。


「十五分か……」


 リドは時計を見ながら呟いた。

 ただ、殆ど吐いているので、正確な時間では無いだろう。また日を改めて実験してみればいいとドクターに言われた。


「何か……めっちゃ疲れたし腹減ったし……」

「まともにご飯食べてないですからね」

「ミルクならすぐ作れるけど」

「是非、噛めるものにして頂きたいのですが」


 冗談だよ。とスターチスさんは笑い、食堂に行ってはどうかと提案された。


「丁度九時。オープンしたばかりだね」

「食堂?」

「えぇ。本来従業員用ですが、一般の方にも開放されてるんですよ」

「へぇー、なんか市役所みたいだな」


 地元の市役所も食堂が解放されていて、母親と姉と子供の頃何度か食べた。俺はそこのハンバーグ定食が好きで、いつもそれを頼んでいたなぁと懐かしむ。


「あら~、ここのハンバーグは絶品よ~」 

「おぉ」

「では食堂へいきますか。実は私もお腹ペコペコで」

「そういえば、お前も朝から何も食べてないよな」

「バタバタしてましたからね」


 そして俺達は、スターチスさん達に別れを告げて、くだんの食堂へと向かったのだった。





【魔道士協会一階・従業員食堂】

 そこは、洋画か何かで見た事あるような食堂だった。

 木製の長机が端から端まで延々と続いていて、テーブルの上には燭台と、調味料が点々と置かれていた。


 首が痛くなるほど高い天井は、黒茶色の梁で支えられ。天井に程近い壁に設置されたアーチ型の格子窓は自然光を取り入れ、室内を淡く照らしている。


「食べたいものがあれば取りわけますよ」


 食事は注文では無くビュッフェ形式で。煮込まれた豆に、スクランブルエッグやトースト等の朝食メニューが並んでいた。

 どうやら噂のハンバーグはランチからのようで、俺は落胆したのだが、今日の晩飯に彼女がハンバーグを作ってくれる事になったのでそれで相殺だ。


「旗立てられた……」


 この姿だからか、完全に子供扱いされてしまった。

 子供用のランチプレートと握りやすい小さなフォークを用意され。仕方がないとは思うが。やっぱり……なんだかなぁと凹んでしまう。 


「あ、でもこのパン美味いな」

「それはそれは。柔らかいパンがお好きなんですか?」

「んー。何だろう、ただ単に甘めなのが好きなのかな」


 向こうの世界にいた頃は、よく袋入りのロールパンにマーガリンとイチゴジャムを塗って食べるのが好きだった。

 これが牛乳と一緒だとなお美味くて、止まらないんだよなぁ。


『本日未明――』


 そこへ、部屋の隅にある壁掛けの薄型テレビが音を鳴らす。この食堂はいつもこうして一日中テレビを付けているそうだ。

 異世界のテレビ番組というものが気になり、行儀が悪いと分かっていながら、映し出された映像を咀嚼しながら眺めた。


 そこでは窃盗事件が報じられていた。

 内容は、とある魔道具屋を何者かが襲撃したというものだった。

 店長や近隣住人がインタビューに応え、街の様子が一瞬流れる。


「あれ? ここって……」

「あの森近くの街ですね」

「だよな。なんか見覚えあると思ったよ」


 犯罪はどこでも行われる。

 たとえそれが異世界でも。あんなにのどかな田舎でも、人は等しく罪を犯す。魔具が盗まれたという事は、犯人は魔道士か魔術師か。そうなると、捕まえるのは警察なんだろうか? なんて質問ステラに出来る筈もなく、その言葉は付け合せの人参と共に飲み込んだ。

 そうこうしている内に、食堂は賑わっていく。


「……ここって、結局何してるんだ?」

「そうですねぇ。魔道士や魔術師の育成がメインなんですが、免許を発行したり、仕事を斡旋したり……異種族の方の住民登録や予防接種。あとは――」

「分かった。やっぱ役所なんだな」

「手広くやってはいますね」


 黒服は職員で、平服の者達は一般の魔道士や魔術師って事らしい。

 なるほど、理解した。





***


 王都行きのバスは、人々の足だった。

 通院する為に乗り合わせた老婆は最前列のシートに座り。子供連れの親子はその後方で、窓から見える景色を楽しんでいる。

 そんなバスに二人の異種族が乗車した。


「なぁ、ホントに大丈夫なのかよぉ」


 ゴリラ顔の男は背中を丸め、横に腰を落とす猿顔の男に向かって情けない声を出す。それに猿顔の男は、彫りの深い顔をしかめ、大丈夫だと小声で応えた。


 ゴリラ顔の男の里は都市開発が進み、食糧難に陥り、困窮状態に陥っている。しかし、男の部族は人里に降りる事に抵抗があった。そこで、一族の中で一番若いこの男が代表して出稼ぎに来ていたのだが――


「いい加減腹をくくれ」

「でもよぉ、やっぱよくねぇよぉ」


 男は人の世界をまったく知らなかった。

 仕事に就こうにも、働くという概念が森と人の世では全く違い。暫く公園で野宿していたのだが。そんな時。仕事が嫌になった猿顔の男に声を掛けられ、換金率の高い魔具を一緒に盗まないかと持ちかけられた。

 ゴリラ顔の男は、最後まで消極的だったのだが。里に残された家族がどうなってもいいのかと脅され、渋々手を貸す事になったのだが……


 いかんせん猿顔の男が考えた計画はずさん過ぎた。

 侵入後、すぐに警報装置が作動し、手近な物を数個取っただけにとどまり、追っ手が怖くて森に逃げ込んだ。だが、まさかその盗品をその日のうちに、この大都会で売りさばこうなんて思いもよらず、ゴリラ顔の男は朝から気が気で無かったのだ。

 

「こういうもんはなぁ、コソコソ隠れてっから怪しまれるんだよ」

「そうだけどよぉ……」

大丈夫でぇじょうぶだっつってんだろ。しつけぇぞ」


 声は小さいながらも次第に苛立ち、その足は床を小刻みに踏みつける。

 大きな体は完全に萎縮し、ゴリラ顔の男はバツが悪そうにパーカーのポケットにしまった盗品を上からギュッと握る。その横で猿顔の男はヘラヘラとしまりのない顔で不気味に微笑んだ。


「これを売っちまえば俺達は大金持ちだ、へへ……」

「あ、あぁそうだな」


 これを売れば、全てが終わる。

 もう少しの辛抱だと、ゴリラ顔の男は額に浮かぶ汗を拭い外を見た。


(もう少し……もう少し……) 


 のどかな田園風景の中、バスが発車した。

 しかし……この時、彼等を含む乗客の誰一人として予想していなかっただろう。このバスが、鉄の柩となる事を――

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