ともだちが出来ました -②-「鬼ごっこ」

「俺様んじゃねぇし! 俺様だって願い下げだし!」

「何なんだよもう……」

「とにかく! 真面目に話しを聞いてくれ」


 不真面目の塊であるミスターが、封を切ったように話し始めた。

 どうやらあの日。庭に置き去りにされていたミスターは、その日中に公共機関を乗り継いでこの街まで戻ってきてはいたそうだが。今の今まで、ヒナという少女の家にいたそうだ。


 ヒナはこの住宅街の一等地。大きな林に隣接した屋敷に住み。偶然にも今日、七歳の誕生日を迎えるらしい。

 そんな少女とミスターは、ふとしたきっかけで出会い。友達の居ないその子の遊び相手になっていたらしいのだが……


「結構前にヒナのオカンが死んじまってんだよなぁ」

「いきなり重いな」


 ただ、ヒナはそれを知らず。

 何処か遠い所で療養をしているのだと信じ、今も母親の帰りを待っているそうだ。


「……父親も、アイツの兄貴もヒナより仕事が大事みてぇだし……誕生日なのに、ひとりぼっちじゃ可哀想じゃねぇか」


 だから友達を。という事か。


「頼む」

「……」


 いつもからは到底想像できない程真剣に。そして焦燥した姿には、くるものがあった。


「まぁ、別にいいけど」

「ほんとか!?」

「な、シオン」

「えっ?」


 お前もだよ。と背中を叩き、俺一人が幼女と友達になっては色々まずい。もしも。もしも元の姿に戻れば、その子はまた友達を失う事になる。と耳打ちするが、シオンは渋い顔をしている。


「自分は鬼ですので」

「大丈夫だって。それにお前に友達が出来たら、藤四郎さん凄く喜ぶぞ~」

「うっ」


 その言葉に揺らいだように見えた。

 しかしこれは本当にいい機会だ。電話の反応を見る限り、藤四郎さんはシオンにもっと自由になって欲しいんだと思う。俺は二人がどういう間柄なのかを知らないが、今のままの関係を、藤四郎さんは望んでいないのだろう。


「じゃ、まず俺から友達になろうぜ、シオン」

「はい……え?」

「とりあえず俺の事様付け以外で呼んでよ。友達に上下関係は必要ないし。シオンが呼ばないなら、俺もシオン様って呼ぶけど」

「えぇっ」


 シオンはかなり狼狽えた。


「さぁさぁ」

「クソ野郎でもいいぞ」

「おう、いい根性してんな両生類」

「おぉん?」

「ちょ、ちょっとお二人共」


 途中茶々は入ったが、性格的にすぐには無理だろう。あまり苛めてしまっては可愛そうなので、今はこれで良しとして……

 

「本当に、友達付き合いというか、何から何まで分からないのですが」

「いいと思うよ適当で。実は俺も友達って言える相手は居なかったからさ」

「そうなんですか? なんだか意外です」

「おう。そんなもんだよ。案外ね」


 なんて、やり取りをしながら、屋敷へ向かう。

 住宅地の緩い勾配を、駅の方へ進むとその屋敷は見えてくる。青々とした芝生の上に建つ屋敷を、鉄柵が四方囲んでいて。活気がないというか、なんだか少し寂しいような……そんな西洋屋敷だった。


「ガキ共はここで待ってな、俺様がヒナを呼んできてやっからよ」


 そう言って柵をすり抜け、ミスターは行ってしまい。残された俺達は、ただ屋敷を眺めるしかなかった。


「にしてもデカイ家だな……」 


 このだだっ広い敷地がもったいなく思えるのは、多分日本人だからだろう。

 下手な公園より広い敷地を、二人でぼーっと眺めていると、視界の端で何かが動く。逆だった茶色の短髪に、生意気そうなツリ目。赤いプリントシャツの短パン少年が立っていた。


「近所の子供か?」


 声を掛ける事もせず、ただ見つめていると。何を思っていたのか知らないが、少年はこちらに気付き、気まずそうな顔をしてそのまま行ってしまった。


「何だったんだ?」

「さぁ」

「うぉーい」


 そうこうしている内にミスターが戻る。

 その後ろには、野に咲くスミレの花のように愛らしい、白いワンピース姿のおかっぱ頭の女の子を連れていて、女の子はこちらに驚きながらも門を少し開いてくれた。


「ど……どちらさまですか」


 恐る恐る口に出したであろうその言葉は、青い瞳と共に震えていた。

 こんな時はどうすればいいのか迷うが。


「俺はアスター、こっちはシオン」


 一緒に遊ぼうぜ!

 と俺は出来るだけ明るく声をかけたつもりだったのだが。当の本人はビクッと肩を上下させ、何も言わず逃げてしまう。


「フられてしまいましたね」

「お前何してくれてんだよ」

「うっ……」


 外に出てきたと言う事は、ミスターから話しを聞いたんだと思うじゃないか。

 何と言って外に連れてきたのか訊くと、ただ門の前に人がいたので、何か用があるんじゃないか? と普通に連れ出したらしい。


「何で話してねぇんだよ……」

「物には順序ってもんがあるだろうがよぉ」

「そうですね。いきなり過ぎるのはよくありませんよ。距離感は大事です」

「――お前までそれ言う? シオン」


 どうすれば良かったんだと頭を抱えていると、シオンが俺の肩を軽く叩く。


「どうやら我々の杞憂のようです」

「え?」


 指差された方向を見ると、屋敷の中央に位置する、大きな扉の隙間からあの子がこちらを覗き、控えめに手招きをしていた。


「入ってこいって事か?」

「そのようで」


 どうやら俺達は、招かれざる客にならず済んだようだ。





【ヒナの部屋】

「まぁまぁ! お嬢様がお友達をお呼びになるなんて、ばあやは嬉しくて嬉しくて、天にも昇る気持ちですよ」


 そう笑い話すのは、メイド服を着た白髪交じりの老婆だった。この屋敷に仕えているそうで、昔からヒナの面倒を見てきたそうだ。


「ババァは今日も元気だな!」

「うわー!! スッ、スミマセン、スミマセン! よく言ってきかせますので!」

「ホホホホホッ!」


 失礼な物言いのミスターを押さえ込む。

 ばあやさんも冗談に聞こえない冗談を言うので、ハラハラしてしまうが。目尻のシワや、老いても柔らかく気品ある声は、落ち着きがあって心地よい。


「どうぞどうぞ、ごゆっくりなさって下さいね。ホホホホホ」 


 ばあやさんは紅茶や焼き菓子を部屋に運び入れ、そのまま部屋を出て行った。


「ぉー……」


 天蓋付きのベッドなんて初めて見た。

 小さな子が使うには広すぎる、かなり豪華な部屋に圧倒されてしまう。


「あ、あの……いっぱい食べて、ね」

「あ、あぁ……」


 何を話せばいいのか。

 とりあえず出されたクッキーを噛じり、当たり障りのない会話から入った。


「いつも、ミスターと何して遊んでるんだ?」

「え、えと、ご本読んだり……一緒にお花見たり……おままごと、とか?」


 地味だ……

 まぁ、カエル相手だもんな。そうなるか。見た所この屋敷にはヒナとばあやさんしかいない。そこまで大きくないとはいえ、この広さだ。掃除が行き届いている所を見ると、ばあやさんもきっとそこまで相手が出来ないのだろう。


「じゃぁ何して遊びたい?」

「お人形遊び!」


 男二人、カエル一匹を迎えて人形遊びをチョイスするとは、中々クールな発想の持ち主だ。先程まで、オドオドしていたヒナが、今は満面の笑みで目を輝かせていて。対照的にシオンが動揺しているが……大丈夫だ、俺も同じ気持ちである。


「ヒナいつもね、ミー君とこれで遊んでるの」


 そう言って、ヒナはいそいそと部屋の隅に置かれたおもちゃ箱を漁った。

 ミスターも勝手知ったるものなのか、それを手伝っている。

 コイツ等、やる気だ。


「あの、人形遊びとはどのように遊べば良いのでしょうか……」

「俺に聞くなよ……」

「ですよね……」


 ヒソヒソと戸惑う男共の心を露知らず、ヒナは赤い絨毯の上に着々とドールハウスを広げていくので。やだ怖い。なんて怯えていると、砂利を蹴るような音が外から聞こえた。


 「ばあやさんだ、どこ行くんだろ」


 目を向けるとばあやさんが、あのままの格好で門へ向かって歩いていった。

 その目線と言葉を聞いて、ヒナは買い物では無いかと口にする。


「いつもこの時間なの」

「へぇ」


 それは精が出る事で。

 しかも買い物という事は、重たい物も持つわけで、あの老体にムチを打つとは、見上げたプロ根性。流石だ。


「ん?」


 ふと見ると、またあの少年が立っていた。

 まるで、ばあやさんが屋敷を出るのを見計らったかのようだった。


「またアイツだ」

「そのようで」


 ヒナに話を訊く限り、ひと月程前から平日は夕方。土日は昼過ぎに必ず現れるという。ヒナが話しかけようにも、屋敷を出た途端姿を消すそうで、喋るに喋れないでいるそうだ。


「ちょっくら訊いてみるか……」

「え?」

「シオン、その子の相手は頼んだ。俺はアイツに会ってくる」

「自分一人でですか!? なんとご無体な!」


 慌てるシオンに手を振って、俺は部屋を後にした。

 すまんな、強く生きろシオン。何事も経験だ。


 さて、こちらはこちらでやることをしよう。

 あの少年は正面からこちらを見ている。となれば裏から回れば大丈夫な筈。俺はそう思い、こっそり裏口から出て、林を抜け正面に回った。


「やっぱりな」


 少年はまだ俺に気が付いていない。

 俺は足音を立てないように、ゆっくり距離を詰めて―― 


「あの家に何の用だ?」

「!?」


 背後からの突然の声にビックリしたのか、少年は驚き、短く悲鳴を上げたと同時に駆け出した。 


「あっ待て!」


 突然始まった鬼ごっこ。

 俺は迷うこと無く少年の後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!