第20話:鉄の柩

 その後、目尻に涙を浮かべて、必死に笑いを堪えているスターチスさんと、笑いすぎて酸欠状態になってるドクター。それと不安げな顔のステラが戻ってきた。


「あら、でも顔は結構イケてるじゃない。好みかもぉ~」

「ひっ!」


 やはりそっち系だったのか。知りたくなかった性癖と、残酷に浴びせられた好意にはつい怯えてしまう。


「……チッ」

「痛っ!」


 いつの間にか戻ってきていた鬼の形相のメリッサに、舌打ち混じりに何かを投げつけられた。見ると、それはまだ透明なビニールに入っている新品のボクサーパンツと、赤いラインの入った黒いジャージっぽい服だった。


「彼着替えるから、女子諸君はちょっと席を外してあげて」

「あら室長。じゃあ私は居てもいいって事かしら」

「ん~、心が乙女なら外かな」

「っ……残念だわ」


 三十秒で着替えろ。というキレ顔のメリッサの命令で、焦りながらもパンツに足を通す。その後方からはスターチスさんが時折笑いを含み、今回の件に言及した。


「状況を聞く限り、仕方がない事だとは思うけど。一応私の大切な部下だし、年頃の女の子だからね。ああいうのは本当に気を付けてあげて。あの子はああ見えて純粋で、とても真っ直ぐな子だから」


 純粋? 俺の知っている純粋という感じとアレは程遠いのだが。でもここは素直にハイと返事をしておいた。



「本当に、すんませんでしたっ!」

 

 着替えも終わり、物凄いキレ顔のメリッサに、とりあえずの侘びをいれた。


「アスターさんに悪気はないから」

「ステラがそう言うなら……」


 ただ、二度とあんな粗末なものを見せるなと、メリッサは俺に釘を指す。


「粗末て、見たのか」

「はっはぁ!? べっ別に、見ちゃいないわよ! 視界の端にちょっとって何言わせんのよ! 馬鹿じゃないの!?」


 何かもう、色々な感情が混じって複雑だ。

 何とも言えない状態の俺に、ステラは床に落ちていたあのお守りを差し出した。

 

「やっぱり、外しちゃったんですね」

「あ、あぁ。ベタベタしてて気持ち悪かったからつい……。ごめん」


 彼女の手により、再び両手にはめられたお守りは、いつも以上にきつく結ばれたような気がした。飴を食べれば元に戻るかもしれないというのも良くわからなかったので、俺はステラに詳しく尋ねたのだが……。彼女は明らかに目を泳がせ、その質問に戸惑っている。


「はいはーい。ちょーっと失礼~」


 そこへドクターがバサリと白衣を翻し。さっきも使った体温計を、俺の口に突っ込んだ。


「すーぐ済むからねぇ~」


 その後、ピピっという電子音がしたと同時に体温計がすぐに引っこ抜かれ、ドクターの周りに、スターチスさんとステラが集まり、三人同時に覗き込む。


「あら、やっぱり」

「?」


 どうやらそれは体温計では無かったらしい。

 体内の魔力濃度を数値化するというそれを片手に、ドクターは驚くべき事を口にした。その話を要約すると、俺の体は、安定した魔力供給を必要としているらしく、魔力が枯渇すると体が無理やり生命力というのを魔力に変換してしまっているそうだ。


 そしてこのお守りは、魔力や、なんやかんやの流れを内側と外側から“蓋”をするような、なんだかそんな効果のある魔具だったらしく。これを外してしまうと、急激に体内の魔力の流れが変わってしまうのだという説明を受けた。


「大人の姿を保つには、このドロップを常用的に食べればいいと思うけど……体にどんな負担がかかるのか、まだ分からないから、暫くは様子見かしらね~」


 そう言うのも束の間、俺の体はまた熱を帯び、服と一緒にみるみる縮んでしまった。ただ、服がずり落ちる事は無かった。どうやら受け取った服一式は特殊な素材で出来ている物だったらしく。体に合わせてある程度は伸縮自在なのそうだ。魔法の世界とは本当に便利なものだ。


「……」


 不安気味な顔をしたステラと目が合った。

 ああ、この感じはいつもの目線。体は縮み過ぎる事無く、いつもの少年姿に戻っているようだ。


「二十分」


 リドが腕時計を見ながら呟いた。ただ殆ど吐いているので、正確な時間では無いだろう、また日を改めて実験してみればいいとドクターに言われた。


「何か……めっちゃ疲れたし、すげぇ腹減った……」

「まともにご飯食べてないですからね」

「ミルクならすぐ作れるよ」

「是非、噛めるものにして頂きたいのですが」


 冗談だよとスターチスさんは笑い、食堂に行ってはどうかと提案された。


「丁度十時、オープンしたばかりだね」

「食堂?」

「ええ、本来は従業員用ですが、一般の方にも開放されてるので、アスターさんも利用できますよ」

「ほー、なんかアレだな、市役所みたいだな」

「?」


 地元の市役所も食堂が解放されていて、子供の頃何度か食べた。俺はそこのハンバーグ定食が好きで、いつもそれを頼んでいたなぁと懐かしむ。


「あら~、ここのハンバーグも絶品よ~」 

「おぉ!」

「では食堂へいきますか。実は私もお腹ペコペコでして」

「そういえば、お前も朝から何も食べてないよな」

「バタバタでしたからね」


 そして俺達は、スターチスさん達に別れを告げて、くだんの食堂へと向かったのだった。



 そこは、洋画か何かで見た事あるような食堂だった。

 木製の長机が、端から端まで延々と続いていて、テーブルの上には燭台と調味料が、ある一定距離で点々と置かれていた。


 首が痛くなるほど高い天井は、黒茶色のはりで支えられ。天井に程近い壁に設置されたアーチ型の格子窓が自然光を取り入れ、室内は淡く照らされている。


「食べたいものがあれば、私が取りわけますよ」


 食事は注文では無くビュッフェ形式だった。トマトベースで煮込まれた豆のスープに、スクランブルエッグやトースト等の朝食メニューが並んでいる。しかし噂のハンバーグが無い。どうやらハンバーグはランチからのようだ。


「残念だ」


 俺は落胆した。けれど今日の晩飯に彼女がハンバーグを作ってくれる事になったので、気分は一瞬で持ち直すことができた。


「…………旗立てられた」


 この姿だからか、完全に子供扱いされてしまった。

 子供用のランチプレートと握りやすい小さなフォーク、それにどこの国のものかもわからぬカラフルな旗。仕方がないとは思うが。やっぱり、なんだかなぁと凹んでしまう。 


「あ、このパン美味い」

「それはそれは良かったです。柔らかいパンがお好きなんですか?」

「何だろ。ただ単に甘めなのが好きなのかな」


 十字模様が入った甘いパンを口に含み、向こうの世界にいた頃は、よく袋入りのロールパンに、マーガリンとイチゴジャムを塗って食べるのが好きだったなぁなんて思い出す。


《本日未明――》


 そこへ、部屋の隅にある壁掛けの薄型テレビが音を鳴らす。この食堂はいつもこうして、一日中テレビを付けっぱなしにしているそうだ。


 異世界のテレビ番組というものが気になり、行儀が悪いと分かっていながら、映し出された映像を咀嚼しながら眺めていた。


 そこでは窃盗事件が報じられていた。内容は、とある魔道具屋を何者かが襲撃したというものだった。店長や近隣住人がインタビューに応え、街の様子が流れて、ふと思う。


「なぁ、ここって……」

「あの森近くの街ですね」

「だよな。なんか見覚えあると思ったよ」


 犯罪はどこでも起こる。たとえそれが異世界でも、あんなにのどかな場所であっても、人は等しく罪を犯す。魔具が盗まれたという事は、犯人は魔道士か魔術師か。そうなると捕まえるのは普通の警察なんだろうか? なんて質問、彼女に出来る筈もなく、その言葉は付け合せの人参と共に飲み込んだ。

 そうこうしている内に、食堂は賑わっていく。


「……魔道士協会って、結局何をしてる所なんだ?」

「そうですねぇ。魔道士や魔術師の育成がメインなんですが、免許を発行したり、仕事を斡旋したり……あと、異種族の方の住民登録や予防接種、それと――」

「色々やってんだなぁ」

「ですね。手広くやっています」


 そして黒服を着ている人間は職員で、平服の者達は一般の魔道士や魔術師って事らしい。なるほど、理解した。





***


 王都行きのバスは、人々の足だった。

 行きつけの病院へ通院する為に、乗車した老婆は最前列のシートに座り。子供連れの親子はその後方で、窓から見える景色を楽しんでいる。

 そんなバスに、二人の異種族も乗り合わせていた。


「なぁ、ホントに大丈夫なのかよぉ」


 ゴリラ顔の男は座席に収まらない大きな背中を丸め、横に腰を落とす猿顔の男に向かって情けない声を出す。それに猿顔の男が、彫りの深い顔をしかめ、大丈夫だと小声で答えた。


 ゴリラ顔の男、ゴリゴリマッチョ族の住む里は都市開発が進み、食糧難に陥っていた。けれど男の部族は人里に降りる事に抵抗があり、ここまで困窮状態になるまで放置していた。しかしそれも限界がきてしまい、そうも言ってはいられなくなってしまう。そういった事情があり、一族の中で一番若いこの男が代表して出稼ぎに来ていたのだが――。


「いい加減腹をくくれって」

「でもよぉ、やっぱよくねぇよぉ」


 ゴリゴリマッチョ族の男は、人の世界をまったく知らなかった。

 仕事に就こうにも、働くという概念が森と人の世では全く違い。暫く公園で野宿する毎日。当然収入もなければ食うものにも困っていた。


 そんな時だ。仕事が嫌になった猿顔の男に声を掛けられ、換金率の高い魔具を一緒に盗まないかと持ちかけられた。けれどゴリゴリマッチョ族の男は難色を示す。なにせ元々小心者な上、自分が盗みを働くなぞ、想像できなかったからだ。けれど『里に残された家族がどうなってもいいのか』と脅されてしまい……男は、一回きりを条件に渋々手を貸す事にしたのだが……。


 いかんせん猿顔の男が考えた計画はずさん過ぎた。道具屋への侵入後、すぐに警報装置が作動し、手近な物を数個取っただけにとどまり、追っ手が怖くて森に逃げ込んだ。だが、まさかその盗品をその日のうちに、この大都会で売りさばこうなんて思いもよらず、男は朝から気が気で無かった。

 

「こういうもんはなぁ、コソコソ隠れてっから怪しまれるんだよ」

「そうだけどよぉ……」

大丈夫でぇじょうぶだっつってんだろ。しつけぇぞ!」


 声は小さいながらも次第に苛立ち、その足は床を小刻みに踏みつける。

 その足音が鳴る度、大きな体は完全に萎縮し、ゴリゴリマッチョ族の男はバツが悪そうにパーカーのポケットにしまった盗品を上からギュッと握る。その横で猿顔の男はヘラヘラとしまりのない顔で不気味に微笑んだ。


「これを売っちまえば俺達は大金持ちだ、へへ……」

「あ、あぁそうだな」


 これを売れば、全てが終わる。

 もう少しの辛抱だ、ゴリゴリマッチョ族の男は額に浮かぶ汗を拭い外を見た。


(もう少し……もう少し……) 


 のどかな田園風景の中、バスが発車した。しかし……この時、彼等を含む乗客の誰一人として予想していなかった。このバスが、鉄の柩となる事を――。

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